最重要参考人
「だから、僕達は何もしゃべっちゃいけないんだよ」
「うむ…」
「…だな」
瀞霊廷内における隊長暗殺の最重要参考人、それが自分達の生かされた理由である。もちろん、その暗殺について雨竜達は何もしらない。そんな事件に関ってなどいないのだ。
おそらくは、雨竜達が瀞霊廷内に侵入した際の混乱に乗じた内部の犯行だろうと雨竜は推測した。だが、何も関って無いからと言って何も知らないと言えばそれで済むものでは無い。素直に何も関っていないと供述してしまうということは、その時点で雨竜達は最重要参考人ではなくなるということだ。すなわち、生かしておく価値のない存在になる、という事。
「何も知らないという事も、黙ってた方がいいというのか」
「うん…いやむしろ、思わせぶりな態度で居た方がこっちに有利に運ぶかもしれないし…」
「ふむ…」
何か知っているような素振りを見せておけば、その情報を聞き出す為に向こうは必死になってくるだろう。そしてその口を割るまでは命を取られる心配はないだろう。ただし、その作戦には当然危険なデメリットもあるわけで…。
「そうごちゃごちゃ考えんなよ!ようは黙ってリャいんだろ?」
「…まぁそういうことだよ」
難しい顔をしている雨竜に岩鷲がガッツポーズを作って言った。
「まかせとけって、この岩鷲様の口は岩のように硬てぇんだぜ!」
「……期待してるよ、岩鷲君」
雨竜は一人元気な岩鷲に小さく笑みを浮かべた。
こんな最悪の状況下でも努めて明るく振る舞える人種は、貴重であり羨ましくもあるなと雨竜は思う。はっきりいって今の自分達は最悪だ。敵につかまり仲間とはぐれ傷を負い、そのうえ霊力も封じられている。…まぁ、霊力に関しては今の雨竜には関係の無い事かもしれないが…チャドと岩鷲にとってはその事は最大の枷であるのは確かだ。こんな状態で非観的になるなというのが難しいものだが、こういう時にこそこういう馬鹿な存在は重要なのだと思う。少なくとも、一時的に笑いを零す事ができるから。
「!」
突然、雨竜がピクリと何かに反応する。
「どうした?」
「…シッ!……見張りが来たよ」
雨竜の宣告通り、死神が数名牢の向こうに姿を現した。この霊力を封じられた中ですら人の気配を感じ取ったのだ。雨竜の察知能力は霊力というより天性の第六感というべきなのかもしれない。
死神達は牢に近付くと中の三人をじっくりと眺めまわしていた。そして何かを相談しているようで、こちらを指差しては何か喋っている。
「…ったく感じ悪いぜ!動物園じゃねぇっつの」
岩鷲が面白く無さそうな顔をしつつも戯けて言った。その様子に、雨竜の口元が綻ぶ。緊張が少し解れた気がした。
「それじゃ岩鷲君はきっとゴリラだね」
「アぁん!?なんだとコノ!メガネモヤシに言われたくねぇな!」
「…もやしは植物だ」
「んなこたわかってんだよ!つうか俺よりてめぇのほうゴリラだろがッ!」
「む…」
張り詰めた緊張感を裂くように交わされる会話に、雨竜は笑いを零す。あぁ良かった、まだ笑えた。まだ、余裕だ。
「煩いぞ旅禍!」
ガシャンと鉄格子を蹴られ、再び口を結ぶ旅禍達。
『旅禍』、彼らは雨竜達をそう呼ぶ。生きながら死後の世界に侵入して来た異端なる因子。あってはならない侵入者。そうまでして取り戻したいものがここにはあった。いや、正確には取り戻したいと必死になっている男の為に、集った。
ここまできて、取り戻そうとしているものがそんなに自分にとって重要なものかどうか、雨竜にはよくわからない。ただ、自分の認めた男が大切だと思っているなら、それを取り戻す事は自分にとって重要な事なのだろうと思ったのだ。それはただのこじつけなのかもしれないが…。
「おい、お前」
かけられた声に雨竜が顔をあげる。
「そうだ、眼鏡のお前だ。こっちにこい」
牢の入口付近にくるよう命じられ、雨竜は立ち上がった。
「…っ」
立ち上がると、手枷の重みが直に手首にかかり腕が痛む。
「石田…」
「………大丈夫」
雨竜は一度チャドと岩鷲を見渡すと、ゆっくりと招かれた方へ歩き出す。
入口付近に来ると、死神の一人が牢を開け雨竜の身体を素早く掴んだ。
「おっと、中の二人は変な真似すんなよ?」
牢の開閉時に脱走なんかを企てないようにとの一時的な人質扱いなのだろう。雨竜はそのまま牢から引き出される。
「…どこへ連れて行く…!」
前髪の隙間から覗くチャドの目が死神を睨み付けた。静かなる威嚇。
「なぁに、これから取り調べが行われるのさ」
あぁ、来た。という感じだった。だがさっき話し合った通り、こっちとしてもそれなりに心構えは出来ている。
「だったらさっさと俺等も出せってんだ、暴れねぇからよ!まぁ何も喋る気はねぇけどな!」
岩鷲が手枷をじゃらじゃら慣らしながら牢を出される順番を待つ。
「いや、お前等はいらん」
「ハァ!?」
「こいつ一人で充分だ」
「何!?」
死神達は雨竜を牢から出すと、牢を締めまた鍵をかけ始める。
「まて…なぜ一人だ…?なぜ石田だ?」
のっそりと立ち上がったチャドが入口に歩み寄り、鉄格子越しに死神を見下ろす。それは派手な抵抗では無いが、動物園の熊が檻越しに間近に迫った時のような圧迫感を相手に与える事だろう。
だが死神は自分より大きいチャドの影に一瞬怯みながらも、そこから何も抵抗出来ない事を充分にしっている。
「理由か?理由はなぁ……こいつが一番簡単に口を割りそうだからだよ」
答えた死神の言葉に、雨竜の眉がピクと動いた。
「……随分となめられたものだね」
「石田…」
「…大丈夫、すぐ帰ってくるよ茶渡君」
牢の中から心配そうに見つめるチャドに雨竜はそっと笑みを返した。
「いくぞ」
背中を押され、雨竜は死神達と共に歩き出す。
「……と、いうわけでだな…」
先程チャドに聞いた内容を死神は雨竜に告げた。この廷内で暗殺が行われた、と言う事だ。
さぁ、ここからが本番。
「端的に聞く。…その事で何を知っているか言え」
「…………」
雨竜は何も答えず、無表情のままその死神を見ていた。
「…なんとか言え!」
無言のままの雨竜の口元が僅かに笑う。
「僕が一番簡単に口を割りそうなんだろ?…だったら割らせてみればいい」
「な…」
「お察しの通り、あの中では僕が一番口が軽いよ。だから…僕の口すら割らせられないようじゃ、あとの二人をおとすなんて到底無理だと思うけどね」
雨竜はわざと軽口を叩いて相手を煽った。こうしておけば自分が口を割るまで他の二人に被害はいかないだろうと思ったのだ。
思惑通り雨竜の挑発にのった死神の顔が、カァと赤くなる。
「馬鹿にしてんのかコノ!」
頭部に強い衝撃を感じた雨竜の身体が横倒しになる。
「……随分と短気なんだね」
冷静な口調でそう言った雨竜の態度に、死神はさらに逆上する。
「この…!」
「まぁまて、そう熱くなるな」
腕を振り上げた死神を別の死神が制止した。そのままその死神を押し退けると、自分が雨竜の前に歩みでてきた。いわゆる選手交代というとこだろうか。死神は倒れた雨竜の上半身を起こすと、壁に背を立て掛けさせた。
「あんた、滅却師だそうだな」
ぴく、と雨竜の眉が動く。
「……そうだよ」
雨竜が滅却師であるということは、ここでは除外する事は出来ないのだろう。死神達が自ら滅ぼした筈の、厄介者の最後の一人の滅却師なのだから。
「驚いたな」
「本当にまだ残ってたとはな」
「見た感じ弱そうだけどな」
若い死神などは、滅却師なんてのは学校で習う書物に出て来るだけで実物をみるのなんて初めてなのだ。もの珍し気に浴びせられる視線に、雨竜は口元に微笑を浮かべる。
「滅却師はめずらしいかい?あぁ…なんなら技を見せてあげようか?この手枷をはずしてくれたら…ね」
ジャラ、と手枷を鳴らせて雨竜が腕を差し出す。手首にかかった痛みは、表に見せない。
「ハッ…そんな誘いにのるか!」
「ふふ…それは残念」
我ながら、たいした名演技だと雨竜は思う。本当は外したって、この腕じゃ弓は射れない。いや、弓すら出てこないだろう。もう滅却師の力は雨竜には残っていないのだから。だが、そのことを死神に悟られることは都合が悪い。
だけど今ので少なからず彼らに見せてやれたんじゃ無いかと思う。自分には余裕があるんだぞ、というハッタリを。弱味を見せたら負けてしまうから。
「なぁ滅却師さんよ、あんた自分の一族を滅ぼした死神が憎いんだろう?」
雨竜の襟を掴んだ死神が、自分の方に雨竜を向かせて尋ねた。その光景はまるで優等生が不良にカツアゲされているよう。
「……そうだよ」
すべてが憎い訳じゃ無い。でも許せた訳でも無い。死神は、嫌い。
それは今でも変わらなかった。
「だったら話は早い」
死神の一人が、ポン、と両手を叩いた。
「滅却師は死神が嫌い。だからお前は死神に変装して潜り込み、藍染隊長を殺した…そうだな?お前は死神なら誰でも良かったんだ、そうなんだろう!?」
あぁ、殺されたのは藍染って人なんだ…雨竜は今後の為に冷静に情報を頭に入れる。しかし彼らの言動には呆れる程矛盾が多い。時間経過をつなぎ合わせてみると、雨竜が死神の装束に変装していたのは藍染が殺害された後だ。大体、別の場所を目指して移動していた雨竜にいつ暗殺の機会があったというのか。死神は他にもごろごろいるのに、何故わざわざ倒すのが困難な隊長格の藍染だったのか、不明な点が多すぎる。
「……ていうか君達、ちゃんと頭つかってる?…ッ痛!」
あまりに稚拙な言動に苦笑せずにはいられない雨竜の頭部に、また衝撃が走る。
「…うるさい!」
顔を真っ赤にして雨竜を殴りつけた死神を見て、雨竜は悟る。この死神達も、自分が無茶苦茶な事を言っている事を自覚しているのだと。
必要なのだ、犯人が。内部の犯行であってはいけないのだ。隊長格を殺害できる容疑者といえば…隊長格でなくては不可能。つまり、自分の隊の隊長かもしれないという可能性が浮かんでしまうのだ。だから、どこか別に犯人が存在しなくてはならない。そう信じたいのだ。滅却師という死神を憎む恰好の存在、それを犯人にしなくてはいけないのだ。理由など、なくてもいい。
「そういうこと…それで話してたんだ?僕に『決めよう』って」
内状を読み取ったらしい雨竜に、死神達は一瞬目をそらした。
「……お前が、犯人だからだ!」
「絶対に首を縦にふらせてやるからな…」
会話など成り立つわけが無い。何かを聞き出す必要もない。自分がやりました、と嘘でいいから自白する行動のみを雨竜に欲している。己の隊長を護る為に。
「………そっちがその気なら…こっちにも考えがあるよ…」
逃げ場のない雨竜は、そう呟いて僅かに笑った。
大丈夫、まだ笑えてる。だからまだ…余裕…だ。
ガチャン!
牢が開かれ、中に雨竜が戻される。
「さっさと入れ!」
後ろから押され、ふらふらと牢に入った雨竜はそのまま力なく床に崩れ落ちた。
「石田…!」
ガシャン!
牢が閉じられる。
「おい!?どうし…!」
倒れこんだ雨竜に駆け寄った二人は、雨竜に近付き、同時に顔を強張らせた。
額に残る痣、両腕の包帯に滲んだ血、乱れた着衣、そして、たちこめる雄の異臭。
「…………!」
目を見開いたまま固まった岩鷲とは対照的に、チャドは雨竜の身体を起こすと無言で抱きしめた。
「……茶度君……今、僕あまり清潔じゃないんだ…だから…触らない方がいいよ……?」
「石田…」
チャドの腕は雨竜を放すどころか、更に強くその身体を胸に抱く。
「あいつら一体な…っ!」
何をしやがった、と言いかけて岩鷲は言葉を濁した。愚問だからだ。何をしたのかなんて、見れば解る。何をされたのか、なんて残酷な事は到底雨竜に聞く気にはなれなかった。
「あいつら…僕をどうしても犯人にしたいらしい。だから…それを逆手にとってやるさ…」
二人に聞かれるより先に、雨竜の方が口を開く。
「なんだと…?」
「僕が自白するまで、この事件は凍結状態だ……その間、僕らの命は保証されてる、ってことだよ…」
「…って、おい!でもお前…っ!」
雨竜が自白を強要する為に拷問に科せられる事は明白だった。今日のように。
「それじゃ石田が…」
「僕……何もしゃべってないから。……だから、安心して……」
「……っだから、そうじゃ…ねぇだろがよッ!」
「じゃあ、他に何か良い考えでも…ある!?」
「!」
良い考えなど何もなかった。一番頭の切れる雨竜が選んだ策なのだ、それ以上のものなど考え付くはずも無かった。
「だからって……っそうじゃ…ねぇだろがよッ!」
いら立ちを吐き出すも、どうしようもなかった。たしかに、今のこの拘束された環境から一護との合流の機を伺うまでの間は、なんとか時間をかせいでこの場を乗り切らなくてはならない。雨竜が口を割らなければ、今のままの現状維持でやり過ごせるのかもしれない。だが…。
「…っくそッ!」
岩鷲が腹いせに椅子を蹴りあげる。まだ出会ってから間もなく、同行したのはほんの短い間だけだが、雨竜は岩鷲にとって紛れも無く仲間だ。死神が嫌い、なんて零していたのを聞いた時も、こいつとは気が合うかもなんて考えたくらいだ。その仲間を生贄にさらして生き延びる策など気持ちの良いものでは無い。だがこのような状況になってしまった以上、その流れを崩す事は難しい。死神に目を付けられた滅却師という特殊な状況は、変わってやる事も簡単に変えてやる事も出来ないのだ。そして雨竜はあえてそれを『利用する』という。その役割をなし得るのは雨竜だけなのだ。
チャドにとっては予想していなかった訳では無かった。いつでもあぶなっかしくて目が離せない雨竜の事だから、もしかしたらこういう行動に出るのでは無いかと言う嫌な予感はしていた。そう、牢の中の自分に笑いかけた雨竜を見た時に。
こんな状態はなんとかしなくてはいけない。…でも今は、雨竜を休ませる事の方が先決に思えた。
「いい…もういいから今日は休め石田」
チャドは自力で動くのが辛そうな雨竜をそっと抱きあげた。できるだけ丁寧に。腕の中の華奢な身体が、普段よりもなお一層弱々しく感じられた。
「……あの、さ………」
チャドが雨竜の身体をベッドに降ろそうとした時だった。
「…なんだ?」
「二人に………お願いがあるんだけど…えと…………やっぱり、いいや…」
少し遠慮がちに雨竜が言った。とても小さな声で、聞こえなかったらそれでもいいという程度で。
「お、おう!何でも言え!水か?メシか?」
「遠慮するな、言え」
何かしてやれる事は無いかと、チャドも岩鷲も身を乗り出して雨竜の要求を待った。その優し気な視線を感じて雨竜はちょっと迷ったように目を伏せると、長い沈黙をおいてから言った。
「僕を……輪姦してくれない…?」
「…な……」
「………にィ!?」
二人が驚くのは当然だ。雨竜の気がヘンになったのではないかと思うくらいだ。
「…僕は…正気だよ?本気で言ってるんだ。…ねぇ、僕が何をされたか……わかるよね?」
「………」
二人とも、何も言えずに黙っている。
「すごい…辛いんだ。苦しくて、痛くて、逃げ出したくなるんだ」
「………」
何をいってあげたらいいのかわからない。
「でもそんなわけにもいかない…よね?だから……」
雨竜は自分を抱えたままのチャドに手をのばし、ちょっと迷ってから、服の上からチャドに触れる。ビク、とチャドが僅かに震えた。
「少し慣れておきたいんだ…これ、に」
そういって雨竜は二人に弱々しく笑った。
「石田…」
複雑な表情を浮かべ、チャドは雨竜の頭を自分の胸に押し付け強く抱きしめた。その手は少し震えていて、雨竜はその手をそっと握り返す。
「…………」
そして雨竜をベッドの上に座らせると、チャドは徐に衣服の前をはだけた。
「!?…おい?まさかお前…っ!」
岩鷲がその光景に慌てふためいてチャドの肩を後ろから掴んだ。振り返ったチャドの瞳は、威圧的に岩鷲を睨み付ける。
「ーーーーマジ…かよ…」
チャドは何も言わず、ふいと視線を外した。
「…マジ、だよ?」
雨竜の瞳は戸惑う岩鷲に向けられ、本当に弱々しく微笑んだ。
…大丈夫、まだ僕は笑えてるから。
大…丈夫…。
「う、うぅ…」
身体の下敷きになった腕から血を滲ませ、雨竜は苦痛に耐えていた。持ち上げられた下半身は絶えまなく突き上げられ、内股を生暖かい液体が頻りに伝っている。プライドが高い滅却師の性質を逆手にとった屈辱的な仕打ち。
「…いいかげん吐けよ」
「『やりました』って一言言えばいんだよ!」
「やったんだろぉが?てめぇが!」
死神の一人がぐい、と雨竜の前髪を掴み上向かせた。 苦痛に顔を歪ませながらも、雨竜は微笑を浮かべる。
「……さぁ、ね…?」
やったとも、やってないとも言わない。 言うわけにはいかない。
「この…!」
「は、アァッ!」
一層強く腰を揺さぶられ、雨竜が呻く。 だが牢に戻ってからも尚二人に協力して貰っている雨竜には、日に日にこの行為に免疫がついてきていた。それにチャドも岩鷲もここの死神達よりもずっと『大きい』のだ。だからそれにくらべれば…と、思うことにしている。最初の頃のような発狂しそうな感覚は無い。雨竜は、心から二人に感謝した。
「こいつ、最近牢でも同室の旅禍にさせてるらしいぜ」
雨竜の髪を鷲掴みにし、誰かが言った。
「とんだ淫乱だったわけか」
「それじゃ、こんな事しても…喜ばすだけなんじゃ無いのかッ?」
そういって、雨竜の腰を強く突く。
「はぁぅ!!」
そして揺れる雨竜の中に、どく、どくと体液を吐き出した。この感覚にも、だいぶ慣れた。
「はぁ…はぁ……じゃあ…やめるかい?」
息を切らしながら、雨竜は微笑して言った。
「この…!」
雨竜の挑発的な言葉に、行為がそのまま続行される。
「あ…あ、あっ、あッ…!」
パン、パン、パン。
激しく打ち付けられる腰と腰。擦れる筋肉、捲れる肉膜。
「う…うぅッ…!」
流れる血。そして体液。
だが肩で息をしながらも頑に口をわらない滅却師に誰もがいら立ちを覚えていた。
「ほゥ…やってますネ」
突然、その場にいる死神以外の誰かの声がする。
「!?」
それは、雨竜にとって聞き覚えが有り、嫌悪感を膨らませる声。
「涅…隊長!?」
「お身体はもうよろしいのですか?」
やはり、その声の主は雨竜の想像した通りの者だった。だが、その憎々しい姿はどこにも見当たらない。部屋に入ってきたのは、見た事も無い死神が一人。
「イイ訳がないでショ…その男に滅茶苦茶に壊されたんだからネ…」
涅の姿は見えない。だが、その声は確かにこの部屋の中からしていた。
「やはり…こいつが涅隊長を倒したというのは本当だったのか」
この弱々しい外見のこの男にそんな力があるのかと、死神達は少し驚いて雨竜を見た。だが、この手枷をはめられている雨竜は極めて無力。恐れるに足らない相手だと言う事も彼らはよくわかっている。もっとも、手枷などなくても…同じかもしれないが。
「しかし、どこにおられるのですか?」
声は確かに涅のものだった。だが、姿はない。死神達は声の主を探した。
「あァ…ここですヨ」
その声は、入ってきた見知らぬ死神から聞こえた。正確には、彼の持っている瓶の中から。
「!」
瓶にはどろどろとした液体と、そして目玉が二つはいっていた。たとえるなら、理科の実験室で見た眼球のホルマリン漬のような感じだ。その物体から涅の声が聞こえたのである。
「その男に体を壊されてネ…一時的にこんな姿に変えるしか方法がなかった訳だヨ」
瓶を持った男はつかつかと雨竜を凌辱している死神達の輪に近付いて来る。しかしよくみるとその男にはまったく生気が感じ取れなかった。霊気は感じるが、生きている感じがしないのだ。
「お前達何をじろじろ見てるんだネ?これは私を運ぶ為の義骸だヨ」
「あ…あぁ、そうなんですか?」
技術開発局長の涅には義骸をつくるなんてのはお手のもの、まして感情をもたぬただの人形ならばなおさら、簡単に作れるというものだ。雨竜との戦いで自ら肉体を液状化させて逃亡した涅は、その体が回復するまではこのような液状のままだ。それでは何かと不便なので、このように霊力で動かせる人形を使って移動しているのだ。
「それより私にも見せて下さいヨ…この男の痴態ヲ!」
涅は瓶の中の目玉をギョロギョロさせて雨竜を眺め回した。
「ホラ、何をしているんだネ!もっと近くに運ぶんだヨ!」
だがそれでは物足りなかったのか、涅は移動用人形にもっと近付くよう催促した。人形は死神達を押し退けると瓶を持つ手を雨竜の上に差し出し、その瓶の蓋を開け…傾けた。
「な…」
どろり、とした液体が雨竜の胸に滴り落ちて来る。
「ひ…うわああああああああああぁッ!!」
びちゃ、びちゃ、びちゃ。
雨竜の胸に涅が広がる。ごろりと落ちてきた二つの目玉は雨竜の胸に綺麗に着地し、雨竜の顔をころころと見つめてくる。それはあまりにもグロテスクで、普通の精神状態の人間には堪え難いものだった。
「ク…ククク…良い様ですネ…天才滅却師さん?ククク…!!」
取り乱す雨竜の様を涅が嘲笑う。
「〜〜〜っ…!」
実態の無い場所から聞こえる無気味で屈辱的な笑い声に、発狂しかけた雨竜に憎悪と羞恥心が蘇る。
「クッ…!」
拘束されたままの肘で身体の上の目玉を払い落とそうとしたのを、寸でのところで義骸が拾い上げる。
「おやおや、何も出来ない私にまで手をあげるのですカ?怖いですネ…クク。でも私の身体が再生すれバ、貴方の肉体をじっくりと研究してあげますからネ…クク…すぐです、もうすぐですヨ…」
涅が逃げるように瓶の中に転がり込むと、雨竜の上に捲き散らかされていた液体がずるずると瓶の中に吸い込まれていく。
「まぁそれまでハ…痴態を晒し続けるのも一興というものですヨ」
人形は涅に蓋をすると、雨竜の傍らに瓶を置いた。その視線を不快に思うも、死神達に押さえ付けられた身体ではその瓶をひっくり返してやる事もできない。
「さぁ、宴を続けなさいナ!もっと!もっとですヨ!」
「は…はい!」
涅の声と共に、死神達の暴力が再開される。
「は…う、あ、アァッ…!」
涅の愉快そうな笑い声は、その夜いつまでも続いていた。
「……石田……!」
ぴくん、と雨竜の指が動き、その瞳がゆっくりと開かれる。
「………あ…」
いつのまにか、気を失っていたらしい。そしていつのまにか、元の牢に戻ってきていた。
「大丈夫か…?」
岩鷲が心配そうに覗き込んでいるのが視界に入る。
「僕……ッつぅ…!」
身体を起こそうとして表情を歪めた雨竜にチャドの手が伸ばされその身体を支えてくれる。
「石田、今は休め」
いつになく辛そうな雨竜に、チャドの眉が潜められる。
「でも…」
「今は、ダメだ!」
きつい口調でチャドが雨竜を睨んだ。今だけはいつもの日課は、いくら雨竜が頼んでもしてやらない。そういう意味だった。
「………わかったよ…茶渡君」
チャドの怖い顔に、雨竜も苦笑して肩を竦める。厳しい顔できつい口調で、そして優しい言葉。 流石にこれからもう一仕事というには、自分の身体が衰弱しきっているのも自覚していただけに素直に退いた。
「そうだぞ、ちゃんと休んどけ!ったく、そうやって無茶ばっかしてっと、いざ脱出した時に戦えねぇぞ?」
雨竜がおとなしく引き下がったことにホッとしながら、岩鷲は戯けて言った。この混濁した現実から目を背け少しでも前向きで明るい話題で元気づけてやろうという、彼の優しさ。
だが雨竜はその言葉を真顔で受けとめると、間をおいてから取り繕うように小さく笑った。
「……おい…?」
その態度の不自然さに、岩鷲が訝し気に眉を潜める。だが雨竜は、ただ弱々しく笑っているだけだった。
「おま…」
「……だめだ!」
岩鷲が雨竜に何か問いかけようとした時、突然チャドが呟いた。
「みんな、一緒に脱出する。いいな?」
「…茶度…君…?」
雨竜は驚いた。何も口には出したつもりは無い。だが、チャドには見破られていた。
まだ二人には言っていないが、雨竜はもう…霊力が無い。たぶん、もう無い。滅却師としての能力を失った雨竜は、ここを脱出したとしても戦う事などできないのだろう。そんな状態で一護と合流したところで、何ができるというのだろう…雨竜はいつでもその事を考えずにはいられなかった。
でも、二人は違う。この手鎖さえはずすことができれば、まだまだ充分に戦えるはずだ。だから雨竜は、この二人をなんとか無傷で逃がしてあげたかった。役にたたないこの身体でそれができるのならば、と。そう考えての狂行だったのだ。
だが、そのことを口にした覚えは無い。
「僕は…」
「わかったな石田、みんな一緒だ」
何か言い訳まがいの嘘でも発しようとした言葉を遮られる。そんな自分の稚い行動をチャドにすべて見すかされていたようで、雨竜は苦笑した。
「………わかったよ、茶度君」
どうせ、僕はもう戦えないのに。みんなの足を引っ張る結果になったって知らないんだから…そう思いながらも、おせっかいなその言葉が、雨竜は酷く嬉しかった。
「…ったく、馬鹿な事考えてんじゃねーぞコノ!引き摺ってでもつれてくからな!」
「あいた!」
吐き出された言葉と同時に、岩鷲が雨竜の頭をどついた。弱っている雨竜に、わりと容赦のない本気のドつき。だがそれは雨竜の後ろ向きな心に喝を入れた。自分が自分を見捨てても、この仲間達は決して自分を見捨てたりしない。信頼できる仲間。
「そう…だね」
雨竜の口元に自然な笑みがこぼれる。まだ頑張れる…もう少し、もう少しなら。
「僕らが黒崎より先に朽木さん助けて…あいつの悔しがってる顔、みてやらなくちゃね…?」
だから…もう少し、強がってみる。
強がって、また、笑ってみる。
「…寝たのか?」
「あぁ」
ようやく眠りについた雨竜。
「そっか…なんかこいつにばっか負担かかっちまって…やりきれねぇなまったく」
「…………」
岩鷲はそう愚痴を零しながら、雨竜の上のベットへと入っていく。今日は久々に雨竜の苦痛に歪む顔を見なくても済む。彼らとてゆっくり休むことが出来そうだった。
「お前も……寝ろよ」
「………あぁ」
だがそう口では返すものの、チャドはその場をはなれようとはしなかった。いや、できなかった。
「…………」
チャドは雨竜の手にかかる手枷をじっと見つめていた。そして、己の手にかかる手枷を見つめる。霊力制御装置のその手枷は、チャドの怪力をもってしてもびくともしない囚人の証。これさえなければ、これさえ外れれば、ここから脱出できるのに。壁を壊して、雨竜を担いで……だが、それは今の自分にはできないことだった。助けてやる事が出来ない不甲斐無さに罪悪感すら込み上げる。こうして、傍で見ていてやる事しか出来ないもどかしさ。今の自分にしてやれる最大で最小の行為。
「…スマン…」
チャドはそう漏らすと、雨竜のその頭を慈しむように撫でた。
「ん…」
「ム…!」
起きたかと思い手をとめるも、どうやらその気配は無い。
「く…ろさき…」
ただの寝言のようだった。だが呟いた言葉と同時に零れた一筋の涙を、チャドは見てしまった。 心配をかけまいと無理に笑ってみせたり強がっている雨竜の、無防備な本心を。
「…………」
うなされるように寝返りをうつ雨竜にそっと毛布を掛け直し、チャドは心の中で祈るように叫んだ。
友の名を。
『はやく……早く来い、一護……!!』
end
雨竜拘留生活を書いてみたりみなかったり(どっちだよ)このあと、ちょうちょのシーンへと続くわけですね?(無理すぎ)
もちろん原作と矛盾でまくりなんですがね、まぁいいじゃないですか。できるだけ真相が明らかになる前にこの話更新したかったわけですよ、もう脱出しちゃったけど(苦笑)
でも結局助けてくれたのは違う人で、一護は助けに来てくれなかったですねぇ…なんだよもう一護ったら親友も恋人も放置ですかい(苦)
ちなみにこの話、省略された部分があります。ちょっとアレすぎる事になりそうだったので省略しましたが…そのうち地下2階にのせようかなぁなんて思います。
2004.07.11