「私は…」
かつて周りの言葉に耳を傾ける事もなく
罪を塗り重ねながら突き進み続けたその男は。
「何をすれば…いいのでしょう…」
生まれて始めて
誰かの言葉を求め立ち止まった。


 

誓い

 


それまでの思考回路を総べて否定し
それまで否定していた事を総べて肯定し
己の望みが禁忌である事を、自覚する。
ここに至るまでのその総てが 罪であった事を
ようやく、自覚する。
「私は…」
すべてを認める事は
己の存在の否定に等しかった。
償う事適わない罪の重みが
細い身体にのしかかる。
吐き気がしそうな程の自己嫌悪。
「…ッ…」
空を斬り男の右手にあらわれる凶器。
その刃を己に向け振りかざす。
「!?」
激しく金属のぶつかりあう音と共に
男の手から凶器が弾け飛ぶ。
目の前の光る刃が手の中のそれをたたき落としたのだ。
床に落ち跳ねる凶器を視線で追い掛け
伸ばそうとした手は、掴まれる。
「ふざけるな」
その手を掴んだ男の、怒りに満ちた視線。
「それは逃げだ」
「………」
見事なまでの正論。
それは現実に打ち拉がれた男にとって
唯一の退路を塞ぐもの。
「では…何をすれば…」
時間と技術と悪魔の智慧と。
その総てを費やした目標を見失った今、
まるで生まれ堕ちたばかりのように
途方に暮れる。
「………何をする…だって?」
悪魔を人に導いた男は
絶望に浸る目の前の男を睨み付ける。
「甘えるなジェイド!」
「ッ…!」
両肩を掴まれ、ジェイドは壁に叩き付けられた。
「それは誰かが決めるんじゃ無い…お前が決めるんだ!」
「殿下…」
肩を揺さぶられ、赤い瞳が怯えを見せる。
今自分を押さえ付けているその男に対してでは無く、
あまりにも罪な自分の存在が
恐ろしくて。
「私は…自分の思考には従えない…」
人が死ぬ、という感覚がわからない。
何かを失う、という感覚なんて知らない。
当たり前の事を理解出来ない非常識な思考回路は
あまつさえ、物事の善悪すら把握出来ていなかった。
そんな自分の思考の下す決断など、信用できようものか。
「お前には…こいつがあるだろうが!」
「ッ…!」
殿下、と呼ばれた男の手が
ジェイドの頭を鷲掴みギリと締め上げる。
「考えろジェイド…何をすべきか、どうしたいのか!」
「…………」
何も、浮かばない。
考えるのが恐い。
この思考は悪魔だ。
浮かぶのは残酷で罪な事ばかり。
考えてはいけない。
「俺はお前みたいにお利口じゃ無い」
手が離され、ジェイドはずるずると壁にもたれ座り込む。
「でもな、皆そうだ…人間なんて皆馬鹿なんだよ!
無い頭で考える、悩む、失敗する!みんなそうなんだよ!」
完璧な人間などいない。
たとえどれだけ天才と言われようと
人は神では無い。
だから、神の領域を侵害するような真似は
絶対に許されざる行為だったのだ。
「それから、どうするかだろうが!」
罪を認め悔い改め
その先を進む為に。
「考えろ」
決断を委ねられる。
ジェイドという人間の、その罪作りな思考回路に。
「…………私は…」
何も、浮かばない。
天才と呼ばれ博士と呼ばれ
知らぬ事など何も無かったその頭脳は、
後悔という初めての感情に、対処する術を知らなかった。
ジェイドは答えを見出せず、黙したまま俯く。
「それでも…」
答えの出ないジェイドに足音が近寄った。
何をしたらいいか判らないってんなら」
俯き伏せる顎を掴まれ、顔をあげさせられる。
「俺を、護れ」
まばゆい金の光が、赤い闇の前に広がった。
「ピ…オニ−…?」
ジェイドは驚き、思わず敬称では無く男の名を呼んでいた。
「その身の総てを捧げ、その頭脳を如何なく発揮し…」
総ての根源とも言える、その恐ろしい能力を使って。
「全力で、俺とこの国を護り抜け」
余計なことに思考が回らなくなるくらいに。
「し…しかし私は…」
「お前がそう誓うなら…」
「な…!」
狼狽えるジェイドを包む褐色の逞しい腕。
ビクと震えた身体を押さえ付けるように
強引に包み込む。
「俺が、お前を護ってやる」
「…………!」
それは大罪人には、あまりにも暖かい体温。
「その間に探せ。考えろ。お前が…自分のするべき事を」
「ピ…オニ−……」
ピオニ−の腕に包まれながらジェイドは思う。
何も決められない自分に代わり
この人が、与えてくれたのだと。
全てを壊して逃げるのでは無く
全てを受け止め、生きろという
一番過酷な方法を。
だがそれは
あまりにも 己の罪にふさわしく。
「私は…」
自ら決断することの出来なかった答えに、ジェイドは覚悟を決める。
永遠にもがき苦しむ為に
生きようと。
その為に与えてくれた、居場所なのだ。
「ピオニ−……ピオニ−・ウパラ・マルクト殿下」
ジェイドは腕をそっと解くと
ピオニ−の足下に恭しく跪く。
そして。
「私…ジェイド・カーティスは、今宵より貴殿の為に
この身をすべて捧げ、全力でお護りすることを…ここに、誓います」
誓う。
与えられた罰を少しでも全うする為に。
犯した罪を少しでも償う為に。
生きて、探すのだ。
「……よし」
ピオニ−はジェイドのその覚悟を受け止め、微笑し目を細める。
彼にもよくわかっていた。
その決断が、ジェイドにとって再起の切っ掛けであると同時に
何よりも辛いものになるということが。
それは彼のジェイドに対する優しさと厳しさだった。
「殿下…私は…」
ジェイドはぽつりと呟く。
「……変わりたい…」
変わったところで許される事などない。
それでも、変わりたい。
悪魔などではなく、人として。
「……ばーか」
それを聞いたピオニ−の手が突然ジェイドの頭を掴み
ぐしゃぐしゃと撫でる。
「!?」
予想外の反応にジェイドが狼狽えているのにも構わず、
そんなジェイドにピオニ−は苦笑しながら言った。
「もう、変わったよ…お前」
「え…?」
意味が判らずにいるジェイドに、ピオニ−はもう一度笑った。
「それじゃあ…最初の命令だジェイド」
「は…はい、なんなりと」
己が主人と決めた男。
どんな命でも従う所存でジェイドは答える。
「笑え」
「…はい…?」
だがそれはあまりにも突拍子も無い命令で。
「何を死霊みたいな面してる?」
「………」
そんな顔をしているんだろうか、と思うが
ジェイドはそれを否定は出来ない。
おそらく、そうなのだろう。
「面白く無くても、辛くても…笑えジェイド」
「ですが…」
昔のような悪戯で余裕の笑みは
昔の自分だから出来たもの。
今はもう、出来ない。
「お前の憎たらしい笑顔が、俺は好きだ」
「………」
それでも、誓ったから。
「貴方が…お望みなら」
ジェイドは口元を緩めると、笑みを造る。
「…下手くそ」
まだ罪を知らなかった以前のようには
うまく笑えない。
「ま…何事もいきなりは無理か」
そんなジェイドをからかうように、ピオニ−が苦笑する。
「少しづつでいい…」
ピオニ−の手が、必死に笑おうとするジェイドの頬をそっと撫でる。
「お前が思う、お前のできる事をやるんだ」
「……御意」
下手な微笑みを浮かべたまま、ジェイドは主人の前にもう一度跪いた。

この罪を償える術など在りはしない。
許される日など来る事も無い。
罪悪感が消える事など永遠にない。
何をしたらいい?
どうすればいい?
私は…どうしたい?
答えなんてまだみつかっていない。
それでも今は
そう
この人とこの国を
全力で守り抜こうと…誓う。



かつて周りの言葉に耳を傾ける事もなく
罪を塗り重ねながら突き進み続けたその男は。
立ち止まったその脚を
少しだけ
再び、踏み出した。

 

end



2008.04.20

 

再びダメなジェイドを書いてみる。
ジェイドが昔の自分から今の自分へと変化した辺りの
妄想のお話でした。

本当はもっとピオニ−はジェイドに厳しかったと思うんだけどね。
ていうかもっと厳しい方がむしろ萌える(笑)。

 

戻る