「どこを…見ているんでしょうかね」
愛しい貴方は、腕の中で上の空。
熱く火照った身体のくせに、冷めた心と彷徨う瞳。
「…どこも、見ておらぬよ」
「そうですね…」
たしかにその通り…貴方は 見ていない。
目の前の自分の事など、これっぽっちも見ていない。
「何を考えているのか、当ててみせましょう」
わかっていて惹かれたはずなのに。
「この手が…あの方のものだったらと、思っているでしょう」
「!」
日に日に募る苛立ち。
「こうして貴方を抱き包む腕を…あの方と置き換えているでしょう」
膨れ上がっていく醜い嫉妬心。
「…我は」
「わかっていますよ」
わかっているのに、貴方を困らせたくなってしまう。
「いいんです。構わないんですよ?」
嘘。
そんな事、少しも思ってなんかいませんよ。
「すまぬ…」
だってそう言えば、貴方は甘えて自分に身体を許すから。
だから全部、嘘。
微笑みを浮かべて接吻をして。
自分は腹黒さを誤魔化している。
「ん…っ」
貴方は、情事の最中は名前を呼んで下さらない。
こうして触れているのが、自分ではない証。
与えられる刺激は、貴方の思考ではあの方のもの。
決して自分の与えているものではないのですね。
それならば…。
「…っ!?何を…!」
重ねるといい。
摺り替えるといい。
あの方に抱かれている妄想の中で。
「ん、やめ…っ、…痛ッ…痛いっ!」
わざと乱暴に、わざと粗雑に。
快楽なんて差し上げませんよ。
貴方の妄想の中の方に、手酷く扱われる夢を見るが良い。
だって自分だけ苦しむのは、なんだか不公平だと思いませんか?
ホラ。
あの方はこんな風に貴方を抱かないでしょう?
今触れているのは、あの方ではないでしょう?
だから、もう目を覚まして下さい。
死んだんですよ、その人は。
「…痛かったですか?」
「わざとであろう…」
「えぇ、勿論です」
「………」
何も言わずに顔を背ける。
疲れたような横顔に残る涙の跡。
行為が痛かったですか?
それとも。
あの人に手酷く扱われた事が辛かったですか?
「これでも…摺り替えていましたか?」
「……そなたは底意地が悪い」
「えぇ…そうです」
自分はとても意地の悪い人間で。
そう、ただの人間で。
神々しい貴方になど手が届くこともない、
ただのつまらない人間で。
こうやって恐れ多い存在に喧嘩を売っている無礼者で。
「意地が悪くもなりますよ…」
この世を極めし究極に至りて。
死して尚この人を縛り付ける幻影。
もう存在しない者に、適うわけなどなくて。
「…すまぬ、な…」
「謝らないで下さい…」
惨めになる。
それはまるで、決して勝てないのだと言い聞かされているようで。
自嘲してしまう。
「謝るくらいなら…もう終わりにしましょう」
いつまで夢の中にいるおつもりか。
いつまでこんな事を続けるおつもりか。
自分の作った妄想の殻の中に閉じこもったまま、
出て来る兆しも意思もない。
無理矢理叩き割ってくれようか。
縄で括って引き摺り出してやろうか。
押さえきれない、黒い感情。
独占欲。
決して手に入らぬものなれば、
いっそこのまま、この細い首を締めてしまおうか…。
「…構わんよ」
「!?」
僅かに指先にかかった気配を察したのか 貴方は言う。
「そなたがそうしたいのなら、構わぬ…」
「………」
そうしてまた、貴方は自分を苦しめる。
そんな事、できやしない。
あの方の所に貴方を行かせたりなんて、させない。
絶対に。
「猾いお人だ…」
適わない。
叶わない。
今日も自分は
貴方が自分を愛する夢を見る。
end
腹黒シンゲン。
純愛とか一途とかギャグな感じのシンゲンも好きですが
やっぱシンゲンは黒い方がイイ。
2007.02.23