あしきゆめのおわりに


狩谷……君だったなんて。

君ではなくなってしまった君を見つめながら、僕は刀を構える。
「手加減するな。殺せ!」
君を殺せと、口々に皆が言う。
昨日まで仲間だった君を、昨日まで親友だった君を、僕に殺せと皆が言う。
異形の君は今までに闘ったどんな幻獣よりも強くて、既に人ではなくなった筈の僕でさえ恐怖感を感じるくらいだ。
歩けないはずの君の脚が、信じられないスピードで僕を追い掛け、追い詰める。
殺らなければ、殺られる。
夢中で降り降ろした刀が、君の肩を切り裂いた。
人間不信に陥った君が唯一心を許してくれた僕が、君を切り刻む。
「…よくも、よくも僕を裏切ったな!許さない! 僕は許さないぞ!」
違うよ狩谷、裏切ったりなんかしていない!
僕達は…あぁ、もう遅い。

傍にいてずっと護ってあげたいと思ったのは、嘘ではなかった筈なのに…僕は、やっぱり君の言う通り君を裏切ってしまっているのかもしれない。
赤い目をした君の顔が、何か言いたげに僕を見つめていた。
何も語らない君。
何を言おうとしているの?
君の口から出るのは君ではない君の声。
『…誰か…』
その時、不意にいつかの君の台詞が思い出された。
『誰か、いないものかな。僕を、殺してくれる人が… 』
僕らが親しくなり始めた頃、唐突に僕に漏らした君の言葉。
あぁ…そうか、そうだったね。
君は、自分を殺してくれる誰かを待っていたんだ…。
それが…君の望みなら…
僕は一瞬躊躇った後、君の体を貫いた。

苦しそうに地に蹲り、君は死を目前にした虫のようにもがいている。
それでも僕は…そんな君にとどめをさせないでいた。
最強の幻獣は消え、そこにいるのは狩谷。
赤い目をした狩谷夏樹。
「殺せ速水、殺せ。それは、幻獣。お前の敵だ」
たしかに幻獣は敵だ。
だけど、これは…狩谷なんだ。
やっぱり僕には殺せない。
君の口が、何か言いたげに動いた気がした。
…な…に?何を言っているの?
その瞳が僕を見つめる。
赤い瞳が僕を見つめる。
君に近付こうとしたその時。
  パン!!
「!?」
一発の銃声が鳴り、君の体が跳ねる。
「…本田…先生!?」
背後から現れた本田先生が、君の動きを止めた。
「お前を狙っていた…」
「嘘…だ…!」
「…馬鹿かお前は! 裏切り者が、憲兵に引き渡された後どうなるか知っているのか! 」
「で…でも…ッ!」
「…お前に少しでも優しさがあるのなら、お前の手で殺すべきだった。 …他の誰の手でもなく…」
「…僕…が…」
そして、自分の生徒にしてやれる教師としての最後の責任なんだとあなたは言った。
君を殺してあげるのが…僕に出来る…最後の優しさだったというの…?
だとしたら僕は…。
『………だ…』
君の口が、何か言いたげに動いた気がした。
…な…に?

聞こえないよ狩谷!

『…い……んだ、これで…いいん……だ』

「……狩…谷…?」
君の声が微かに聞こえた
既に動きの無い君の、最期の声だった。
君の瞳から、赤い光が消える。
歓声があがった。
幻獣は死んだ。
狩谷が…死んだ。

そして僕達は終戦を迎え、 君だけがいない我が軍の勝利を祝った…。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ狩谷……君だったなんて。

目の前で異形のモノに変貌していく君を、僕は無言で見つめる。
だけどどうしてだろう?そんな君の姿を初めて見るような気がしない。
何故だか以前にもこんな光景を見た事があるような気がする。
初めて君に会って自己紹介した時も、それは感じた。
前にも君と会った事があるような気がするんだ。
いや、確かに出会った…思い出した。
出会って、親友になって……そして、殺した。
そうだ、僕達は前にも闘っている。
「お前達は皆同じだ!僕をあわれみ、あわれみながら、僕から離れようとする!…させるか! させるかぁ!」
そう叫んだ君は、既に君ではなくて。
君が、竜になる。
「…速水くん。全力で殺しなさい。手加減できる相手じゃない」
…そうだ、手加減なんか出来ないのは良くわかっている。
なぜなら、以前にも僕らは闘っているから。
君は強い。
この世界に舞い降りた最強の幻獣。
この身をもって、よく知っている。
絢爛舞踏と闘う為に再び現れた『あしきゆめ』の君。
竜に魅入られた者を殺す為に現れた『よきゆめ』の僕。
繰り返す僕達の宿命。
歪められた時間のループ。
「狩谷…」
君の言葉を思い出す。
『誰か、いないものかな。僕を、殺してくれる人が… 』
思い出したよ狩谷。
その言葉にはちゃんと続きがあったんだ。
そう…君は誰かに殺されたかったんじゃない。
『君は…僕を殺してくれるかい…?』
僕に、殺して欲しかったんだよね?
誰かではなく、僕に。
だから、こうして再び僕の前に現れたんだ。
僕に殺される為に。
僕が君を殺さない限り、このループは終らない。
このループを終らせなければいけない。
終らせるんだ…この、僕が。

苦しそうに地に蹲り、君は死を目前にした虫のようにもがいている。
今度こそ、殺してあげるよ狩谷。
この僕が。
それが君の…望みだろう?
今度は僕に迷いはなかった。
 パン!
一発の銃声が鳴り、君の動きが止まる。
君の胸は綺麗な赤い血で染まっていった。
「…よし。みんな、死体を片づけろ。よくやった、速水」
これで、これでいいんだよね…?
動かない君は、何もいわない。
これでいいはずだ。
そうだ、これでいい…。
 !!!
「……え?」
激しい痛みが胸に走った。
「かはッ…!?」
僕は地面に崩れ落ちる。
倒れた視界に赤い髪の少女の姿が映った。
泣きながら、僕を恨めしそうに睨んでいた。
いや、笑っているのかもしれない。
あぁ、そういえば彼女はずっと君に想いを寄せていたんだっけね…。
こんな変わり果てた君でも、彼女は君をまだ好きだったんだ。
知ってたかい?彼女はこんなにも君を想ってくれていたんだよ。
君を殺した僕を、殺す程に。
良かったじゃないか……。
これで…いいんだよね?…狩谷…
君の願い通り、君は殺して貰えたのだから。
僕が殺してあげたのだから。
きっと、これで……
いいんだよね?

あぁ……視界が、薄れる。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



何度も何度も、君を殺す。
殺す度にまた時間がさかのぼる。
僕達は何度も初めてのように出会って、そしてまた、僕は君を殺す。
君は僕に殺される為に現れ、僕は君を殺す為に現れる。
誰も傷付く事無く、このまま無事に戦争が終ってくれるのではないかと思っている矢先に、君は突如覚醒し、僕等に最大の悲劇を残して消えていく。
このループが終らない。
君が、ループさせているんだ。
竜の力が、ループを終らせないんだ。
どうしてだろう、君の望み通りに殺してあげているのに。
あんなに死にたがっている君を、僕に殺されたがっている君を、
いくら殺しても君は僕を許してくれないんだ。
ループが終らない。
狩谷…本当は僕はもう、君を殺したくないんだ…。
どうしたら君を楽にしてあげられるんだろう?
どうしたら僕は楽になれるんだろう?
何も語らない赤い目の君が、僕に襲いかかる。
こうして君と殺しあうのも何度目なのか。
僕はもう、疲れたんだ。
「速水!!」
誰かが僕の名前を呼んだ。
「!!」
君の一撃が僕の乗り込んだ士魂号を破壊する。
避けられなくはなかった。
でももういいんだ。
君になら、殺されてもいいと思ったから。
また君を殺すくらいなら…。
地面に崩れた僕を、君が見ている。
君の嫌う、見下したような目で僕を見ている。
本当はこれこそが君の望みだったんだろうか。
僕は君を殺す為じゃ無く、君に殺される為にループしていたんじゃないだろうか。
それでもいい。
ねぇ狩谷…殺してもいいよ。
今度は君が僕を殺す番だ。
記憶に残る君の笑顔を思い出し、僕は瞳をゆっくりと閉じた。

「もういちどたつのよ!!」

聞き覚えのある声に僕の意識は覚醒する。
共に士魂号に乗り込んでいる戦友のものではない。
幼い少女の声。
「たちなさい!」
ハッキリと、またその声は聞こえた。
死んだはずの僕は再び瞳をあける。
目の前には狩谷がいた。
狩谷ではない、狩谷がいた。
まだここは戦場だ。
どうして、僕は生きているんだろう…?
少女の声が死んだはずの僕を蘇らせる。
「たちなさい!なっちゃんをたすけるの!!」
!!……狩谷を、助ける…?
それは僕には一度も過った事の無かった事だった。
助ける?この変わり果てた君を?
どうやって!?
僕に、助けられるのか?
『………使え…』
「!?」
少女の声に続いて、僕の頭に声が響いて来る。
『私達を使え…最強の幻獣を許す為に…!』
「士魂…号…か?」
以前ハンガーで聞いたその言葉。
士魂号の声。
皆には聞こえないというが、僕には聞こえる士魂号の心の叫び。
ドクン。
体中の血が熱く滾る。
「来るぞ速水!」
聞こえた戦友の緊迫した声と共に、目の前の竜が突然襲い掛かってくる。
次の一撃を喰らえば確実に僕は絶命するだろう。
だがそれは、君も同じ。
次の攻撃で、どちらかが死ぬ。
僕か、君か。
僕は刀を君に向けた。
「なっちゃんをたすけるの!!だれひとりしななくても、おはなしはおわるのよ!それが、せかいのせんたくなの!」
少女が叫ぶ。
「誰…一人…」

ーーー誰一人死ななくても…終るーーー

飛び上がった君の赤い瞳と、一瞬目があった。
何も語らない君のかわりに、赤い瞳が僕に訴えかける。

 タスケテ 

あぁ…そうか。
そうだったんだ。
ドクン。
変な気分だ。
体中が不思議な力で包まれていた。
仲間の 一人一人の顔が思い出される。
皆の力をこの体に感じる。
自分だけの力ではない。
過去のループであんなに君を殺せといっていた者までが、僕に力を与えてくれる。
君を助けろと、皆が言う。
ドクン、ドクン。
熱い。
満ちあふれるこの力は…なんだろう。
『最強の幻獣を許せ…』
士魂号の言葉の意味が、今ならわかる。
「あぶない、かわせ速水!」
僕は君の攻撃を身を翻してかわす。
「大丈夫だ!」
君は、殺されたがっていたんでは無かったんだ。
「いくよ狩谷…!」
君は死以外に自分の逃げ場を見つけられなかっただけなんだ。
だから、僕にずっと訴えていたんだね。
気付いて欲しくて、何度も現れて、その度に…殺されて。
僕には声にならない君の声が聞こえた。
今、ようやく聞こえたんだ。

『タスケテ』と。

「もう君を…死なせない…」
僕はもう、君を殺さない。
僕は刀を捨てた。
「長かったね…狩谷。でも…これで、終るんだ」
殺すのではない、殺してはいけなかったんだ。
最強の幻獣を、竜を、君を。
僕が、君を助けるんだ。
両の掌に青い光が集まって来る。
力を感じる。
「消え去れ、あしきゆめ…ッ!」
渾身の力で腕を降り降ろした。
精霊の力が君を貫く。
殺意ではない力が君を貫く。
君を喰らうあしきゆめを、打ち砕く。
「ーーーーーー!!」
君の体が、まばゆい光に包まれる。
壊れていく竜の君。

『…は……や…み……』

君の赤い目から、涙が零れる。

『あ…り…が……』

あぁ。
やっと……本当の君の声が、聞こえた。
聞こえたよ狩谷、 ハッキリとね…。






これが世界の選択だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


大地に倒れていた君は、元の綺麗な人間の姿。
ゆっくりと開いた君の瞳は、もう…赤く無い。
「狩谷…!」
ここにいるのは竜じゃない、狩谷だ。
「…ぼ…僕は…なんで…」
辺りを見回し、君は呟いた。
「幻獣に喰われたんじゃ…なかったのか…?」
君の体を、僕は強く抱きしめる。
狩谷、本当に元の君なんだね?
今度こそ僕は、君を救えたんだ。
「…狩谷は長い夢を見ていたんだよ」
「……ゆめ……?」
そう、きっとあれは夢。
「ゆめ……か……」
狩谷はホッとした表情で僕に縋りついてきた。
その様は恐い夢から冷めたばかりの幼子のようだった。
「狩谷…」
何度も抱いたことのあるその体を、僕の腕が抱きあげる。
「…おかえり」
「 …………あぁ」
取りかえした。
あしきゆめから、大切な人を。
やっと…取りかえした。
腕の中の弱り切ったその体を、僕は強く抱きしめた。

僕は君に惹かれ、君は僕に惹かれ、何度も愛して憎んで殺して。
そしてようやく、辿り着いた選択。
今までの全てが必然で、全てはここに導かれる為に。
ループを望んだのは君じゃ無い…ループさせていたのは、僕だったんだ。
何度でも…君を救えるその時まで。






ループが…ようやく終る。


 

end

 ありきたりなネタですいません。でもやっぱこのへんの話は一度はかいておきたいかなと。
 いいじゃないですかあの二人の関係!殺しあわなきゃならない宿命!そして本当のハッピーエンド!公式設定がどうとか世界の謎がどうとか漫画の展開がどうとか無関係に、ゲームをやってる時は本気で頭ん中こんな妄想モードだったんですヨッ!(文句有る?/笑)

しかしGPM知らない人&Sランククリアしてない人にはさっぱりわかんないお話ですね(笑)そんなあなた、ここは一つ単行本見るorゲームクリアしてみてはどうかと♪

2003.07.3

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