愛の言葉
「まさか…最初から知っていたとは」
「当然だ」
意外だった、という口ぶりのデュファストンに、ロンデミオンは勝ち誇ったように言う。
「俺がお前をわからないとでも思ったか」
騙していたつもりが、騙されていた。利用していたつもりが、利用されていた。こうも見事に意表をつかれると、狡猾な男デュファストンといえど完敗だ。
「これはこれは…自惚れてしまいますねぇ」
「言ってろ」
共にベセクを旅している間、自分の幻影を追い必死に奔走するロンデミオンの姿を後ろから眺め、その姿にデュファストンはたまらなく興奮したものだ。今はその姿すら演技だった事を知り残念でたまらないが、逆に彼に正体を見抜かれたという事実はそれほどまでにこの男にとって自分の存在が大きいと言う事だ。それは今まで以上にデュファストンを興奮させるに充分な事だった。
魔王を倒したとされる伝説の勇者ロンデミオン。誰も見抜けなかった『デュファストン』の正体を唯一、最初から見抜いた男。特別な存在。
「それにしても、流石は勇者殿ですねぇ」
「…いい加減その気色の悪い喋り方をやめろ」
「おや、お気に召しませんか?」
「お前らしくないだろう」
ロンデミオンは彼の喋り方にはどうしても慣れられなかった。この口調のほうが多く耳にしているはずなのに、どうしても、慣れられないのだ。本当の口調の記憶の方が色濃いロンデミオンにとっては。
「ふふ…そうですか?私は結構気に入っているのですがねぇ」
貴族を演じて25年。人を演じて25年。 デュファストンという人物はこういう喋り方の人物として造りあげられた。言うように気に入っているのか、それとも嫌がらせなのか、今も尚わざとらしくロンデミオンの前で彼はこの口調を続けている。
「それに俺は勇者などではない。お前が一番よくわかっている事だろう」
「えぇ…それはもう身を持って承知しておりますよ?」
「…嫌な奴だ」
魔王を倒したとされる勇者ロンデミオン。だが、彼は本当は勇者などではない。魔王を倒せてなどいなかったのだ。なにしろ魔王は生きているのだから。それを承知で勇者と呼び続けるのは、やはり嫌がらせが色濃いのだろう。
「死んだと思い込ませていた自信はあったのですけどねぇ」
完璧な演出のはずだった。人間達も、魔神共も、皆彼が死んだと思い込んでいた。生きていると確信していたのはロンデミオンだけ。
「お前がそう簡単に死ぬものか。俺が、生きていたくらいだからな」
「ふふ、そうでしたね」
瀕死の重症ではあったが、人間であるロンデミオンが生きのびたのだ。人間より数段生命力のある魔神なら生きているに違い無い、同じ場所にいた男がそう感じるのも当然だろう。それに、彼が生きていると確信するには理由があった。生きている事を裏付ける物証の存在が、其所にはあったのだ。
「…ひとつ聞く」
「なんです?」
そしてその物証は、ひとつの疑問をロンデミオンに抱かせ続けた。
「何故、俺の死体も造った」
「…………」
決戦の場に残された二つの死体、魔王シェイプシフタ−と勇者ロンデミオン。それは『英雄』によって持ち帰られ、相討ちで倒れたのだと伝えられた。そして勇者は手厚く埋葬され魔王は見せしめのように国民の前で焼かれたのだ。25年前のあの日、二人はそこで完全に死んだものとされた。だがそれは、すべて魔王シェイプシフタ−のつくり出した幻影だったのだ。『英雄』を欺く為の、25年にわたる長き計画の、最初の仕込み。
「お前は自分だけ造ればよかったはずだ。そうだろう」
自分の死を偽装する意味はわかる。死んだと思わせ裏で自由に動く為には欠かせない。だが、宿敵の死まで偽装する必要は彼にはなかったはずなのだ。
「俺の死体が見つからなければ…奴は間違い無く俺を探し出して殺した」
魔王も、勇者も、どちらも死んでもらわなければ困る。『英雄』はなんとしてでも瀕死の二人をみつけ、殺そうとしただろう。だがそこに死体があったから其れ以上追われる事なく、こうしてロンデミオンは生きている。
シェイプシフタ−がロンデミオンも死んだ事に偽装した。その事実が、今こうして彼を生かしているのだ。
「…どういうつもりだ?」
「どうって…」
デュファストンは口元に微笑を浮かべると、ロンデミオンの肩に細い指を絡め囁く。
「貴方を…死なせたく無かったからですよ」
ロンデミオンの疑問を肯定するその言葉。それは明らかに、助ける意思を持って起こした行動だったということを魔王自らが証した言葉。
「何故だ」
本気で殺し合ったあの状況で、何故。 いくら魔王といえども、自ら深手を負った状態で完璧なまでの偽肉塊を瞬時につくり出す事は相当の負担。それをわざわざ宿敵の分まで造るなど、どれだけの魔力と生命力を削った事か。それが今のデュファストンを見ればロンデミオンにはよくわかるのだ。
なにしろ今目の前にいるこの男は、かつてのあの驚異的な力の半分も無いように見受けられる。25年間力を貯えねばならなくなる程に、衰弱しきったのだろう。自分ひとりの力では果たせず、周りの駒を旨く操作する事で復讐を果たそうとした事がなによりその証だった。
それだけの力を失うことを覚悟で、この男は。
「何故…俺を助けた」
25年間抱き続けた、宿敵に助けられという違和感。疑問。その理由が知りたかった。みつけたら、絶対に聞き出そうと思っていたのだ。
「…………簡単な事ですよ」
尽きない疑問に答えるように、其の口は理由を語り出す。
「貴方を殺すのは、私だから」
まるで愛の言葉を囁くように、甘い吐息と共に紡ぎ出された死の宣告。
「あんな奴に殺される事は…許しません」
深い独占欲にも似た執着をちらつかせながら、デュファストンはロンデミオンに微笑みかける。
「なるほど…」
その理由に納得したように、ロンデミオンは苦笑した。納得させるに充分な理由だった。とても、この男らしい。助けたかったのではない。殺したかったのだ。己の手で。
空を覆いつくしていた靄が晴れ渡るように 、25年もの間抱き続けていた疑問が透明になる。決して、宿敵に助けられたのではないのだと。
「それに…」
デュファストンは白く細い腕を伸ばし、ロンデミオンの頬に指を滑らせると、その唇に口付ける。
「私を殺していいのも…貴方だけです」
甘い響きの囁き。それは愛の言葉にも似て。
「あぁ…殺してやるよ」
振払う事無くそれを受けた勇者は、口元に笑みを浮かべ剣を抜く。
「ふふ…楽しみにしています」
その剣を首筋に押しあてられながら、デュファストンは美しく微笑みその身を翻した。その剣に、殺意のない事を知っている。
殺す為に生かし、殺される為に再び出会った。
いつかは終りの来る虚像の時の中で、繰り広げられるこの喜劇。
「ロンデミオン」
名を呼んで、ただ微笑む。
殺し合う宿命の二人の男。
抱き続けたこの想いを表すその言葉は、きっと口にする事はないだろう。
end
2008.07.17
究極の天の邪鬼なかんじで。
つくづく好きな子ほど虐めちゃう、の延長なんだと想うこの二人。(笑)