「そんなことは…させませんよ」
互いにわかっていることなのに。
それでも、足掻きたくなる。
「聞き分けのない事をいうでない…」
これは最初から、わかっていた事。
龍と、人と。
「我とそなたでは…生きる時が違うのだ」
たとえどれほど想おうと、それがほんの一時でしかない事など。
「だから、…行くと仰るのですか」
納得いかないのも無理は無い。
だがもう、ひとときの時間は終演を迎える時がきた。
「そなたが弱りゆく姿を見とうない…」
そっと手を触れたその顔は、 出会った時よりも随分と年老いて。
何も変わらない自分とは違い、 終る時が迫っていた。
「だから、姿を消すというわけですか」
朽ちるその時に隣にいたくないのではない。
朽ちるその姿を、見届けたく無いのだ。
存在が消滅するその瞬間を、 認めたく無い。
「許せ」
これは我侭で身勝手な行動。
これからも長く時を過ごす、 残されし者の僅かな希望。
「そうやって貴方は、過ぎた時を忘れて行くのですね」
「忘れなどせぬ」
「…貴方自身がいくらそう思おうと、いずれは消えてゆくのでしょう」
「………」
共に過ごしたこの時間を忘れたくなど無い。
だがそれは、長く流れる時のほんの一握り。
未来永劫忘れず残そうと思おうにも、 次第に薄れていく運命。
「ならば」
共にいた記憶を、存在を 消したく無い。
「刻んであげましょう」
「何を…?」
消さないために。 残す為に。
「ーーーーー!!」
振返り様に躊躇い無く降り降ろされた刃は
白い肌を大きく切り裂き肉を抉った。
それを避ける事も無く受け止め、
赤くそまる身体は、満足そうに苦笑する。
「なるほど……そなた…らしい…な」
崩れ落ちる身体を受け止め、強く抱きしめると
苦しそうに呼吸するその唇を吸い上げる。
「術で治せば、また斬ります」
優しげな声色で脅しのように。
「何度でも…何度でも刻みます」
何度も口付けながら、その身を愛しそうに抱く。
「本当に…そなたらしい…」
絶え絶えの息の中微笑むと、
命を奪いそうな程の深い傷を負わせた相手に腕を伸ばし、
愛しそうに口付ける。
「それで…」
意識が途切れる狭間の弱々しい声で、不敵に笑う口は言う。
「この傷が癒えるまで…当然そなたが傍についてくれるのであろうな?」
「えぇ…勿論」
その言葉を聞き満足すると、
龍は微笑みながら意識を手放した。
龍は自己回復出来るにも関わらず、それをしない。
自然治癒にまかせ、老いた侍の看病を受け続ける。
傷が治りかけると、侍はまた龍を斬り付けた。
同じ箇所を、何度も何度も。
床に伏せる龍はそれでも決して術を使おうとせず、
ただ、その刃を受け止める。
そうして何度もそんな行為が繰り返され続けた後、
ある朝、
侍は龍の前でその動きを永遠に止めた。
「セイロン様!」
走りよる小龍の手には美しい衣。
「急ぎこちらの衣にお召し替え下さいませ」
屋敷に奉公したばかりの小龍は 神事の席のみ袖を通す絹衣を拡げ、
畏まった様子で初めての仕事に緊張気味。
「うむ」
そんな小龍に優しく笑いかけると、
彼等龍族の長は高貴なオーラを漂わせながら立ち上がり、
整った衣の前を解く。
するりと肩をすべる衣の下からは、
雪のように白い美しい肌が現れた。
「セイロン様!?それは…!!」
衣から露になった肩口をみて小龍は驚く。
「あぁ…これか」
肩から胸にかけ白い肌に走る大きな傷。
痛々しくも醜く、 生々しいまでの鮮やかさで
その傷は白い身体の上を我が物顔で横切っている。
「そのような傷痕…私のストラで!」
敬愛するその人の役に立とうと、
小龍は痛々しい傷に向けて小さな手をのばす。
「いや、良いのだよ」
セイロンはそんな小龍をくすりと笑うと、
その小さな頭を撫でてやる。
「ですが…」
「残しておるのだ」
「え!?」
消えないように。
この身体に。
「これは…存在の証なのだよ」
「……?」
だから。
「この傷は消してはならぬのだ」
遠い情景を思いだし、瞳を細め僅かに微笑んだ主人の姿に
小龍は一瞬みとれ、言葉を失う。
「さぁ、急いで居るのだろう?」
「は…はい!」
惚けている小龍を逆に急かすように声をかけると、
小龍は慌てて主人の着替えを手伝った。
この傷があれば忘れない。
この傷をみれば思いだす。
確かにあの時あの場所に、
存在していた事を…。
end
サモンナイト4より 一つの幸せな結末のお話。
2009拍手絵でした。
2010.01.10