Human Game
「しかしまぁ…改めてみると老いたものですねぇ」
25年前はちょうど今のデュファストンくらいの青年だったロンデミオン。記憶に有る若々しく勇ましい青年の姿はそこには無く、老いて疲れた男の顔がデュファストンの前にあった。デュファストンはその顔に触れ、深く刻まれた年輪に指を這わせる。
「…あれから25年だ。人は老いる」
「25年……えぇ、長い年月でした」
人として成長する姿を演じ、全ての準備を整えるまでにかかった年月。憎き男を騙しながらも貶められた屈辱に満ちた25年間。
本当に、長かった。
「だがこれで、お前の目的は果たした…というわけだ」
そしてその長き年月を費やした計画は実行され、ついに復讐は果たされる。
「えぇ…お互いに」
かつて殺しあった男達は、共通の仇の前に互いを利用し合いながら手を取り合い、共に復讐をとげた。彼等の25年もの歳月をかけてお膳立てされた復讐劇は、幕を閉じたのだ。
共に恨みを果たし、そしてその舞台であるベセクは崩壊した。あの男の野望と共に。
「魔神達は徐々に消えていっているそうだな」
「そのようですねぇ」
ベセク消滅と共にこの世界の魔神達はその数を徐々に減少させていった。それをまるで人事のように、デュファストンは相槌をうつ。 その表情は目的を失った為か、どこか覇気がなく。
「お前は………」
これでよかったのか。
ロンデミオンは言いかけた言葉を途中で止め、デュファストンを見つめた。
「…なんです?」
ロンデミオンの視線に気付き、デュファストンが首を傾げた。
「いや………これからどうするんだ?」
魔神の頂点たる存在を殺し裏切り者のレッテルを貼られ、魔神として異端分子となったこの男は、魔界にも帰る場所などないだろう。だからといって、この世界にもまた、魔神の居場所などないのだ。
「………さて、どうしましょうか」
彼にとって、この『デュファストン』という器は復讐を果たす為につくり出した偽りの容れ物。この街も、住民も、全て復讐の舞台の為に用意したもの。目的が果たされた今、もう必要がないのだ。
全てが、過去の遺物。
「そうですねぇ」
ここにいる必要もない。ここを残しておく必要もない。
「ここで再び人でも喰らってみましょうか?」
デュファストンは妖しげに瞳を細め、挑発的に色気のある唇から赤い舌を覗かせた。邪魔な存在の居なくなった今、もうこの土地に彼を縛るものは無い。何をしたって構わない。かつて人々を恐れさせたあの頃のように、己の欲求の赴くまま自由に行動する事だってできるのだ。人々に恐怖をふりまき再び世界を混沌に導く事も思いの侭…。
「…ふん…」
魔性を潜ませた瞳で挑発する視線を受け止め、 ロンデミオンはそんなデュファストンの言葉を否定し鼻で笑った。
「…嘘をつけ。今更そんな気もないくせに」
「おや、何を根拠に嘘だと?」
いとも簡単に自分の言葉を否定したロンデミオンのその真意に興味深そうに、デュファストンはいつものように口元に手を当て小首を傾げる。
「お前はクク族をここで庇護しているようだが」
「あぁ、あの下等な下僕ですか」
クク族はベセクに住む妖精だ。デュファストンの領地には、大量のクク族がいた。熊に似た愛らしい外見の彼等は、住人達にとって和む存在として受け入れられている。
「あれはお前にはただの餌だろう」
「ええ…そうですよ」
魔神達にはその肉が上手いらしく、クク族はベセクでは恰好の餌として扱われていた。デュファストンはそんな彼等をベセクより連れ出し自分の領地に保護し、そのかわりに街の雑務をさせている。裏ではべセクの調査やら何やら色々と使ったりもしたらしいが、大半のクク族はデュファストン邸の小間使いとして暮らしていた。デュファストンにとっては使い勝手の良い下僕だった。
「……だから?」
ロンデミオンはデュファストンに向けて意地悪い笑みを浮かべる。
「お前が…戦闘中に奴等に回復魔法をかけている姿は滑稽でたまらなかったぞ」
デュファストンの眉がぴくりと動いた。
「餌を回復させる奴がどこにいる?」
「何が言いたいのです」
デュファストンの口調が僅かに不機嫌そうなそれにかわる。
「それはお前がクク族を、餌として見ていなかったという事だ」
魔神であれば餌にしかみえないはずのそれを、餌では無く一つの生命体として。
「……私は人間である必要がありましたからね、そのせいでしょう」
すべては目的のため、全ては自分を人にみせる為の完璧な演技。
「勘違いしないで頂きたい…こんな街の住民など簡単に食らえます。勿論…貴方も、ね」
そう言ってデュファストンはロンデミオンの首筋に噛み付く真似をして妖しく微笑んだ。その言葉は決して嘘では無い。彼の本当の力を知っているロンデミオンには、それがハッタリなんかでは無い事がよくわかっている。
「今までは私の存在を確固たるものにする為にすべてが必要だった。だから手をつけなかった…それだけですよ」
いつだって、今すぐにだって殺れる。そう含めた言葉でデュファストンは余裕をみせつけるが、その態度がロンデミオンには何故か言い訳にも見えてしまうのだ。何かに気付く事を焦っているように。
「ま…そういう事にしといてやるか」
どこか上から目線で、ロンデミオンは含み笑いをしながら言った。
「で、どうだったよこの25年は」
25年、それは人の振りをして過ごした歳月。
「………つまらないものでしたよ」
「嘘をつけ」
つまらなければ、あの男を殺してとっくにこの街を破壊しているだろう。ロンデミオンの知る『奴』ならば。
ただかりそめの自分の居場所を確保するためだけなら、街にわざわざ余所からスカウトした人を連れて来て店をださせたり、街を自分の趣味に飾り立てたりする必要はない。
「…なんですか?さっきから…」
そんなロンデミオンの態度に、デュファストンは不愉快さを表情に浮かべた。
「あなたこそ…なぜ私を殺さないのです?」
そして、お返しとばかりにロンデミオンに問いを投げ返す。
「あなたがあれ程に殺したいと焦がれた男が、目の前にいるのですよ?」
煽るように、ロンデミオンの顎に指を這わせデュファストンが挑発した。その挑発に乗るそぶりもなく、ロンデミオンは落着いた口調で、答える。
「…その気があればとっくに斬り捨てている」
最初から正体などわかっていた事。正体を見破られている事に気付いていない者を斬る事など、とても簡単な事だった。
だが、しなかった。こうしてお互い生かす理由の無くなった今も尚。
「ではなぜ?」
あの頃は、あんなにも自分を必死に追い、求め、挑んで来たと言うのに。25年の歳月が過ぎ、もう興味が失せたというのか。デュファストンの口調には苛立ちが見える。この男が自分に興味がなくなる事を、恐れるように。
ロンデミオンはそんなデュファストンの視線を受けながら、苦笑し言った。
「残念ながら…今のお前は、魔神の匂いがまるでしないんでな」
「何だと…?」
それは彼にとっては侮辱にもとれる一言。
「私が魔神だということを誰よりも知っているのは貴方でしょうに」
過去を知り、そして今を知る唯一の男。自分の存在を証明する唯一の男。
「そういう意味じゃない」
正体が魔神だ、なんてことはロンデミオンにだって充分にわかっている。そうではなく、魔神でありながら、それとは違う。本人もおそらく気付かぬ内に、変化していったのだろう。25年間の間に。
「お前、最後に『肉』を喰ったのはいつだ?」
それに気付かせるような誘導尋問。
「何を言うかと思えば…!」
「いつだ」
「…………」
何かを言い返そうとして、デュファストンは口を閉じる。そして不機嫌そうな口調で答えた。
「…二日前に小羊のシチューを頂きましたが?」
「…やっぱりな」
自らの口で侮辱された内容を肯定する屈辱。デュファストンとしてこの世に存在してから今まで、彼は完璧に人を演じるあまり禁断の肉を口にしていなかったのだ。通常の人間と同じものを口にし、通常の人間と同じ生活を営んで。
彼は、完璧な『人』だった。
「…演技、ですよ。全ては復讐を果たす為の、最高のお膳立てをする為のね」
その為に人になった。人の振りをしなければならなかった。人として過ごした。人として生きた。25年も。 人としての枠からはみださず、人としての暮らしを保ち続け。
「そうさ…演技でもお前は、人だった。25年間、お前は確かに人だった」
「何がいいたいのか理解出来ませんね」
回りくどい言い回しに、デュファストンは呆れたような口調で視線を外す。
「…わからないか?」
ロンデミオンはデュファストンの頬を掴むと自分の方にむけさせる。
「お前は、人に上手に化け過ぎたんだよ」
「な…」
人の中で人に触れ、人の生体を学び、より人らしく振舞う。染み付いてしまった『人』という演技が、いつしかその器を包み込んで、仮面が剥がれ落ちなくなる。
「本当は気付いているんだろう……デュフ」
ロンデミオンは、彼の愛称を口にした。
「おや…突然どういう風の吹き回しですか」
旅に同行した時に今後は親しくそう呼んでくれと宣言したにも関わらず、結局今まで一度も呼ばれたことのなかったその名。それを今になって、ロンデミオンは突然口にしたのだ。
「わからせてやろうか」
ロンデミオンはそういうと突然デュファストンを引き寄せ、そして、その美しい器に口付ける。
「…………今のはどういう意味があるのでしょう」
デュファストンの学んだ人間の生体の知識から導き出すに、これは憎き相手にする行為ではない。この行為はまるで…。
「お前こそ、なぜこんなことをされて俺を殺さない」
抵抗もせず、驚きもせず。殺気の欠片も漂わせずに。 ただ、触れる事を許した。
「昔のお前なら、間違い無く俺を八つ裂きにしているだろうな」
「…………」
昔の自分とは、何かが違う。
「ようは、そういうことだ」
「…………」
なぜ自分はこの男の接触を許したのか。その答えは…デュファストン自身、説明がつかず理解に苦しむものだった。わかっているのは、殺そうと思う気が無かったと言う事だけ。
何故なのか、理解し難い。
「ふむ……」
理解できないものは、解明したくなる。好奇心と快楽が原動力のこの男は、興味をしめしたものにはとことん執着するのだ。この世界で復讐という目的がなくなった今、彼は次に新たなものに興味を示し始めた。
「この世界では…どうやらまだ面白い事がおこりそうですねぇ…」
そう言うとデュファストンはロンデミオンの顔を捕まえ、自らも強引に口付ける。
「!?」
微動だにしなかったデュファストンとは対照的に、ロンデミオンはデュファストンの行動に激しく暴れ後ずさった。
「お、お前…っ!?何しやがる!!」
右手を背中の剣に掛けながら、ロンデミオンは驚きを隠せない。まさかこの男の方からそんな事をしてくるとは予想もしていなかったのだろう。
「おや、自分からしておきながらされると今度は逃げるのですか?つくづく人は理解に苦しみます」
そう言ったデュファストンの表情は、とても愉快そうに。 再び生き返ったように輝き始める。
「さて…いつまでもこんなところで貴方の相手をしている程私は暇ではありません」
デュファストンは髪を掻き揚げ、ちらりと一度ロンデミオンに視線を送ると、背を向けた。
「おい…?どこに行く」
歩き出したデュファストンを追うように、ロンデミオンの手がその腕を掴んだ。
「どこって…帰るのですよ?」
「どこへ」
この男の帰る場所。魔界か、それとも…。
「…屋敷に」
バルダミアン王国のデュファストン邸。唯一残された居場所の其所へ。 人として、偽りながら。もうしばらくこの世界で。
「…ふん、そうか…屋敷、か」
「えぇ」
どこか安堵したような苦笑を浮かべ、ロンデミオンは其の手を離した。
「では…御機嫌よう」
「…………ふん。さっさと行け」
デュファストンは貴族独特の優雅な挨拶をすると、靴音を鳴らし歩き出す。
「………」
「………」
それきり会話はなく、デュファストンは歩き続ける。だが確かに感じる互いの気配。
「…ふふ…」
屋敷に向かい脚をすすめるデュファストンの後ろから、歩調をあわせるように聞こえる足音。デュファストンは脚を止め、肩ごしに振返る。見せない口元には、笑いが隠せない。
「…おや、ついて来るのですか?」
腕を組んだ無愛想な表情の侭のロンデミオンは、デュファストンが脚をとめると自分も脚をとめ、溜息混じりに言葉を吐き出した。
「お前のような奴は、放っておくと何をしでかすかわからんからな」
「ほほぅ…」
その返事を待っていたように、デュファストンの瞳は輝く。この男の興味を今も自分が独占している満足感と、確信。それがたまらなく気分がよくて。血が滾るような高揚感。
「ならば見張るがいい。この俺を押さえ込めるか?貴様ごときに」
「!」
デュファストンの口調が高圧的なそれに変わる。ロンデミオンの良く知った、あの男のものに。沸き上がる霊圧は人のそれではなく、美しくも邪悪な金のオーラ。世界を震撼させた魔神の最高峰、狂界の魔王シェイプシフタ−。
ぞくり、と鳥肌がたつ程の武者震い。 ロンデミオンは老いた己の身体が熱く滾って来るのを感じた。
「…上等だ」
最高の宿敵。今も変わらぬ高揚感。この男を倒す為に命をかけた若かかりし25年前をロンデミオンに思いださせる。過去の遺物として潜み暮らしていた自分を、再び熱くさせた男。この男に巡り会った時、まるで生き返ったような感覚だった。目的を失った今も尚、この男の存在が、己の活力を刺激する。
ずっと探していた。ずっと追っていた。ずっと、会いたかった。互いが互いをどれだけ求めていたのかを、実感する。
「隙を見せたらすぐに殺してやるよ」
「くく…面白い、いつでも殺すがいい」
そう言って互いに笑みを浮かべる男達は、其所に新たな生きる意味を見い出したように。
かつては殺しあい、そして手を取り合い、今は目的を失った男達。平穏を取り戻した王国で、彼等の新たな舞台は緊張感の絶えぬまま始まろうとしていた。
2008.06.18
宿敵だとわかってて一緒に行動するって、
その心情とか考えるととても萌る。
とりあえず目的の為に一時的に休戦、みたいなもんだと思うんだけど、
目的果たしちゃった後この二人どうするんだろう…って誰もが思うでしょ?
そんなわけでファイナルEDで仲良く帰っていった事が前提のお話。
あのあと彼等がどうしたか、ものっすごい妄想膨らむんですよ。
そこで以前に書いた殺し合いルートも萌ですが、
あんがい仲良しになっちゃってたりしてほしいな(笑)
だって、名コンビじゃないすかあの二人って。
そうなるとやっぱ…デュフの屋敷で一緒に暮らすのかなぁ?
毎日喧嘩(というか殺し合い/笑)しながらいちゃいちゃするがいいさ!
あぁ…エロい妄想どんどん膨らんで来た。止まらん。ぐは。
こいつらってつくづくツンデレ同士だと思うわけ。
照れ隠しに殺しあうんだよきっと(物凄い照れ隠しだなオイ)
ま、ギスギスしたあの二人にも
こんならぶらぶEDがあってもいいじゃないか。