禁断症状〜はぐくまれるゆめ〜
どくん、どくん。
『奴』が蠢く、僕の中で。
「…っ…はぁ、はぁ…」
「狩谷?どうした、凄い汗じゃないか大丈夫か?」
「…っ…僕に触るな!」
心配そうに延べられた手をはね除けてしまう僕。
「あ……」
そんなつもりじゃ無かった。
つい、反射的で、いつものくせで。
「…ったくかわいくないなお前さんは。そんなんじゃ誰からも愛されないよ?」
こんなのは毎度の事と、さほど気にして無い様子で軽く返された言葉が
僕に突き刺さる。
「…うるさいッ…」
「…やれやれ」
やすやすと『愛』だのなんだの口にする、
そんな君は僕のこの地獄の苦しみなんか知らないから。
君はいつだって目を背けて逃げてるだけじゃないか?
なにが『愛の伝道師』だ。
本当に愛の伝道師なら…わかる、だろう?
「どうしたの?」
突然降って来る君の声。
「あぁ…狩谷のヤツが具合悪そうだからさ…」
「そうなの?大丈夫狩谷?…いいよ瀬戸口、僕が連れてくから」
「そっか、悪いな速水。…あいつ、お前には心許してるとこあるからな」
「…うん、後は任せて」
僕に聞こえないよう目の前でこそこそ話すの、やめてくれないか。
…イライラする。
「何…話してん…」
「何でも無いよ、いこう狩谷」
御機嫌を取るかのように向けられる笑顔。
「…………」
そうやって誰にでもみせる優しい笑顔で
僕にもみんなと同じようにへらへら笑って。
笑えばなんでも済むと思ってる君が僕を苛立たせる。
笑ってないで、ちゃんと、見て。
僕を見て。
オカシクなり始めている僕を、見て。
『 気付いて 』
「ほら、横になれば少し楽でしょ?」
「…………速水…」
「ん?」
「………あ……あの…」
「何?」
「…………」
まっすぐに見つめられて、言葉がでなくなる。
無駄な沈黙の時。
僕は、言葉を詰まらせ目線を落としてしまう。
「…………あ、僕そろそろ授業に行くね。先生には僕から言っておくから」
僕ににっこり微笑みかけて、君は行こうとする。
「あ………!」
背を向け立ち上がった君に思わず伸びた僕の腕。
その手は恐いくらいに震えていて、
君を掴みそうになって、思いとどまって、もどしてしまう。
「それじゃ、後でまた来るね」
そう言って、僕に笑顔を残す君。
「〜〜〜っ…!」
ひとり、部屋でもどかしさと後悔に髪を掻きむしる。
周りとの接触を意図的に避けたのは自分。
わざと周りに冷たく振舞ってきたのは自分。
それなのに、
ただ黙って手が差し伸べられるのを待っている矛盾。
いままで過ごしてきた日々が僕の首をしめる。
孤独、という絶望が胸を突き破っていきそうだ。
たった一言、
『助けてほしい』って
言ってしまえばいいのに…!
喉まで出かかるその言葉を、言う事ができない。
変なプライド、意地、そして…恐怖。
僕がオカシクなっていることを知ってしまったら、
僕を…どう思う?
怖い。
それが怖いよ。
ドクン!
「!」
『奴』が僕の中で暴れ出す。
ここから出せと暴れ出す。
「っあ…う、ううっ…」
激しい頭痛、腹痛、吐き気。
割れそうな頭の中で、『奴』がどんどん膨張して来る、
僕の思考をも支配しようと。
『奴』にこの身体を渡してしまったら、
ここで意識を手放してしまったら、
僕はまた『何か』をしてしまうだろう。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
苦しい…。
僕はもう、元のようには戻れないんだろうか。
元…?元の僕ってなんだ?
元のような健康な身体?…違う、
そんな事は些細な事だ。
ただの普通の人間であることすら、もう許されない。
オカシクなるまで、すでに秒読みだ。
「…す…けて……っ」
誰もいなければ声にだせるのに。
ドクン、ドクン!
「あうぅ…く…!」
僕の身体はベッドの上を許された範囲内の動きでやみくもに暴れる。
暴れる腕が触れたのは、ベッド脇のテーブルに無造作に置かれた鋏。
「……!」
死んでしまえば…楽になれるの?
この苦しみから逃げられるの?
それなら僕が、僕である内に…!
『 殺して 』
「ーーーーー何やってるの狩谷ッ!?」
飛び込んできた君が、僕の手から鋏を取り上げる。
あぁ…もう少しで、この空っぽな胸を突き刺してしまえたのに。
「はぁ、はぁっ…はぁ」
オカシクなるよ。
ドクン、ドクン!
もう秒読みは止まらないんだ。
「…放…っ、死…せて…ッ…!」
「何馬鹿な事言ってるんだ!? 」
僕の身体を押さえ付けるようにベッドにもどして、
君は心配そうな瞳で、泣きそうな顔をしていて。
君は僕を死なせたく無いって、
本当に…そう思ってくれてる?
本当に?
そうだったら…嬉しいのに。
「……少し、おちついた?」
「…………」
あいかわらず身体は激痛で気が狂いそうだけど、
僕は君の顔に少しだけ癒され正気を取り戻す。
いつでも君は優しくて、いつでも君は明るくて、
誰にでも好かれて、愛されて、羨ましくて、惹かれて。
君は沈んだ僕の心には光みたいに見えてたんだ。
本当は君が心の中に闇を隠し持っているのも、僕は知ってる。
それでも構わなかった。
それでも、僕には君は光だったんだ。
眩しかったんだ。
「速…水…」
ずっと君に言いたかった。
「は…やみ…」
好き…大好き、愛してる。
「何?」
こんなにも、愛してる。
「…………」
怖いくらいに、愛してる。
こんな歪んだ僕を、君が愛してくれるわけなんかないのに。
それでも愛される事を望んでるなんて
馬鹿みたいだよ本当に。
「……狩谷、すごい汗だね。いま水持ってくるよ」
僕が何かを欲しがっていると思ったのか、
君は隣の部屋に水を汲みに行こうとする。
「……待って…水…いらない…」
ここに居て。
「…そう?じゃあ何か他にほしいもの、ある?」
「………」
僕は黙って頷いた。
……あるよ。
すごく、ほしいものが。
「何?」
きっとこれが君といられる最後だから。
言えるのは今しか無いと思うから。
「速水…」
「ん?」
愛してる。
「………ぁ…」
最後なのに。
「なぁに?」
「………っ…」
それ以上言葉が繋がらない。
「…どうしたの?狩谷」
「…んでも…ない…っ」
どうしようもない苛立ち。
愛してる、って言う事すらできない。
『愛してほしい』って
言っちまえばいいのに!
「………狩谷?」
「…なんでも…ないって…!」
勝手に流れて来る涙を君から隠す事も出来やしない。
愛をください。
愛して下さい。
君の愛があれば僕は変われるのに。
変われたかもしれないのに。
『奴』に飲み込まれずにいられたかもしれないのに…!
それは全部僕の勝手な妄想。
君が付き合う必要も義務も、ない。
「………狩谷、……いいんだよ?」
「……?」
優しく笑って、君の手がそっと僕に伸ばされる。
「はや…み…?」
思いもしなかった君の行動。
僕の髪を優しく撫で、君の笑顔が近付いて来る。
涙の止まらない目を見開いたまま、僕は釘付けになる。
その意味を、勝手に深読みしてもいいだろうか…?
「速水……僕は…」
ドクン。
「…ぅ…」
もうちょっとで、触れ合うのに。
躯も心も。
「…狩谷?」
ドクン!
「ぅあぁッ…!」
「狩谷!?」
だめだ。
もう、遅いんだ。
なにもかも。
「……っでてけ…早ク…出テけ…ッ!」
君の身体を突き飛ばし、僕は狂いはじめる。
「!?」
ドクン、ドクン。
もう、僕には…時間が無い。
『僕』が来るよ…君を殺しに『僕』が。
はやく逃げて!僕から離れて!
「う、ウ、ウゥ…ッ!」
殺したい殺したい殺したい殺したい。
壊したい壊したい壊したい壊したい。
熱い熱い熱い赤い。
「狩谷!?だいじょ…………!!」
変わり始めた僕を見て驚いた目で後ずさる君に、ホッとして、絶望する。
さようなら、速水。
さようなら、狩谷夏樹。
「ーーーーーー狩谷!?」
でも今、ここで目を背けないで
僕を置いていかないで
見捨てないで
僕を、見ていて
最後まで。
オカシクナルボクヲ…オワラセテ
『 キヅイテ 』
『 タスケテ 』
『 コロシテ 』
『 アイシテ… 』
end
2004.05.28
壊れる寸前の狩谷。
実際はもっとこう、気持ちよーく同化してったんだろうけど(笑)
ちょっと抵抗させてみました。
今回の速水はわりと白です。
でもなっちゃんは白いだけの速水じゃ絶対好きにならないと思うので
ちょっとだけ黒も匂わせてみましたヨ。
なんていうかこう、この四つの単語がとてもなっちゃん的心理を
現しているんじゃないかなぁと魅夜は勝手に思うわけですよ。
じつはですね、このSSには元になっているある歌があるんです。
某バンドの曲なんですが、気付いた人いるかなぁ?
その歌詞みてて、なんだかすごい狩谷だなぁって思ったのが今回これを書くきっかけでした。
ていうか、かなりの勢いでSS内に引用させてもらっちゃってます。
ええ、そりゃもうほぼ全部といっていいくらい(笑)
そのくらい、その歌詞の中の単語に魅夜的狩谷像を感じたわけなのですよ。
特に「逃げてしまえば楽になれるよ『助けてほしい』って言っちまえばいい」と、
「死んでしまえば楽になれるの?『愛してほしい』って言っちまえばいい」
というフレーズ、たまらなく狩谷的です!
他にも「 オカシクなるまですでに秒読みさ」とか「救いの手を待ちわびな」とか
要所要所に狩谷テイストが鏤められているのです。
「割れそうな頭の中で 君の『?』は膨張する」て所も
狩谷の中で育っていく『???(あしきゆめ)』を表現してるように感じるのですヨ。
いや、本当の歌詞の内容は全く違うもの表現してるんだけどさ(笑)
さて、元の曲なんだかわかった人いますかね?
もしどこかで「あ−この曲だ!」と気付くことがあったら、それはそれで面白いかもです(笑)
是非、このSSと照らし合わせて全歌詞みてくださいv
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