Magnificent Cheater
獄界ベセク最深部。
待ち構えていたのは、バルダミアン国王、バルド。
もはや、彼は人間ではなかった。
「バルドォ!」
変わり果てたかつての相棒を前に、ロンデミオンは鎚を振り降ろす。
躱され当たる事のない攻撃のかわりに返ってきたのは、己の身に走る衝撃。
「ぐッ…」
嘲笑うかのように身を切り裂かれ、ロンデミオンは後ずさる。
「それで終りかロンデミオン?」
「……っ!」
自分から全てを奪った男を睨み付け、ロンデミオンは再び武器を構えた。
受けた傷の為か、先程よりも鎚が重く感じられてしまう。
「マクレスフォス!」
「!?」
ふと、突然ロンデミオンの鎚が軽くなった。
身を包む魔力が、体を癒したのだ。
「侯爵…!」
その場に駆けつけたのは、 味方の中でもっとも信用出来ない男。
その男はひらりと身軽にロンデミオンの横に舞い降りると、
バルドに向けて剣を構える。
「デュファストン…貴様裏切りおったな」
「はじめから貴方と手を組んだつもりはありません」
デュファストンは いつもの怪しげな笑みを浮かべ、言った。
「私は25年間、この時を待っていました…」
向けた剣を叔父である男から逸らす事無く。
「…貴方のその命を摘み取るこの瞬間をな!」
静かな口調は次第に感情的なものに変わっていた。
「ふん…」
己の下で下僕同前に扱って来た男に剣を向けられ、
バルドは失笑した。
「すべてその為の演技だったというわけか」
甥として、手駒として利用し使って来た男が己に牙を剥く。
その様が、驚愕でも脅威でもなく、滑稽で。
バルドは笑う。
「毎晩あれほど可愛がってやったではないか…のぅデュファストン?」
「…黙れ」
バルドは蔑んだ言葉で、己の支配下である事を誇張した。
「お前は逆らう事なく何でも私の言う事を聞いた…最高の玩具だったぞ?」
「黙れ…ッ!」
ギリ、と憎しげに歯を食いしばる整った横顔を見つめ、
ロンデミオンは知るのだ。
この男が、どのように25年と言う歳月を過ごして来たかを。
復讐という目的を果たす為に、
あえて最も憎むべきその男の奴隷と化し
道化を演じ続けていたことを。
「くく…あの乱れ様も演技だったとでもいうのか?
違うな…貴様は肉欲の虜に成り果てたただの屑だ 」
「黙れ!もう二度と復活する事の無いよう塵にしてやる!!」
言葉終らぬ内に、デュファストンがバルドに斬り掛かる。
「待て侯爵!!」
制止する声も聞かず、感情の高揚した体は
不用心に目の前の怪物に正面から飛び込んだ。
「塵となるのは貴様だ!」
もはや武器としか呼べない姿に変貌したバルドの腕が、
飛びかかる羽虫を払い落とす。
「くッ…!!」
細い体は、ロンデミオンの足下に弾き飛ばされ転がった。
中途半端な攻撃は、今のあの男には通用などしない。
「…随分と、らしくないな」
ロンデミオンは彼の行動に違和感を感じる。
言葉の挑発に乗るような奴ではなかったはずだ。
何を言われても飄々と笑っているような奴だったはずだ。
「たかが狂人の戯言に」
25年前に対峙した時とは何かが違う。
こんな行動をするとは思えなかった。
こんな、衝動的で感情的な行動など。
まるで、人間だ。
「煩い…貴様も黙れロンデミオン!大体貴様になど」
「わかったから少し口を閉じろ」
ロンデミオンはデュファストンの襟を掴んで引き起こすと、
その身を強引に己の後ろに回らせた。
それはまるで、護るかのように。
「な…?」
デュファストンの目の前には、
殺そうと思えば、簡単に殺せるくらい無防備な背中。
「おしゃべりの前にやることをやれ」
もっとも信頼出来ないはずの男に、 背中を預ける。
その行動は、不思議とロンデミオンにとって自然に出た行動だった。
「……ふん、そんなことはわかっている!」
デュファストンにとっても、今一番やらねばならない事は明白。
なにしろ25年も待ち続けたのだから。
デュファストンはその剣先を、目の前の男の、更にその先の男に向けて構えた。
「ク…クク…」
剣を向けられたまま、バルドは笑う。
「これが貴様の復讐劇というわけか…シェイプシフター!」
バルドは甥の名を呼ぶ。
本当の、名を。
「貴様の正体?あぁ気付いていたともさ…幼い貴様の目を見た瞬間にな」
「な…!」
「上手く化けたつもりだろうが、その殺気走った魔性の瞳は隠せなかった様だな。
だから逆に利用させてもらったのよ… 」
「なん…だと…?」
バルドは知っていた。
正体も、目的も、なにもかも。
「中々楽しかったぞシェイプシフタ−!貴様も充分人間の感触を楽しんだだろう? 」
バルドは自分をつけねらう魔神と知りつつ生かし、利用していた。
そして自分に恨みを持つ魔神と知りつつ…毎晩陵辱したというのだ。
プライドを殺し道化を必死に演じる様を嘲笑うように。
「貴様…!」
デュファストンの剣先が震える。
あまりの怒りに。
あまりの屈辱に。
「落ち着け…また奴の口車に乗せられたいのか」
冷静さを見失いかけそうになるデュファストンを宥めたロンデミオンは、
デュファストンとは対称的なほどに冷静だった。
バルドも、その事に気付く。
「…ほぅ?どうやら貴様もこの男の正体を前から知っていたとみえる」
「…まぁな」
「!?」
表情を崩さないロンデミオンの様子は
自分の横にいる男の正体の露呈に彼が何一つ驚いていない事を示していた。
逆に驚いた表情を見せるのは、騙しきれている自信のあった男の方。
「知りながら連れ回すなど、貴様はどうかしている」
「…………そうだな」
本当に、どうかしている。
ここに来る途中で殺すつもりだったのに。
この男の首を持ってこの地に辿り着くはずだった。
それなのに、殺しもせずここまで連れてきてしまった。
それどころか今もこうして、背中を預けているなんて。
どうかしているなんてものじゃない。
何をしている?だ。
なぜ、殺さないのか。
それは今でもロンデミオンの中に残る大きな疑問。
「だが今は…その前にやることがあるんでな」
まずは、目先の目的を果たしてから。
「……あぁそのとおりだ」
横で応える声は、ロンデミオンと同じ事を考えていた。
「「こいつを殺すのは貴様を殺してからだバルド!」」
志し同じにして並んだ勇者と侯爵。
いや…勇者と、魔王。
同じ目的の為の共同戦線。
同じ目的の為の一時休戦。
「ほざけ過去の遺物が!蹴散らしてくれる!」
自分に刃向かう塵に向け、バルドが大きく腕を振り上げた。
「ロンデミオン!」
「あぁ!」
それは声をかけるだけで、伝わった。
お互いに何を言わんとしているかを。
襲い掛かる怪物の腕を躱し、
二人はバルドを挟むように左右に散る。
「くらえ!」
「冥府に堕ちろ!」
両サイドからの挟み撃ち。
「フン!そんな攻撃効かぬわ!」
だがそれも、今のバルドには通用しなかった。
異形の腕が左右からの攻撃をガードする。
「チッ…!」
その身に傷すらつかない。
「やはり効きません…か」
というより、攻撃を受け付けていない。
防御が堅いとかではなく、無効化されてしまっているのだ。
「こいつは…障壁か」
今までに戦って来た上級魔神等が持っていた、特殊障壁。
その障壁は攻撃を完全に無力化させる効果を持つ。
だがそれには、必ずどこかに弱点があるものだ。
その弱点を突けば、障壁は崩れさることは分かっている。
「奴の弱点は…!?」
虱潰しに様々な攻撃を繰り返せば、いつかは見つかるかもしれない。
とはいえロンデミオンの可能な攻撃の中にそれがなければ、障壁を破る事は不可能。
だがそれを、この男は知っていた。
「斬撃だ!斬撃を奴に叩き込めロンデミオン!」
何の為に25年を費やしたか、その成果。
奴の弱点を探り、確実にしとめるために。
「貴様に言われるまでもない!」
ロンデミオンは飛び出すと、もとよりそうするつもりだったように
武器を大剣に持ち替え剣に力を込める。
「こいつで…どうだ!!」
「うぐッ!?」
重々しく振り降ろした剣の衝撃をバルドに叩き付けると、
バルドの身を包み込んでいた何かが弾け散った。
「ラトエント!」
そしてそれを見計らうかのように、デュファストンの魔法が襲い掛かる。
「ぐぉッ!?」
障壁の崩れた体は絡み付く突風に皮膚を切り裂かれた。
「あなたの弱点など熟知しているのですよ」
斬撃と、風魔法。
デュファストンが身を犠牲にして調べあげたバルドの弱点は、
二人の特技でもあったのだ。
だが決してそれは偶然では無い。
あらかじめ斬撃に弱いと知っていたからこそ、
わざわざロンデミオンがこの地に向かう様に
この男が誘導して来たのだから。
「ふん…すべて貴様の計画通りというわけか」
だがバルドは、己の障壁を破られたくらいでは怯まなかった。
「障壁が崩れたくらいで勝利したつもりかシェイプシフター?
貴様の陳腐な筋書きなど 我が力の前では塵に等しい!」
たとえ障壁がなくなったとして、どうということではない。
老いた勇者と力の衰えた魔王。
今のバルドには少しも脅威ではなかった。
力を得た今のこの体は、何者にも倒される気がしないのだ。
「愚かなファルサスよ…貴様のその尊大さが隙だと何故気づけない?」
道を踏み外した人間の、奢り。
最も愚かで醜い姿。
「崇高なる魔神を貶め利用した罪は重い
イゼットに代わり断罪してやろう!」
デュファストンの瞳が鋭く光り、身を僅かに屈める。
「ふん…25年間我が隙すら突けぬクズが、知った風な口をきくな!」
バルドは突然デュファストンの足場を攻撃し、大地を激しく揺らした。
「!?」
バランスをくずし、デュファストンは膝を着く。
「イゼットに見捨てられたのは貴様だシェイプシフタ−!! 」
こちらが弱点を熟知していたように、
向こうもまた同様だった。
デュファストンの戦闘力の強みはその機敏で身軽な行動範囲の広さ。
こうして足場を乱し跳躍を封じてしまえば、その能力は半減。
そしてその華奢な痩身は決して打たれ強くはないことを、知っている。
「その命、主たる我が終らせるのが筋であろう!」
「ーー!」
バルドの重い一撃がデュファストンの頭上を捕らえる。
「バルド!貴様の相手は俺だ!」
そこに、突如ロンデミオンが斬り掛かった。
「!!貴様から死にたいかロンデミオン!」
デュファストンに向けられていた攻撃は、
急遽飛びかかって来た男に向けられる。
「ぐッ!!」
その攻撃を剣で受け止めるが、衝撃の強さにロンデミオンの体が吹き飛ばされた。
「ロンデミオン…!?」
「なんということはない。いいからお前は奴の裏に回れ!」
ロンデミオンの体は、攻撃を受け止めた時に出来た傷で血だらけになっていた。
「さっさと行け!」
「フン…死に損ないが偉そうに…!」
口ではそういいながらも、デュファストンの足は言われたポイントへと向かう。
そしてデュファストンはすれ違い様に、 ロンデミオンの傷に回復をかけた。
「何を勝手な…」
「まだ死なれては困ります」
さっきのは助けられたのではない。
今のは助けたのではない。
「その朽ちたる命、やつを倒す為だけに使え」
互いに、利用しているだけだ。
そう確認するように。
「ふん…貴様に言われるまでもない」
そうした刺々しい会話を躱しながらも、
その動きは まるで昔から組んでいたかのような
息のあったコンビプレイ。
「………フ…」
その様が愉快過ぎて、バルドはまた笑う。
「堕ちたものだなシェイプシフターよ!
かつての敵と手を組むとは!」
またも動揺を誘うような蔑の言葉を、バルドは発した。
「………」
だが、デュファストンのその剣先は
今度は 何一つ乱れなどしない。
「…それがなんだというのです」
そんな言葉は心乱す要因になどならないというような、 冷静な口調。
ロンデミオンはその様子に密かに安堵する。
先程のように衝動的に取り乱す事はもうないようだ。
だがその言葉の続きが己の心を乱す事になるとは、
ロンデミオンは 思ってもいなかった。
「今も昔も敵は貴様一人…何も恥じることはない!」
曇りないような口調で、言い切られたその言葉。
当然の事のように。
まるで偽り無き本心のように。
「ーー!?」
今度は、ロンデミオンの剣先がブレる。
今のデュファストンの…いや、シェイプシフターの言葉に。
(今も…昔、も?)
その意味が、理解出来ない。
25年前のあの日あの時、二人は命を取り合った。
それはあきらかに敵対していた。
敵だった。宿敵だった。自分にとってこの男は。
それなのに今の言葉。
(…どういうことだ)
魔王を倒す為に城に乗り込み、追い詰めるまでに至った勇者。
それを迎え撃つべく待ち構えていた残虐な魔王。
これはもう敵同士以外の、何者でもないのに。
(『敵は貴様一人』だと?『バルド一人』…だと!?)
あの時からすでに…ロンデミオンを敵だと思っていなかった、と。
今の言葉をまともに受け止めれば、そういう事になってしまう。
「死したる亡霊よ 冥府へ堕ちるがいい!」
「亡霊は貴様だ!シェイプシフタ−」
呆然とするロンデミオンの傍で交される会話が、
勝手にロンデミオンの耳に入っては通り抜けていく。
「塵にしてやる!」
「塵となるのは貴様だ!」
激しく攻撃をぶつけ合うバルドと、魔王シェイプシフタ− 。
バルドとの戦闘は今尚続いていて、少しも気を抜ける状態ではない。
それは分かっている、理解しているつもりだった。
それなのにロンデミオンの頭は、戦闘とは別の事に思考を巡らせてしまう。
そのくらい大事な事だったのだ、ロンデミオンにとっては。
宿敵から、宿敵と思われていない。
それは最大の屈辱であると同時に、
今の自分の存在の理由を根底から覆されたようなものだから。
25年前に『敵』を倒す為に出向いた自分が、否定されてしまう。
そこから派生した今日に至るまでの復讐の日々すらもすべてが。
この魔王が敵であることが前提だというのに。
(では俺はなんだ…なんなんだ!貴様にとって俺は…!)
この男にとって自分が敵でなければ、なんだというのか。
いつしかロンデミオンは目の前の敵よりも、
人生最大の謎を追い求める事が思考の大半を占めていた。
その動きには、冴えがなくなってくる。
自分の周りに対する警戒や、集中力が欠落する程に。
「おい、何をしているロンデミ…」
急に動きの鈍くなったロンデミオンに気付き、睨み付けようとした瞳は
その視界にロンデミオンの背後に迫る影を捕らえた。
「ーー後ろだロンデミオン!!」
「!?」
鈍い音がロンデミオンの耳に聞こえた。
振返った目の前に広がるのは、赤。
それが、衣の色なのだと瞬時に認識出来なかった。
そしてそれが、衣の色の赤だけではないということにもまた。
ようやく、ロンデミオンは現状を把握する。
「な…!?」
まるでロンデミオンを庇うように躍り出たその痩身から、突き刺さった突起が引き抜かれた。
「あ…ぐ…ッ…!」
溢れ出す大量の血と共に、金の髪が揺れその身が目の前で崩れ落ちる。
「デュフ!!」
ロンデミオンは反射的に崩れ落ちる体を腕で受け止めた。
「あぁ…やっと、そう呼びましたね…」
吐いた血で赤に染まった口元が笑う。
「ようやく…俺に騙されてくれたな…ロンデミオン」
どこか満たされたような表情で。
「ふ…ふふ…貴様の、仲間の振りをし続…」
「少し口を閉じろおしゃべりめ!」
苛ついたようにそう言うと、ロンデミオンはその身体を抱え夢中で走った。
「どこへいくロンデミオン!逃げるのか!!フハハハハ」
「くっ…!」
罵倒を背に受けながらの、一時退却。
覚醒したバルドはその強大な力と引き換えに、移動力を大きく奪われている。
ロンデミオンのスピードにはついてこれないのだ。
周りに他の魔神もいない事を確認すると、ロンデミオンは足を止めた。
ここまで距離をとれば、そう簡単には追い付かれないだろう。
「まったく、ふざけた事をするな貴様!!何故こんな…!」
ロンデミオンは怒号の言葉を浴びせながら、赤い襟元を裂いた。
「!!」
抱えた身体の傷を見て、愕然とする。
胸から背中にかけて貫かれた身体は、
内臓を抉られ正面から地面を覗く事が出来た。
それは自らの身体を癒す為術を詠唱できるような状態ではない。
もちろん、ロンデミオンには癒す術などなく。
手の施し用がない。
「傷は…深い、のか…」
掠れた声が聞いて来た。
「あぁ。致命傷だ」
包み隠す事も無く、ロンデミオンは述べる。
嘘を言っても、この状況は何もかわらない。
「だがそのうち仲間がみつけてくれるかもしれんぞ
…それまで貴様が生きていればな 」
それに託すしか、方法は無かった。
魔神の群れをなぎ倒しながら一気にここまで来れたのは、
ロンデミオンとデュファストンの二人だけ。
だが直に味方の軍勢も魔神を撃破しつつここに辿り着き、
必然的に彼をみつけるだろう。
味方には優れた僧侶もいる。
「その姿のままここでじっとしていろ」
彼等はこの男を自分達の味方と思い込んでいるのだ。
特に僧侶の少女は、この姿のこの男に好意を抱いていた。
人間の姿の侯爵を見つければ、何のためらいも無く傷を癒すだろう。
「ふ…ふふ……持つ…べきもの、は…仲間、ですねぇ…」
血を噴き零しながら、口元が笑う。
「……黙れ狐め…思ってもいない事を」
「おや…バレ…ました…?ふふ…」
演技なのか、自嘲なのか、本心なのか。
ロンデミオンには判断が出来なくなる。
この男のどこまでが本当で、どこからが嘘なのか。
その態度がロンデミオンを惑わせる。
先程の言葉と、行動のように。
「………なぜ、俺を庇った」
隙を見せた自分に向かって来た攻撃を、
この男が間に割って入って受け止めた。
何故。
「庇って、など…いません…よ」
あの行動が庇う以外の何に当てはまるのか。
「ならば敵が奴一人とはどういう意味だ」
敵がバルド一人だというのらば、
ロンデミオンは敵以外の何に当てはまるというのか。
それは自分の身を盾にして庇う程の…。
「答えろ」
「…ッ…貴方も…いい加…減、おしゃべりな、男…です、ね…」
血まみれの口元は、血を零しながら笑う。
「貴様程じゃ無い」
「…こんな…ときに、何を…言う、かと、思…っ」
言葉の途中で咽せ込んだ口から、大量の血が吐き出される。
「…いい!返事は後で聞く」
このような状態の男に会話を求める事に無理があった。
実際言葉すらもう、よく聞き取れなくなって来ている。
「貴様はもう黙ってろ」
返答を聞き出したいのは山々だが、無理はさせられない。
これ以上喋らせては、死期を速めるだけだ。
(死期を…速める…?)
ロンデミオンは、ようやく自分がとった行動の意味に気付く。
(なぜ…)
なぜこの男を抱えて走ったのか。
なぜ仲間と合流させようとしているのか。
なぜ、これ以上喋らせまいと思ったのか。
その答えは、一般的に考えれば決して難しい事では無い。
だが、ロンデミオンには認める事ができない。
(俺は…?)
この男を、死なせたく無いと思っている。
この男を、助けようとしている。
この男を、護ろうとしている。
ーーーーー何故?
自分が殺す予定のこの男を。
「ごほッ…かはっ…」
「!」
思考を邪魔するように咽せ込んだ声に我に返され、
反射的に抱かえる腕に力がはいった。
「…まっ…たく…貴様、は…ゴホッ…」
震える手が、ロンデミオンのその手を払い除けようとする。
「…喋るな」
だがその手には力が入っておらず、触れて、動いた程度。
もう幾許の力も残っていないのか。
「いつま…でも…、こんな…とこ、で…なにをし…て、いる」
「黙れといっているだろう!」
それでも、その口はまだお喋りをやめず、
消え入りそうな声で続けた。
「い…け、…さっさ、と…」
弱々しく、その瞳はロンデミオンを睨み付けた。
虚勢の威圧のようなその瞳。
「殺…せ!」
だがその眼光は、紛れも無く魔性の輝きだった。
憎しみと、殺意と、執念と。
「早…く、奴を殺せ…あの男を…ッ」
震える手が、憎しげに空を掻く。
爪で、切り裂こうとしているように。
今直ぐに、この手で切り裂いてやりたいという想いが
その指先から溢れ出る。
「私の…俺の…」
「あぁ…分かった!分かったから…」
「…俺達の…ッ………」
「いいから黙ッ…」
ドサ……
「!?」
突然、その手が地面に落ちた。
本当に、突然だった。
「…おい?」
腕の中の身体が、急に動かなくなる。
「…起きろ」
身体を揺らす。
「侯爵…?」
揺らされる振動で腕が揺れる。
「デュフ…!」
おしゃべりな口は、動かない。
「シェイプシフター!!」
どの名で呼んでも、返事は返ってこなかった。
「まだ聞いていない…起きろ貴様!返答をまだ聞いていないぞ…!」
謎の答えの真意は聞けぬまま、闇に葬られて。
「勝手に逝くな…」
目の前の現実が信じられない。
たとえ相手が自分を敵と思ってなかったとしても、だ。
自分にとっては紛れも無く宿敵だったのだ。
その男が、追い続けていた宿敵が…目の前で動かなくなる。
「貴様を殺すのは俺だ…」
そう口にして、ようやく理解した。
何故、今までこの男を殺せなかったかを。
「貴様を殺すのは俺だ……!貴様を殺すのは俺だろうが!!」
この男が、何もかも失った自分にとって
唯一残された『生き甲斐』だったのだ。
この男の存在が、自分の戦う理由になっていた。
この男の存在が、自分に生きる意味を与えてくれた。
この男を失う事は、己の生き甲斐を失うという事だからだ。
だから、殺さなかった。
殺せなかった。
己の生き甲斐を亡くしてしまうのが、躊躇われて。
「俺以外に勝手に殺されるな!!」
これが怒りなのか悲しみなのか解らず。
ただ理解できているのは、大きな喪失感。
「なぜだ…何故庇った?!なぜ俺を!?」
自分が隙をつくったばかりに、
自分を庇ったばかりに、
この男を自分以外に殺させてしまった。
バルドなんかに殺させてしまった。
己が招いた末路。
「…死んだか」
「!!」
ロンデミオンの耳が、不愉快な声を捕らえる。
「くくく…その男が死んで貴様も一石二鳥だろう」
いつのまにか、すぐそばには一連の様子を愉快そうに眺めていた男。
「バルド…」
自分から全てを奪い取っていった男が、
再び手に入れた『生き甲斐』を、再び奪い去る。
「バルドォォ!!!」
沸き上がる感情が、ロンデミオンの剣へと流れ込む。
「貴様だけは許さん!!貴様はァ…」
「!?」
ロンデミオンはバルドの反応出来ない速さでバルドに斬り掛かった。
さきほどまでとはうってかわったような、その動き。
巨大に変型したバルドの身体を、ロンデミオンは駆け上がる。
「貴様は俺の…っ」
目の前に異形の頭が見えるまで一気に駆け上がると、
ロンデミオンは剣を振り上げ跳躍する。
「俺達の…仇だ!!」
ロンデミオンはその頂点めがけ、剣を振り降ろした。
断末魔の叫びが、滅びゆく世界に響き渡る。
「…………」
崩れた残骸を見おろし、ロンデミオンは荒い息を整える。
ついに、バルドを倒した。
25年前の復讐を果たし、結果的に世界を救ったかのよう。
だが、その胸に拡がるのは満足感でも充実感でもなく、
どうしようもない喪失感。
25年前の宿敵は、自分を敵ではないと言い捨て、そして逝った。
25年間復讐を誓い続けた仇は、今、逝った。
もう終ってしまった。
戦う理由も、自分の存在する意味も。
もう何も残っていない。
「…………」
ロンデミオンは半ば放心状態で、残骸に背を向ける。
もう意味がない。
ここにいる意味も、生きている意味も。
無意識にロンデミオンの足はもうひとつの亡骸のところに向かっていた。
そして、そこで見た。
「!!」
そこに、何も無いのを。
「な…!?」
横たえておいたはずの、奴がいない。
見回しても、味方が救助にきた形跡も無い。
そこには人影も血の跡すらも無く、
抱かえていたあれが幻だったのではないかと思えるほどに…。
「幻……!!」
そこで、ロンデミオンは思いだすのだ。
『ようやく…俺に騙されてくれたな…ロンデミオン』
やつの、特技を。
「く…くくく…そうか…あの野郎……!!」
その口元には、抑え切れない笑い。
「どうやら一杯くわされたみたいだな…!」
その表情は、とても喜々としていて。
ロンデミオンは疲弊した身体で大剣を振り上げると、
亡骸が横たわっていたはずの地面に突き刺した。
「俺には…まだやることが残ってるようだ…!」
思えば…全てが偽りで、幻。
きっと自分の抱いた感情も、奴が一瞬見せた心の内も。
全てがやつの造り出した幻影だったに違い無い。
まんまと、踊らされた気分だった。
だが…どこか満たされた気分になる。
「待っていろ…」
突き刺した剣を勢い良く抜くと、ロンデミオンは大剣を肩に担ぐ。
「今度こそ俺が…殺してやるよ…!」
仰ぎ見た空に不敵な笑みを向けると、ロンデミオンは歩き出した。
2009.04.04
ラストバトルの会話は萌どころ満載!
ロン編とデュフ編で会話のニュアンスが微妙に違うんだけど、
どっちも捨て難いぐらいすきだなぁ。
やっぱロンデミオンがいるロン編のほう萌かな。
なにしろあの、
「堕ちたものだなシェイプシフターよ!
かつての敵と手を組むとは」
「今も昔も敵は貴様一人…何も恥じることはない!」
の掛け合いにはほんと悶えたなぁ。
この会話、本当に最後の最後まで戦闘引っ張らないと聞けないんですが、
最後の最後にうっかりデュフ本音でちゃった感が漂ってて凄い好き。
これって25年前にロンデミオンとバルドが自分を倒しにきた時から
バルドの事しか敵として見て無かったって意味にしか取れない言葉だよね。
それじゃあロンデミオンはあんたにとって何なのよ?っていう。
何なのよって言うかもう、あぁ一目惚れだったのね?っていうね(笑)
ロン、デュフどっちのルートでも、バルドはデュフの正体気付いて無いのに
正体が魔神だってことだけはちゃんとわかってるんだよね。
そのくせ前から知ってたっぽい言動を臭わせる時も有るし…
なんかいまいちその辺の辻褄がよくわかんなかったので、
本当は分かってたけど気付かない振りして踊らせてた
って事にすれば万事OKなんじゃね?
という俺設定ルートが完成。
こんな話になりましたとさ。