奪ワレタ時ト裏切リノ所在


「私は、裏切り者なんだそうですよ」
 崩れ落ちるベセクより共に脱出し、街へと向かうその脚で、デュファストンはそう言って可笑しそうに笑った。
「おかしな事を言うとおもいませんか?」
 小馬鹿にしたような口調で、とても可笑しそうに。
「あんな下等なモノなど仲間だと思った事もないのに」
 かつて魔の王としてその存在を世に轟かせた男は、魔を蔑み、美しき人の器で笑う。
「お前らしい考え方だ」
 ロンデミオンは呆れたように応えながら、苦笑する。
 同族に裏切り者と呼ばれようが、我が道を行く。結果的に人間達を救った事になっても、彼にはそんな事どうでもよかった。自分の目的を果たす為に全てを利用し、そして復讐を果たした。彼は今その満足感に満ちているのだ。25年という長い年月をかけ、仕込み、導き、最高の舞台で復讐を遂げたその事に。
「あの男も愚かですよねぇ…私の正体に気付きもしないとは。聞きました?『裏切ったな』ですって」
 復讐を遂げたその男の事を思いだし、デュファストンは愉快そうに声をたてて笑う。
「最初から復讐する為に近付いたというのにねぇ? 『裏切った』はないでしょう。何度も私に触れておきながら、あそこまで私の正体に気付かないとは」
「…!」
  後半の言葉に、ロンデミオンの表情が驚きに変わる。
「…お前、まさか奴と…!?」
 勘違いでなければ、そういう意味にとれる。たしかに、ロンデミオンの記憶の中でも、若かりし頃のあの男に多少そういう気はみえていたので、そう言われても納得もするが…。
「えぇ、寝室に呼ばれましたよ。幼き時より毎日のように、ね」
 デュファストンはロンデミオンの問いをさらりと肯定した。勘違いなどではなかった。それは一度や二度ならず、日常的に行われていた行為。
 あの男が『裏切った』と言うわけだ、それほどまでに愛でていたのだ。自分を殺す為に近付いて来たこの男を。
「お前ともあろう者が、随分と酔狂な事だな」
「…そうですか?」
 自分の仇相手に己の身を黙って捧げるなど、ロンデミオンの知る『奴』なら信じられない事だった。プライドが高く狡猾で残虐で、そのような行為を許すような男ではない。
「怨んでいたのだろう、あいつを」
「えぇ、何度でも切り裂いてやりたい程に」
 それほどに憎む相手に、何故。その疑問をロンデミオンが口にする前に、デュファストンは語り出す。
「下等なファルサスの、まして憎むべき男にこの身を弄ばれる…それがどれだけ屈辱な行為だと思います?」
「…さぁな。だが相当だろうな」
 弄ばれたことがないから、ロンデミオンにはなんともいえない。だが、彼とて憎む相手は共通。もしその男に馴れ馴れしく腕でも掴まれたなら、即刻振払ってやりたい程だと言う事はわかる。
「だからですよ…」
 まるでそれを自ら望んでいたように、デュファストンが妖しく微笑む。
「だから抱かせました。憎しみを…恨みを、より確固たるものにする為にね」
「なんでわざわざそんな事を…」
「なぜか、ですか?」
  する必要がない。そこまでする必要がないのだ。ただ復讐する為には、そこまで恨みを重ねる必要は。
「その方が…復讐を果たした時の快感がより強く得られるでしょう?」
 酔狂、としかいいようがなかった。その快感をより強める為に、甘んじて屈辱を塗り重ねる。全てを利用し仕込みを怠らない男だと思ってはいたが、まさか自らの身も最高の舞台を作り上げるためのその一つとして利用していようとは。
「…なぜ、そこまでするんだお前は」
 簡単に近付けた。簡単に殺せた。簡単に復讐などできた。だが其れをせずに、25年も我慢して。青年だったロンデミオンが老いた中年になるように、それだけの長い年月をわざわざ赤子から青年まで『人』を演じて。一瞬の快感の為にそこまでするものかと。
「あの男が…俺から奪ったからだ」
 デュファストンの口調が、『奴』に変わる。その表情は憎しげに、美しい顔を歪ませる。
「…なにを?プライドか?」
 結果的には命を奪われたわけではない。こうしてロンデミオンも彼も、形をかえつつ生きている。だとするなら、人間達からあらゆるものを奪い尽くして来たこの男が、一体何を奪われたというのか。
「瞬間だ」
  それは物ではなくて。
「奴は…俺の最高の瞬間を奪った。だから俺は…奴の最高の瞬間を奪うと決めたのだ」
 ただの復讐では済まさない。
 最高にあの男が幸福に満ちた瞬間に、奪いたかったのだ。あの男の『計画』が成就するその瞬間を、奪い取ってやるのだと決めていた。そして、積み上げた最高の快感に浸る。それこそが、綿密に計画した究極の復讐劇。だから待った。あの男がその瞬間を作り上げるまでの長き時を、25年間も。
「奪われた、最高の…瞬間だと…?」
 ロンデミオンは、奪われた『瞬間』を思いおこす。その『瞬間』を二人は共有していたはずだった。あの男に罠にはめられたあの瞬間、確か自分達は…。
「そうだロンデミオン」
 デュファストンは手を伸ばし、ロンデミオンの顎をするりと撫でる。
「貴様だ…貴様との時間だ」
 それはとても愛しそうに。
「俺は退屈だった。人間を喰らいに来たのも、単なる暇つぶしの道楽だ」
 ピク、とロンデミオンの眉が歪み、狂言を吐いた男を睨み付ける。彼はその視線を嬉しそうに受け止め、言葉を続ける。
「そこに貴様が現れた…」
 人間に仇成す存在を倒す為に選ばれた勇者、ロンデミオン。魔王討伐の英雄として王国最強の戦士として、現れた。
「貴様は、俺を倒すといいやがった。下等なファルサスが、倒すと…この俺を!」
 そう言って、デュファストンは笑い出す。黙って聞いていたロンデミオンの表情は鋭くなり、彼の手を払い除けた。
「…その下等な人間に殺されかけたのは、どこのどいつだ?」
 刺々しく皮肉をぶつけると、デュファストンの笑いのトーンが僅かに弱まる。
「…そうだ。この俺だ」
 そして、笑いをおさめると、妖しく瞳を細めロンデミオンを見つめる。
「たしかに見くびり油断もした…だが、何よりも驚いたのだ。剣と言うものを初めてこの身に当てたのは貴様がはじめてだった。痛かった…痛かったぞロンデミオン」
 その言い方は、初めて傷を追わせた相手に憎しみを覚えたと言うよりも、むしろ…。
「嬉しかった…」
 喜々とした表情で、デュファストンは愛しそうに笑む。
「俺を傷つける事のできる存在が居ようとは…これ程のファルサスが居ようとは…!…愉快だった。最高に楽しかったのだロンデミオン!!」
 恍惚に満ちあふれた表情でそう言うと、デュファストンは己の身体を抱くように手を這わせ、自らの胸をはだけた。派手な色の服の下から現れた白い肌。その白い胸にはロンデミオンの見ている前で何かが浮かびあがってくる。
「これに覚えがあるだろう?」
 それは、かつてロンデミオンがつけた刃傷の跡。
「そんなものを25年もわざわざとっておくとは…な」
「くくく…」
 ロンデミオンの目の前でその跡は再び薄くなり、すぅと消えていく。だがそれは傷を癒し消したのでは無く、仕舞っただけだということがロンデミオンにもわかった。大事にとっておいているのだ、この男は。あの瞬間を。
「最高だった…」
 興奮した表情で、デュファストンは言う。
「貴様がこの俺を殺すかもしれないという可能性…剣で己の肉を斬られる感触…全てが新鮮で、最高だった」
 誰も逆らうものの居ない存在。誰も倒せるもののいない存在。そんな自分に必死に挑み、傷を負わせ、あまつさえ命を奪わんとする。そんな初めての経験に、彼は激しく歓喜し、心踊らせ興奮していたのだ。
 邪魔をされる直前まで。
「だが貴様はあれで命拾いしただろう、結果的にな」
 戦いの中ロンデミオンは、ついに彼を追い詰めた。傷を負わせ逃げ場のない場所に追い詰め、後はとどめを刺すだけの状態にまで。決着がつくまでは、本当にあと少しだったのに。
「…いいや違う」
 デュファストンはロンデミオンの言葉を否定し、ほくそ笑む。
「貴様はあの時俺を殺せると感じていた。だから迷い無くこの俺の胸に剣を突き立てにきただろう…」
 確かに、そうするつもりだった。あの男に邪魔をされなければ。
「だから俺は待った…俺の胸をその剣で貫き飛び込んできた貴様を抱き、勝利に酔いしれた愚かなファルサスをこの手で引き裂いてやる最高の瞬間をな!」
「!!」
 命拾いをしたのは、ロンデミオンのほうだったのだ。ロンデミオンの額に冷たい汗が一筋伝った。あの時、あのまま挑んでいれば、確実に八つ裂きにされていた事だろう。自らの身体を貫かせてまでもその究極の快楽を待ち焦がれた酔狂な魔王の罠によって。
「楽しみだった…待ち遠しかった…その最高の瞬間が…それを!」
 デュファストンの表情は、魔に満ちた恐ろしい表情にかわる。
「あの男が、奪った」
 楽しみにしていた最高の瞬間を、邪魔された怨み。
「…………」
 だから、許せなかったのだ。ただ殺すだけでは足りない程に。
「同じように、最高の瞬間を奪ってやると決めた…その為に何でもした。その為なら屈辱すら喜んで受けよう」
 どれだけ時間をかけようと、構わなかった。あの男を最高の瞬間からたたき落とす為ならば。
「そういう事か…」
 つくづく、『魔』なのだと思う。どれほどうまく人に化けようと、やはりこの男は『魔』なのだ。感覚も考えも尋常では無い。
「それで、お前は満足したのか」
 その作り上げた舞台は望み通り成就されたのだ。この男の思惑通りに。
「…えぇ、それはもう」
 筋書き通りの復讐劇に満ち足りた男は、邪気のない満足そうな顔に変わりロンデミオンに微笑む。本当に、猾い男だ。あれほどの魔性を簡単に包み隠してしまう美しい器。
 だがこの容姿に騙されてはいけない。コレは『魔』だ。かつて人々を喰らい世界を恐怖に陥れた凶悪な魔神なのだ。互いに利用し合い目的を達した今、もう生かしておく必要も目を瞑る必要もない。
「………そうか」
 だから…滅せねばならない。
「それじゃあ…」
 ロンデミオンは背中の大剣に手をかけ、デュファストンに向ける。
「あの時の続きをしようじゃないか」
 奪われたあの決着の続きを、今。
「…………」
 デュファストンはそんなロンデミオンに身構えることもなく。腕を組んだそのままの姿勢で、無言でロンデミオンを見つめていた。猾い程に美しい容姿。だがそれは全て、騙す為に作り上げた偽物。
 だから、ロンデミオンは自分に言い聞かせるのだ。
「来いよ」
 躊躇うな…これは人では無い。
「さっさとその幻影を解け」
 魔神なのだから。
「シェイプシフタ−!」
「………」
 デュファストンは人の姿を崩す事無く、挑むロンデミオンをどこか冷めた瞳で見つめ続けた。
「まったく…」
 そして、ようやく彼の右手が動いた。一振りで肉を引き裂くその右手が。
「 !」
 ロンデミオンは剣を縦に構え、防御に備え身構える。だが、その右手はロンデミオンには向けられず。彼はその手で前髪をかきあげると、溜息をついた。
「…つまりませんね」
 デュファストンの発した言葉には戦闘意欲の欠片も無く、退屈そうで。
「今の貴方は…私を殺す気がまるでないようだ」
「何…だと?」
「あの時のような憎しげな瞳で、私を見ては下さらない」
「な…!?」
 思いもよらない宿敵の言葉に、ロンデミオンが戸惑う。
「共に戦い、寝食を共にしたくらいで…貴方は何を錯覚しているのです?」
「!」
 心の躊躇いを見抜かれたような、その言葉。
 旅に同行した時から正体はわかっていたとはいえ、共に同じ目的に向かい、協力し戦って来た日々の記憶。彼の我侭に振り回され、言葉に惑わされ、苛々しながらも共に過ごした数日間。自分の危機には即座に彼は駆けつけ魔法で援護をしてくれ、受けた傷を癒し、そして自分も彼の危機には駆けつけた…そんな記憶は、ロンデミオンの中で確かに現実のものだった。それがすべて、互いが利用しあうための偽りの協力だったとしても、助け合った日々は…間違い無く其所に存在していた。
 仲間だったのだ。その気持ちが、かき消せない。
「とても…裏切られた気分です」
 ロンデミオンの人間としての裏切れない記憶が、デュファストンを落胆させる。この男の自分を見る目が、もう、昔のそれではないことを痛感するのだ。彼が自分を、憎き宿敵として見る事の出来なくなっている事を。
「あぁ、奪われた私の瞬間は戻らないのですね…」
 復讐を果たし恨みを晴らしたとしても、心踊らせたあの時のあの瞬間は戻らない。もう二度と。
 デュファストンはひらりと赤い服を靡かせ、街へと向かう脚を翻す。今、来た方へと。
「待て…どこにいく…!?」
 崩れゆくベセクに向かって。
「…どこへでも」
 デュファストンはそう言うと、美しく微笑んだ。次の瞬間その身体はふわりと浮かび、金色に発光した光が美しい器を瞬時にかき消す。
「………!」
 姿を現した、魔神シェイプシフタ−。黄金に輝くその姿は、あの時と何も変わらない。胸には、あの時の傷を見せつけるように浮かばせて。

 それは最後のチャンスだった。それは最後の願いだった。わざと隙を造り、僅かに最後の期待を込めて。
「…………」
 見つめ会う魔王と勇者。
「…………」
 だが勇者の剣は、動かなかった。宿敵を目の前に、剣を構えたまま…その剣を振り上げる事も、突き立てる事も無く。
「…それが貴様の答えか」
 シェイプシフタ−は視線を外し、溜息を突いてロンデミオンに背を向ける。
「失望したぞ…ロンデミオン」
 最後まで、動かない勇者の剣。もう戻らない、あの瞬間。心踊らせた宿敵は、もういない。
「この世界に俺の望むものは…もう無い」
 ロンデミオンに背をむけたまま、魔王は歩き出す。
「…まて」
 その背に剣を向ける事も出来ず、ロンデミオンは手を伸ばす。まるで引き止めるように。
「デュファストン…!」
 ロンデミオンの口から出た名は、偽りの其れ。
「…………」
 魔王の脚が止まる。
「デュファストン…?何だそれは」
 振返り、馬鹿にしたような口調で魔王は笑いを零す。ロンデミオンを、今までの自分の全てを否定するように。
「我が名は…魔神シェイプシフタ−だ!」
 叫びと同時に邪悪な気が辺に渦巻き、ロンデミオンに襲い掛かる。
「ーー!!」
 それを剣を盾に防ぐも、ロンデミオンの身体は数mも後ろに吹き飛ばされた。凄まじいその威力は、その魔神の格を物語る。超神をも従えた獄界の魔王の、本気の姿。
「シェイ……!」
 だがロンデミオンが剣を構え体勢を立て直した時、そこには…何もなかった。黄金のその姿も、美しい人の姿も。 視界に映る広がる荒野と、耳に聞こえる遠くに崩れゆく世界の轟音。まるで取り残されたように、ロンデミオンはその中にひとり立っていた。
「…シェイプシフタ−……」
 その姿はもう、どこにも見当たらない。気配も、魔力も、何もかも。
「くそっ…」
 自分は奴に見限られたのだ、とロンデミオンは悟る。宿敵にも値しない、と。殺しもせずに、相手にもせずに。 膝を落とし、ロンデミオンはその場に剣を突き立てた。
「…どうすれば良かったんだ俺は……どうすれば…!?」
 どうすれば、など…奴の望む答えはわかっていたのに、自分のしなければならない事は最初からわかっていたのに。それが出来なかった。幻影に翻弄され最後まで惑わされ、迷わされた勇者は、再び魔王を倒せぬままで。
「そうさ……殺してやる…あぁ…殺してやるさ!」
 そして失ってから気がついても。
「デュファストン……っ!!お前の望み通りこの剣で…貴様を貫いてやるよ!」
 全てはもう、遅いのだ。
「だから戻って来い!…戻って来い!!殺してやる!殺してやる……!!」
 叫ぶ声は形なき幻影に届く事は無く。
「デュファストンーーーッ!!」
 彼方に消えゆく世界を見上げながら、ロンデミオンはその場から動く事無く。今はもう存在しない残像に向かい叫び続けていた。


 ベセク消滅と共にア−レアから魔神の姿は消え、それ以降魔神がこの世界に姿を見せる事はなかった。平和の訪れた聖バルダミアン王国は若き国王オリフェンの采配により、長らく人の世の繁栄が築かれたと言う…。

 


2008.06.08

 

EDその後のデュフ魔神編捏造話。
利用価値なくなったから、さぁ斬るか!って…
ロンデミオンには無理なんじゃねーかなと。
デュフの我侭には手を焼いて迷惑だみたいなグチ言ってても、
周りから見ればあの二人は楽しそうに見えてた訳で。
あれだけ一緒にいたら情も移ったことだろう。
ロンデミオンは最後の最後でデュフを斬れねーって迷うと思うよ。
それでもやっぱり殺さなきゃっ…ていう、そんな複雑な関係が
こ奴等の最大の萌要素だと思うんだなv
ま、デュフはロンデミオンを殺せると思うけどね。(笑)

シェイプシフタ−の肩書には「狂界の魔王」とかいてあったので
魔界の王だったのかぁって最初は思ってたんですが、
どうやら他にも魔王と名のつく存在が居る様子(デウスグルゲスとかね)
単に超神クラスの魔神だっただけなのかな?って思い直したのですが、
超神エルステーラに「命令だ!」って言いましたよね、(拒否られてましたが/
笑)
てことは元はエルステーラより格上だったって事だよねぇ?
エルステーラって超神のなかでも格上な第四階層のボスなんだから
それより上って…もういないじゃん?
つうことは、やっぱりシェイプシフタ−は魔界の最高位の王ってことなのか。
イゼットが存在しなきゃ頂点に立つ魔神なんですね!
カナス魔殿一城の主ってわけじゃなかったんだなぁ。
かっけーなデュフ様。こえーなデュフ様。
激しく萌だ(笑)



 

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