†秘かな誓い†

「ジェイドって何で髪伸ばしてるんだ?」
それはルークの素朴な質問だった。
「おや!ルークはどうでもいいことをききますね〜」
笑顔で答えるジェイドは、
まともに取り合う気は更々ない素振り。
逆にルークに質問返し。
「それでは貴方は何故伸ばしているんですか?」
そう、ルークはジェイド以上の長髪だった。
「え?い、いや別に…何故って、放っといたら勝手にのびたし、
長いとカッコイイかなぁとかはちょっと思ったりはしたけど…」
突然の返しに、ルークが辿々しく答えると、
ジェイドはルークの言葉が終らないうちに笑顔で言った。
「そうですか!奇遇ですね〜私もです」
しらじらしく棒読みな返答。
「なんだよそれ!?」
明らかに適当なジェイドの返答。
「別に理由くらい答えたっていいだろ!」
「理由なんて忘れましたよ」
「嘘つけッ!ジェイドが忘れるかよッ」
勿論、覚えている。 だが言う必要はない。
「思いだそうとするのも時間の無駄です」
そしてジェイドはその会話は終ったものと処理し、
背を向けルークの前を歩き出す。
「さぁ、くだらない話はその程度にして、とっとと行きますよ 」
ジェイドは地図を拡げ辺りを見回しながら、
眼鏡を押し上げルークを軽くあしらった。
相手にされず、ムッとルークの顔が不機嫌になる。
「…わかったぞ、ハゲだろ!?後頭部ハゲてんだろ!性悪ハゲ眼鏡!」
「はいはいそうですねぇ」
「なんだよその馬鹿にした返事!逆にムカつくっつうの!」
「はいはいどうぞ御自由にルーク様」
「だああぁ〜ちょーうぜぇッ!」
旅の途中のどうでもいい雑談。
ただ、それだけの会話。

 

「うへぇ〜服汚ったねぇ〜〜〜!!」
「そうね…」
湿地帯を強引に通り抜けたはいいが、全身は泥だらけ。
汚い事も然る事ながら、こびり着いた泥が動き辛さを誘う。
ティアに至っては、その長い髪の先が泥まみれになっていた。
本人も先程からしきりにそれを気にしているようだ。
「俺、髪長くなくてよかったぁ〜」
昔は、髪の長かったルークだが、
今はもう、彼の後ろ髪はない。
長かったならば、きっとティアと同じように
ルークの髪も泥だらけになっていたことだろう。
「どこかで替えの服に着替えませんこと?」
さすがにこういう時、育ちの良い者にはこたえるようだ。
ナタリアの提案にアニスが便乗する。
「さんせ〜い!着替えた〜〜い!!」
「はいはい、わかりましたよ」
テンションのだだ下がりな女性陣の意見を尊重し
それぞれ手持ちの衣装のなかから着替えを選ぶこととなる。
「女性はそちらの茂みを使って下さい。
ガイが回り見張っていますから御安心を」
「ありがとう。それじゃお願いするわガイ」
「っておい!俺か?!」
「護衛頑張れよ〜ガイ!」
「覗いてはいけませんよ?」
「覗くかッ!」
女性達の護衛に強制任命されたガイは
一人泥だらけの服を着替える事をお預けにされ、
とぼとぼと茂みの前に行き溜息をつく。
いつものごとく、貧乏くじだ。
「さて、私達はさっさと着替えてしまいますか」
「俺、どれ着よっかな〜」
面倒事をガイに押し付けた二人は、荷物の中から着替えを探す。
「俺、これにしよっと」
ルークの選んだのはベルセルク。
いつものお気に入りは泥だらけになってしまったが、
この服もまぁまぁお気に入りなのである。
そして自分の服が決まると人のが気になる好奇心。
ルークは既に着替え始めているジェイドの背中に話し掛ける。
「なぁジェイド、ジェイドはどれに…」
その時
強い風が、 吹いた。



「 ーーー!」
ルークは予想外のものを目撃してしまう。
ふと思いだすのは、ジェイドに何で髪を伸ばしているのかと聞いた、
己の愚問。
言葉を途中で止めた事で、ジェイドがルークの様子に気付いた。
「ルーク」
びく、とルークが驚いて手にした服をおとす。
別に悪い事をしたわけでは無いのに、なんだか後ろめたくて。
「…何か見えましたか?」
そういうとジェイドは素早く服の襟をあげ、それをしまい込んだ。
「……え?…あ……」
見てはいけないものを見てしまった気まずさ。
「……ごめん」
「別に謝る事はありません」
既に上着を着替えたジェイドは振返った。
動揺した様子も怒った様子も無く、 いつもの表情。
「…ごめん」
「何故謝るんです?」
「だって…」
ルークは落とした服を拾い直すと頭から被り、
顔を隠すように目から上だけを服から出して言った。
「俺…前に変な事聞いた…」
「あぁ…もしかして髪のことですか?」
なぜジェイドが髪を伸ばしているのかなんて、
あれを見れば明らかだ。
あれを隠すために決まっている。
その話題をからかい半分にしてしまった事に ルークは罪悪感を感じているのだろう。
その事を悟り、ジェイドは苦笑した。
「…昔」
ジェイドはそんなルークに、穏やかな口調で。
「処刑されかかった事があります」
「!」
衝撃的な話を始めた。
「キムラスカ軍に捕らえられまして<首を斬られるところでした」
「な…!?」
「一太刀で気持ち良く落としてくれれば楽だったのですがねぇ」
わざと切れ味の悪い小刀を使い、 痛みと苦しみを長引かせるために
嬲るように何度も首を斬り付けて。
「なんでジェイドが処刑なんて…!?」
「ルーク…忘れたんですか?」
ジェイドは少し顔を臥せると眼鏡を押し上げる。
「私はマルクトのネクロマンサーですよ」
「……」
忘れたわけではない…が、ルークにはわからなった。
自分の国の事も敵対する国の事も何も知らずに育った彼にとって、
ジェイドが何をして来たのか…よく知らない。
だからジェイドが処刑されるに値する人物だという
実感がない。
「でも…ジェイドは処刑なんて大人しくされてる人間じゃないだろ?」
いままで彼と行動を共にしてきてルークが思う事は、
ジェイドは何がおきてもなんとかする、と言う事。
何かが起きる前だったり、何かが起きた後だったり、
彼ならきっとなんとかしてくれるという期待を抱いてしまう程に、
どうにか切り抜ける策を見つけだす男。
そんなジェイドが、大人しく処刑されるだなんて信じられないのだ。
「その時の私は…色々な事が嫌になっていましてね。
そのまま処刑されるのもいいと思っていたんでしょう」
「なんで…?」
「…死にたかったのかもしれません」
「…なんで?」
「……」
ジェイドは、理由は言わない。
「ですが…」
理由を語らず、ジェイドは続けた。
「いよいよ本格的に首を落とされる寸前になって…
ある命令がふと頭を過りましてねぇ…」
朦朧とした意識の中で、頭に響いた声。
「その時、思いだしたのです」
一つの約束。
絶対的な命令。
大切な誓い。
「ここで死ぬわけにはいかないのだという事を」
ジェイドは溜息混じりに、微笑する。
そしてジェイドの語りは、そこで途切れる。
「…それで?」
思いだして、どうしたのか。
ルークはその続きが気になって聞いた。
ここにこうしてジェイドがいるからには、
なんとか切り抜けたのだと言う事はわかるが。
「…勿論、逃げましたよ?」
「そっか…さすがジェイドだな。 そんな状態からでも逃げれるんだからよ」
「そうですね」
「ったく、ちったぁ謙遜しろっつーの!」
「……そうですねぇ」
ジェイドの脳裏に浮かび上がる、
処刑に値する男の、脱出劇。
気がつくと、周りは焼けた死体だらけだった。
割れた眼鏡の破片と、焦げた肉の匂いと。
ふらつく足どりで敵陣のど真ん中を逃走し
次々と襲い掛かる人の群れを、夢中で薙ぎ払った。
夢中で殺した。
生きる為に。
さっきまで死にたがっていた人間が、生きようと必死になって。
ただ一つの約束を思いだし、その為に。
あの時の姿はきっと化物と呼ぶに相応しいものだった事だろう。
まるで死の淵から蘇った死霊のように。
「まぁ、ここまで話せばおわかりでしょう」
青い軍服を真っ赤に染めた帰還。
その風貌たるや味方といえど近付き難い程。
そして彼の帰りを誰よりも待っていたその人は、
ジェイドの傷痕を見るなり表情を強張らせ
彼を、殴った。
「この痕は<私が死に損ねた名残りです」
殺されかけたのではない、
これは自殺しかけた痕。
約束を放棄しかけた愚行の痕。
全てを投げ出して、己に架せられた罪から
死をもって逃避を企てた愚かな烙印。
「別に隠すつもりでは無かったのですが…」
時と共に髪は背中まで伸びていた。
それは己の愚行を隠すのにとても都合良い長さ。
「いっその事、あなたと同じように切ってしまいましょうか?」
冗談まじりにそう言って、ジェイドは髪をかきあげる。
かきあげた髪の隙間から覗く、ケロイド状に盛上がった肉の痕。
笑いながら言うジェイドは その笑みが、ルークには自嘲にしか見えなくて。
ルークはそんなジェイドに、 強い口調で言った。
「…ジェイドは切る必要ないよ」
髪を切る事で必死に変わろうとした男だから、
その意味がわかる。
「だってジェイドはもう、昔みたいにそんなこと、思ってなんかいないだろ?」
「……」
軽はずみに死なんて言葉を口にしたルークを誰よりも叱咤したのは
他ならぬ彼だから。
「だからジェイドは髪を切る必要なんてないんだ」
ルークの手がジェイドの手を掴み降ろさせると、
髪は再びジェイドの過去を覆い隠す。
「それに、ジェイドとお揃いの髪になるなんて冗談じゃないぜ」
「ルーク…」
ただの髪、本当にそれだけだけど。
それは切っ掛けにすぎないけれど。
「きっと昔よりも、今の髪の方がいい」
「………」
「ジェイドは…髪、長い方似合ってる」
「そう、ですか<?」
「うん!」
「……」
不器用ながらも励まそうとしているのか。
ルークのあまりにも真剣な眼差しに、
ジェイドは思わず笑いを零した。
「…まさか貴方にそんな事を言われるとは思いませんでした」
「わ、悪かったな!」
我侭で勝手で愚かで… そんな昔の彼とはまるで別人。
「それでは…もうすこし、このままでいきますかねぇ」
切る事で変わろうとした男と、
伸ばす事で変わろうとした男。
正反対の行動だけど。
そこにある、同じ思い。
愚かな過去を悔い改め、 己の罪の重さを自覚して。
生まれ変わろうと足掻く。
「ジェイド…」
「なんです?」
「えっと…髪の事、聞いて…ホントごめん、な」
きっと、誰にも言いたく無かった事だろう。
きっと、誰にも知られたくない無い過去だろう。
ルークはそれを自分だけに話してくれた事が嬉しい反面、
申し訳ない気分にもなる。
そんな今さらのような改まったルークの謝罪に
ジェイドはまた、笑いを零した。
「もういいんですよ」
「だって…!」
「別に、その為に伸ばしていたわけじゃありませんから」
「え…その傷を隠す為じゃ無いのか?」
「えぇ」
髪を伸ばしたその意味は
過去を思いだしたく無いからでは無く
誰にも見られたく無いからでも無く…
「じゃ、なんで?」
「ヒ・ミ・ツ ですv

「だああぁ〜!やっぱお前って ちょーうぜぇーーーッ!」

髪を伸ばした本当の理由は
あの時の愚かな自分の感情を、
二度と誰の前にも見せるまいという
誓い。


これは旅の途中のどうでもいい雑談。
ただ、それだけの会話。

 

end

 

ジェイドの首にはごっつい傷痕とかあって、
それを隠すのに髪伸ばしてるんじゃないだろうか、という妄想話。

そしてその妄想は外伝エピソード5で撃沈。
そうだね、ジェイドのうなじ、とっても綺麗だったね!
いや、それはそれでうなじ萌なのだが…(笑)


2009拍手絵でした。


2010.01.10

 

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