†約束†
「それにしても立派になりましたねぇ…手塚クン」
大和は自分とほとんど変わらぬ体格に成長した一糸纏わぬ手塚を見て、感慨深げに呟いた。
最後に会話を交わしたのは、二年前。
この時期の年齢は成長がとても早い。
あどけない幼さの残る少年は今、立派な青年となって目の前にいる。
「あなたは何もお変わりない」
「そうですか?」
大和は苦笑した。
「よく、随分変わったといわれるのですが」
手塚の記憶にある最後の『大和部長』の姿と今の姿は、
随分と違うというのに。
「いいえ」
手塚はまっすぐに大和を見つめ、言う。
「すぐにあなただとわかりました。あなたを見間違える事はありませんから」
一目見た時から、確信していたように。
「やれやれ…」
大和は苦笑する。
「あいかわらず無意識にとんでもないことをいいますよねぇ手塚クンは」
なぜそう言われたかわからないというように
不思議そうにしている手塚の頭を、大和は撫でる。
幼い子供を愛しむように。
「…こうしても嫌がらないのですね」
この年くらいになると、子供扱いされるのを嫌がるものだ。
だがその手を除けるでもなく、表情を変えず手塚は大和の手を受け入れる。
「あなたに触れられるのは嫌ではありませんので」
あいかわらずの無表情のまま、手塚はまた、
無意識に大胆なことを口にする。
「まったく…自惚れてしまうじゃないですか」
その言葉に他意がなくとも、今こうして肌を重ねようかという時にそんな事を言われると
大きく誤解してしまいそうになる。
「敵いませんね、キミには」
手塚のペースに参りながらも嬉しそうにそう言うと、
大和は手塚に口付けた。
「ん…」
屋外競技の選手にしては白い手塚の肌の上を、大和の長い指が這う。
視線でその手を追いながら、手塚はその手に素直に身を委ねていた。
大和の手は頬から首筋を伝い、手塚の左肩を彷徨い、止まった。
「………」
少し表情を難くした大和に気づき、手塚は口を開く。
「完治しています」
一時はテニス生命を絶たれたとさえ噂された左肩。
手塚ほどの将来有望テニスプレイヤーともなると、
雑誌に取り上げられることも少なくない有名人。
特に彼を知る者であれば、その噂を誰もが一度は耳にし、ため息を漏らした。
きっと、大和もどこかで聞いていたことだろう。
だからこそ…大和は来たのだ。
手塚を、止めるために。
「それでは」
大和の手は左肩を撫でながら通過し、鍛えられた二の腕をすべり、
左肘の上で止まる。
「此処は」
「…大丈夫です」
手塚は、完治しています、とは言わない。
確かに今は何の症状も出ていない。
だがこの腕には、不安要素が多すぎた。
古傷、新しい傷、
治ったはずでも、またすぐに新たな傷を刻み。
原因も、症状も様々に。
手塚にとっての、アキレス腱。
今は大丈夫でも、またいつ壊れるかわからない諸刃の剣。
もちろん、あのようなテニスを続けていたなら、の話だが。
「………」
大和は手塚の左肘をやさしく撫で、両手でそっとその左腕を取ると、
手の甲に口付ける。
「キミがこうなったのは…ボクの所為ですね」
自己嫌悪のように、ため息を漏らしながら。
「ボクは、あの試合を止めさせることもできたのに」
怪我で思うようにテニスの出来ない自分の前に現れた、一人の小さな天才。
彼は原石ではなく、すでに宝石だった。
当時のテニス部の誰もが彼の才能に驚き、
そして嫉妬した。
「まさか試合後に暴力を振るわれるとは…完全にボクの管理不行届きです」
上級生達が彼をよく思っていないこともわかっていたのに。
そうなる可能性を否定出来なかったはずなのに。
暴行を未然に止められなかったのだ。
傷ひとつなかった美しい宝石は、磨き上げられ世に出る前に
ヒビを入れられてしまった。
当初たいした怪我ではないと本人含め誰もが軽視した其れは、
後に時限爆弾となって手塚の腕に仕掛けられることとなってしまう。
「そのときの怪我の所為でキミの腕は」
「大和部長」
手塚は大和の言葉を遮った。
「試合後のことなど、誰にも予測できません。あなたの部長としての判断は何も間違っていなかった」
大和の抱いていた迷いを打ち消しながら。
「怪我は己の自己責任です」
淀みない救いの言葉を与える。
「………それにしても」
だがそれでも、大和にはまだ足りない。
「まだ幼かったキミに、ボクは大きすぎるものを押し付けてしまいました」
自分が出来なかった事の全てを、小さな両腕に託してしまった罪悪感。
それを成すために彼は、自分の体を痛めつけてしまう戦いを厭わなかった。
チームのために仲間のために。
大和との、約束を果たすために。
彼をそうさせてしまったのは、自分の責任だと大和は感じていた。
「いいえ」
手塚は、それを否定する。
「確かにあなたの言葉は俺にとって大きな目標となって残りました」
ですが、と手塚は続ける。
「そうあろうと決めたのは、自分です」
あくまでも、己の意思。
その言葉は大和にとって、自分の所為だと思っている心に
『自惚れるな』と言い放たれたようだった。
貴方が思っているほど、自分は貴方の操り人形ではない、と。
自らの意思による自己責任でこうなったのであり、
貴方が気に病むことなど何もないのだと。
「勿論…あなたの存在は俺にとって、とても大きかった事は事実です」
そうして負の影響力を否定しておきながら。
「あなたがいなければ、俺はあのままテニス部を辞めていた。
今の俺があるのは、あなたのおかげです」
正の影響力を賞賛する。
「現にあなたは、俺にまた大きな影響を与えてくれました」
先日の大和との試合は、手塚にとってこれからの自分が
どうあるべきかを考え直させてくれたものだった。
テニスは自分が楽しむためにあるものなのだと、
プロのテニスプレイヤーになるのが夢だったのだと、
そんな一番簡単なことを思い出させてくれた。
手塚にとって久しぶりに、何も気負わず戦えた
楽しい試合だった。
それは、大和が自身の最後の試合と引き換えに手塚に伝えたかった事。
「ご指導、ありがとうございます」
「………ふふ…」
大和は、思わず笑いをこぼした。
こっちが謝りたかったはずなのに、
いつのまにか、お礼を言われてしまっている。
しかも彼の場合、それが決して相手に気を使って
上辺で言っているのではない事も大和にはわかってしまう。
手塚は本当に、そう思ってくれているのだ。
何も背負っていなかったはずの自分の背から、
2年間抱いていた重荷が降りていくのを大和は感じた。
「キミにはやっぱり敵いませんねぇ…」
手塚を止めることで、彼を追い詰めてしまった罪悪感から
逃れたかっただけなのかも知れない自分を、
こんなにも舞い上がらせてくれる麻薬のようなカリスマ。
至宝、手塚国光。
彼は大和から青学の柱になるよう託されたから皆を引っ張っていたのではなく、
元から秘めていた才気を無意識に放っただけだったのだ。
ただ皆がそれに惹かれ、彼に導かれた。
大和自身も、その才気に惹きつけられた一人に過ぎないのだろう。
宝石は、たとえひびが入っていてもその輝きを失わず、
美しく輝き、周りのものを魅了する。
「…ところで大和部長、もうよろしいのですか」
「え」
手塚の言葉で、大和はようやく今の自分の状況を思い出した。
一糸纏わぬ可愛い後輩を前に、その身に乗り上げているこの姿。
今の体勢は、まじめな話をするにはあまりにも不似合い。
「もういい…わけはないですよ手塚クン」
手塚にとってそのつもりで吐いた言葉ではなくとも、
この状況のあれが、催促以外にどう受け取れようか。
「よくまぁ、平然とそんなことを言えてしまいますねキミは」
照れもせず、表情もかえず。
純粋なただの疑問として。
それがどれだけ相手を煽るかなんて、わかってもいない。
「せっかくなんですから、もっと楽しみませんとね?」
口元に笑みを浮かべると、大和は手塚の体に再び指を滑らせた。
大事に愛しそうに、その肌の感触を懐かしみながら。
「…最後なんですから」
明日、ドイツに旅立つ手塚。
今日は最後の夜だった。
久々の逢瀬は、別れの夜でもあったのだ。
「あぁ…それにしても」
大和は手塚の左腕をもう一度撫でる。
肩から指先に向けて、水の流れのように緩やかに。
「キミの体に傷跡が残らなくて良かった…」
自分が止めなければ、彼はあのままどうなっていただろう。
考えるだけでもぞっとする。
其れを阻止できたという自己満足。
たとえ目に見えない傷が隠れているとしても、
自分のような醜い挫折の跡がこの宝石に刻まれなくて良かったと、
大和は心から思う。
「大和部長」
手塚は自分の左腕を撫でている大和の腕に右腕を延ばす。
「あなたは自分の為だけにテニスをしろと言ってくださいましたが、
俺は仲間のために戦うことも間違いだとは思いません」
手塚の手は、大和の右肘をさする。
「ですから」
大和の手術の傷跡を。
「えぇ…」
手塚の言いたいことは、大和にもよくわかっていた。
「ボクも、間違っていたとは思いません」
もう本気でテニスをすることはないけれど、
もうプロになる夢は捨てたけれど、
後悔してはいない。
こうして今、彼に尊敬される存在として、
彼に影響力のある言葉を放てる人間として、
彼のその瞳に映ることが出来ていることへの代償。
この腕は、誇り。
彼への反面教師として自分がいたのだとさえ思えてしまう、
…こういうところが、まだ自分に残っている
自己犠牲精神なのだと大和は自嘲する。
「それに…テニス以外にも、楽しい事はたくさんありますからね」
今の言葉は少し、説得力がなかったかもしれないと大和は思ったが、
手塚は黙って頷いてくれた。
この腕ではテニスの将来性がないと解ったことで
精神状態がどれほど乱れてしまったかは、
大和のこの変貌した外見からは隠せない。
色々なことをした。
したこともない遊びにも興じて見た。
テニス以外に何か夢中になれるものはないかと。
だがどれも、テニスには及ばない。
唯一其れ以上に大和をのめりこませるものがあったとすれば、
それは『手塚国光』に他ならない。
彼の試合、彼の記事を目にするだけで、心が躍った。
爆弾を抱えたまま続ける先の見えないテニスの傍らで、
この2年間、本当に興味を持てたのはそれだけだった。
大和でこうなのだ。
この手塚国光がテニスを失ったとしたら、
なにが、彼の瞳を再び輝かせることが出来るというのか。
もちろん、そんなことはさせてはいけない。
そんなことは誰にもさせない。
彼を誰にも壊させない。
彼自身にも、壊させたくない。
「手塚クン、…ひとつ約束してくれますか?」
彼に影響を与える事のできる特権を持った者として、
その権利を乱用してでも、この約束を彼に守らせたい。
青学の柱になり全国制覇するという約束を
ひたすらに貫き、果たした時のように。
大和は自分の小指を立て、手塚の前に差し出した。
「もう自分を傷つけるテニスはしない、と」
この試合で腕が壊れてもいいだなんて
二度と思って欲しくはない。
自分の腕を犠牲にする覚悟なんて、
二度と持って欲しくない。
もっと自分を大事にして欲しい。
「…はい」
手塚はその指に小指を絡めると、
自分の口もとに運び、大和の指を唇でしゃぶった。
「!」
彼らしくないその意外な行動に、大和はどきりとする。
「テニスを楽しめなくなるのは、困りますから」
そういって、手塚は大和に微笑んだ。
天衣無縫の極みに達した者の見せる、
極上の微笑み。
「キミは本当に」
贅沢な至高の笑みを独り占めしながら、
大和はそのまま手塚の口腔内を指で犯す。
「ん」
「相手を煽る天才ですね」
もう彼は心配ない。
もう、彼に伝えられることは何もない。
彼のことを心配する時間も、彼に罪悪感を抱く時間も
全てが終わりを告げたのだ。
何も考えなくてもいい。
何も与えなくてもいい。
ただ、愛しいという感情のままに接すればいいのだ。
それだけで、彼から与えられる。
至福の時を。
「…さぁ、堅苦しい話はここまでですよ?」
大和は指を手塚の口から糸を引かせながら抜きとると、
これから自分を受け入れる愛しい箇所に
手塚の唾液でぬれた指を丁寧に滑りこませる。
「ぁ…っ」
手塚は小さく声をあげ、目を綴じて眉間に皺を寄せた。
体に力は入っているが、拒絶はしていない。
「昔は」
手塚の其処はたいした抵抗もなく、大和の指を根元まで受け入れる。
「こうしただけで痛がっていたものですが」
指の腹で内側をゆっくりとかき回し、手塚の弱いところをつつきながら、
指を増やし、具合を確かめ、手塚の反応を観察する。
「今は大丈夫そうですね」
「ん…ぅ…」
鉄仮面の様に無表情だった顔にはようやく赤みが差し、
熱い吐息を吐きながら潤ませる瞳はとても扇情的。
手塚は、痛み以外を感じているようだった。
「随分と『大人になった』ということでしょうかね?ふふ…」
「意地が、悪いです…」
「よく言われます」
あの時とは違い、痛みの先の快感を覚えて。
いつのまに覚えたのだろうというのは愚問。
彼にだって、いろいろなことがあったのだろう。
もう彼は、大和の知っている手塚のままではないのだ。
「手塚クン」
自分の手からこぼれていく宝石。
否、元から握れてなどいなかった宝石。
「誰かにー…」
大和は言いかけて、言葉を言いなおす。
「誰か、良い人でもできましたか?」
ピク、と手塚の表情が強張った。
返答に困るように。
嘘をつけない素直な子。
「あぁ、いいんですよ?ボクに気なんて使わなくても」
大和はその返答は求めない。
むしろ、そんなことはわかっているから必要ないとでもいうように。
「キミの体は、キミのものです。誰と何をしようと自由なんですから」
「………」
そう笑って言った大和には他意はなく。
誰かのためのテニスではなく、自分のために楽しむテニスを。
そう手塚に諭した彼らしく。
「そのかわり」
大和は手塚に誰かがいようと構わなかった。
彼を縛り付けるつもりなんて元々ない。
ただ、自分の腕に応えてくれる彼がそこにいるから。
「今は、ボクだけを見てくれますか?」
その時間だけ彼を独り占めできれば、
それで満たされる。
もう部長と新入生ではない今のこの関係。
断る理由などいくらだってあったはずだ。
それなのに、手塚は自分の誘いにこうして応じて来てくれた。
大和はそれだけで嬉しかった。
たとえ其れが、彼が昔の立場を義理立てしているだけだとしても、
心が其処になかったとしても。
「はい」
手塚は返事をすると、大和の首に腕を回した。
そういえば、昔まだ体の小さかった手塚は、
大きな大和の背中に腕を回すことが出来ず、よくこうして首に手を回していた。
そんなことを大和は思い出した。
「手塚クン…」
かつて青学に在学していた時、大和はまだ幼い手塚を半ば強引に抱いた。
切っ掛けは先輩からの嫌がらせの事で呼び出した…のだったかもしれない。
手塚は戸惑いながらも、大和を拒絶しなかった。
其れをいいことに大和は、何度も行為を重ねてしまう。
手塚は行為の度にいつも酷く辛そうな表情を浮かべていたが、
それでも決して、拒まなかった。
…拒めるわけがない。
部長と、新入部員だ。手塚は拒めないだろう。
彼はこの学園でテニスを続けるためには、そうするしかない。
これは自分の立場を利用した卑怯なことだ、という自覚はあったが
大和には止められなかった。
それでも自分を避けず慕ってくる小さな天才が、あまりにも愛おしくて。
「…そろそろ入りますよ?」
大和は手塚の足を開かせその間に割って入り、
指で解した其処に身を進める。
「あ…!」
手塚は高い声を短く漏らすと、大和の背に腕を回し、強くしがみつく。
昔は届かなかった小さな腕は、しっかりと大和の背を包みこんだ。
「う、う、…あッ…!」
短い呻き声を漏らしながら、手塚は大和を受け入れる。
体が成長したとはいえ、手塚の中は狭かった。
少し慣らし足りなかったかと思ったが、大和はそのまま突き進んだ。
「大和、部長…っ」
手塚の言葉から、『部長』という敬称が取れることはない。
それは彼が、今も大和を自分にとっての絶対的な権利を持った存在として接し、
精神的に拘束されている現われなのだろうと
大和はどこか冷めた思考でそう理解していた。
「キツイですか?」
全てを手塚に収めてしまうと、大和は動きを止め手塚の顔を覗きこむ。
きっと彼はまた強がって我慢するのだろうと、それを確認するかのように。
「平気…です……」
ほら、ね…と、予想通りの返答に大和は苦笑する。
そうやってこの子は、やっぱりまた我慢をしてしまうのだと。
「多少痛くても、構いません…から…」
だが、この先は大和の予想が大きく外れる。
「え?」
急に覗き込んだ顔を引き寄せられたと思うと、
手塚は、初めて自分から大和にキスをしてきた。
驚きで大和の目が丸くなる。
「続けて、結構です…」
手塚は昔とは違った。
ただ泣きながら耐えていたあのころとは。
まるでせがむ様に、行為を受け入れている。
「………」
誰かにそんな風にされたのか、それとも…
考えをめぐらせて、中断する。
大和は、今は素直にその態度に甘えることにした。
「それでは…遠慮なく」
「アッ…!?」
大和は本能のままに、注挿をはじめる。
「ん、あっ…ひっ…!」
ぎしぎしと軋むベッドのリズムが、小さくもれる手塚の声を隠してしまい、
大和にはとても、勿体無く感じられた。
大和は手塚の唇を舌で割り、強引に口を開かせる。
「ほらほら…もっと声を出して?」
開かれた唇からは、絶えず嬌声が漏れ始める。
「ふっ、う、や…大和部長…ッ」
大和の抱擁は優しく丁寧ながら、言葉通り遠慮がなかった。
経験のない訳ではない手塚だが、大体は同年代か年下。
大和のように、自分よりも年上で体格のいい者に体を預けることは、
そう滅多にある事ではなかった。
もしかしたらあの時以来なのかもしれない。
「っぅッ…、はっ…はぁっ…」
構わないとは言ったものの、
あまり激しく動かれては、さすがに痛覚が強い。
しかしその痛みすら、どこか懐かしく思えた。
手塚の脳裏に、過去の記憶がよみがえる。
大和に、初めて抱きしめられてからの、繰り返された密会。
「楽しめてますか…手塚クン?」
今思えば、よく当時はこんなものが我慢できていたと思うのだ。
まだ体の小さかった手塚は、この行為が相当の苦痛だったのを覚えている。
それなのに拒みもせずに、その意味も解らず…。
「ん…、あっ…あぁッ…大和部長…っ!」
でも、不思議と嫌ではなかった。
確かに痛かったが、拒む理由が見つからなかったのだ。
理由を考えようともしていなかったと思う。
とても自然なことのような気がして。
「手塚クン…!」
「う、ああぁッ!」
体の奥で大和の熱がはじけ、手塚は身を仰け反らせて大和にしがみついた。
「…大丈夫ですか?」
「………」
昔と同じように強く抱きしめ返し、頭を撫でてくれる大和の腕が、凄く嬉しくて…。
あぁ、そうか。
と手塚は思う。
「大和部長」
大和の耳元にまだ乱れた熱い吐息をかけながら、手塚は言った。
「あなたを」
手塚は、わずかに迷ったように言葉をとめ、そして続けた。
「好きだった、のだと…思います」
手塚は突然告白をする。
今になって理解できた、当時の気持ちを。
それは過去形で。
「………」
思いがけないその告白に、大和の思考が止まる。
なぜ今になって、という思いと、
知らなければ良かった、という思いとが入り混じる。
最後まで、秘めておいてくれれば良かったのにとさえ思う。
彼も、当時自分を思っていてくれた。
決して強要していたわけではなかった。
そう思うと、割り切ったはずの感情が、
こんなにも乱れて、彼を手放したくなくなってしまうから。
手塚にとっては過去の感情でも、大和にとっては今も変わらないその思い。
だが離れすぎた距離。
長すぎた2年。
今更其れを埋めようとは思わない。
2人はもう、違う道を歩き始めている。
大和は理解していた。
今度は彼を止めるためではなく、送り出すために、
自分はここにいるのだと。
そして大きく間を置いた後、自分をじっと見つめている手塚に、
大和は微笑んで言った。
「………はい…ボクもです」
あの時、一方的な感情ではなかった。
それを確認できただけで、満足とする。
しておかなくてはならない。
「ボクも、貴方が好きでしたよ」
舞い上がりたい気持ちを殺して。
本当に、これが最後の自己犠牲として。
だから、大和も過去形に。
手塚がそうであったように。
「手塚クン」
大和はもう一度強く手塚を抱きしめると、
頬に、長い長いキスをした。
「行ってらっしゃい…手塚クン…」
未練を残さないように、邪魔をしないように。
彼の未来のために。
魅夜の絵を元にアレンジ→火祐様
人ごみの中で見え隠れする後姿。
大和はその背中を静かに見つめていた。
かける言葉は、もう必要ない。
その背中は、搭乗口でふと足を止め振り返ると、
窓から見える小さな人影に一礼した。
手塚は空へと飛び立っていく。
何にも縛られることなく
自分の夢を追う、一人の少年として。
end
2010.11.06
例の合作絵を火祐さんがいろいろ弄りたいというのでお任せしたら、
がっつり本番絵になって帰ってきました(笑)
あえて今回、魅夜は大和を鬼畜顔にしなかったはずなのに、
最終的に火祐さんにより鬼畜顔になって帰ってきちゃったよ。
火祐さんは大和をまったく知らない人のはずなのに、なぜやっぱり鬼畜顔!?
どうやら火祐さんにとっても大和はこういう印象だったようですw
いえ、あってますよ?うん、鬼畜で正解です(笑)
大和部長が超攻顔なのに手塚がつらっと無表情、逆にエロいっすv
それをみているうちになんだか文を書きたくなって書いちゃった作品でした。
それにしても大和×手塚っていいですよね。ハァハァ
しっかし、いままで散々鬼畜にばっかり大和書いてたくせに、
この話ではいまさらのように良い人な大和。
なんだか魅夜の書く大和らしくなかったですかね?
地下2階にでも大和の本性を描きましょうかねぇ(笑)