人間なんて、こんなものだ。
そう割り切ってしまえれば、どんなに楽だろうか。

あの事故で全てが壊れた。
何とか命を取り留めたものの、僕は体の自由を失った。

そして、僕は僕でなくなる。

長いリハビリ期間を終え、
車椅子で登校した僕を見る目は、どいつもこいつも同じだった。
自然に群がってきた女子達も、
必死に取り入ろうとしていた野郎共も、
憧れと尊敬の眼差しをおくっていた後輩も、
皆一様に同じ視線を僕に浴びせる。
『憐れみ』
『見下し』
『敬遠』
…そして
『優越感』

人間なんて、こんなものだ。
そう割り切ってしまえれば、どんなに…どんなに楽なものだろうか。


あの事故で僕は全てを失った。
なにもかも。



おそらく、『自分自身』さえも…



あしきゆめのはじまり


「大丈夫か、なっちゃん」
「……え?」
僕は聞き慣れた声の方へ首をゆっくりと回す。
「なんか最近、随分まいってそうだからさ」
「馬鹿か君は!?…こんな体になって…毎日元気いっぱいな方がおかしいだろ?」
「…ん、
まぁ、そっか。そうだよな…ハハ…ごめん」
大の親友にまで、僕の口調は棘だらけになる。
あぁ……嫌だ。
すまない。
そんな風に言いたいんじゃないんだ。
「…なぁなっちゃん、今日俺んち来いよ。昔はよく来てただろ?
前みたいにさ、遊びに来いよ、な? 」
「……あ…あぁ」
また、『昔』か。
みんなそうだ。
昔の狩谷君は…
以前の狩谷君だったら…
前のなっちゃんみたいに…
みんな、僕の中に昔の僕を探してる。
もう戻れない昔の僕を。
そうして皆、今の僕を否定しているんだ。
誰も、僕を見ようとしない。
今の僕から目を背けている。
皆にとって僕はもう、狩谷夏樹じゃない。

「ついたぞ、なっちゃん」
彼のアパートの前で、僕らは立ち止まり言葉を失った。
彼の部屋は三階。
僕には登れない。
「あ……えっと、俺…抱えてくよ!な?」
「いや、いいよ…ありがとう。もう帰るよ」
「大丈夫だから!」
「いいって…ッわ!?」
僕の体を車椅子から抱き抱えると、彼は階段を登り始めた。
一階、二階…階を登る度に、そんな僕の姿を見て
ベランダに出ていたアパートの住人達がくすくすと笑う。
決して小柄でも無い僕が、男に抱かれて歩いてくるなんて、
理由も知らない連中には滑稽でしか無い。
「降ろせよ…恥ずかしい…!」
「なっちゃん脚悪いんだからしかたないじゃん?」
しかたない。
そう言われて僕は…悔しくてたまらなくなる。
僕は笑われてもしかたがないって言うのか?
「紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「…じゃ、コーヒーで」
彼の部屋はそれなりに散らばったこじんまりとした部屋。
以前はよく気のあう仲間で集まる溜り場だった。
今もそうなのかもしれない。
ただ、僕が誘われないというだけで。
受け取ったコーヒーを喉に通しながら、懐かしいその部屋を見回した。
「そういえばさぁ、なっちゃんが入院してる間…」
「……へぇ、そんな事あったんだ」
他愛もない会話を交わしながら昔のように時を過ごす。
彼だけは、あの事故後も僕に以前のように接してくれる。
時折つい酷く冷たい態度をとってしまうけれど、
とても…有り難く思っている。
彼にとってこうして部屋に座って…いや、座らされている僕は、
ここによく遊びに来ていた時と何もかわっていない。
立つ必要さえなければ、僕は昔のままなんだ。
何もかもかわってしまったのは僕の周りと…そして、僕。
「……なぁ、なっちゃん。」
そろそろ日も落ちた頃、突然話題が飛んだ。
「前から聞きたかったんだけど…」
「何だ?」
「アレの機能とか、正常なんか?」
「なっ…」
あまりの直球に僕は面喰らう。
「あ…あいにく脚以外は正常だよ…!何を聞くんだよまったく…」
彼的には気になっていた事なのかもしれないが、ちょっと失礼過ぎるとは思わないか?
まぁ、以前から多少はそんな話題をしない仲でもなかったし、
多少の好奇心は許すけど…。
「そっか…でもさ、もう女抱けないんだろ?」
「え…」
「だからさ、自分からホイホイ乗ってくれる女ってそう簡単にいないんじゃん?って事」
だからといって…
「べ…別に…、手とか…正常だし、僕は…」
「そうじゃなくてよ、生でsexしたくならねぇの?」
親しき仲にも礼儀有り。
いくらなんでも失礼にも程があるだろう。
「あのな…っ…」
ドサッ!
急に体に重みを感じた。
「!?」
僕は、天井を見上げていた。
間近には親友の顔。
「………な…」
これは、どういうことだ…?
「なぁ、なっちゃん…」
顔が近付いた、と思った時には、
僕は唇をうばわれていた。
男に。
よりにもよってかつての親友に。
「ーーよせッ!」
振払った手を掴まれ、床に押し付けられる。
「なっちゃん…」
甘ったるい声で、名前を呼ばれる。
僕の腕を押さえた手にギリギリと力が籠る。
現役の運動選手の腕力は、現役を離れて久しい僕の力の比じゃ無い。
「これからは抱かれる事覚えた方マジいいって、 な?」
「な…にを…いってるんだッ !?」
蹴りあげようと思ったが、そんな事は不可能だったんだと、気付く。
「そしたらさ、いつでも誰とでもsexできるじゃん?俺、いつでもしてやるよ?」
「な…ッ!?」
…本気でいってるのか?この僕に。
「んっ…!」
また、口を塞がれた。
舌を侵入させないように必死に歯を食いしばり拒む。
「なっちゃんさぁ…女子だけじゃ無く、俺の憧れでもあったんだぜ。
頭いいし、バスケは上手ぇし、顔も綺麗だし。」
僕の手はいつのまにか簡単に片手で纏められていた。
脚を押さえる必要は無い。
彼の片手は自由になる。

「でも昔は…ほら、高根の花だったからさ。女いっぱい周りに寄ってきてたし…
ま、今なら誰も女寄りつかないから俺にもチャンス有りって感じで」
チャンス、だと?
…僕が不自由になったのが、お前にはそんなに嬉しいのか!?
「や…やめろ…!」
親友だった男の手が、僕の脚の付け根に伸ばされる。
ズボンの下に手が入り込み、ヒクリと腹筋に力が入る。
「嫌だ…放せったら…ひッ!」
探り当てられた器官を強く握り込まれて言葉を詰める。
「なっちゃん…」
「は…はぁ…やッ…嫌…っ!」
ゆっくりと揉み解され、僕は上擦った悲鳴をあげる。
「可愛いぜ、なっちゃん」
「や…だ…っ!」
僕を掌で弄びながら、その指が僕の後ろにまで伸びて来る。
「ひ…!?」
冗談だろ?
「なに…やめ…ッ…っあッ!?」
内側に入り込んで来る異物感。
「痛ぇか?大丈夫…俺が抱かれて感じれるようにしてやるからよ」
ズ…
指が奥の方まで僕の中に入ってきた。
「う…わぁッ!」
ぐりっ、ぐりっ、と僕の内側を指が掻き回す。
「やめ…やめてくれ…やめ…て…っ!」
痛みを伴う異物感と、気が変になりそうな感覚。
僕の目からは涙が零れていた。
「俺、なっちゃんの泣いた顔って始めて見た」
どうしてそんな嬉しそうなんだお前は。
僕がこんなに嫌だって言っているのに。
「なっちゃん、可愛いなぁ」
くちゅ…
「ヒッ!」
指が、増えた。
痛い!
「やめ、痛いッ…んうッ…んッ!」
黙らせるように口を塞がれる。
悲鳴の漏れる口に舌を滑り込ませ、僕の口内を舐め回される。
「慣らさないと入んないだろ?ちょっとの我慢だって」
入る…?
何を、入れるって…!?
「俺の…結構デカいんだよね。初めてだとかなりキツいかもしんないけど」

まるで自慢でもするように、自分のソレを僕に見せつける。
…冗談だろ?
「俺、上手いから大丈夫だから、な?」
冗談だろ!?
それを僕に入れるっていうのか!?
「や…あっ!」
「力抜いてろよ、切れるぞ?」
僕の体に押し付けたそれを、指を抜いた其処に強引に侵入させる。
ミリ…ミシ、ミシッ
「ひ…いいぃッ!」
肉が裂かれるような痛み。
痛い。
「ん…ほら、ちょっと入ったぞ。そんな痛くないだろ?」
「あ…あぅ…ッ…」
痛い、痛い。
涙が止まらない。
「全部入ったら気持ち良くなるからな…!」
嘘、だ。
「いや…あ、あぁッ…アッ!」

ズリュッ!!
「ーーーッ!!」
息が、詰まる。
「…動くぜ、なっちゃん」
「い…ッ!!」
もう、やめて…くれ…っ!
僕の流した血を潤滑油代わりに、太いそれが僕の中を動き回る。
ず…ずりゅ…ずっ…ずぶッ
「は…ア、…うっ…アァッ!ひぃッ!」
僕は情けない声をあげながら、襲い来る痛みを必死に堪えた。
勿論、欠片も気持良いわけなんかなくて。
「あ…スゲェ、なっちゃんのココ、スゲェ!」
何がスゴイだ、ふざけるな!
「ひッ…いぅッ!くはッ…あうッ!」
「なっちゃん…俺ずっと、ずっとこうしたかったんだぜ…」
お前は、ずっと僕をこんな目でみていたのか…?
「あ…あぁっ…」
突かれる度に揺れる僕の白い脚。
振子のようにぶらぶらと揺れる。
この脚がもし動いたなら、こいつを蹴り飛ばして走って逃げられるのに。
今の僕は、無力で。
何も出来なくて。
「ん…!」
目の前の男が身震いをした。
「あ…うあぁッ!」
腹が焼けるように熱い。
体の中に雄の精液が広がっていく感触がする。
僕はこいつの欲望の捌け口に使われたんだ。
滑稽で、不様だ。
涙が…止まらないんだ。
「……なっちゃん…」
僕の名前を呼んで、唇をあわされる。
「…本当いうとさ、お前みたいになれたらいいのにな…
っていつも思ってたんだぜ俺。今思うと嫉妬してたんだろうな」
荒く息をする僕を見下ろしながら、彼は自嘲気味に言った。
「だけど今は…なっちゃんみたいには絶対なりたくねぇな、ってマジで思うけどね」
薄笑いでそう言った、かつての親友の優越感に浸った残酷な言葉は、
僕の心を狂わせていく。
僕は、こんな奴をずっと親友だと思っていたんだ。
こんな僕でも理解してくれるんじゃないかと、少しでも信じてしまったんだ。

もう何もかもがわからない。
誰も信じられない。
…信じたく無い。






















家まで送る、といった友人を…いや、あの野郎を断り、
僕は一人で車椅子を回していた。
すれ違う人が僕を哀れみの目で盗み見る。
カラカラ…
車輪が回る。
車椅子が珍しいかい?僕がそんなに哀れかい?
何かこそこそ影で言ってんなよ。
めざわりなんだよ、くそッ!
カラカラ…
車輪が回る。
「狩谷」
不意に呼び止められ、僕は車輪をまわす手を止めた。
「お前、
もう歩けないんだってな」
それはかつて自分の替わりにレギュラー落ちしたバスケ部の先輩だった。

「移動も大変なんだろ?手伝ってやるぜ」
とって付けたような上辺の親切を装おう素振りは、誰しも同じ。
「結構です」
僕の口調は、恐いぐらい冷たいものだっただろう。
そんな上辺の親切はいらないんだよ。
「まぁそう言うなよ」
だがそれを受けた先輩はしつこく僕に付きまとって来る。
何か、様子がおかしい気がした。
ただの押し付け親切にしては、度が過ぎる。
「いいって言ってるん…」
ガサ…と近くの茂みが揺れた。
「何カリカリしてんだよ狩谷」
「人の親切は素直に受けるもんだろ?」
次々とあらわれる見なれた顔。
それは僕を取り囲み、車椅子を僕の意図する方角とは別の方向に押していく。
「な…何するんですかッ…!?」

「…いいからつきあいな」
僕は、車輪に逆らえない。
運ばれた先は、人気の無い廃工場。
ドサッ…!
不意に誰かに車椅子から突き落とされる。
「く…っ!」
起き上がろうとして僕は床を不様に蠢いた。

「ほら、掴まれよ」
かつての先輩の手が、僕を助けるように差し伸べられる。
その顔は、どこか笑っているようだった。

その顔は、無言ののままに物語っていた。

『イイ気味だ』

自分からレギュラーの座を奪った男の成れの果て。
当時はわからなかった彼の本心が、
何故だか今は手に取るようによくわかる。
どす黒い腹の底が、渦巻く憎悪が。
何が掴まれ、だ。
ただ優越感に浸っているにすぎない。

……だが僕は一人では動けない。
「……くそっ…」
一瞬ためらったものの、僕はその手に腕を伸ばした。
「………本当に動けねぇんだなぁ狩谷…あの狩谷がよ」
降ってきたその声が、愉快そうに聞こえた。
「こうされたら…もう、なんも抵抗出来ないだろ…?」
グイッ
「!?」
伸ばした腕をいきなり掴まれ、僕は仰向けにひきずり起こされる。
「レギュラーあっさり奪われてすげームカついたけどよ、
あの時のお前にャ取り巻き多くて手出せなかったからなぁ」
「……な…」
「今のお前なら、話は別だからな」
「ーーーッ!?」
制服の前が乱暴にはだけられる。
長い病院生活で日にさらされなかった僕の皮膚は、
薄暗い廃工場の中で気味が悪いくらい鮮明に白く浮かび上がる。
「金持ちで秀才で運動神経抜群?その上みんなの人気者だぁ?
ふざけんなよ狩谷!お前調子乗り過ぎなんだよ!」
次々と伸びて来る手が、僕の服を掴む。
「ハハ…そんなだから天罰が下ったんだぜ!」
「やめ…ッ!」
暴れる上半身から衣服を奪い、
無抵抗の下半身の布を剥がす。
地位、人望、信頼そして躯の自由を失った僕から、
すべてが剥がされていく。
「はッ…放せ!!」
抵抗をできるのは、この口だけ。
些細で無駄な抵抗だけ。
「…ま…たしかに、美人なのは認めてやるけどよ」
「放…ウッ…!?」
近付いて来た唇に口の自由をも奪われる。
僕は人形のように、ただ無力。
「へっ…女にモテモテだった狩谷クンも男の経験は初めてかぁ?」
剥かれた脚が、持ち上げられる。
「ーーやめ…ッ!!」
触れられているという感覚もないまま
僕の脚は大きく開かれ、恥部を惜し気も無く晒し出す。
笑い声。
「…なんだよ、どうやら初めてじゃねぇみたいだぜ?」
「真面目そうな顔して結構遊んでんじゃねぇかよ狩谷!」
カァ…顔に血が昇る。
風呂にだけは入れさせて貰ったとはいえ、赤く充血し傷の残る僕の其処は、
彼らには何をしてきた後かなんて隠せない。
「く…そぉッ!」
悔しさに体が震え出す。
ギリ…と歯を食いしばる。

僕の脚を掴んでいた手が、離される。
だけど僕はそのまま…そのままの状態で、恥部を晒し続ける。
「いつでもどーぞって格好だな狩谷ぁ」
笑い声。

笑いながら、一人の先輩が自分のズボンから探り出したものを 僕に近付けてきた。
全開に開かれたままの僕の脚の中心へ、
猛り狂った肉を押し付けて来る。
「ひ…!」
ビクン、と上半身が跳ねた。
「…へぇ不随になったような事聞いたけど、ココは感覚あるんじゃねぇか?」
「や…」
「そいつは丁度いいぜ」
グッ…
「い…や…だ…」
メリ…!
僕の体は何の抵抗も無いまま
引き裂かれていく。
「あ…うあああぁッ!」
「手、押さえろ!」
暴れる上半身を押さえ付けられ、繋がっているだけの脚を抱えられる。
ズズ…ズブブ
「ひ…あッ…くぅゥッ!!」
幸か不幸か感覚を失わずに済んだ下腹部に、
感覚がある事を後悔させるような痛みが襲う。
切れた傷を拡げられ、擦られる。
「脚動かねぇ分、ココ敏感なんじゃねぇのお前?」
「は…あッ!」
乱暴に内側を突かれ、堪えきれずに声が漏れる。
「今までの分たっぷり可愛がってやるぜ、なっちゃんよぉ」
笑い声。
「ひぃッ…ひッ!」
腹の中に広がる熱い濁流。
次々といれかわる人影。
「はぁ…あ、あぁッ!」
笑い声、笑い声、笑い声。
不様で惨めな僕を嘲笑う…声。

みんな…クソ野郎だ。






















「…はぁ………はぁ…ふぅ…」
車椅子で良かったと思ったのは、これが初めてだ。
座ったまま移動できるというのも、こういう時は悪く無いもの。
車輪を回しながら、そんな事を思ってしまった自分がおかしくてたまらない。
「…痛ッ…ぅ…」
ズキ…
体中が重く痛む。
どのくらい時間がたったのかわからない。
気がつくと僕は一人で廃工場に倒れていた。
散らばった衣服を手繰り寄せ
這い上がるようになんとか車椅子に登る。
たったそれだけの動作でさえ、
誰の手も借り無い事は、僕には酷く重労働だった。
キィ…
家の前で車椅子を止め、重い門を押しあける。
バリアフリーにしたとはいえ両親の亡くなった今、
無駄に裕福だった狩谷家は僕一人では不必要な程大層な造りで、
自宅とはいえ家中のあちこちが僕には難所。
だけど唯一、自分の落ち着ける場所だった。
…つい先日までは。
「遅かったな夏樹君、何をしていたんだ?」
家に入るなり降ってきた声は遠縁の伯父。
表面上は一人になってしまった僕の世話をするという名目で、
主人のいなくなったこの屋敷に転がり込むように住み着いた。
確かに最小限の身の回りの世話はしてくれている。
でも実際は遺産の乱用三昧だという事くらい、知ってる。
僕は声を無視するように真直ぐバスルームに向かった。
だけど僕には一人で風呂に入る事すらたいした困難。
「おい、夏樹君…?」
伯父の声が近付いて来る。
「何かあったのか?」
来るな。
「夏樹君」
ガラッ
伯父がことわりもなく戸を開けて入って来る。
「一人で風呂に入るつもりか?入れるわけないだろう?」
「…入れますよ風呂くらい」
背を向けたまま、僕は脱ぎかけの服の前を慌ててあわせ直した。
「無茶を言うんじゃ無い」
「一人で入れます!」
伯父の手が伸び、僕の服を脱がそうとする。
「放っといて下さい!」
「何を駄々こねているんだ?さぁ!」
服ぐらい自分で脱げる。
こんな子供のような事、この歳になってからされる事がどんなに屈辱か。
誰も、わかっちゃいない。
おせっかいや余計な親切が、どれほど僕を傷つけているか。
嫌がる僕の手から奪うようにして、僕は伯父に服を剥がされる。
「!」
そして、伯父は僕の体に残る痕を見てその手を止めた。
首筋、胸、そして下半身。
痕というより傷に近い鬱血の痣。
こびり着いた血と体液。
雄の体臭の匂い。
僕が何をされたかなんて、こんな姿を見りゃ誰だってわかる。
「放っておいて…下さい…」
そういった声が思った以上に震えてしまった。
「…………」
僕を無言で抱きかかえると、伯父は僕をバスタブに運んだ。
サァ…
背にかかるシャワーの湯は心地よいのに、
足下に溜まっていく液体は熱くも冷たくも無い。
何も感じない僕の脚。
泡だてたタオルで伯父は僕を洗う。
僕はぼんやりと天井を見つめたまま、ただ水に浮かんでいる。
汚い僕を、伯父は丁寧に洗った。
子供のように。
物のように。



コン、コン。
ドアがノックされる。
「夏樹君、少しいいかね?」
ようやく一人になれた部屋に、伯父が入ってきた。
「…なんです……」
「君の、これからについて話しておこうと思ってね」
伯父はあの後自分も風呂に入ったのか、濡れた髪にバスローブ姿だ。
僕のベットに腰掛けると、徐に話をきりだした。
「…夏樹君、認めたく無いのはわかるが、君は一人では何も出来ないんだぞ?
もっとそのことを自覚して認めた方がいいのではないか?」
「そんなこと……」
…わかってます。
それでも少なからず貴方には感謝はしています。
「私は君の唯一の保護者だ。その事はわかっているかね?」
「………はい」
「よろしい」
恩着せがましい言い回しで、伯父は僕に確認させるように言い聞かせる。
でも、
貴方だってその分の報酬を勝手に狩谷家の財産から得ているじゃないですか?
そう言ってやりたくもなる。
「そこで本題だ…夏樹君、君は明日から学校にいかなくてもいい」
「え!?」
それは突然の事だった。
「君は明日から軍隊に配属される事になった。もう手配は済んでいるからな」
「…どういう…ことです?」
車椅子の僕を軍に配属させるなんて、常識的には考えられない。
…一体何を考えている。
「君は常日頃、自分も役に立ちたいと言っていただろう?軍の整備班としてなら、
今の君でも立派に活躍できるのではないかと思ってね。どうだい?良い話だろう?」
「………」
表向きの理由だ。
良い人ぶりやがって。
とうとう僕を追い出しにかかったな、この狐め。
「だが軍に配属されれば…君は周りに対して今のままの態度ではいかんだろう?
軍では上官の命令は絶対だ、逆らう事は許されない世界だ。
そんな体でプライドなど持って何になる?今までとは違うんだぞ?
君はもっと人に媚びを売る方法を覚えておく必要があるんだよ夏樹君」
「……………」
僕は…そんな事をしてまで、生きていたいとは思わない。
いっそのこと、殺してくれた方がましだとさえ思う程に。
「夏樹君…」
伯父は僕の体を後ろからそっと抱きあげると、ベットに降ろした。
「……伯父…さん?」
伯父の手が僕の肩をベットに寝かしつける。
「…君は無力だ。どこに行こうと人に媚びて生きるしか、君には生きる道は残されて無い。
何も出来ない君の、唯一の媚び方を…知っているかね…?」
「な……!?」
ぞくり、と全身に鳥肌が立つ。
近い記憶の痛みが徐々に思い出される。
「こうやって…世話をしてくれる人に媚びて生きていくのが
君にとって一番良い道なんだよ夏樹君…!」
伯父の顔が近付いて来る。
「や…」
あぁ、まただ。
「放せ!いいかげんにしろ!お前なんか出ていけ!!」
僕は力任せに伯父をふりほどき、殴った。
伯父は一瞬よろけて退いたが、直ぐに蔑むような目で僕を睨み返す。
「ふん…そうやって…まだ自分のほうが偉いつもりか夏樹…!」
暴れようとした腕をバスローブの紐で縛られ、ベットに括られる。
「い…や…ッ」
こうなればもう、僕に抵抗する術はない。
パン!
平手が僕の頬を打つ。
「いつまでも自分がこの狩谷家の正式な主人のような顔をしやがって…
君なんかゴミだよ!役立たずのクズだ!狩谷家は…この私が主人だ! 」
とうとう、本性を現したな…。
「ふ…こういう事はもう少し懐いてからと思っていたんだが…
なんというか君は、何だ?ようは皆の公衆便所だったわけだ?」
「ーー!」
公衆…なん…だって…!?
「少しでも遠慮をしていた自分がおかしくなったよ…! 」
あぁそうかい… 最初から、そのつもりだったのかよ。
狩谷家の財産目当てのクズかと思っていたけれど、
僕も獲物の一つだったっていうのか。
あぁ…みんな、クソ野郎ばかりだ。
「最期の夜だ、楽しくヤろうじゃないか夏樹…!」
伯父が僕の脚を肩にかけ、ゆっくりと近付いて来る。
「ーーーッ!!」
痛みの残る傷口を、再び引き裂かれる。
ズッ…!ズプッ、ズッ!
「あ…アッ!う…うぅっ…くッ!」
炎症の収まりかけた粘膜に熱い痛みが蘇る。
「こんな戦時下で君みたいな役立たずなんか必要だと思うか?
君が生きていられるのは誰のおかげだと思っている?私だ、この私のおかげだ!
私がいなくなればお前は何も出来ないウジ虫のくせに、私にたてつきやがって…!
君のような人間が生かしておいて貰えるだけでも有り難いと思え!
こうして世話をしてもらった事を有り難いと感謝するんだな!この私に!」
「はぁ、あぁッ!あく…うぐッ…ひぃっ!」
乱暴に揺すられ、今日はもう何度も凌辱を受けた其処が頻りに血を流す。
「お前は明日から軍隊だ!そこで上官に輪姦されるなり戦死するなり好きにするが良い!」
狂ったようなゲス笑いに下半身を突き上げられながら、僕の意識は壊れていく。
クズだ。
カスだ。
ウジ虫だ。
誰が?
僕が?
…みんなクソだ。
みんな馬鹿でクソなゲス野郎だ。


ミンナ…ミンナ死ンデシマエ


ドクン!
「!!」
体が、熱い。
どくん、どくん。
「あ…熱…い…ッ!」
僕の中に『何か』が入って来る。
伯父が相変わらず僕の中を掻き回している。
でもそれだけじゃない。
僕の中を引っ掻き回しているのは、
それだけじゃない。
『何か』が、僕の中に侵入してきている。
「ひ…いやッ…」
なんだ、これは…!?
熱い…熱い!
びくん、びくん。
「ひ…っ!」
僕の中で『何か』が蠢く。
「う…!?」
僕の中に入った何かが、僕を狂わせる。
「あ、あぁッ…!」
僕を、僕で無くさせようとする。
「嫌…だ…っ…」
助けて…誰か…僕が、僕でなくなる…!
ドクン!!
「あ…」
熱い。
「あ…ああああぁッ!!」
頭の中に声が響く。

『魅入ラレシ者ヨ…我等ヲ呼べ』

何…だ…?


………視界が、赤い。






「何だ今の音は…!?」
「狩谷さんの家の方からよ…!」
「………何だ…アレは…!?」
「!!あれは…幻獣よ…!!」
「警察を…いや、軍を呼べ!」






……何が起こったんだろう。
僕はぼんやりと天井から覗く空を見つめていた。
……何が……一体何が起こったんだろう。
わからない。
思い出せない。
だけど、どうしてだろう?
凄く…清々しい気分だ。
「誰か中にいるのか!?」
誰かがこの建物に入ってきたらしい。
「…………ここです」
助けに来てくれたんだろうか。
……助けに?
僕を?
何から僕を助けてくれる?
「君は…夏樹君か?…いったい…何があっ…」
救助に来たらしい制服姿の男は、室内を見回して絶句していた。
…そうだろう。
家は半壊状態で、僕は半裸でベットに縛られたままで。
そしてどこにも伯父の姿はなかった。
そのかわりに、あちこちに肉片が飛び散っていて部屋は真っ赤。
たぶん、この肉が伯父なんじゃないだろうか。
なんとなく…そんな気がした。
「腕を…解いてくれませんか?僕は脚が悪くて…このままじゃ身動きが取れないんです」
「あ…あぁ、そうだったのか…君は動けないのか…よし、今解いてやるから…」
一瞬、僕がやったのかとでも思ったのだろうか。
異様な光景の中の唯一の生存者を警戒していたようだったが、
僕が何も出来ないダルマだとわかると、安心したらしい。
当たり前だ。
こんな事、僕に出来るわけがないじゃないか。
健常者から見れば僕は何も出来ない役立たず。
そうだろう?
「…一体何があったんだね?」
毛布にくるまれ、僕は屋敷から助け出される。
いつのまにか家の周りは救急車やら警察車やら軍隊やら野次馬やらでいっぱいだ。
「…さぁ…僕は気を失っていたらしくて…何も覚えて無いんです」
それはこっちが聞きたいくらい。
僕だって何がなんだかわからない。
気がついたら、こうなっていたんだから。
「幻獣よ!!」
野次馬の一人が叫んだ。
「幻獣が突然現れて、屋敷を破壊して消えたの!…私見たもの!!」
「幻獣…」
こんな身近にもとうとう出現したんだな…。
なんだか僕は人事のように冷静に感じた。
僕がこれから配属されると言う軍隊。
幻獣と闘う為に作られたと言う軍隊。
きっと、これからその幻獣を嫌と言う程見る事になるからなんだろう。
























「はじめまして…狩谷夏樹、整備班に配属になります。よろしくお願いします」
例の幻獣事件のせいで、予定より数日遅れて僕は地元の軍に配属になった。
「…………」
車椅子の新人に、好奇の視線が向けられる。
『なんでお前みたいな奴がこんなトコに来る?』
その瞳はそう物語ながら。
いいさ、今はなんとでも思うがいい。
ここは実力勝負の世界だ。
いまにお前達を抜いてやる。
実力も、位も。
見ていろ。
僕は役立たずじゃない。
「狩谷じゃねぇか…?」
「!?」
聞き覚えのある声。
「お前、何こんなトコ来てんだよ?」
「あ…」
見覚えのある顔。
元同じ中学の…バスケ部の先輩の一人。
こんな所にきてまで、こんなヤツが一緒なのか。
「そういやお前んち幻獣に襲われたんだって?よくお前無事だよな!
前の事故ん時もそうだったし、お前、運だけは強いみたいだな」
「………」
…この体になったのが、運がいいと思うのか。
一思いに死んだ方がよっぽど楽なんだぞ…。
「しかもお前…幻獣に襲われた時、叔父貴に強姦されて失神中だったんだって?」
「!?」
周りがざわめいた。
「マジかよ…」
「虐待?」
「本当は合意じゃねぇの?」
笑い声。
「大体…あの日は既に十何人としてるんじゃねぇのか?」
「………!」
先輩の顔が愉快そうに醜く歪む。
「おいおいなんだよそれ」
「聞かせろよ」
「こいつってそーゆーキャラなのかよ?意外〜!」
「どうなんだよ狩谷?」
僕を見る好奇の目が色欲に塗れた好気の目に変わる。
体が、がくがくと震え出す。
こんな所に来てさえ、また僕は…
もう、嫌だ。
「…そこまでだ、口を噤め!散れ!」
その時、上官と思しき人物があらわれ騒動を一括した。
「はい、百翼長!失礼いたしました」
軍隊らしい返事を返し、一斉に人集りは散らばっていく。
「…大丈夫か?」
僕の肩に優しく手がかけられた。
「はい…ありがとうございます百翼長」
まだ震えの止まらない僕の背を数度なで、ポンポンと叩いて喝を入れる。
「いろいろ大変な事は多いとおもうが…頑張れ狩谷」
「…はい」
そうだ、僕を認めてくれる人だってきっといる。
この人なら…きっと僕を認めてくれる。

上官に付き添われるようにして、僕は軍舎に入った。
「二階にいくだろ?」
「え…?あ、はい…わッ…!」
階段の前にくると、当然のように上官は僕を抱き上げる。
「あ…あのッ…」
動揺する僕に上官は言った。
「狩谷、階段の前に来たら周りの誰かに連れていって下さいと自分から提案するんだ。
それは恥じる事ではない。いいな?これは上官命令だぞ?」
「え…?」
「出来ない事は、出来ない事だ。お前はお前の出来る事をやれば良い、わかったな。…返事!」
「…は…はい!」
出来ない事は…出来ない…。
昔出来た事を同じようにやろうとしても、出来ないものは出来ない。
もう昔の僕じゃ無い。
そうだ、だったら僕は今の僕に出来る事を人より出来るようになればいいんだ。
今の僕を認めさせるために。
胸につかえていた何かがとれた気がした。
…気がした、のに。
「時に狩谷…」
「はい、なんでしょうか百翼長」
「先程の話は本当か?」
「……え?」
ドクン。
「だとするとお前は…この軍で整備以外にもやれる事があるようだな…」
「……え…」
どくん、ドクン。
「あとで私の部屋に来なさい。少し話をしよう」
「…………」
………熱い。
僕の視界が、赤くなる。

『ソウダ…我等ヲ喚ベ…!』

警報が急に激しく鳴り響いた。
「!?」
『B地区に幻獣出現、ただちに出撃準備せよ!繰り返す、B地区に幻獣出現…』
慌ただしく軍内が動き出す。
「くそ、やつらめ…狩谷、この話はまた今度だ」
「……はい、百翼長」
上官は僕を車椅子に降ろすと、バタバタと駆けていった。

























階段の前で、僕は一人立ち尽くす。
誰かに声をかければいい事だ。
誰も拒みはしない。
そう、誰も…
「よう狩谷、何してんだよ」
「…あ…」
あまつさえ向こうから、声をかけて寄って来る。
待っていたとでもいうように。
「…何黙ってんだよ?言う事があんだろが?ん?」
「…………あの…」
こんな当たり前の事が、出来ない僕。
「一階まで…連れていってくれませんか…?」
たったそれだけの行為が出来ない僕。
「…しょーがねぇなぁ…」
そういいながらも、憎らしい程の薄笑いを浮かべて
僕の体を抱き上げる。
「あ〜あ、俺も疲れてんだぜ?何でわざわざ余計に階段昇り降り
しなきゃなんねーんだよ?」
「…すいません…」
そういって、僕が困るのを見て楽しんでる。
何も言い返せない僕を見て、楽しんでるんだ。
そして車椅子に僕を降ろして、別れ際に耳元で囁く。
「…つーわけで詰め所まで来いよ狩谷」
「………はい、十翼長…」
僕の移動を手伝った者は、その見返りに
僕を抱く。
誰が決めたのでもないのに、まるで規則のようにそう決まっていた。
別に場所はどこだっていいし、人に見られたって関係ないんだ。
誰もとめる者なんていないから。
女性のいないこの軍で、僕は女だった。
一番年下で、新人で、そして無力。
ねじ伏せるのも押さえ付けるのも健常者の半分の力で済む。
これ程都合の良い存在なんていないってもんだろ?
僕に拒否権なんか無い。
仕事場に行くのにも、昼食に行くのでも、
階段は使わなければならない。
毎日が…生き地獄。
「…おぅ、来たな狩谷」
詰め所に入ると、先刻の上官が僕を待っていた。
「……はい」
即座に僕を車椅子から引き摺り降ろし、乱暴に貫く。
「…く、アァッ!」
碌に慣らしもせずに突っ込まれるのは
たまらなく痛い。
「はぁ…はぁっ…」
「あ…うっ、はぁッ…あッ!」
獣の交尾みたいに、洗い息づかいのみが部屋に響く。
何の会話もなく、ただひたすら犯される。
「う…うく…あううッ!」
中には出すなって言ってるだろ馬鹿ッ…!
こっちの都合なんてお構い無しだ。
「…なぁ狩谷、もう一回やらせろよ」
「な…なにを言ってるんですかッ」
それでも、移動提案一度につき一回という暗黙の了解だけは一応あった。
「わかってるって、階段移動一回につき一発だって言いたいんだろ?」
「…そうです」
…本当はそんな話も承諾した覚えはないんだけど。
「でもよ、よく考えりゃ車椅子を運んで一回、手ぶらで戻って一回、
お前を運んでもう一回と余計に 三回も階段を歩かされてんだぜ?
俺等だって疲れてんだからな、それが余分に三回だぜ?三回!
こっちにゃ三回分の権利があったっておかしくねぇだろがよ!」
余計な事にばかり気転がききやがる。
そんなのただの屁理屈だ。
「…というわけで、文句はねぇな狩谷『戦士』?」
「………ッ」
くそ…階級を出されると何も言えない。
ここでの僕は、まだ一番階級が下。
「……はい、十翼長。異論は…ありません」
僕に拒否権は、無いんだ。
「わかればよろしい…へへ」
こんな奴…くたばっちまえ。
ドクン!
…ッ…また、だ。
何…だ?

『殺シテシマエ』


……え?

『ミンナ殺シテシマエ』

…誰…だ?

『我ハ…汝…汝ハ…我』

誰!?…何…なんだ…?

警報が急に激しく鳴り響いた。
『D地区に幻獣出現、ただちに出撃準備せよ!繰り返す、D地区に幻獣出現…』
慌ただしく軍内が動き出す。
「ちっ…最近やたら出やがるぜ…」
突然の出撃命令に舌打ちをすると、十翼長はようやく僕の上から離れた。
「ふふ…」
「!?」
思わず笑いを零した僕の髪を、十翼長が乱暴に鷲掴みにする。
「…何を笑っている狩谷ッ!」

「すいません…ただ…」
「ただ…?」
「なんだか…幻獣に助けられたみたいで…」
可笑しくて。
笑いが、止まらない。
「狩谷ッ!」
十翼長の拳が僕を殴る。
「不謹慎だぞ!?

「申しわけありません十翼長…」
でも、笑いが止まらないんだよ。
どうして…だろうね…。
可笑しくてたまらないんだ。
「……狩谷…」
十翼長は体を起こした僕をバケモノでも見るような目で見下していた。
「………ッ…お前…たまに気味の悪い目をするぜ…」
「…そう、ですか?」
そう言った僕は、また笑ってしまっていたかもしれない。
戦場に直接出撃しない僕は、十翼長の去った後
そのまま詰め所で隠れるように時間を潰した。
遠くに聞こえる戦火の音を聴きながら、ふと不思議に思う。
ここの天井は…こんなに赤かっただろうか、と。


その日、我軍隊は突如出現した幻獣の軍勢に壊滅的な被害をうける。
生き残ったのは僅かな兵と、整備士達だけだった。


 

 

 

 

 

 

 






『          辞令           
狩谷夏樹殿

本日をもって我隊の任務を終了するものとし、
明日より他部隊への移動を速やかに行い
貴兵は これに従い全力を尽くすものとする。
貴兵の次の配属先は…

          5121小隊。        』


「…………」
数日後、僕にこんなものが渡された。
…ここを出ていけってことだ。
僕はいらないってさ。
「5121小隊…か」
少年兵を集めた、学校形式の軍隊だと聞いた事が有る。
少年兵のなかでも、何か問題のある少年兵が送られるところだと。
僕は問題児だってさ。
……僕が何をしたっていうんだ。
僕は何もしなくても軍を乱す問題児だというのか?
整備だって人以上にやってるし、それ意外にも僕は…!
……いや…いいさ、別に僕はどこだって構やしない。
どこだろうと、僕は僕を認めさせてやる。
見ていろ…。
「聞いたぞ、移転か狩谷」
「はい」
百翼長が僕に話し掛けてきた。
「お前とは短い間だったな」
「はい」
僕の返事は無機質で、無感情。
「狩谷」
百翼長が僕の顎を撫で、上向かせる。
「………」
本当にまったく、虫酸が走るよ。
「明日でお別れだ、今日は私の部屋でいろいろと募る話をしたい」
僕に触るな。
「はい……いいえ、百翼長。自分は明日の移動の準備で今夜は…」
「否定は許さん」
ウジ虫め。
「……………はい、百翼長」
「…よろしい。良い返事だ」
「…………」
ドクン!
体が、熱い。

 


僕が去った次の日、その軍隊は全滅したと聞く。


僕ノ瞳ガ、赤ク染マル…








 

end


魅夜の中では狩谷の過去はこんな履歴で正式決定しています(笑)
いや、絶対こうだろ!あの発言からいって、こうとしか考えられん!
明るかったっていう人間があんなに卑屈になるにはそれなりの経緯がないとさ。
親戚も友人も恋人もみんな信じられなくなっちゃうくらいの、キッツい経緯がね。
そんな魅夜の妄想に拍車をかけたのが、単行本の三巻ですよ。
うわ、本当にやられてたんだ!?ってかんじした。
狩谷凌辱過去説肯定された気がして すごい嬉しかった (笑)



2003.07.11

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