「お頭、ファングは?」
「おうおかえりルーガ。奴ならさっき部屋で飯くってたぞ」
お頭と呼ばれた男は、駆け込んで来た少女の頭にポンと軽く手を置き、
もう一方の手で二階の部屋をゆび指した。
「そっか、ちゃんと食ってるんだな」
ルーガがホッとしたように微笑むと、
男は苦笑する。
「そんな心配しなくても、奴はもう大丈夫だ」
あの日以来素直に食事を取り、ローングランドの面子にも
少しづつ心を開くようになって来たファング。
本来の生命力が強いのか、傷の経過も順調だった。
「でもさ、もっといっぱい飯食わせなきゃね」
そういってルーガは手にした包みから大きな魚をつかみ出すと、
ビチビチと暴れるそれを男の鼻先に突き出し、自慢げに見せる。
今日は良い食材を入手出来て御満悦の様子だった。
「おいおい、そんなに奴を肥やしたいのか?」
さっき飯は食べた、と伝えたばかりだというのに、
それでもファングに飯を食わせようとしているルーガに男は苦笑する。
「違うよ!だって、もっと食わなきゃ飛ぶ体力が戻らないだろ?」
ルーガは、それが当然の事のように言った。
「………ルーガ、あのな」
ルーガの言葉を聞いて少し無言で居た男は
少し言いにくそうに口を開く。
「あいつは…もう飛べないぞ」
「…へ?」
それを聞いたルーガは、思ってもいない事を言われたというようにきょとんとした。
「あの羽根ではもう、傷が治っても飛ぶ事はできねぇんだよ」
それだけファングの右翼は、大部分を失い過ぎていたのだ。
この町のランカスタを束ねるローングランドの長からみても、絶望的な程に。
「………飛べるよ」
「無理なんだよ」
あれだけの損傷を受けた羽根で再び飛べたものを、男は知らない。
「飛ぶよ!」
「いいかルーガ」
「飛べるったら!」
ルーガは反抗するように否定の言葉を否定した。
ムキにでもなっているように。
「ルーガ…こういう言い方はあれなんだがな…」
男は溜息をつくと、言いにくそうに言葉を選ぶ。
「羽根のないお前にはよく分からない事かもしれないが、
ランカスタが 羽根で空を飛ぶっていうのは…」
「そんなのしるかよ!」
ルーガは怒ったようにそう言うと、その言葉を遮った。
予想通り、ルーガの気分を害したことに 男は首を竦めた。
ルーガの羽根の事をいえば、こうなる事はわかっていたのだ。
だが、空を飛ぶ理屈をしらないルーガに
あの羽根では飛べないということを分からせる為には、
説明しなければ成らない事だった。
「あいつは…飛ぶんだよ!!」
「ルーガ…さっきのはすまん、だから…」
「絶対飛ぶんだからなーーッ…!!」
「ルーガ!」
謝ろうとする言葉すら遮り、
ルーガは魚を担いだまま二階へと駆け上がっていった。

 

「よっ、ファング!これ見ろよ、うまそうな魚仕入れてきたぞ!」
ルーガは笑顔をつくり部屋の扉をあける。
そこには、いつもの場所にいつもの姿が無かった。
「…ファング?」
部屋を見回すと窓際に立っている人影がある。
「なんだよ、お前もう起き上がれるようになってんのか!」
ベッドの上でずっと俯せに寝たきりだったファングは、
身体の回復に伴い、起き上がれるようになっていた。
久しぶりに身体をおこせるようになり、部屋の中を歩きまわっていたのだろう。
「お前ってたいした回復力だなファング!」
窓の前で立っているファングに近付き話かけるが、
そんな歩み寄ったルーガに振り返りもせず、
ファングはゆっくりと窓に手を当てた。
「ん…なんだ?外、出たいのか?外に出るにはまだちょっと」
「………羽根」
震えるような声で、ファングは呟く。
「…え?」
ルーガはファングの横にまわり込み、外を眺めているファングの顔を覗き込んだ。
「俺の羽根…」
ファングの目は、窓の外を見ていたのでは無かった。
ファングの手は、窓を触っていたのでは無かった。
窓に鏡のように薄らと映る、己の姿を見つめ
その手は窓に映った己の羽根の輪郭をなぞる。
「半分しか……無い……?」
「あ…」
切られた事実は認識していた。
だが、理解はしていなかった。
どこまで切られたのか、などと。
自分の背後を振り返る余裕など無くて。
「あ、あのな、ファング…」
「羽根…俺の羽根っ…」
たとえば脚であるならつま先のように。
たとえば手であるならば指先のように。
そうであってほしいという、最小限の被害をも願いつつ。
「半分しか…無くなってる…!!」
そうであって欲しくは無いという思いを、打ち砕く事実。
「羽根が無ぇ…羽根がッ…俺の羽根…ッ!」
「ファング…!!」
ファングは、自分の羽根がどういう状態なのかを
今、初めて客観的に目にしたのだった。





end



前回ちょっと長かったので今回は短かめにね。



2010.10.04

 

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