「ほら、早く来いよ!」
ルーガは反応の薄い少年の手を引っ張る。
「………」
手を引っ張られたファングは、たいした抵抗も見せず、
ルーガに引かれるまま後を行く。
「もう動けるんだろ?だったら外いこーぜ!ほらぁ!」
「…………」
そのさまを黙って見送るローングランドの長は、苦笑交じりにため息を漏らす。
「…野郎、すっかり腑抜けだな」
一時は精神的にも肉体的にも驚異的な回復を見せたファングだったが、
己の姿の現状を認識した時から、また何かを閉ざしてしまった。
暴れるようなことはないものの、何を言われても上の空、
何をしていても上の空だった。
「ショックだったんだろうなぁ…羽根はランカスタの誇りだからな」
「家族や仲間だけじゃなく誇りも一緒に失っちまったんだからナァ」
隣にいた男達が、それも仕方のないというように口を揃える。
「………失っちゃいないさ」
長の男はその言葉を訂正するように口を挟んだ。
「それはきっと、あいつが教えてくれるだろうよ」
「……?」
「…だからお前らは玉無しだっつんだよ」
真意がわからないという表情をしている男達を、長の男は苦笑する。
「ホントに玉無ぇ奴のほうがよっぽど頼もしいぜ。…なぁルーガ?」
長の男は腑抜けの少年をひきずっていく少女の背中を、満足そうに見つめた。



久しぶりの照りつける太陽。
久しぶりの心地よいそよ風。
だが何一つ、ファングの心を晴れさせるものはなかった。
それどころか、落ち着きをなくした様にあたりを見回している。
見知らぬ町、見知らぬ人、自分のことを誰一人知らない世界。
「何キョロキョロしてんだよ、ほらこっち!」
ルーガはファングの手を引き、ある場所に向かっていた。
「あらルーガ、珍しいわねこんな時間に」
「今日は私用により休日ってね!」
町の小さな有名人ルーガは、行きかう人に声をかけられることも少なくない。
その人々の視線は、すぐに後ろの少年に向けられる。
「あぁ、その子が例の……」
そして、言葉を止めるのだ。
「じゃねおばちゃん!また果物買ってね!」
「え…えぇ…」
皆、反応は同じだった。
ルーガの拾ってきた少年の話はこの町ではちょっとした話題のネタだ。
一向に姿を見せないその存在に、誰もが少なからず興味を抱いている。
この日初めて姿を見せたその存在に、誰もが興味をもち、
そしてその外見を見て、かける言葉を失う。
「………みんな俺のこと見てる」
「そうだな」
ルーガはファングの言葉をさらりと受け流す。
見るのが、あたりまえというように。
「見せてんだからな」
それが、目的だというように。
「…俺の羽根見て、みんな変な顔する」
「…そうだな」
誰一人その事を聞く人も、その事に触れる人もいないが
その視線と表情はすべてを物語っていた。
「俺…帰る」
「だめ」
初めて抵抗を見せた手を強引に引くと、
ルーガは目的の場所に無理やりファングを連れて行く。
「あ、ルーガねぇちゃんだ!」
町の中心にある公園には、子供達がいつものように集まって遊んでいた。
小さな子供から、ルーガと同じくらいの年の子供まで様々。
ファングと同じくらいだろうという子供も多くいた。
「ルーガ、今日はお仕事いいの?」
「今日はお休みだ!みっちり遊べるぜ!」
「わーい!遊ぼ遊ぼ!」
子供達とのやり取りを見れば、彼女が子供達にどれだけ慕われているかが、一瞬で理解できる。
「ねーちゃん、その子は…?」
「あぁ」
ルーガは自分の後ろに隠れるように立っている少年を指差した。
「こいつファングってんだ、みんなよろしくな!」
ルーガの家に見知らぬ子供がいる、ということは子供達の間でも伝わっていた。
これが、その子なのだろうということは子供達もすぐ理解できているようだった。
「何ぼさっとしてんだよ!ほらあいさつしろよ!」
「痛ぇ!わ、わかったよ…ファングだ。よろしく…」
黙っていたところをルーガに殴られ、しぶしぶあいさつするファングを見て子供達は笑う。
「あはは!もうねーちゃんのシリにしかれてるんだ!」
「としうえにょーぼーだね」
「こらっ!」
「わーっルーガねーちゃんが怒った!」
からかった少年に手を上げる振りをすると、はやしたてた少年がわっと声を上げて逃げる。
そしてルーガがその子を追いかける振りをした事で
ルーガの後ろに隠れていたファングの右半身が露になる。
「!」
子供達の視線が、ファングの右半身を見て止まる。
「な…なんだよ…」
いっせいに自分を見つめる視線に、ファングは先ほどの大人たちの視線を思い出すが
先ほどの大人達のような同情や気まずさの現れる顔とはそれは違った。
子供達の視線は純粋な、好奇と疑問。
誰かが口を開いた。
「…ファングの羽根、変なの」
「−−!」
純粋がゆえに子供は、大人よりも数段残酷にできているのだ。
「ねぇねぇ、なんで半分無いの?」
「見せて見せて!」
「変なかたちー」
「おもしろーい!」
まるで新しいおもちゃに群がるように、子供達はファングの周りに寄ってくる。
「こら、お前達…」
「…っんな…!」
ルーガが子供達を制しようとするより先に、ファングの手が子供一人を突き飛ばした。
「俺に…俺に触んなーーッ!!」
「きゃっ!?」
突如羽根を広げるとファングは周りの子供達を薙ぎ払い、地面を強く蹴った。
「−−!?」
だが一瞬宙に浮いた体は、突き刺すような激痛と不安定な浮遊感に襲われ
その場に無様に尻を着く。
「いてっ!?」
右翼の半分を失った翼で咄嗟に空を飛ぼうとした結果だった。
バランスが取れない。
浮力が足りない。
何より、翼を広げたときに走る神経をかきむしるような激痛。
「ファング、大丈夫か?」
「………」
差し出されたルーガの手も視界に入っていないように
ファングは尻を着いたままの姿勢で呆然としていた。
覚悟はしていたが、以前のようには飛べない、というその現実に。
「…ファングって、もしかして飛べないの?」
「ボクより大きいのにかっこわるーい」
そしてそれを、邪気の無い声が音として叩きつける。
「………うるせぇッッ!!!」
ファングは目の前に差し出されていたルーガの手を払いのけると、
公園から逃げるように駆け出した。
「…………」
ルーガは後を追わず、その背中を黙って見つめていた。




end



子供って怖いよね。



2010.10.11

 

戻る