「ちゃんと洗っとけよ」
「明日も使うんだからな」
ゾロゾロと離れていく帝国兵の中で、一人の新兵だけがその場に残される。
隊の中ではかなりの年少の、少年兵だった。
隊の面倒事を押し付けるのには非常に適した存在なのだろう。
先程からずっと帝国兵達の輪にありながらも、その中には混じらず、
ただ、じっとその輪の様子を眺めていたその新兵。
混じる資格を与えられていないのか、
それとも己の意思なのか。
その少年は手を後ろに組み、足を肩幅に開いた体勢の侭、
繰り広げられる狂乱の宴をただ見ていた。
その新兵がようやくその体勢を崩したのは、
上官に、そう声をかけられたからだった。
「…………」
新兵は足元に転がる少年を、見る。
用が済んだそれは、逃げないように羽根をたたんだ状態で固定され、
首輪は重い鎖の先に繋ぎ、両手はまとめて結わえられていた。
まるで、これから調理される直前の獣。
生きているのか、死んでいるのかもわからないほど
身動きしない肉体。
「………」
パサ…と羽根先が僅かに動いたように見え、
死んではいない事が伺える。
新兵は俯せに転がる亜人の少年の身体を裏返した。
虚ろな瞳のまま、小さな胸が上下している。
たしかに、それは生きていた。
とても小さく、弱々しく、
生きているのも辛そうに、それは生きていた。
誰にも聞こえないように、新兵は小さく呟く。
「辛いか少年」
新兵は、己の武器を鞘から抜取った。
それは年若い新兵に不似合いな程の巨大な武器、
一振りで、何でも切り落とせそうな程の大剣だった。
「…今、楽にしてやる」
鎧の下の瞳がとても慈悲深そうに少年を見つめ、
剣先を少年の首筋に構えた。
「早く家族の元に行くと良い…」
大剣が、持ち上がる。
「…………ぃ…」
その時、
わずかに発せられた小さな音。
「……く…な………ぃ」
「な…?」
それがその亜人の少年の声なのだと、新兵は気付く。
「く…ない…死にたく…ない…死にたく…ない…」
必死な程に、絞り出されるその音。
何度も、乞うように繰り返されるその音。
「ーーー!」
新兵は、剣先をあげたまま動きがとまる。
「……俺は…」
構えた剣をそっと地に降ろし、新兵は溜息をついた。
「何を勘違いしているんだ」
呆れたように、悔しそうに。
楽にしてやる、等と
ただの押し付けの自己満足にすぎない。
少年は、死にたくなどないのだ。
当たり前だ。
そんな事は、普通に考えればわかることなのに。
「この生活で、俺の感覚は一体どれ程麻痺してしまったというのか…」
新兵と呼ぶには不釣り合いな程落着いた風格で、
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、
新兵は剣を鞘に戻し、少年に背を向けどこかに行ってしまった。
程なくして戻って来た新兵の手には、馬を洗う為のバケツとブラシ。
ブラシをバケツの中に一度しずめると、中に水が入っている事が分かる水音がたつ。
「…命令だからな」
硬いブラシの先を、新兵はゆっくりと少年の身体に滑らせた。
「ひぁ…」
水の冷たさに、少年の身体が縮みあがる。
だがそれは、決して痛いものではなかった。
強く擦るわけではなく、汚れた身体をそっと撫でるように動くブラシ。
それはまるで、少年の身体が傷が付かないようにしているかのよう。
少年の表面を洗浄し終えた新兵は、少年の身体を自分の膝の上にくの字に掛ける。
されるがままにぐったりとした身体の小さな尻の狭間には、
よほどの無理がかかっていたと思われる痕跡。
赤く充血して腫れ上がった孔からは粘膜が少し外にはみ出し、
閉じられずに開ききったままになっている。
この小さな孔に捩じ込まれていた物の大きさを考えれば、当然の結果だった。
「そのままおとなしくしていろ…」
新兵は無造作にその汚れた孔に指を差し入れた。
「ひぃッ!?」
ぐったりしていた少年の身体が、急に生き返ったように跳ねる。
「嫌…いやぁ!もう、お尻嫌っ…」
終ったと思われた地獄の再来に、少年が泣叫ぶ。
暴れる少年の身体を、新兵は片手で押え込んだ。
「我慢しろ」
凄い力で少年を押さえ付けると、新兵の指はゆるりと孔の中を掻き回す。
酷使された後でじくじくと痛む其処を弄られ、少年は泣きながら暴れるが、
新兵はその指を止めようとはしなかった。
差し入れた指をゆっくりと開き、入口を押し拡げる。
「いだ…っ!やだっ…いやだぁ…!」
「じっとしていろ」
新兵の拡げた指の間から、帝国兵達の排液がどろどろと流れ落ちて来た。
小さな身体によくもまぁ…と思う程、大量な残液。
新兵は其れを掻き出すように、指を動かしては其処を拡げ、
中に残らないように外に出させてやる。
「痛いよぉ…もうやだ…やだ…嘘つきぃ!今日はもう終りだって、言った、のにっ…ひぐっ」
少年には、それが何をしているのか理解出来ない。
少年にとってはただの苦痛な行為でしかなかった。
「少し黙れ!」
きつい声で怒鳴られ、びくりと身を震わせた少年が静かになる。
自分の立場を、思いだしたのだろう。
先程の剣先を、思いだしたのだろう。
自分には不平を言う権利など与えられていない事を、
認めるより他に生きていけないのだということを。
おとなしくなった少年を、新兵は無言で洗い続ける。
己に課せられた命令を全うする為に。
「…よし、終りだ」
ようやく、少年の中から指が抜かれ地面に降ろされる。
そして辺りに散った汚液を飛ばすように
少年の身体に勢い良くバケツの水が掛けられた。
新兵は少年を担ぎ上げると地面に藁を軽く敷き、
その上に、再び少年をおろした。
まるで家畜のような立派な巣ができあがる。
「もう休め。……明日の為に」
決して解放されない事を濁した台詞を残し、
新兵は少年に背を向けた。
だが、立ち去れずに立ち止まり、
ゆっくりと振り返る。
「う…うぅ…」
全裸の侭、水に濡れた身体を夜風に晒され、
少年がガタガタと身体を震わせていた。
亜人であるこの種族は、ただでさえ人間よりも寒さに弱い。
このような環境で夜のこの寒さは、尋常ではない辛さなことだろう。
家畜ではない。
自分の体温を護る体毛などないのだ。
唯一の保温を見込める翼は、身体を包めないよう拘束されている。
ここにいるのは、弱った人間そのもの。
「………」
新兵は暫くその様子を無言で見つめると、
再び少年に背をむけ、どこかへと姿を消した。
戻って来た新兵は腰の袋から何かを取り出し、
震える少年を抱え上げる。
そして、半開きの少年の口に何かを詰め込んだ。
「……!」
それは保存用の、硬いパン。
新兵が非常食として与えられているものだった。
食物である、と認識した少年は、
喰わえた其れを奪われまいとするように、身を返して新兵に背をむけ
繋がれた範囲でできるだけの距離をとった。
そしてすぐに、其れをかじる音が聞こえて来る。
まるで野生動物のような、警戒と恐怖を露にしたその姿。
亜人と呼び、蔑まれるその野蛮な姿。
だがもとからそうなのではない。
彼等が、帝国兵達が、
少年をそうさせたのだ。
そんな小さな獣に、一言。
「生きろ、少年。死にたくなければ…戦え」
新兵は囁く。
パンをかじる少年の耳にその声が聞こえていたかは定かではないが、
新兵はそれだけの事を終えると、
自分に与えられた毛布を無造作に少年の上に落とし、
その足音は遠ざかる。
「…………」
少年は無言で頭にかかったその毛布を掴むと、
冷えた身体を包み込むようにくるまり、蹲る。
皮肉にも、その毛布は少年のお気に入りの、
かつての自分の毛布だった。
2010.04.11
今回エロは小休止。