アタシには足がある。
アタシはどこにだって歩いていくよ。
アタシには手がある。
アタシは何だって自分の手でやるんだ。
羽根がないからって、それが何?
「いってきまーす」
元気よく家を飛び出した少女は。
いつものように森に木の実を拾いに向かう。
「おう!うんと赤いのを拾ってこいよ」
「はーい!」
声を掛けられて彼女は大きな声で返事をした。
彼女は背中に背負う大きな籠を肩にかけると、
駆け足で仕事場に向かう。
商業盛んなこのアークランドでは
森で拾った果物でも、立派な商品として取り引きされる。
より赤く、より大きな物を拾ってくれば、
中々の収入になるのだ。
決して大金では無いが、子供の収入としては悪く無い。
例えば、両親のいない自分を養ってくれている人に
お礼をするくらいには充分だった。
彼女は親のいない自分を養ってくれている人に対して、
毎月きっちりと僅かばかりのお金を納める。
それは請求されたわけでもないのに、彼女が自主的に始めた事だった。
彼女は幼くとも、自立したひとりの働き手だったのだ。
「あ、おねーちゃん!」
「ねぇねぇ遊ぼうよ!」
町中を駆ける彼女におのずと集まって来る、子供達。
「今はだーめ、後でな!」
「ちぇ〜」
彼女は今は仕事中、その誘いをきっぱりと断わった。
「じゃ、お仕事いってらしゃーい」
「早く帰って来てね!」
「おう!」
子供達は残念そうに渋りながらも、
彼女が後でちゃんと遊んでくれる事を知っている。
皆一様に心良く彼女に手をふって見送っていた。
子供達が彼女に懐いているのが伺える、いつもの光景だった。
「やい、羽根無し暴力女!」
「!」
そんななか、一人穏やかではない見送りをする者が現れる。
「今日は負けねーし!オレのほう強ぇーし!!」
空から一直線に向かって来た威勢の良い少年を、
彼女はひらりと実を躱す。
「たぁっ!」
空振りになった少年の手を掴むと、
彼女は少年を軽やかに投げ飛ばし、
地面に組伏してその上に跨がった。
「いだだだだ!降参!こうさーん!」
スカートを羽織った女性にしては御淑やかとか言えない行動。
「羽根に頼ったひ弱なガキが粋がるんじゃないよ!」
彼女はニカッと笑うと、少年の上からおりる。
「頭のこぶが治ったらまた相手してやるよ!」
「くそっ!いつか負かすからなルーガ!!」
「酷い怪我しないうちにやめといたほういいんじゃないか?ははは」
その様子を見ていた町の住民は、皆柔らかい表情で笑った。
彼女の名はルーガ。
女の子ではあったが、子供達の誰よりも喧嘩が強く、
年下の面倒見も良い。
彼女は町でも評判のカリスマガキ大将だった。
羽根無し、と呼ばれたのは、
ルーガがランカスタでありながら羽根がないためだ。
ルーガは有翼のランカスタと、人間のハーフだった。
そのため、見た目は全くのランカスタなのに、
その背には翼がないのだ。
「さて…と」
ルーガは喧嘩の時に咄嗟に放り投げた籠を拾い直すと、
町外れの森に駆けていく。
「さっさと終らせてガキ共と遊んであげなきゃね」
今日も彼女は、いつものように慣れた森で
熟れた果実を探す。
「地面に落ちてる方が、甘いんだから」
空から木の上に実っている果実を摘むランカスタの同業者を後目に、
ルーガは森の奥へとはいっていく。
森の手前の方は、いつも誰かに先をこされてしまう。
空を飛べるランカスタ達よりも行動範囲の限られた彼女には、
同じ場所で競うには効率が悪い。
しかしながら、ルーガは木の実拾いの名人だった。
いつも誰よりもたくさん、赤い実を拾って来る。
ランカスタだと羽根が邪魔して入れないような森の奥の狭い茂みも、
ルーガなら難無くはいっていけるからだ。
人間だと見逃してしまうような隠れた木の実でも、
ルーガの視力ではハッキリ見えるからだ。
ランカスタと、人間と、その二つの特製をもった彼女。
彼女だけが知る木の実拾いの穴場、
それがこの森にはいくつも存在した。
「今日はあっちにしようかな…」
その中から、今日の狩り場をきめると、
ルーガは身軽に木の間をすり抜け 森の奥へと身を進めた。
「やりぃ♪思ったとおり!」
累々と赤い実をつけた樹木の景色が目の前に広がってくると、
彼女のテンションもあがってくる。
柔らかい草地の上に落ちた形のいい木の実を拾っては籠に摘み、
ちょっと形の崩れた物はその場でつまみ食い。
「うまっ♪」
思った通り、落ちる程熟した果実の味は格別。
多少表面に傷がついていようと、彼女の品物が人気のある所以だ。
「この調子だとあっという間に籠いっぱいだな」
ふと、ルーガの脳裏に自分を慕う子供たちの顔が浮かぶ。
はやく仕事を終らせて、ガキどもとあそんであげなくちゃ、
そう思い、ルーガはせっせと木の実を拾い集めた。
彼女の仕事は順調な滑り出しだった。
「!……あれスゲー旨そう」
落ちている木の実だけでも充分な収穫ではあったが、
人というのは順調であろうとやはり欲が出てくるもの。
ふと見上げた木の上に、 とても赤くて大きな木の実を見つけてしまう。
だがそれは、羽根の無い彼女には届かない場所にあった。
木に昇ろうにも、細い枝先にあるそれには手が届かない。
良く熟れたそれは今にも落ちて来そうに見えるのに、
落下を待っているといつになるかもわからない。
「………よし!」
彼女は腰につけた巾着から、パチンコをとりだした。
木の枝にゴムを結わえただけの、とても簡単なものだ。
それを、空にむけて構える。
「やっ!」
放たれた石ころは、大きな木の実を結んだ枝に当たる。
いまにも落ちそうだった木の実は、その振動に大きく揺らされ、
ぷつりと糸がきれたように身体を繋いだ枝から切り離した。
「よっしゃ!百発百中!」
それを待ち構えて下でキャッチすると、ルーガは嬉しそうに飛び跳ねた。
彼女は、何だってできた。
羽根が無くとも、人間じゃ無くとも。
そうあろうと、努力して来たのだ。
たとえこの町が人間とランカスタの共存する町だったとはいえ、
当初は羽根のない彼女を馬鹿にするものだっていた。
酷い虐めにもあった。
人間の血が混じっていることを、
ランカスタの血が混じっている事を、
どちらからも良くはおもわれなかった。
でもそれはもう、昔の事。
今は誰も彼女を馬鹿にしない。
今は彼女は誰にも劣らない。
種族など関係なく、彼女はこの町で誰からも認められた存在だった。
「…ん?」
大物を手に浮かれている彼女の視界に、
木々の狭間から何かが近付いて来るのが見える。
「なんだいありゃ?」
鳥、ではない。
空をくるくると旋回したかと思うと高度を下げ、
また、くるくると旋回する。
ランカスタ譲りの彼女の視力は、其れが何なのかを判別した。
「…ランカスタか?なんて下手くそな飛び方だい」
自分に羽根があれば、もっと上手に飛んでやるのに。
と呆れながらも、その変な動きから目が離せずに、
彼女は其れを目で追った。
豆粒の用に小さかったそれは、次第に大きくなって来る。
こちらにむかって、大きくなって来る。
「!」
思ったよりも速度のあるそれは、角度をこちらに向けたまま、
突如急降下して来た。
「ちょ、嘘!?」
そしてすぐに、木の枝がパキパキ折れる音がして…。
「うわっ!?」
何か大きなものが、地面に落ちる音。
「…まじかよ!?」
彼女は籠を抱えたまま、その音の方に向かって茂みをかき分けた。
そこには真っ赤な
何よりもうんと赤い…
血まみれの少年が落ちていた。
end
ファング拾ったのって、絶対ルーガだよね。
その辺のスピンオフもみてみたいんだけどなぁ。
2010.08.20