「ーーーセレネイド!」
呼ばれ、姿を現した大鷹は
主人を足に掴まらせ、空に舞い上がる。
空を舞い窮地を脱した主人は、
安全な場所まで運んでくれた恩人の足を労るように、撫でた。
「ありがとうセレネイド。助かったよ」
大鷹は答えるように一声鳴くと、役目を終えて空に飛びたっていく。
わたしは…
召喚獣セレネイド。
大鷹は、本来帰るべきはずの世界には帰らず、
ルーンハイムの外れにある、高く聳える塔に帰る。
「…もどったか」
「はい」
そこにいるのは、先程の大鷹ではなく、
背に翼を携えた一人の男。
黒い髪の隙間から煌めく眼光を覗かせ
野生を放ちながらも、どこか気品を漂わせるような
セレネイドの、もうひとつの姿。
「アレの様子はどうだ?」
「…あいかわらず、です」
「そうか」
彼の戻った先は、もう一人の主人。
“真の”主人。
「よいな、引き続きアレに従い、守れ。人質変換の日までずっとだ」
“真の”主人の命により、
“偽の”主人に付き従う。
行動、成長、現在位置、
全てを把握し、監視し、報告する。
彼は人質の監視役を担うボディーガードとしての
大役を仰せつかったオヴァドの魔人だった。
「御意にございます。では…」
セレネイドは背中の翼を広げた。
その広げた両翼には、妖しげな二つの模様。
まるで周りを見渡す瞳のよう。
監視役の容姿には相応しいものだった。
「任に戻ります」
空に舞い上がったセレネイドは再び大鷹の姿となり、
塔から飛び去っていった。
わたしは
『魔人』セレネイド。
“世界を秤るもの”
この両の翼に光る眼光は
世界の全てを眼下におさめる為に。
全てを、監視する為に。
全てを、見届ける為に。
「来い!セレネイド!」
呼ばれれば、赴く。
「っセレネイドーー!」
危機とあらば、護る。
「ありがとう、セレネイド。ごめんよ、こんなに傷付いて… !」
いつしか、自分の傷も顧みずに。
己が命も危険にさらし…
“偽の”主人に、尽くす日々。
「………」
「どうした、セレネイドよ」
「グラナード様!」
“真の”主人に声を掛けられ、セレネイドは慌てて翼を畳み膝を付いた。
「ノインか」
「いえ」
真を突かれ、セレネイドは咄嗟に己の心を否定する。
「偽らずとも良い」
「申しわけありません」
だが、“真の”主人には偽れなかった。
もう、情がうつってしまったことは、
三枚目のプレートを献上した時に知れている。
「よい、任を愉しむのは一向にかまわぬ。…だが」
グラナードは言葉を続けた。
「酔狂も過ぎると…身を滅ぼす事となるぞ」
酔狂は魔人の性分。そこは咎められはしない。
だが、酒に溺れ過ぎる事は
己の身に滅びを導いて来る。
「…刻んでおきます」
自らを盾として深手を負った記憶のある者にとって、
主人の言葉は的を得た警告で、
セレネイドは無意識に羽根を縮めた。
「ゆけ」
「ハッ!」
セレネイドは翼を広げると大鷹に姿変え、
“真の”主人に命じられるまま再び任務に戻っていった。
“偽の”主人の元へと。
「……まだ、アレを使ってたのかい?」
大空へと飛び立つその姿を見送っていた男に、
背後から年若い声がかけられる。
「これはこれは…」
グラナードは振り返り、その少年に会釈する。
それはこの少年が、彼よりも上位という事を示した。
「アレは、そろそろ処分した方がいい」
空を見上げそういった少年の背に、
グラナードは少し怪訝そうな表情を浮かべる。
まるで、そんなことを貴様に言われる筋合いはないとでもいうように。
「アレは使い勝手の良い下僕ですので」
グラナードにとってセレネイドは
長年使い込んだお気に入りの駒。
一番信用できる配下として、今回の大役を任せたのだ。
「わかんないかなぁ」
だが少年は、少し馬鹿にしたような口調で失笑する。
「…アレはもう、あんたのペットじゃないってことさ」
「…………」
顔を大きく覆った兜を被った少年は
そういって舞い散った大鷹の羽根を一枚拾い上げると、
グラナードの目の前で塵のようにくしゃくしゃと握りつぶした。
もうすぐ、主人が国に帰る。
立派な成人となった主人は
頭脳、戦闘力、魔力、
どれをとっても申し分ない器に成長した。
『駒は使う時に大きければ大きい程良い…』
そう命じられ、護り、支え、仕え続けたこの10年。
それは充分な成果を残せたことだろう。
わたしの任はもうすぐ終る…。
「ノイン王子…」
彼は明日、自分の国に帰る。
10年にわたる役目があと一日で終る。
この日が来るのはわかっていた事だった。
だが最後に…どのように別れれば良いのだろう。
セレネイドは思い悩む。
ふさわしい別れとは、何であろうと。
彼を背にのせ国を一周でもしてみようか?
大空から国境まで付き従い、見えなくなるまで見送ろうか?
思い切って『この姿』を彼に晒してみようか?
むしろ…本当の事を最後に打ち明けてしまおうか?
『自分は貴方に付けられた監視でした』と。
「…………」
いや、それはいうまい…
とセレネイドは思い直す。
それは知らなくても良い事だ。
主人の記憶の中で、自分は忠実な下僕として残るべきなのだ、と。
セレネイドは魔人らしからぬ思考で、
最後の時を夢想する。
魔人にとってはたった10年と言う短い歳月であるにもかかわらず
その一時は魔人を狂わせた。
酔狂と言う言葉では足りない程に、
その美酒は魔人を酔わせてしまった。
認めたくは無くても、この渦巻く想いは、
其れを肯定してしまう。
別れたく…無い。
「セレネイド」
びくり、とセレネイドの身体が強張る。
「グラナード様」
「また深酒をしておったな」
「い、いえ…そのような…」
からかうように言われ、セレネイドは視線を下げる。
魔人にはあまり見られない反応だった。
「まぁよい。さて、セレネイドよ」
グラナードはセレネイドに歩み寄ると、
ポンとその肩を叩く。
「今日で貴様は解任だ」
「え」
唐突に、あっさりと、
その言葉はセレネイドに告げられる。
「解…任、でございますか!? 」
「そうだ」
今の今になって、まさに今この時期にして、
予想外のその言葉。
明日になれば、『完了』なその任を
あと一日待たずして今、解かれたのだ。
「ど…どうしてでございますか!?期日はあと一日…
あと一日わたしを任に就かせて下さい!! 」
まだ、別れも告げていない。
最後に、もう一度会いたい…。
セレネイドは、主人に対して初めて強い口調を返す。
だが主人は反論を受け付けなかった。
「今まで御苦労であった。羽根を休めるがよいセレネイド」
グラナードは労りの言葉と共に口元を歪めると、右腕を掲げた。
「鳥籠でな」
「!?」
掲げた杖の先が光ったかと思うと、
セレネイドの頭上から鉄の格子が蔓のように伸び
彼の身体を包む籠を床に縫い付ける。
「な…!?」
反射的に目の前に伸びた格子を握りしめるが、
強靱な檻はびくともしない。
「なぜです…なぜなのです!グラナード様!?」
自分は立派に任を努めた。
命じられた通り、彼を護り続けた。
立派な大人に成るまでの間、ずっと護り続けた。
咎められるようなことなど何も心当たりは…。
「貴様は酒に溺れすぎた」
「……!」
心当たりは……あった。
「身を滅ぼすと、あれだけ忠告したであろう?」
溺れ過ぎるな、という警告。
それを胸に刻みながらも…抗えなかった。
いつしか命令を忘れ、その立場を愉しんだ。
共にいられる時間を、心から。
惹かれた。
魅了された。
たかが、一人の人間に。
それは、自分の役割にあっては成らない 余計な感情。
「グラナード様…!」
「聞かぬ」
反論は、受け付けない。
「そこで頭を冷やすが良い」
グラナードはセレネイドに背を向けた。
コツコツという足音が、彼を拒むように遠ざかる。
「グラナード様!グラナード様…!!」
セレネイドはその背が見えなくなるまで
主人の名を必死に呼びつづけた。
「………」
誰もいなくなり、シンと静まり返った塔の一室で
セレネイドは一人、がくりと膝をつく。
「…………ノイン王子…」
その口から出たのは、先程まで連呼していた主人の名では無く、
もう一人の主人の名。
明日、故郷に帰る主人は、
最後に、自分を呼んでくれるだろう。
別れの言葉を、労いの言葉を、
きっと彼ならかけてくれるはず。
だが、それを受ける事はできないのだ。
任を解かれた自分の召喚プレートは、
おそらく返還するよう命じられる事になるだろう。
グラナードによって…。
「やぁセレネイド。随分いい部屋に居るじゃないか」
「!」
高慢な声が、鳥籠の鳥を嘲笑う。
その声の主はこの塔の名目上の最高権力者
廃皇子ラディウス。
セレネイドにとっては、赤子の時から見て来た男だ。
人間で有りながら、魔の思想を持つ男。
セレネイドの主人グラナードが
一目置いている少年だ。
「最後に王子様にあいたかったかい?あのお人好しの夢想家にさ!」
「………」
彼がノインに対して放つのは、強い悪意。
ノインは気付いていなかったようだが、
セレネイドは随分前からそれに気付いていた。
そしてそれが、嫉妬なのだという事にも。
「残念だけど、君はもう呼ばれない。
君のプレートは返納されたよ。さっき、ね」
「………」
思ったとおりの対応だった。
むしろ思ったよりも、手回しがはやい。
セレネイドが此所に来た時にはもう、
主人からプレートは奪われていたらしい。
こうなることが、前から決まっていたように。
「…なぜ、一日前なのですか」
セレネイドの心情の乱れに主人は以前から気付いていたはずだ。
気付いていて尚、今まで強く咎められはしなかった。
許されているのだと思った。
だがこれまで放置しておきながら、
最後のその時だけ、咎められ監禁するなんて。
「君が邪魔をする可能性があるからさ、儀式を」
「儀…式…?」
不思議そうな顔を浮かべたセレネイドを見て
ラディウスは思わず笑い出した。
「な…何を笑うのです!?」
ひとしきり笑い終えると、
ラディウスはセレネイドに馬鹿にしたような声をかけた。
「…もしかしてお前、『駒』を最終的にどうするか聞いて無かったのか?」
「え…?」
何を言っているのか、セレネイドには理解できない。
「ははっ!どうやら主人にあまり信用されて無かったみたいだな」
「な…っ、わたしは…!」
守れ、といわれた。
監視しろ、といわれた。
10年間手助けをし続けて
強い『駒』として育て上げろと、命じられた。
なぜ、強い『駒』にするのか?
それは……詳しくは、知らされていない。
別に考える必要も無い事だった。
主人がそうしろというなら、そうするのみ。
彼は命じられた任をただ全うしただけだった。
「どうりで最後まで使うわけだ」
知らないのなら、邪魔をする可能性は無い。
始末する必要も無いということだ。
儀式が終るまで閉じ込めておけば、それだけで。
「お前…案外愛されてはいたらしいね?」
「…?」
ラディウスは鳥かごを意外そうに眺めまわす。
どうやらグラナードは、この鳥を本当に気に入っているようだ。
罰せず、滅せず、
これからも都合の良い駒として使い続ける為に。
「…下僕のくせにさ」
ラディウスは言いしれぬ不愉快さに包まれる。
全てを塵のように扱うあの男でさえ、
たかが下僕の一匹に、こだわったという事が。
たかが一匹の下僕の分際で、主人に愛されたという事が。
何も愛した事が無く、
何にも愛された事のない彼にとっては
非常に、不愉快だった。
「ふん…」
ラディウスは、口元を歪める。
それはいい悪戯を思い付いた少年のような表情だった。
「…いいことを教えてやるよ」
ラディウスは鳥籠に顔を近付けると、小声で囁いた。
「いまから、ノインを壊しにいく」
「何…!?」
咄嗟にその身体に手を延ばしたセレネイドに触れさせず
ラディウスはすばやく身を引いた。
「その檻の中でいろいろ妄想してなよ。あははは!」
そして、愉快そうに笑い声をたてながら
ラディウスは悪戯を終えた後の子供のように
後ろを振り返りながら部屋を駆け出していった。
「な…なん…だって…!?」
突然の言葉に、セレネイドは動揺する。
あの男の言う事が本当かどうかは疑わしい。
だが彼は、セレネイドの知らない情報を知っていたのだ。
少なくともこの件に関して、
セレネイドよりもグラナードに信頼されていたというなのだろう。
グラナードの寵愛を受けて数十年。
一番の下僕と思っていた自分よりも、
グラナードはあの人間の小僧を信用したのだ。
「グラナード様は…最後まで何も言って下さらなかった…!」
10年間、真実を知らされず利用されていた。
本来なら主人に利用される事は当然で
それを理解した上で、その立場を愉しむものなのに、
かつて感じた事のないこの苛立ち。
真実を知らされぬまま利用された事など
初めてでは無いのに。
今回ばかりは、愉快とおもえない。
滑稽な自分を愉しめない。
初めて感じた…憤り。
それは、自分一人では無く、
彼の人が絡んでいるから生まれた感情。
ノインという、その存在が。
「主人…ノイン王子が…!!」
あの男の言う事が本当であるなら、
いや、本当であろうあの男の言葉によれば、
彼等はいまからノインを襲うつもりなのだ。
グラナードが、
ラディウスが、
何も知らないお人好しの王子様を。
「わたしが…お護りしなくては…!」
すでに護衛の任を解かれたはずの彼は、
誰に命じられたのでも無く、誰の為でも無く
自分の欲求を満たす為だけに、そう思った。
主人を…ノインを護る事こそが
なによりも、己の愉しみなのだと、
一人の魔人はそう気付いたのだ。
そのためには、こんなところで籠におさまっている訳にはいかない。
「くッ…このような枷…!」
格子を掴み闇雲に力を入れると
腕に筋肉が盛上がり、血管が浮き上がる。
が、頑強な牢獄はびくともしなかった。
こうしている間にも、主人の身に危機が迫っていると言うのに。
「ノイン王子…!」
彼を護らなくては!
主人を護らなくては!
解かれた任を追行するように、
セレネイドの思考はその言葉に埋め尽くされる。
「うあああぁあああ!!」
セレネイドは翼を広げると
双翼から刃のような魔力の矢を無数に放つ。
だがそれは、檻を破る事はできず
閉鎖された狭い空間内で跳ね返り、すべて 己の身体に返ってくる。
「あぐっ…!」
己の技で無数の傷を身に刻み、
セレネイドは床に崩れ落ちる。
グラナードの魔力は絶大だった。
たかが簡易で造り出した檻すら、破る事ができない。
支配階級の魔族と、ただの一匹の魔人。
力の差を見せつけられる。
だがこうしている間にも、主人に魔の手が…
「ううぅ…っ、くそっ…!」
無力な自分にうちひしがれる、そんな時だった。
『ーー来い、セレネイド!!!』
「!」
呼ばれた…気がした。
「ノイン王子…!」
セレネイドは、立ち上がる。
「今…参ります…!!」
傷だらけの翼を広げると、
セレネイドの全身が黒い魔力に包まれる。
その姿は見るまに一羽の鷹にかわり、
本来の大きさに戻ろうと肥大していく。
その身体は直ぐに狭い檻の中一杯になり、
格子を身にめり込ませながらも止まる事無く、更に肥大し続けた。
「グアアアァ!!」
狭い檻と自らの骨が軋みあがり、
食い込んだ肉から、血飛沫をあげながら、
大鷹は人型用に造られた狭い檻を、
自らの肉体を使い 内側から強引に破壊する。
(ーーどうか御無事で…!)
獣の咆哮をあげ、翼を広げた大鷹は、
血をまき散らしながら空へと舞い上がった。
割れた窓
破壊された屋根。
見えて来るその光景に、セレネイドは翼を畳み飛び込んだ。
人の姿となり着地した瞬間に、隣の部屋から人の気配を感じる。
…間違えるはずも無い、これはノインの気配。
「ノイン王子!」
あったはずの扉の跡から中に飛び込めば、
そこには口元に歪んだ笑みを見せるラディウスと、
少し驚いた顔のグラナード。
そして襟元を掴まれた
セレネイドが主人、ノイン。
「その手を…離せ!!」
セレネイドは翼を広げ、ラディウスに向けて刃を放つ。
ラディウスはノインを放り投げ、その攻撃を寸でのところで躱した。
「セレネイド、貴様…!?」
かけられたグラナードの声には、振り返らない。
「殿下…!ノイン王子!」
セレネイドは倒れこんだノインに駆け寄った。
ノインを抱き起こそうとして、その下の物体に目が止まる。
「!」
羽根無しのランカスタの娘、ーーの、死体。
真直ぐで純粋で遠慮が無くて馴れ馴れしくて図々しい、
いつもセレネイドを動物扱いし、子供扱いにさえした
失礼な、小娘。
その娘が、ノインの下で冷たくなっていた。
胸から刃による大量の血を流し、
おそらくはノインに向けて延ばされたであろう、その手。
最後の時までノインを護ろうとしたのだろう事は
この娘の性格から考えれば、容易に想像できた。
「…娘…」
この娘を護ろうと思った事は無い。
ただ、任のついでに護る事はあったし、
流れで、助けられる形になった事もあった。
紛いなりにも10年間共に行動したのだ。
それなりに、借りと貸しがある。
「…………」
言いしれぬ感覚。
その娘の死体を見る事は
セレネイドにとって 良くはない気分だった。
「う…」
「!」
うめき声が聞こえ、セレネイドは主人を抱き起こす。
ノインが、口元を震わせていた。
「ノイン王子!」
うっすらと開かれた瞳。
主人は…どうやら無事のようだ。
セレネイドは僅かに安堵する。
「……君は……誰だ?」
セレネイドは人の姿のまま現れてしまった自分に気付きハッとした。
だが、もう偽るつもりなどない。
「わたしです…セレネイドです!」
主人に初めてみせた、人型の姿。
「セレネイド?…あぁ…セレネイドか」
ノインは其れを、驚いた様子も無く受け入れた。
というよりは、興味なく受け流したようにもみえた。
おそらく意識が朦朧としているのだろう。
「大丈夫ですノイン王子、ここはわたしが…お護りします!」
セレネイドはノインをそっと横たえるとその前に立ちはだかり、
翼の刃を、もう一度ラディウスに向け飛ばした。
「またそれか…ワンパターンなんだよお前」
ラディウスは 襲い掛かる刃の雨をひらりと躱す。
「!」
が、躱したと思った刃の一つがラディウスの二の腕の表面を裂いた。
「やれやれ…どうやら本気みたいだね」
にらみつけるセレネイドの様子をみて
ラディウスはククッと笑った。
「貴様…何をしているのか、わかっておるのかセレネイド!」
見兼ねたようにきつい声をかけた“元・主人”グラナード。
「…わかっています」
セレネイドは、彼にも同じ視線を向けた。
攻撃的で、反抗的なその瞳を。
「わたしは漸くわかったのですグラナード様…いや、グラナード!」
誰に従う事が、自分の生き甲斐なのか。
自分を愉しませてくれる唯一の主人が誰なのか。
「わたしの主人は…ノイン王子ただひとりだと!」
「貴様…っ!」
世界を秤るもの、セレネイド。
彼の瞳は、自分の在るべき世界を見極めた。
自分の護るべき物を、見定めた。
それを理解したから、彼は戦うのだ。
「わたしは…我が主人を護り抜く!」
セネレイドは翼を広げた。
「ダークナイト!!」
双眸のごとき両翼の羽根模様が、眼下を見据えた瞬間、
その瞳が強烈な光を放ち辺りを包む。
「クッ!?」
下級種族なら眼球を焼かれる程の閃光。
それは時に上位種には強力な目くらましになる。
まさか自分に向けられることなどないと思っていたのだろう、
油断していたグラナードは一時的にその視界を奪われてしまう。
「さぁ王子、いまのうちに…!」
グラナードが自分の力で適わない相手だということは、
セレネイドにはわかりきっていた。
その力に魅了され、配下に下ったのだ、
その力の差など、戦うまでも無い。
だからこれは唯一の戦法。
敵の視力が戻らない内に、遠くへ。
空に逃げれば、そう簡単には捕まらない。
「可愛がってやった恩を忘れおって…!」
グラナードは瞳を手で覆いながら苦々しい表情を浮かべると、
ローブの下から 杖を裏切り者に向けて突き出した。
「!」
その杖の先を、ラディウスの指が制止する。
「ラディウス…様!?」
微笑を浮かべた少年はグラナードに杖を下げさせると、前に歩みでる。
「丁度良いじゃないかグラナード、…試し斬りにはさ」
「…!?」
グラナードの表情が、僅かに困惑した。
「試運転といこうじゃないか」
ラディウスは先程のセレネイドの攻撃を予想していたのか、
その瞬間瞳を閉じ閃光を躱していたらしく、両の瞳で逃げゆく獣をしっかりと捉えていた。
ノインを背負い、その翼を広げ、
まさに大鷹に変化し空へ飛び立とうとしているその瞬間を。
「………やれ」
ラディウスが、何かに命令を下す。
「はい…ラディウス様」
セレネイドの背後から…声がした。
「!?」
状況が理解できぬまま、セレネイドの身体を激痛が走る。
「グァッ!?」
セレネイドの両翼が、宙を舞う。
双剣を手にしたノインが、
飛び立とうとしたセレネイドの翼を切り落としたのだ。
「ふふふ…あはは!いいぞノイン!」
翼をもがれ転がる鳥を、ラディウスは腹を抱えて笑う。
「ノイン…王子!?」
愕然とするセレネイドは、主人を見上げた。
美しいその人は、無表情の侭、
その白く濁った瞳で、見下すように目の前の獣を見ていた。
汚いものでも見るように。
「ノイン王子っ、いったい何を…!?」
様子が、おかしい。
明らかにいつものノインではなかった。
「ふふ…よくできているだろう?」
笑いをこらえながらそう言った声に、
セレネイドは勘づいた。
彼は、ノインを『壊す』といった。
『殺す』ではなかった。
ノインを亡き者とするのが目的では無かったのだ。
その目的は…
「貴様…ノイン王子に何をした!?」
ラディウスは口元を歪め、答える。
「なぁに、ちょっと手伝いをしてもらうのさ。なぁノイン」
「はい、ラディウス様」
抑揚のない声で答えると、ノインは双剣についた獣の血を
ゆっくりと舐めあげる。
それはもうノインではなかった。
ノインだが、ノインではなかった。
そこにいるのは、セレネイドが主人と認めたその人では無い。
慕った器を取り残したまま、その中身は…別物。
完全に、操り人形だった。
「王子!しっかりして下さい!正気に戻って下さいノイン王子!」
「………」
聞こえているのかいないのか、ノインはセレネイドの言葉には無反応。
「貴方は…貴方の為すべき事は!理想の世界は!思いだして下さい!」
ノインの『理想の世界』。
夢想と笑われるその世界は、彼ならば成し遂げられる気がして。
全てを捨てて、彼についていこうと一人の魔人を思わせる程で。
世界を秤る力を持った男が、 認めた世界で。
「貴方は世界を統べる王にーー」
セレネイドの喉に、主人の剣がクロスする。
「やれ」
ラディウスの命令が再び部屋に響く時、
鳥は、さえずりを止めた。
わたしは
セレネイド…
この世界を秤るもの。
わたしのこの両翼が見た世界の行く末は…
貴方が、この世界を統べる王となり、
私は
ずっと、
おそばで
貴方
を…
漆黒の髪を携えた整った顔のその姿は、
魔力の全てが尽きたように、小さな獣の姿へと変化する。
翼をもがれた、一羽の鷹。
「………愚か者め…」
「『殺すつもりはなかった』?」
ラディウスが、床に散る羽毛を見つめているグラナードに
からかうような声をかける。
グラナードは、この鳥を可愛がっていた。
だから、真実を教えなかった。
だから、プレートを返納させた。
だから、檻に閉じ込めた。
刃向かわせないために、
裏切らせない為に。
一時の感情で、自分から離れないように。
ラディウスは当然、其れを知っていた。
「あんたは皇帝グロッケンの『お気に入り』を壊したんだ」
ラディウスは自分の足元に跪くノインの頬を
愛玩動物にでもするように撫でた。
反応なく、無表情のノインは、
黙って其れを受け入れる。
「あんたも、自分の『お気に入り』を壊されるくらいが妥当だろ?」
少年は、すべてが憎い。
兄も
父も
愛されるものも
愛するものも
この世界も
全て、気にくわず。
全てに嫉妬し、牙を剥く。
自分には与えられない何かを持つもの全てに
制裁を下すように。
「…ごもっともですな」
グラナードはふぅと溜息をひとつつくと、
すぐに愉しそうに笑った。
「これもまた、女神に捧げられた贄というものです」
寵愛したものでさえ、グラナードにとっては己の欲の為の糧。
確かに少し惜しいという感情はあるが、
それは 悲しいとも辛いとも違うものだった。
「では…そろそろ参りますか」
グラナードは手にした杖を掲げると、
部屋に炎を放つ。
散らばる羽毛が、その炎を受けてあっという間に燃え上がった。
「明日の準備もありますからね」
この屋敷を完全に燃やすことで、この10年の計画が終る。
いや…これから始まるのだ。
大いなる野望が。
「…………」
自分が10年暮らした屋敷が燃え上がるのを、
ノインは黙って見つめる。
愛したものと、愛されたものとを焼きながら、
炎は全てを包み込み、壊していく。
ノインはそれを無表情の侭
見つめ続けていた。
「ノイン、いくぞ」
“主人”に呼ばれ、
ノインは振り返る。
「何してる!早く来い、ノイン」
ランカスタの娘の人生を変えたノイン。
世捨て人の余生に生き甲斐を与えたノイン。
敵国の皇帝ですら虜にしたノイン。
そして、
一人の魔人が全てを捨ててでも護ろうとした
絶対的なカリスマもつその人…ノイン・ウォン・セレスティア。
「はい、ラディウス様。グラナード様」
その全てを忘れ、
『壊れた王子』は 闇に消えていった。
これは世界の大乱が始まる前に
誰よりも最初に散った魔人のお話…。
end
最後の日の直前に返納されたセレネイドの召喚プレート。
あいさつもできずにほとんど取り上げられた形になったであろう、
セレネイドの召喚プレート…。
別れの挨拶したくても出来なかったってことは、
もともとの返納期日より先に、急に取り上げられたって事だ。
ということは…きっと何か魔人側にも裏事情が!!
あの一文が、私にこれだけの妄想をふくらませましたとさ(笑)
だってセレネイドの設定って萌えませんか?
スパイで監視役で、そのくせノイン様ラブなんですよ!
いやぁ萌えるねこの二重主従め!
小説内ではノインラブな事堂々と公式に暴露しちゃってるし、
その後の四年間なんか、もう絆されまくってるにきまってんじゃんw
ノインさまハァハァな下僕に成り下がってんだよw
だから絶対最後はノインを助けようとしたと思うんだ。
グラナードを裏切ってノインの元に行こうとしたと思うんだ。
でもって…処分されたとおもうわけよ。
だってアレだけ小説で愛用しておきながら、
本編では洗脳ノインがセレネイド使ってこないですよね?
グラナードも使ってこないですよね?
ラディウスも使ってこないですよね?
皇帝グロッケンも勿論、使用しない。
国所有の召喚プレートなのに、帝国の誰も使わない。
何故?ってなる。
ということは…もう、既に存在してないんじゃないかって思ったわけ。
あの空白のページには、じつはこういう事が
繰り広げられていたんじゃないかしらって妄想しちゃうわけだ。
セレネイドの人型の姿のイラストってないんですよねぇ…どんななのかみてみたいです。
鷹ってこともあってか、ちょっとサモ4のクラウレとイメージかぶるけど(笑)
でも黒き翼の、てあたりから察するに、黒髪かな?っていうかんじ。
口調や態度からして、美形であろう事がひしひしと伝わってきますよねv
そんなわけでこれまたグラナード様御用達のペットだったんじゃないかしらっていう妄想が(笑)
お気に入りだからって使ってたら、飼い犬に噛まれちゃったみたいなかんじで。
そんなグラ×セレにも萌え!
自分意外想像しないだろう事は百も承知だけどね!(笑)
2010.05.18