鼓動(地下仕様)
アメリカに帰ると、岡恭一郎が空港まで出迎えにきていた。
「御苦労だったな」
今はもう、潤の引率はほとんど駿に任せ前線に出る事はないが、いつも駿達を影で支えてくれている心強い味方だ。
「結果はもう、聞いてるんですよね?」
「あぁ…」
岡は軽く苦笑した。
「だが素晴らしいレースだったそうだな…私も行けばよかったよ。……二人とも、疲れていないか?」
駿は岡の視線を無意識に追う。その目線が二人にでは無く、潤に向けられている事は承知の上だ。岡は潤の身体の事を誰よりも気にかけている。
「そうですね、少し疲れました…時差ボケだと思いますけど」
笑う潤に岡は少し渋い顔をした。少しくらいの疲れじゃなんでもない振りをする潤がこういう時は、結構身体がまいっている事が多い。平気そうに振舞っていても、その肉体は以前のような体力を維持できないのだ。
「そうか…近くにホテルを用意しよう。今日は潤も駿君もそこでゆっくり休んでくれ」
「はい」
「わかりました」
空港からファームに戻るのに、また半日近く移動することになる。この疲れた様子の潤を連れてかえるのは岡には忍びなかった。
以前より、線の細くなった夕貴潤。その落ちた体力を乗馬技術と優れたカン、そして知能でカバーしている。 レース中は以前と変わらず凛としているが、レース後は酷く疲れた素振りを隠せないようになってきていた。それは彼が、日に日に弱っているのを確認させてしまう。だが、だからといってレースを減らす事も規模を縮小する事もしない。できるだけ、休める時には療養させてやるのが、岡のせめてもの気づかいだった。
「なにしてんだ森川、行くぞ!」
「あ、はい!」
足早にホテルに歩き出した潤に急かされ、駿は自分と潤の荷物をまとめ持つと潤を追おうとした。
「駿君…」
ふいに呼び止められ振り返った駿は、すぐにその目を岡からそらした。まともに見られなかった。岡のサングラス越しの瞳がせつなそうに潤の背を追うのを。
「大丈夫…大丈夫ですよ……」
二人の間にそれ以上の会話はいらなかった。
「ふぅ…」
ホテルの部屋に入ると、潤は荷物をそのままにベットに身体を投げ出した。
「疲れました?」
「ん…最近ちょっと疲れやすくてな……もう歳かなボクも。ははッ」
「またそんなこと言って…」
本当は歳だなんて思ってもいないくせに。潤はいつも駿より5才は若く見られているし、本人にもその自覚がある。年下の駿を年寄りといってからかう事だってある。潤にしてみれば「もう歳だ」
なんて冗談以外の何でもない。だがそんな潤の冗談の一つにも駿の胸がツンと痛む。その癒えない疲労は歳を重ねたからじゃない、その理由を駿は知っている。
いつまで、この人は走れるのだろう
いつまで、この人の傍にいられるのだろう
後どのくらい、二人の時をすごせるのだろう…
一緒にいる事は多いのに、触れられる事は最近徐々に減っていた。潤の身体を気づかえば当然の事だった。だが、こうしてこのまま、触れる事の無いまま彼は…考えたくもない事が、駿の脳裏に渦巻いてくる。
もっと、もっと触れたい、あなたに
「…夕貴さん」
駿は潤の横たわるベットに乗り上げると、潤の上に覆い被さった。突然乗りあがってきた駿に驚き、潤は目をまるくしている。
「森川?」
「……しても、いいですか?」
「なッ…」
潤の顔がみるみる紅くなっていく。
「ばッ…いきなり何、がっついてんだ馬鹿野郎ッ!ボクは疲れてん…」
駿の胸を押し退けようとした潤の手を掴み、駿はそのまま潤を引き寄せた。
「んッ……」
駿は自分でも驚く程強引に唇を奪っていた。こんなこと、今までしたことがなかった。
「……森川…?」
いつも自分が嫌がれば、絶対其れ以上求めてこない奴なのに、今日はいつになく強引なのだ。そんな駿に潤も戸惑っていた。
「すいません、どうしても今…したいんです」
「もり…ッ!」
駿はまた、黙らせるように唇を重ねる。激しい衝動が今の駿を突き動かしていた。どうしても、今、抱きたい。潤が疲れているのは駿も充分承知していた。こんな時はゆっくり療養させてあげなければ、身体に良く無い事も充分に把握していた。だけど、自分の感情に嘘は付けない。
今じゃなきゃ…今だから…今だけは…
たとえこの行為があなたの残された時を削る事になっていたとしても
今しかない二人の時間を、少しでも多く…触れていたくて
「…もりかわ…ッ!」
潤の手が駿の服を引っ張り何とか退けようとするが、駿はそれにかまわず潤から離れようとしない。不意に、潤のその手はベッドにぱさりと落ち、無抵抗になった。
「……ばかッ……馬鹿森川っ…シャワーくらい浴びさせろッ…そのくらい待てるだろ!」
強引な駿の様子に諦めたのか、潤は顔を赤らめ照れながらそう言った。不機嫌ながらも、潤は受諾したのだ。いつも自分のしたい時にしか駿に許さない潤が、駿の押しに負けたのはこれが初めて。
「……すいません……待てないです」
「…え?」
返された駿の言葉に一瞬耳を疑った潤は、次の瞬間には駿によって腕を押さえられていた。
「森川ッ!…おまえッ…!」
暴れる潤を、強引に力でねじ伏せる。こんな酷い事はしたくなかった。でも、衝動は抑えられない。駿は 潤のシャツを力づくではだけさせ、紅い突起を噛み付くように口にした。
「なっ…やぁ!」
驚いている潤を黙らせる様、ズボンの上から彼自身に触れ、魅惑の刺激を与える。すぐに反応を返す潤を、ズボンを割り中に侵入して直に追い詰める。
「あっ…やめ…」
「やめません…今日は」
潤の弱い所を、敏感な所を、急かすように愛撫した。何度も重ねた唇、肌、知り尽くした弱い箇所。抵抗していた潤がしだいに甘い吐息に色付いていく。
「綺麗ですよ、夕貴さん…」
「やっ… ん、馬鹿ッ…!」
絡み付いた衣服を取り払い、潤を全裸にさせる。潤とは対照的なスーツ姿のままの駿、普段ならこんな状況は考えられない。こんな屈辱的な事を潤が許すわけがなかった。だがいつもとは違う強引な駿に動揺し、戸惑う潤は、流されながらも彼自身いつになく興奮していた。こんなに強引な駿を潤は知らない。
「…挿れます」
「え…あッ!?」
急かすような愛撫に翻弄されていた潤の耳元で呟かれた言葉に、潤が我にかえる。身体に触れる、熱い駿の感触。全身が火照る程の愛撫の嵐を受けても、まだ挿入の準備だけはされていない其処。瞬間的に暴れた身体を駿は強引に割った。
「待ッ…慣らせ…って、…やッ…」
一つになるこの瞬間の為に、オレは今日もあなたの命を削る
「く………ーーーッ!」
「痛いですか?」
優しく囁きながらも、退かない駿。苦痛に歪んだ潤の身体を抱き寄せ、まだ辛そうにしている潤にゆっくりと挿送を始める。
「痛っ、やッ…!あ…あッ…バカ…あッ…!」
上擦った抗議の声が次第に甘く官能的に響いてくる。痛みの波が治まり、押し寄せる快楽の感覚に浮遊し始めた潤。駿の背中に廻された潤の手が駿の身体をぎゅっと抱きしめて来た。
「だいぶ、良くなりました?」
「…っ、馬鹿やろうッ…!」
何度回をかさねても、いくつになっても、潤は駿の愛情を受け入れる事には不器用だった。初めて身体を許したあの日から今日まで、いつでも自分が優位であろうと振舞っていた潤。こんな強引な駿に流され、感じてしまう自分を認めない。
「…愛してますよ…夕貴さん…」
いつだって、言うのは一方的にオレの方。
「………っ…」
それでも、良かった
でも…
「…って…、言って下さい」
一度でいいから…聞かせて下さい
あなたのその口から
「な、に…ばか…ぁっ…あぁッ、森川っ…!!」
身体に放たれた熱い迸りに潤の身体が1、2度痙攣し、そのまま眠るように瞳を閉じた。その意識を手放した潤の頬に口付けながら、駿はもう一度呟いた。
「オレの事好きって……愛してるって……言って下さいよ…夕貴さん…」
我侭なオレの感情
暴走するオレの感情
残された時間の中で、どうしても確認したいあなたの気持ち
一度でいい
たった一度でもいいから
その瞬間の為に、オレは今日もあなたの命を削る…
「どうですか?体調は」
「あぁ、万全だ。今日のレースは貰ったな」
前回はあえてキャンセルしたブリーダーズカップ。今回はその参加を遮るものは何も無い。顔色も良く、自信にあふれる潤の横顔は今日の勝利を確信させる。
「森川…」
「はい?」
今まさに馬に乗ろうとした潤は片足を鐙に掛けたまま、後ろにいた駿を呼び止める。
「…いつも…その……サンキュ…な……」
「え!?な…そ、そんな、そんな事はあたりまえ…」
少し照れながら、初めて発せられる潤からの感謝。戸惑いと嬉しさに動揺する駿を潤の腕がぐいっと引き寄せた。サラ…と潤の髪が駿の顔に掛かる。
「………えっ…!」
潤の髪に隠されたその下で、囁かれた言葉と口付け。遮断されたカーテンの下での、公衆の面前での大胆な行為。周りから見れば何か耳打ちしたかのような一瞬の接触。
「………夕貴…さん…?」
靡いた髪が駿の赤面した顔を露にする。
「い…いま…何て……!?」
「……ふん…」
突き飛ばすように駿を離し、反動で潤はそのまま馬に跨がった。
「いってくるぞ、森川!」
「あ…は、はい!いってらっしゃい!」
いまだ動揺した落ち着きのない駿に笑いかけながら、潤はコースへと向かった。その凛々しい端正な横顔を、駿は先程の潤の驚くべき態度に呆然と立ち尽くしたまま見送る。
あなたのその横顔を見ていたくて、オレはここに居る
自分の夢よりも、あなたと共にある事に有意義を感じたから
あなたが最後まで走れるようにと…
スタートの音が場内に鳴り響く。走り出した各馬の先頭に立つその勇姿を駿はその瞳に焼き付ける。
あなたのその横顔を見ていたくてここに居る
背中では無く、その横顔を見ていたくて
いつまでも、ずっと見ていたくて…だから
見ています……その瞬間を
目をそらさずに
見ています…今
「…夕貴……さん?」
ゴールしたその身体を、動かないその身体を、駿はそっと抱きしめた。
「…お疲れ様です…いい走りでしたよ…」
溢れ出す涙を止める必要もなく、抱きしめたその頭をそっと撫でた。まだ暖かみの残るその身体を、慈しむように。
「…おやすみなさい…夕貴さん」
勝利の歓声が驚愕の悲鳴に変わる雑然とした会場で、駿は潤を静かに見送った。
『ボクも…愛してるぞ森川…』
耳に残るその言葉が、いつまでも駿から離れなかった。
end
ええと、地上SS「鼓動」の空白部分の裏ストーリーです。どこに入るかは言わなくてもわかって頂けますよね。これでこのシリーズは完結です。ハイ、もうこれ以降は潤は殺しません(笑)
ところでこれってほんのり鬼畜駿になるんですかね?(笑)
2002.12.06