なんで、こんな亜人がウヨウヨいる国に俺が。
「ディラン皇子…食事の時間だ」
なんで、亜人なんかが。
「聞こえているんだろう」
なんで、こんな偉そうに。

「陛下を待たせるな、さっさと来い。わかったな?」
俺はしぶしぶあいつの後ろを歩く。
お人好しな国王。
馴れ馴れしい王女。
家族のように一緒に食事をしようとか言いやがるから、
俺は、自分が一体なんなのか、わからなくなる。
俺は敵国の人質なのに。
家族とか、なんだよってかんじ。
「………」
俺の目の前には、
前を歩く男の、背中の翼。
汚らわしい、亜人の象徴。
…そういえば
こんなに近くで亜人見るのって、俺初めてだな。
本当に、背中から羽根はえてやがる。
…へぇ、
歩くとちょっと揺れるんだ。
石鹸のいい匂いがする…。
…………。
汚らわしい…って、聞いてたけど
別に、そんな汚くはみえない…けど?
「ーー触るな!!」
!!
「な、なんだよ!?」
「私の翼に触るな、と言ったんだ」
「さ、触ってねぇよ!?」
「翼には感覚が無いとでも思っているのか?
羽根の一枚に擦っただけでもわかるんだぞ!」
「触ってねぇっつってんだろ!」

…ふわふわだった。
思ってたよりやわらかいんだ…。
…って、あれ?
俺今、こいつの羽根本当に触ったのか?
「 お前はいっただろう…『俺に触るな』と」
「あ、あぁ言ったぜ!」
「ならば私も言おう。私もお前に指一本触れてほしく無い!わかったな」
「はッ!こっちだって!」
口を開くといつもこうだ。
本当ムカつく亜人。
なんでこんな偉そうに、堂々と城の中歩いてるんだよこいつ。
亜人のくせに、人間みたいに口答えしやがって…!
…………。
そうなんだよな。
人間と、たいしてかわんねぇんだよ。
たしかにムカつくけど…。
羽根あるけど、空飛ぶけど、
それだけで。
あとは俺達と同じなんだ。

「ディラン皇子」
「!」
「何をぼーっとしている?陛下がお待ちだ、さっさと中に入れ!」
「…ふん!口煩せー亜人!」
虚勢を張って跳ね返して、
それでも、ますますわからなくなる。
俺の世話をやきに来る亜人を、
毎日毎日、拒絶して。
追い払っても意地悪しても、
そいつはまた…来るんだ。

毎日、毎日。

なんで、俺…こいつと仲良くしちゃいけないんだろう?

これから10年も一緒なのに、
こんな状態のまま10年もここにいなきゃならないのかな。
「ねぇディラン。どうしてガーリットと喧嘩ばかりするの?」
「えっ…」
だから、聞かれても答えられない。
だって俺、なんであいつのこと嫌いなのか、
自分でわかんないんだ。
理由がないんだ。
何か嫌な事された事わけじゃない。
むしろ、
しているのは俺の方で…。
亜人だから、としか。
理由はそれしか思い付かなくて。
「ガーリットがね」
馴れ馴れしい王女が、いつものように
勝手に俺に向かって独り言を言う。
「大きくなったらファラを連れてお空を飛んでくれるって約束したの」
………だから、何?
「楽しみなの!ね、お空からみる地上ってどんなのなんだろうね?」
…知るかよ。
そんなの知ってるのは、亜人だけなんだから。
人間にそんなのわかるわけないだろ。
「ディランは?ディランは知りたく無い?飛んでみたいと思わない?」
………別に。
「ねぇ、ディランもガーリットにお願いして…」
「お前、うるさい!あっちいけよ」
空飛ぶのってどんな感じだろう。
上から見た世界ってどんななんだろう。
どこまで高く飛べるんだろう。
どこまで速く飛べるんだろう。
本当は、本当は
いっぱいいっぱい聞きたいのに。
「待ってよディラ〜ン!」
聞けるわけなんかない。
言えるわけなんかない。
ディルティアナの皇子であるこの俺が
亜人にそんなことできるわけないだろ!!
亜人は悪いやつだって、
亜人は汚らわしいって、
亜人は人間の敵だって、
いままで信じて疑わなかったのに。
この国に来てから、どんどんわからなくなるんだ。
なんで、亜人は…汚くて野蛮なんだ?
大体、ディルティアナにいた亜人と、
セレスティアの亜人は全然違うじゃないか。
汚い格好でギラギラした獣みたいな瞳で
人間の目を盗んで犯罪を犯す姑息で野蛮な亜人達。
それが俺の知ってる亜人なのに。
この国の亜人は、あいつは…
いつも清潔な服を着て凛とした瞳で
知性と品があって、いつでも堂々としてやがる。
それが、どちらも同じ亜人だなんて。
「ディラン皇子!」
鳥よりも大きな羽音が上から俺を呼ぶ。
太陽を背に受けて空から舞い降りるその姿は、
童話で読んだ『天使』っていうのを思いださせて
一瞬、目を奪われる。
「お前先程ファラ様に無礼な態度をとったな?
今後あのような振舞いをすれば、私が許さない」
…その時、素直に思ったんだ。
「聞いているのか!?」
綺麗な生き物だ、って…。
「……なんのつもりだディラン皇子?」
「え?」
「何をじろじろ私を見ている?お前には見られたくも無い!」
最初に拒絶したのは、俺。
溝を彫ったのは、俺。
「み…見てねぇよ…!」
「いいや、見ていた!」
「見てねぇって!」
「誤魔化すな、見てただろう!」
でも…俺にはわかったんだ。
「……あぁ、見たぜ!?
見たいから見た!
それがどうした!何か悪いか!!」
「なっ…!?」
この感情が、
羨ましいだけなんだってこと。
人間には無い魅力を持っているから
ただ羨ましくて
でもそれが怖くて
だから、否定してしまいたくなる。
「何を逆切れしているんだ!?理解出来ない」
亜人が汚くて野蛮なんじゃない。
亜人が人間の敵なんじゃない。
俺達が、帝国が、人間が、
『ランカスタ』をそうさせてしまったんだ…。
「……なぁ、ガーリット」
『今まで、ごめん』
…なんて言えない。
君は、理解してくれるだろうか。
俺は、整理できるだろうか。
この複雑で単純なこの感情を。
「お前には名前を呼ばれたくも無……!
……… 今、何と言った…?」
初めて『君の名』を呼んだ俺に、
君は酷く驚いた顔をしていた。














「…今回だけだ。今回だけ…お前を信じよう」
「ありがとう、ガーリット…」
よし、私につかまれ!」
「あ…あぁ!」
俺…今、空を飛んでる。
こんなふうに、君に腕をまわして
君の翼に命を預けて。
空を飛ぶのって、こんな感じなんだな…。
「…はじめてだ」
「何?」
「いや、なんでもない。急ごう」
君の身体に、初めてまともに触れた。
10年も一緒に暮らしていたのに、
本当に、初めて身体に触ったんだ。
君との距離が、漸く近付いた気がする。
こんな大変な時なのに、
そんな事思ってる場合じゃ無いのに、
なんだか、嬉しかった。
「着いたぞ、いくぞディラン!」
「あぁ!」
同じ目的の為の、一持休戦。
きっと君は、そんな風に思っている事だろう。
君にした意地悪も、
君に吐いた暴言も、
今は、全部後悔してる。
いくら俺の気持ちが変わっても、
いくら俺の態度が変わっても、
君はもう、受け入れてはくれなかった。
君の帝国に対する憎しみは、
君の俺に対する憎しみは、
いまだ少しも消えてはいない、
それは充分に理解している。
だからこれからは君に信じてもらえるように
俺…頑張るから。
たぶん時間はたくさんかかるけれど、
いつかは分かりあえるはずなんだ


だから…いつの日か
君が俺に向かって笑ってくれる日が来ますように…。



end

 

何章でしたかねぇ、ハインラインの背中の上の夜会話。
あの夜、ディランはずっとガーリットに対して思ってた事を、
『人間』と『ランカスタ』に例えて言ったんじゃないかなぁって思う。
そしてはじめて、そんなディランにガーリットが笑顔を見せるわけですよ
ぜったいディランは
「わ…笑った…!?」 って
動揺してトキメイたはずです(笑)



2010.02.09

 

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