天上遊戯
何がどうなっているのか…わからない事だらけで。
ただ一つ手塚にわかっている事は、不二が今までとは違うという事。…いや、それも違うかもしれない。今までのほうが違う不二で、これが本物の不二だったのかもしれない。とにかく、今目の前にいるこの男は、手塚の知っている好青年の不二では無いと言うことだ。
不二はいったいどうしてしまったというのか。自分はいったいどうなってしまうというのか。手塚の疑問と不安の前に、以前と変わらぬ微笑みを携えて不二は歩み寄る。
「ん…ぐぅ…ッ」
警戒心と恐怖に身体に力が入るが、裸に剥かれた手塚は脚を大きく開脚させられ、閉じられないように手足をベッドに縛られている状態。口に貼られたテープが手塚の言葉を遮り、意思表示することもままならない。明らかに普通ではない状況に手塚は置かれているのだ。
「もう、慣れたかな?」
優しく問いかけるその声は、優しさの欠片もない行為をする前触れ。手塚は眉間に皺をよせ首を振る。
「もう、いいよね」
手塚の答えなど関係なく、不二は勝手に自己問答する。そして手元の箱をあけると、中の物を取り出し楽しそうに眺めている。まるで新しい玩具を手にした子供のように嬉しそうに。
そう…まさに、新しい『玩具』。不二が手にした物も、不二の目の前の手塚も。
「さぁ手塚…次はコレだよ?ほら、さっきのより…ずっと大きいんだ」
そして、不二の遊戯の時間は始まるのだ。
「う…」
不二の手にした玩具を見つめ、手塚の表情は曇る。不二の手に握られているのは、とても大きな淫具だ。熟練者御用達とでもいおうか、昨日今日始めての経験をしたものに使うような代物では無い。
そんなことは、不二はお構い無しだ。
「さ、コレはもうおしまい」
不二の手が、手塚の股間にのばされる。びくりと手塚の体が警戒に揺れた。
手塚の股間には、既に淫具が捩じ込まれていた。これもまた、なかなかのサイズの代物。挿入する時にはかなりの抵抗があったが、不二はそれをローションやら薬やらを駆使して手塚の中に埋め込んでしまったのだ。そして抜けないように固定すると、手塚を放置した。力を入れたり身を動かそうとする度に異物感を感じ呻く手塚を、そのまましばらく不二は笑顔で眺めていた。その様を楽しむように。
そして今、ようやくこれから解放される瞬間がやってくる。
「早く新しい玩具で遊ぼうね」
だがそれは、今中に埋められている淫具からの解放であって、この行為からの解放ではない。手塚の状況は何も変わってなどいない。それどころか、悪化しているといっていいだろう。
不二は手塚の股間を固定しているバンドのホックを外すと、指先で玩具を掴んだ。
「ん、ぐぅ〜〜ッ!!」
不二が玩具をゆっくりと引っ張る。手塚の体内に埋め込まれた異物が、ずるずるとゆっくり抜き取られていく。長時間挿入されていたことで拡げられることには大分順応してきてはいるものの、中を動かれるのは挿入されっぱなしの状態とはわけが違う。瞳を閉じ眉を寄せながら手塚はその刺激に懸命に堪える。
「んっ!…ふ…」
ぬるり、とようやく玩具が全て排出され、手塚の身体から力が抜けた。決して小さめとは言えないそれを今まで喰わえていた其所は、腸液を垂らしながら窄まっていく。硬く閉じていた瞼を開き、手塚は大きく息を吐いた。しばらくぶりに、身体が楽だった。
だがそれは、つかの間の休息。
「だめ、まだ閉じないで」
不二は、すぐに一回り太いものを手塚に押し付けた。
「んっ!?」
手塚の一度は閉じかけた其所が再び押し広げられ、太い茎が手塚を強引に押し開く。
「んぐっ…」
こうして自由を封じられ、一体何をするかと思えば…不二は先程からずっとこうやって手塚の此処を拡張し続けているのだ。何が目的なのか、手塚にはまったくもって理解出来ない。人の身体のこんな所を拡げて、一体何が楽しいのかと。
だが不二は、その行為を繰り返す。本当に愉快そうに。
「ん…んんーーッ!」
不二はその手にゆっくりと少しづつ力を入れる。乱暴にはしない。それは壊してしまったらもう遊べなくなるから、与えられた玩具を大事にする子供の精神と同じもの。丁寧に、確実に、手塚の中へと。
「うん…もうはいりそう」
拡げられることに慣れて来た手塚の其処は、一回り大きい新しい玩具をゆっくりとではあるが、確実に受け入れていく。痛みを伴いながら。
「っ…うぅッ」
そして、裂けそうな痛みが玩具の一番太い所を喰わえ込んだ。
「ーーンッぐぅ…!」
手塚の背が仰け反る。
「…ん、入ったよほら…」
先端を飲み込んだ手塚は下腹と腿に必要以上に力が入り筋肉を硬くしていた。
「そんなに力いれないで?奥まで入らないよ手塚」
不二は穏やかな口調でそういうと、接続部にトロトロとローションを垂らした。そして、ゆっくり玩具を奥に進めた。
「んっ…ぐ、う…!うぅッ!」
じわじわと少しづつ、手塚の深くに入り込む玩具。うめき声をあげ身をよじる手塚を、不二は無感情な笑みでただみつめる。
「なんでも入るんだね手塚は。まるで限界が無いみたい」
不二は根元までそれを押し込むと、スイッチを入れた。中に捩じ込まれた太い棒が静かな振動音と共に動き出す。
「んッ!?ぐぅっ…!ふぐぁッ!」
悶える手塚を相変わらずの無表情な笑みで見つめ、振動メモリをどんどんと強めていく不二。
「見たいなぁ…君の限界」
ぽつりと呟いて、不二は作動したままの玩具を抜差ししはじめる。
「ふぅッ!ん、ぐ、あ…ッ!」
内側を、そして入口を掻き回しながら、玩具は手塚を刺激する。焦らすように、いたぶるように。
「こんなもんじゃないでしょ?」
散々玩具で弄りまわし、手塚の中でスムーズに動かせるようになってくると、不二はようやく玩具を抜き取りにかかった。腸液とローションを光らせた玩具は手塚から排出されていく。
「ぐぅ…ッ…!」
大きな玩具から解放された手塚の其処は内側の粘膜を覗かせ、ピクピクと淫らに痛々しく蠢く。昨日までは其処は出口であって、入口などではなかったはずなのに。今はもう、淫らに妖しく相手を誘う、性感帯。
「だから君の限界、見せてよね」
不二は立ち上がる。
「ん…ぅ…?」
疲労と痛みの余韻でぼんやりと辺りを見つめる手塚の目の前で、不二はシャツをはだけた。小柄ながらも引き締まったしなやかな筋肉の上半身。そして、徐にズボンを降ろす。小振りながらも、色艶形の良い性器。
「僕のじゃ、君を限界に追い詰めるなんて到底出来ないから…これ、使おうかな」
不二は手塚に背を向けると傍に置いてあった箱の蓋を開けた。中に入っていたのは、大きな玩具。玩具の根元には何かを挿入する為の孔が空いていた。
それを取り出すと、不二は己の股間にそれを運ぶ。オナホールのように空いた孔に己の性器を挿入すると、その上から革のパンツを装着し玩具をしっかりと腰に固定する。
「これぐらいは…サービスしてあげるからさ」
ローションを手にとると、不二は己の股間に生えている玩具に塗り込める。滴り落ちるほどたっぷりと。
「さぁ手塚、それじゃあ……SEXでもしようか」
手塚に向き直った不二の股間には、極悪な程の巨根が聳え立っていた。
「……!?」
手塚の見開かれた瞳がその凶器から目が離せずに、不二の動きを追う。その凶器は少しづつ、手塚に近付いて来る。
ギシ…と、自分の縛られているベッドの上に不二が乗りあがって来た。拡げられた脚の間に不二が腰を据え、痛みの残る手塚の拡がった孔に、その巨大な先端が触れる。
「ん…んーーッ!んーーッ!!」
「さ…入れるよ」
抵抗の意思を見せる手塚の無抵抗な体に玩具の先端を押し付けると、不二は手塚の腰を掴み引き寄せる。
「んぐぅぅッ!」
玩具を拒む手塚のアヌス。太い玩具は挿入が困難な状態だった。
「ん!んッ…、んんッ!」
眉間に皺を寄せ、手塚は顔を顰めて身を硬くする。
「流石の君でも…これはちょっと無理なのかな…」
玩具の先端に押され口を開きはするものの、玩具を飲み込める程は拡がっていかない手塚。今までのような生易しい入れ方では、到底入りそうには無い。
「それじゃ…試しにちょっとだけ無茶してみようか?」
不二はにっこりと意味津に微笑むと、手塚の上に覆い被さり軽く腰を浮かせる。
「もしこれで入ったら…凄いよ君」
そして浮かせた腰を、そのまま体重を乗せ勢い良く手塚に打ち降ろした。玩具の先端を押し付けられた手塚のアヌスに、不二の全体重がかかる。
「ん…!?」
硬く拒んでいた手塚の其処がグッと大きく拡がった。
メリッ…!!
ついに手塚の入口は圧迫に堪えきれず、その口を開く。ズッ…と不二の体が一段沈んだ。
「んぉーーーーーッ!!!?」
手塚が奇声をあげ大きく仰け反る。
「へぇ、入っちゃったんだ…?すごいな、手塚は」
それに驚いたのは、むしろ不二のほうで。正直入るとも思ってはいなかったくらいだった。そのぐらい大きな玩具だったから。それでも、手塚の体にはそれが入ってしまったのだ。よほど柔軟性のある筋肉をしているのだろう。
「君には…ホント限界ってないみたい」
不二は驚きながらも馬鹿にしたような笑みを浮かべ、そのまま身を進めた。手塚の其処はミチミチと裂けそうな音を立てながら、激しい肉の抵抗と共に不二の擬性器を飲み込んでいく。
「んぐぅぅぅッ!!」
だがそれはそうとうの苦痛のようで、手塚は体を強張らせて首を横に振る。その瞳からは涙を溢れさせ、いつもの無表情からは想像もつかないほどの必死の形相。縛られた手足を突っ張らせ拘束を解こうと暴れ出す。少しも余裕を感じさせない。
「でも…どうやらこのへんが君の限界みたいだね?」
初めて目にする手塚の必死の姿に不二は満足そうに目を細める。
「嬉しいな…君の限界。やっと見れた」
不二は愛しそうに手塚の腿の裏側に口付けると、手塚の腰を引いた。くぐもった悲鳴があがる。
「 だって 君は僕に、一向に限界を見せてくれないんだもの…勉強も、テニスも、何もかもね」
勉強は学年トップ。テニスの実力もトップ。女子にも人気があって、後輩からは尊敬の眼差し。はじめて自分と同じ…いや、もしかしたらそれ以上かも?と思うくらいの奴に出会えたと思ったのに。そんな奴が…その正体は天才でもなんでもないだなんて。
「凡人のくせに…さ」
天才だと思ってしまったことが、腹立たしい。天才の自分に天才と思わせるような人物が、実は凡人だったなんて…それが許せない。それではまるで…。
「気に入らないよ手塚国光」
眉を少しゆがめると、不二は残りの茎を一気に手塚に押し込んだ。
「ー−ーッ!?」
手塚の尻が、勢い良く不二の腰にぶつかる。とうとう手塚は巨根を根元まで飲み込んでしまったのだ。
「ん…が…ッ」
内側から盛上がる手塚の腹。手塚の顔面は蒼白になり、瞳の白い面積が黒い面積を上回る。
「だめ、まだだめだよ」
意識を失いそうになった手塚の顔を叩き、不二は手塚を寝かせない。
「まだまだ、もっと君の限界の姿見ていたいんだから。だからまだ気絶しちゃだめ」
自分勝手な事を言いながら、不二は手塚の蒼白な顔を撫でた。
「あぁ…これじゃちょっと息苦しいかな?」
不二は鼻息を荒くしている手塚に気づき、手塚の口のテープを剥がしてやる。
「…はっ、はぁ、ハッ…」
途端、苦しそうな手塚の息づかいがもれる。鼻だけで呼吸していた時よりかは幾分楽になり、手塚の顔に赤みが戻った。
「さ、見せてね手塚」
それを確認すると、不二は手塚の腰を持ち直した。
「君の…みっともない姿」
持ち直した腰を、激しく揺さぶる。左右に揺すったり、掻き回したり。
「あがああぁぁッ!イ…ッ、あああぁっ!!」
苦しそうに暴れる手塚の身体を、今度は前後に揺らす。
「やめっ…許し…不二ぃッ!んおあああぁッ!!」
ぐちゅ、ぐちゅっと接合部でローションが泡立ち、不二の動きを滑らかに誘導する。最初はゆっくり少しづつ、次第に大きく、速く。
パン、パンという肌のぶつかり合う音と、グポン、グポンという抜差しされる音。遊具はまるで本物の身体の一部の様に不二の腰にしっかりと固定され、さながら普通の性交かのように激しく動く。その太さが普通の数倍もあるということを忘れてしまう程に。
「ヒッ…ぃ!がッ…あぐッ!おあぁァッ!」
だがそれは手塚にとっては一瞬たりとも忘れる事もない事で、極限に拡げられたまま激しく動かれ、激痛と肉体の限界に泣叫ぶ。
「ぐッ…ァ!やめ…壊れる…ッ、壊れるゥッ!!」
ローションが動きを助けているとはいえ、ギリギリまで拡がった孔は今にも裂けてしまいそうに伸びきり、強引な抽挿に粘膜を引き摺られ、ずるずると出入りする度に其処が壊れてしまいそうな激痛。
「じゃあさ…壊れちゃいなよ」
不二はその日一番の優しげな笑顔でそう言うと、腰の動きを速めてやる。
「うわぁああッ!?ダメだ、不二…本当に壊れ…っ!!」
手塚はそこまで言って、後は悲鳴のみに切り替わる。
「うふふ…」
凡人の必死な姿、大好き。
凡人の限界を見下してやるの、大好き…。
凡人なんて天才の前に跪けばいいんだ。
「いい恰好だね?手塚国光」
腹をぼこぼこと波打たせ、見え隠れする粘膜から淫猥な音を立て、泣叫び許しを乞う、弱者。凡人の手塚国光。
「天才じゃない君なんて…いらないんだよ」
綺麗な笑顔で呟いたその天才は、泣きわめく凡人を激しく犯し続けた。
「…痛かった?まぁ、そうだよね」
「…………」
悪びれた素振りも無く笑顔でそう言い脚の拘束を解く不二の動きを、手塚は無言で見つめる。ようやく解放された手塚は、暴れるでもなく不二が拘束を解いてくれるのを黙って見ていた。
「意外だな、暴れないんだね手塚。…嫌じゃなかったのかな?」
「…………」
全ての枷が外され、手塚の身体は解放される。だが、散々突き犯された身体は、枷が外されても手塚の思い通りには動かせない。手塚はまだ痺れの残る腕を自分の拡がりきった孔に伸ばし、そっと触れた。其処はぬるりとぬめる粘液で濡れ、熱く熱を持ち痛みを放ち脈打つ。つい先程まで、あんな大きなものを捩じ込まれていたのだ。痛く無いわけが無い。よく壊れなかったものだと思う。己の指に付いた粘液を眺めそんな事を考えながら、手塚は視線を不二に動かした。
「結局……何がしたかったのだ…」
散々手塚を陵辱し、あっさりと解放する。もう目的は果たしたと言う事なのか。だったら目的は、今までの行為の中にあったことになる。思い当たるのは、反復されたあの言葉。
「……さぁ、ね」
はぐらかすように答え、苦笑する不二。
「僕も…わかんないや」
だが、それは偽りの答えではなく、本心に聞こえた。
「…………」
この男自身、わかっていないのではないだろうか。そう、思えた。
自分だからこそ、わかっていない。みえていない。自身がこだわり続けるその事に、自身が縛られ追い詰められているのだということを。追い詰められた状態の手塚にさえ見えた、その事を。
「お前は…随分と天才という響きにこだわるんだな」
頻りに不二が口にした、その言葉。不二のキーワード。
「…そうだよ。だって僕は天才だからね」
恥ずかしげもなくそう言い切り、誇らしげに微笑む不二。
手塚は確信する。この男が天才にこだわり続ける、心の闇を。
「君もたいしたものだよ手塚。でも…君は凡人なんだよね…」
「そうだ…」
気づかせたい。気づかせなくてはならない。
手塚はなんとか上半身を起こし、不二の目線の高さに視線をあわせる。
「そして不二…お前も、だ」
「な…っ!?」
不二は驚いて、そして、すぐに笑った。
「僕が天才じゃ無い…だって?あはは、何言ってるのかな?」
不二は決して認めない。そう言うだろう事は手塚にもわかっていた。その長年の思考が、今の彼を形成しているのだ。そう簡単に崩れるものではない。その鬱憤が、こうして他者に向けられ爆発した。自覚はなくとも、そういうことなのだろう。
おそらくは、自分と同じ運命だと信じていた者に、裏切られたと感じた錯覚から。わかってしまえば何のことはない、ただの子供じみた八つ当たりだ。
「僕はね、天才なんだよ。君と違ってね?だって、小さい時からずっと、皆そう言って…父さんだって、母さんだって…皆、皆僕の事天才だって…!」
思った通りの、不二の言葉。自己暗示の催眠術。
「お前は…天才なんかじゃない…」
「な……!」
再度はっきりと否定され、不二はあからさまに狼狽えていた。
「ぼ…僕はなんだって人よりできて、何もしなくたって人より優れてて…!」
「違うな。それはお前が…一番良く知っているはずだ」
「なん…だって?」
認めないかも知れない。だが、見えていないわけではないはずなのだ。頭の良いこの男なら。
「お前は何もしていないのでは無い。お前はただ、自分が努力しているんだと言う事を自分で認識できていないだけだ。だから、自分がなにもしていないのに何でもできると思い込んでいる」
おそらくは、無意識の内に。錯覚だ。
「そんな努力なんてこと、天才の僕はしてな…!」
「朝練の前に…人より早く来て、素振りをしていたな」
手塚は、知っていた。彼自身の中で削除されているその行為を。
「!!」
思い当たる事があるのだろう、不二は黙った。
「確かにお前は人より飲み込みが早い、器用で要領もいい。なんでも人より短期間で身につけているかもしれない、だがな…それにはかならず、過程がある。お前は認めていないだけだ。自分が無意識にとっている行動の一つ一つが、努力なのだと言う事を、な」
「何を…!!」
異義を唱えようとした不二の言葉を押さえ付けるように、手塚は続けた。
「お前は勉強をしているからいい成績がとれて、練習をしているからこそテニスが上手くなる…それは当たり前だ。天才などではない!」
「………」
不二は、再び黙りこむ。そして急に、弱々しく目線を落とした。
「………僕は…」
幼い頃から、天才だった。そうよばれた。天才でなくてはいけないのだと思った。他の人よりなんでもできなくてはいけないのだと。何もしていないのになんでも出来る。それが天才。だから、過程はいらない。あってはならない。天才に結果までの過程など存在しない。だから、勉強も努力も、しちゃいけない。みせちゃいけない。
だから勉強では無い。練習では無い。天才だからそんなことしなくていい。ただ、暇だから…ちょっとみんなにあわせて付き合っているだけ。…そう、つきあってやってるだけなんだ。決してこれは努力なんかでは……。
「………」
手塚もしばし口を噤み、不二の言葉を待っているかのようだった。だが、不二の口から何も言葉が発せられない様子を察すると、再びその口を開く。
「不二、努力している人間は…愚か、か?」
「………」
不二は答えない。
「それを努力だと認め、人に努力している自分を知られることは…そんなに恥か?」
まるで不二の心の奥を見透かしたようなその問い。
不二は暫く何も言い返さず、黙って何かを考えているようだった。
「ねぇ手塚…」
そして、その口が開かれ出てきた言葉は…。
「努力している人間は………なんだか格好悪いと思わない?」
あまりにも、天才らしからぬ答え。だがそれが、この不二という人物の全てを表していたのでは無いかと思う。
「それは俺にはわからない。そういう考えもあるだろう。ただ…」
手塚は決して不二の思考の全てを否定はしなかった。肯定もしない。ただ、こう答える。
「俺は、それを格好悪いと思う方が格好悪いのでは無いかと思う」
手塚は澄んだ瞳で真直ぐと不二を見つめ、そう言った。己の思うが侭の素直な意見。手塚という人物の全てを表すように、真直ぐに。
「手塚…」
まるで今まで受けた行為の事さえ清めて許してしまったかのような、聖人のようなその瞳。この男は、決して偽善などでは無い。偽造された偉物などではない、生まれもったカリスマ…。
彼は…本物なのだ。
「…完敗…だよ」
どうやら喧嘩を売る相手を誤ってしまったようだ。適うわけが無い。何をしたかったのか、何を求めていたのか…もう、どうでもよくなってくる。苦笑まじりの溜息を漏らし、不二は脱力したように手塚の横たわるベッドに腰掛ける。
だがその表情は、とても穏やかだった。
「不二」
「…なに?」
「もっと本気で、テニスをしてみろ」
何をしたかったのか、何を求めていたのか、その答えは。
「…そう、だね…」
誰かに…お前は天才なんかじゃない、と気づかせてほしかったのかもしれない。
本物の、天才の君に。
そして小さな世界を支配していた君臨者は
己を知る。
「あぁ、わかったよ手塚…」
「不二…?」
不二の瞳には、大粒の涙。初めて人前でみせる、己の弱くみっともない姿。 手塚でさえ、そんな姿は見た事がなかった。
「負けるのって、こんなに悔しいんだって事。必死になるのって、こんなに楽しいんだってこと…」
「…………」
はじめて必死になった。はじめての敗北感。本気で負けた。思い知らされた。己の限界。
自分はやっぱり天才なんかじゃないんだって。
わかっていたけど、それでも、悔しくて、悔しくて。
それなのに。
「明日からまた…努力、しなくちゃね」
なんだか……ホッとしたんだ。
end
2007.05.09
手塚が寛大過ぎる!自らそうツッコミをいれたくもなる。まぁ、そこはそれ、手塚なので。
実際手塚はコトが終っちゃえば特別根に持ったりしなさそうな気がするんですがね。だからつけあがられてどんどんやられちゃうわけだよ(笑)
そしてどうも不二塚をかくと、魅夜は手塚よりも不二を中心に書きたいようです。なんか、不二ってメンタル弄るとおもしろそうなもんでさ。ちょっと壊れかけの鬼畜なんだけど、本当は弱い、みたいなのが魅夜の理想の不二みたいです。
反則な気もしますが、一応これも巨根祭作品です。(笑)
じつはこれは20万Hitのリクエスト様に考えていた話です。満木遥様よりのリクエスト内容は「不二塚監禁拘束モノ」でした。更新するのが気が遠くなるくらい遅くなってしまって本当に申しわけ有りませんでした。もう御本人はサイトチェックなどはされていないだろうなぁってくらい昔のリクエストですものねぇ…もし、気が向いて再びこのサイトに立ち寄った時にでも、見つけて下さっているといいなぁなんて。