…アメリアさん?
何してんの?
ねぇ、どうしたの?
逃げないとあぶないよ!
ねぇってば!
『ウ ル サ イ』
………え?
「ッ…は!!」
急に空気が大量に流れ込むような息づかいをして、
少年の瞳は突如開かれた。
目の前に広がる、白い世界。
「眼を覚ましたのか!ボウズ」
知らない男の声。
「誰かルーガを呼んできてやんな!」
知らない…名前。
ここは、どこ…?
ここは…
…そうだ…!
「………ーーいかなきゃ…!」
少年は自分の目的を思いだす。
少年は一刻も速く向かわなくてはならない場所があるのだ。
そして身を起こすと同時に。
「……っ…ぐ、あああぁっ…」
背中から襲って来る激痛。
「落ち着け、まだ起き上がるな!」
「うっ…う…ぅ」
「運が悪いなボウズ。まだ寝ていた方が良かったぜ?
その痛みは暫くは治まらねぇからな」
俯せに寝かされた身体は、背後から襲って来る激痛に身を丸めた。
漸く目の前の白がベッドのシーツだとわかり、
自分が誰かに助けられたのだと少年は認識する。
「俺はアークランドに…アークランドにいかなきゃ…!」
アークランドに着く前に、自分が力つきてしまった事を思いだし、
少年は痛む身を必死に起こそうとする。
「おい動くなボウズ!傷が開くぞ!」
「行かなきゃならないんだ!俺はアークランドにーー!」
「ここがアークランドだよ」
「!」
聞こえて来た声の方へ視線を向けると
そこには見知らぬ女の子が立っていた。
「アークランド…ここが、アークランド!?」
目指して居たその場所に、今自分がいる。
「ここを目指してたのかい?あんた」
そして、目指して居た理由が、少年の脳裏に一気に蘇る。
「あ…あぁ…、兄ちゃん…っ、兄ちゃんが!助けて…燃えてるんだっ…まだみんなが!」
何から伝えたらいいのかが分からず、
思いつく言葉をまとめもせずに少年は訴えた。
「…………」
目の前の少女は少し伏目がちに俯き、何も言わずに唇を噛み締める。
「助けて!誰か、助けてよ!ねぇ!炎が…!!」
「ボウズ」
必死に訴える少年の頭を、男の大きな手がそっと包む。
興奮した少年をなだめるように、押さえるように。
「誰か…!」
「お前は、三日間意識を失って居た」
「!」
急いで助けを呼びに来たはずなのに、三日も。
そんなに時間が立っていては、もう…。
少年の表情が絶望に曇る。
「お前が此所に来た翌日…東の集落が襲撃されたという話がこの街にも届いた」
「!!それじゃ…!」
「あぁ、すぐに村の若いのが何人も東に向かったさ」
「本当!?…よかっ…た…」
それを聞き、少年の表情がようやく僅かに和らぐ。
すでに救助が向かった事に安堵を感じて。
だがそれは、束の間だった。
「ボウズ」
少年の耳に聞こえて来る男の声は、
少年に現実を突き付ける。
「集落は…跡形もなく焼けて居た」
「!」
その言葉は、続く。
「動いているものは…どこにも居なかった…」
耳から脳に伝わるその情報は
少年を再び絶望の淵に追い詰める。
「嘘…嘘だ…そんな…」
「お頭っ!そんな事今言わなくても…!」
「いずれ知る事だ」
怒鳴る少女の声を、男は静かにねじ伏せる。
「お前が今更取り乱しても、もうどうにもならない。…わかるなボウズ」
「…………」
放心状態の少年の頭を、男はそっとベットにおろした。
少年の頭は、力なく枕に沈む。
「だから休め。そして傷を治せ。それが今お前にできる唯一の事だ」
興奮状態だった少年の身体は、
今はもう人形のように、だらりと脱力し動かない。
「ルーガ」
男は少女の名を呼ぶと、その頭を叩くように撫でる。
「後は任せた」
「え…えぇ!?」
そしてこの場を押し付けると、男は部屋を出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと待っとくれよ!どうすりゃいいんだよこんな…!」
この何とも言えない空気になった場を預けられ、
少女が慌てて男を呼び止める。
「お前が拾ったもんだろ」
「う!」
「それにお前はガキ、あやすの得意だろ?」
「ちょっとぉ!?」
男はそのまま、部屋を出ていってしまった。
「………」
残された少女は、ベッドをそっと振り替える。
先程と同じ姿勢の侭、少年は動かない。
「………」
いくら少女が子供の世話には慣れているとはいえ、
今の少年に駆ける言葉など、今は何も浮かばなかった。
end
ルーガ姐さん奮闘記。
2010.08.29