傍観者


「まったく、やれやれですわ〜このお洋服結構気に入ってたんですのよ〜…はぁ
 かわいらしいメイド服を素早くぬぎすて、
その服を焼却炉に捨て隠滅する。彼女の服は暗闇には目立ちすぎた。だからといってどこかに隠しておくのも服が見つかって足がついては厄介だ。こうするのが一番良かった。
 
その下から現れたのは、身体のラインにフィットしたボディースーツ。その色は闇にまぎれるのに恰好の漆黒。
「それに私、あの方苦手なんですよねぇ…」
 その衣装を纏った少女、パッフェルは言った。…いや、実際は少女ではないかもしれない。彼女は年齢不詳だった。正確に言うと、一度時の流れに逆らった経験上、年齢が正しくなくなってしまっているのだ。
見た目的には10代後半から20代前半までの範囲といったところだろう。それを本人は若返って儲けもの、と認識しているので、どうやらかつては現状よりは大人であったようだ。
 そんなわけありの彼女だが、今は過去を捨て前向きにあかるく生きている働き者だ。その働き者の彼女は今、お仕事の真っ最中なのである。
「でも、他ならぬエクス様の頼みですもの、パッフェル頑張っちゃいます!」
 そういって、パッフェルは目の前の建物の最上階にむかって笑顔をつくると、ビシッと敬礼をした。
「さぁ、いきますわよ〜」
 身軽な衣装に身を包んだパッフェルはそのままひらりと塀を超え敷地内に侵入すると、一階の窓枠を足場にし上の階にとびうつった。常人ならぬその身のこなし。
 それもそのはず、彼女は蒼の派閥総帥エクスのお抱え隠密だったのだ。
これは数日前にエクスよりパッフェルに与えられた極秘任務だった。

『…え?フリップ様を、ですか?』
『うん、何か不審な動きがあれば知らせて欲しい』
『お任せ下さいでございます!そのくらいケーキの配達よりお易い御用ですわv』

『あはは、ありがとうパッフェル。頼んだよ?』
『はい〜♪』

 エクスに頼まれた内容とは、フリップに不穏な動きがないか探りをいれてほしい、というものだった。
 フリップとは、派閥の上層幹部でありながらここ最近闇ルートと精通しているのではないかという噂が立っている人物だ。派閥の統率者であるエクスがその話を耳にしない訳が無い。 派閥にとって好ましく無い噂が本当であるならば、それなりの措置と処分を下さなくてはならない。だがフリップという男も巧妙で狡猾な男で、なかなかそのしっぽをつかませないのだ。
  自ら表立って動く事の出来ないエクスにとっては、このように隠密に探らせる他なかった。その隠密としての存在自体がエクス以外知ることのないパッフェルは、
普段から屋敷に控えているわけでは無く、エクスに呼ばれた時だけケーキの配達と称して会っていたのである。そうでもしなければ彼女は厳しい派閥の門を堂々とくぐる事は出来ない。だから今日の様に対象が派閥内であったとしても門からは入る事は出来ず、私服で近くまで訪れ、隙を見て敷地内に侵入せざるを得ないのだ。
 パッフェルは換気栓を外し屋敷に侵入すると、フリップの部屋の屋根裏に潜り込む。隙のない素早い身のこなし、プロとして育て上げられたなごりである。前日にあらかじめ用意しておいた場所に音も無く忍び入り、重しを乗せられていた板をそっとはずすと、そこから眼下の室内から漏れた光が細く屋根裏の天上に向かって伸びた。
(…ま、いくらフリップ様がお上手な方でもパッフェルさんにかかればイチコロですわよv)
 ひとり自画自賛しながら腹の中でそう呟くと、パッフェルは室内を覗き込んだ。
「これが…サモナイト石だ。あとは…そちらの努力次第ということでよろしいか?」
「あぁ、こっちも文句ねぇぜ。これが約束の金だ」
「健闘を祈ろう…フフ」
 室内の会話もパッフェルには筒抜けだ。それはまさに召喚術の技術を無断で人に譲渡している不正の瞬間だった。パッフェルはその
小さな覗き穴の隙間から指輪に細工された消音小型カメラのシャッターを数枚きった。会話録音もばっちりだ。
(やっぱり…やっぱり召喚術を賊に横流ししてましたのね!許せませんわ〜!!)
 噂は本当だった。民を苦しめる賊達が最近急に召喚術を行使し始めた事、そして巷に悪事を働くはぐれ召喚獣が急増したこと、そのすべての謎が点を線で結ぶように繋がっていく。
 召喚術を統括する機関でありながら、その内部には良からぬ輩に技術を横流ししていた幹部が、確かに存在したのだ。
(エクス様に報告しなくちゃ…!)
 任務は滞り無く終了、完璧だった。あとは足を残さないように立ち去るだけだ。
「……で、フリップさんよぉ!あんたとの取り引きに気の利いたオプションがついてるって仲間にきいたんだけどよ…?」
 その時、室内から聞こえて来た声にパッフェルは動きをとめる。
「ん?フフ…あぁ、あれのことか」
(む…!まだ何かありますのね!?)
 パッフェルは脚を留め、再び会話に聞き耳を立てた。
「そう急くな…ちゃんと用意はさせておる」
「へへ…そうこなくっちゃな」
 フリップのいやらしい笑みに賊の下品な笑い。パッフェルはそのやり取りを天井から覗き見る。
  コンコン…
 不意にドアがノックされる。
「…失礼します」
 小さく聞こえた声を、パッフェルはどこかで聞いた事が有るような気がした。
「さっさと入れ」
 フリップは相手を確認する事も無く入室を許可した。このような現場であるにもかかわらず、あまりにもあっさりと。それは、その訪れた相手がフリップの呼んだ共犯者であることを意味しているのだろう。首謀者に続き共犯者の存在も押さえられるのであればそれは好都合、パッフェルはその扉に向けてカメラを構えた。
 だが、扉の向こうに表れた人物にパッフェルは驚愕する。
(ーーーーーネスティさん!?)
 現れたのは共に旅をする仲間、ネスティだったのだ。パッフェルが彼らと共に旅をする仲間となったのはつい先日だったが、彼がこの旅の間にも頻繁に派閥に戻っている事はパッフェルも目撃していた。旅の合間に一体何の用があるのかと多少不思議には思ったが、彼とて蒼の派閥の召喚師、派閥に戻るという行為もそうおかしなことでもないと、あまり気には留めていなかった。
(そんな…ネスティさんが共犯だったなんて…)
 意外だった。だがその反面、納得もできた。ネスティは昔から何かとフリップと一緒にいる事が多かったという。フリップがネスティの才能を気に入り自分の後継者にしようとしているのではないか、というのが一般論だったが、その裏にこのような関係で結ばれていたのなら、今までのネスティの不自然ともいえる動向も納得できるのだ。

(ううぅ…真面目で良い方だと思ってましたのに〜!)
 フリップ同様、ネスティに対してもパッフェルは怒りを覚えた。彼を仲間だと思っていた。彼の行動は正義だと思っていた。それが自分の見込み違いだった事がショックだったのだ。
  だがそれは直ぐに誤解だったのだと気付く事になる。
「…あの…フリップ様……こちらの方達は…?」
(え?……あら…?)
 その一言が苛立つパッフェルに真実を伝えた。

「そんな事は貴様が知る必要は無い!余計な口を叩くな!」
 そう言い放つと、フリップは杖でネスティの頭を殴った。
(!!)
 ネスティは少しよろけるが、すぐに姿勢を直しフリップに頭を下げる。
「も…申し訳有りません……」
「ふん…」
 この一連の会話が意味するもの、それは、ネスティは彼らが何者なのか知らず、フリップが何をしているかも知らないようだ、という事。
 そしてもう一つ、どうやらネスティはフリップに頭があがらないという事だった。
(よかった…ネスティさんこの件の共犯者じゃありませんのね?)
 ネスティが共犯者ではないらしい事に安堵しながらも、この場にネスティのいる不自然さを感じずにはいられない。
(…でもこの場にネスティさんを呼ぶなんてどういうことですの?しかもあんなに強く殴るなんて…!)
  先程の様子から見て、明らかに彼はフリップに呼ばれて来ているのだ。賊のいるこの密会の瞬間に。やましい事をしているのに、こんな現場に部外者を呼んだりするだろうか…?
「こいつか?フリップさんよぉ」
「へっ…なかなかの美人じゃねぇか悪くねぇな」
 賊の一人がネスティの襟首を掴みあげ、自分の方をむかせる。ぐいと顎を捕まれたネスティは、顔を品定めするように男に眺めまわされる。ネスティの眉が不快そうに歪んだ。
(あ〜ぁ、知りませんわよぉ?ネスティさんを怒らせるとぉ…)
 その様を見ながらパッフェルはくすりと笑う。
 ネスティの操る召喚術は強力だ。事実上、共に旅をしているパーティー内最強の攻撃力といっても過言では無い。肉体戦闘能力こそ女子供にすら劣る彼だが、ひとたび本気になれば数人の敵をその術で一瞬にして蹴散らす事など雑作ない能力をもっているのだ。

 
だが、そんな屈辱的な行為の前に、ネスティは意外にも無抵抗だった。パッフェルの見守る中、ネスティは賊によって強引に床にねじ伏せられていく。
(……え?あら?)
  どうみても、これはネスティにとって味方では無いはずだ。だがネスティには逆らう気配がない。
(ど、どうしたんですの?!ネスティさん…どうして?)
 倒せないはずはない。いままで戦って来た敵よりも、彼らは弱い。負けるわけはない。『本気』であったなら。ネスティが『本気』になれない何かがここにはあるのだ。
 ネスティの視線が、ちらりと何かを伺うように動いた。その先にあるものは…。
(……フリップ…様?)
 いまこの場において一番の権力者、フリップ。その存在が、ネスティを無言で拘束し操作している。 そうとしかネスティの抵抗しない理由は思いあたらない。 逆らう事も、力を使う事も、問う事すらも、全てを抑制し制御し否定され、ネスティは 何もいわず、ただそこにいるという、それだけだ。それほどまでにネスティにとってフリップは『絶対的存在』だというのか。傍でその様を眺めて薄ら笑いをしている一人の男、押さえ付けられていくネスティを傍観しているフリップは、この現状が予想外の事体では無い事を物語っている。むしろ、こうなる事が当然のように。
(まさか…このためにネスティさんを…!?)
 賊達の言っていたオプションとは、このことだったのだ。

「それじゃ…さっそく楽しませて貰うぜ!」
 そういうが早いか、賊はネスティのマントを乱暴に剥ぎ取った。
(!!)
 一瞬、飛び出してしまいそうな衝動に駆られたのをパッフェルはなんとか押し止めた。今は大事な任務中なのだ。パッフェルは眉をつり上げながら。その様子をそっと監視する。今の自分は隠密、任務が最優先。例え仲間が目の前で襲われていたとしても…任務を優先しなければならない立場。それが自分を自由にしてくれた方への恩返しだと思っているから。
 そんな自分の立場に、パッフェルは下唇をもどかし気に噛んだ。
「部屋をあまり汚すなよ」
 餌を目の前にした飢えた野獣の様に、賊はネスティの衣服を次々と毟り取っていく。
「それはこいつ次第だな。へへへ、たっぷり楽しませろよカワイ子ちゃ…」
 だが衣服を引き剥がされたその白い胸が露になった瞬間、その乱暴な手と口は止まった。目の前の光景に、言葉を失ったのだ。
「なっ…なっ、なっなんだコイツ!?」
「ばっ…化け物!?」
 そこに表れたのは、見なれない気味の悪い紋様。賊達はその外見に酷く驚いていた。そして、パッフェルもまたその事実に己の目を疑う。白い肌に浮かび上がる、複雑な回路。傷痕や痣などではない、あきらかにそれは…機械紋様だった。
(ーーー融機人
!?)
 賊にしてみればそれは無気味な紋様だったかもしれない。だがパッフェルは違った。その紋様の意味をしっている。それが、融機人である証だということを。
ネスティさんが……融機人……)
 パッフェルにとってその
紋様は、融機人という存在は、忘れる事などできないものだった。
 かつて自分が、まだ自分では無かった頃、対立していた勢力の中心人物のなかにその種族は居た。聡明な頭脳、強力な魔力、その能力の前に酷く手こずったあげくに、自分は破れた。そして…助けられた。
放っておけば死んだだろう自分を、融機人は自ら作り上げた最新医療機器を駆使して治療した。自分は、融機人によって生かされたのだ。
(嘘…だって、融機人がこんな所にいるわけが…!)
 ありえない。あの時の融機人でさえ、ありえない存在だったはず。この世界にいてはならない存在だったはずだ。取り残された孤高の存在だったのだから。
 だが、今も目の前にいるのだ。 ここにも、世界からはぐれた融機人が。
「まぁ…驚くのも無理はない」
 気味悪がってネスティから離れた賊に変わり、フリップがネスティに歩み寄る。
「こやつは、生まれつきこういう気味の悪い身体をしておる。痣のようなものだ。だが、何も問題はないぞ…人形としては、な?」
 そう言うと、フリップは杖の先でネスティの身体を小突く。
「…………」
 するとネスティは緩慢な動きで身体に残った衣服を自ら脱ぎ捨てはじめる。

(ネスティさん…?)
 程なくしてネスティは、賊達と、そしてパッフェルの前で自分の身体を余す所なく曝け出した。全身に満遍なくはり巡らされた回路のようなその紋様。その質感、バランス、アーティスティックなその造り。だがそれは、『生き物』としてみれば異様なものでしかなかった。
「外見など関係ないではないか。要は『機能』と『使い心地』であろう?」
 フリップの杖が再びネスティを小突いた。
「………」
 賊達の前に座り込んだネスティは、彼らに向けてそっとその脚を開く。
(ネスティさん…何を…!)
 そして、三たび杖がネスティを小突くと、ネスティは彼らの前で自らの性器を掴み、持ち上げる。するとその奥に恥ずかしそうに隠れて居た小さな孔が顔をのぞかせた。
 ネスティはもう一方の手を其処にのばすと細く長い指でその門を左右に押し拡げた。くにっと変型した其処から、僅かに内側の鮮やかな色が覗く。その様を凝視していた賊達は一斉に生唾をのんだ。
「このような気味の悪い体ですが……どうぞ、この孔を御自由にお使い下さい…」
 まるで組み込まれたプログラムのように、形式的な言葉をネスティは発した。感情の欠片もなく、決められた台詞をただ再生するように。
  だがその従順な仕種、台詞によって賊達は驚愕も迷いも理性もかき消された。今目の前にあるこの『人形』をめちゃくちゃにしてやりたいという欲望のみが彼らの行動を支配する。
「へ…へへ…そこまで言うんじゃしょうがねぇな、やってやるか!」
「そうだな、このさい孔心地さえ良きゃ構わねぇぜ!」
 賊鼬は先程と同様、野獣のようにネスティに群がった。足を拡げたままの無防備なネスティにつかみ掛かると、そのまま押し倒し自らの昂りを押し付ける。
「さぁて、望み通り使ってやるぜ」
 ネスティの細い腰を掴んだ腕が、ネスティの体を持ち上げ己の体に引き寄せる。
「うッ…ぁ!!」
 愛撫も何も無く突き入れられ、ネスティが辛そうに身を強張らせる。
「へへ…潤滑油無しに入っていくぜ…スゲェ!」

 受け入れる事を叩き込まれているのか、ネスティの其処は潤滑油なしでもなんとか相手を受け入れていく。だがその行為はネスティには相当な痛みを伴うものだった。
「…ネスティ・ライル?」
 怒ったような急かすようなフリップの声に、びくりとネスティが身じろぐ。
「………」
 ネスティは何も言わず、床に投げ出されていた腕をそろそろと自分を組み敷く賊の背に自らまわす。彼は常日頃フリップの客をもてなすよう躾けられていたのだろう。すでにフリップの目線や杖の動きだけでも、自分が今何をすべきなのかを判断できるようになっていた。痛みがあろうと無かろうと、フリップの客を楽しませるよう努力しなくてはならない。
「おぉ?へー、随分教育が行き届いているじゃねぇか?」
「…当然だ」
 フリップは自分の作品の仕上がりに得意げだった。自分の言う事に何一つ逆らわない玩具。だがそれは組織として隠しておかなくてはならない玩具。自分の仕込んだ最高の抱き人形を自慢したくて溜らないが、それは今の自分の地位を維持する為には大っぴらに出来ない事だ。

  だがそれを人に自慢できる唯一の場が、この瞬間だった。

「ん…あ、ぅっ!」
「お?なんだもうイクのか?感じやすいなオイ」
 賊の乱暴な動きにもネスティの敏感な身体は反応してしまう。
繰り返される性的暴行により、乱暴を受けても性的興奮を感じるように育ってしまった、間違ったプログラム。
「早く替われよ」
「馬鹿、まだ俺が終ってねぇだろ!オラ!いくぞ!」
「ん、んッ!あぅ…ッ」
 決して悲鳴だけでは無い声をあげながら、ネスティは賊達を次々と受け入れた。
パッフェルはその様を、ただ監視しつづける。見ている他何も出来無かった。
(ネスティさん…)
 どのくらい、男達の暴行は続いていただろうか。すでに三周り目を迎えようとしていた頃、ぐったりとしたネスティの首がだらりと傾いで天井を見上げた。
その視線は、天井から覗くパッフェルの視線とぶつかった。
(ーー!)
 ネスティからはこの天井に細工された巧妙な孔に気付く事はないだろう。だが、パッフェルはその視線がまっすぐ自分を見ているような錯覚に捕われた。汗と涙と精液で汚れた顔の、生気のない瞳がこちらを見つめる。助けを求めるようで、それでいてすべてを諦めたような、怨むようなその瞳はまるで……昔、鏡の中でよく見た自分の瞳のよう。
 
記憶のフィードバック。忘れたい忘れた過去が今、目の前の光景によってパッフェルに蘇る。
「………や…!」
 その恐怖感に、パッフェルの口から僅かな声が漏れる。
「…む?」
 その僅かな音を、聞き逃さない人物がいた。
「何やつ!?」
 フリップの杖が天井に突き刺さる。が、その手ごたえは感じられなかった。
「…なんだぁ?どうしたんだフリップさんよぉ」
「ふむ…女の声が聞こえたようだったのだが…気のせい…か?」
 フリップは杖を手元に戻すと、人の気配のない天井に首をかしげる。
「こいつの声じゃないのか?ん?」
 
賊はわざと腰を乱暴に揺らしネスティに声をあげさせた。
「あ…やっ…あっ!」
 ネスティの口から、高い喘ぎ声が漏れた。まるで、女の喘ぎ声。
「ふむ…」
 フリップはその声を聞き、先程の女の声も気のせいだったのかと納得すると、ギロリとネスティを睨み付ける。
「まぎらわしい声をあげおって…こやつめ!」
「あぅッ!?」
 そして、その鬱憤をネスティに向け、杖でネスティの頭を殴りつける。
「う…っ…うぅ…申しわけ…ありません…フリップ様…」
 ネスティは額をおさえ蹲りながらも、理不尽な怒りに謝罪しつづける。
この怒りを鎮める術などないとわかっている。彼には謝る事しか出来ないのだ。
「おら!まだ終ってねぇぞ!ケツあげろケツ!」
「…は、はい…」
 蹲るネスティの髪を掴んで引き起こすと、賊達は尚もネスティを犯し続けた。
彼らが皆満足し飽きるまで、何度も。


「…っ、はぁ、はぁ、あぶなかった…」
 迂闊にもドジを踏み、寸での所で屋根裏から抜け出したパッフェルは、派閥の屋根の上を駆けていた。最上階の、エクスの部屋へと。
 辿り着いたその部屋の窓を、パッフェルは決められた合図でノックする。素早く3回、そして溜めて2回。
「パッフェルかい?」
 中から穏やかな少年の声が返事をした。
「今、開けるからね」
 彼はパッフェルのノックした窓の鍵を外し、人が通るには小さ過ぎるように見えるその窓を開けた。

「パッフェル、ただいま戻りました」
 パッフェルは開けられた窓からスルリと室内に入ると、その少年の前に跪く。

 蒼の派閥の統率者エクスは、見た目は年端もいかない少年だ。だが彼もまた、パッフェルと同様に時の流れを歪め生きている者だった。見た目は子供でも、驚く程多くの歳月を過ごしているらしい。その実際の年齢は、誰も知らない。
「ごくろうさまパッフェル。こっちで一緒にケーキでもどう?」
「…いえ、今日は遠慮いたしますわ」
「そう?」
 いつもなら顔を綻ばせて喜ぶパッフェルだが、今日はエクスの誘いにも深刻な表情を崩さない。  
「…それじゃ、さっそく結果を教えて貰おうか?」
 エクスはまわりくどい社交辞令を手早く切り上げると、パッフェルに仕事の成果を求めた。
「はい、フリップ様は…やはり召喚術の横流しをされておりました。こちらにその一部始終を記録した証拠品がございますわ」
 パッフェルは小さなフィルムをエクスに差し出した。フリップの悪行を記したその品を。
「…そう、か」
 思った通りではあったが、深刻なその結果にエクスの表情が曇る。派閥の人間を罰しなければならない事が彼には不本意なのだろう。
「あの…エクス様…じつはもう一つ報告が…」
「うん?」
「これは、その…今回の件とは直接的な関係では無いのですが…」
 与えられた任務の報告は終った。これ以上の報告の必要は無い。だがパッフェルは、どうしてもそのことを告げずにはいられなかったのだ。あの光景を目の当たりにしてしまったから。
「ネスティさんが……フリップ様に虐待を受けています」
 エクスは自分よりは年上なのだろうと思う、だが、この幼い容姿の総帥にあの光景をそのまま伝えるのは躊躇われ、虐待、というその言葉に全てを含める。エクスになら伝わるはずだとパッフェルは思った。
「フリップ様はネスティさんに、とても酷い事をしています…!エクス様、どうか早急な措置を!」
「…………」
 まるで自分の事のように必死に助けを求めるパッフェルに、エクスは戸惑うように目線を逸らす。いつものエクスらしからぬ素振り。
「……エクス様?」
 一緒に憤慨し、すぐにでも対処してくれるだろう事を予想していたパッフェルはそんなエクスの態度に困惑する。驚いた様子も無く、怒った様子も無く、むしろ後ろめたささえ匂わせて、これではまるで…。
「…知って……らしたんですの…?」
「…………」
 エクスは無言で視線を落とした。
「どうして……どうして?どうして!?知っていたのなら…どうして今まで何もして下さらないのですか?エクス様!!」
 
この組織の総帥であるエクスになら、それを阻止する事ができるはずなのに。いや、むしろエクスにしか出来ない事なのに。 震えるようなパッフェルの声が、ヒステリックな叫びに変わる。助けてくれないもどかしさといら立ちを露に。まるで、本当に自分のことのように。
「パッフェル…残念だけど、僕には助けられないよ」
 そんな訴えに、エクスは絶望的な返事を返して来た。
派閥の総責任者である彼がそれを否定してしまったら、この組織内で誰もネスティを救う事など出来ないと言われたも同前。
「どうして!?どうしてですの!?」
「…………」
 パッフェルがそんな返事に満足など出来ないのは当然の事で、責めるようなパッフェルの問いに、エクスは辛そうに溜息を付いた。
「フリップが……自分より優れたものに対して異常な憎悪を抱くのは、知っていたから…」
 だから、想像がついていたとでもいわんばかりの口調。だがそれは、パッフェルの問いに答えているものでは無くて。

「だったら…どうしてフリップ様がネスティさんに近付かないような措置をとって下さいませんの!?」
 知っていたというのなら、エクスにはそれが出来たはずだった。知っていたはずなのに、この現状になっているのでは辻褄があわず納得もいかない。
 だが次にエクスの発した言葉は、納得はいかずとも辻褄のあう言葉だった。
「だって、フリップに彼の所存を任せたのは……僕だからさ」
「ーーーー!?」
  意味が、わからない。フリップが
優れたものに対して憎悪を抱くような人間ということを承知で、それで、ネスティをフリップにあずけて…?意味が、全然わからない。
「どう……して?」
 心から、そう感じる疑問。納得できる事が一つもない。パッフェルには疑問以外の言葉がでてこないのだ。
「……ここが『蒼の派閥』だから…僕が『総帥』だから、そうするしかなかったんだよ。そういう、昔からの決まりなんだ…」

 意味がわからない。全くもって意味がわからない。答えになんてなって無い。
「『蒼の派閥』が一体どういう関係がありますの?ネスティさんは……!」
 疑問を捲し立てて、パッフェルはハッとした。
ネスティが他の派閥の人と同等に扱われない要因となれば、それしか考えられなかった。先程みてしまった、衝撃の真実。ネスティの秘密。
「もしかして…ネスティさんが『融機人』だから、ですの…?」
「…!」

 エクスの表情が僅かに険しくなる。

「そのこと…知ってしまったんだね?パッフェル」
 パッフェルの口から
融機人という単語が発せられたのを聞き、エクスは深い溜息をついた。出来る事なら、知って欲しくは無かったと言うように。
「そうなんですの?ネスティさんが
融機人だから、なのですね…!?どうして融機人だからってそんな…」
「いいかいパッフェル、よく聞くんだ」
 エクスの言葉がパッフェルの問いをかき消すように強い口調で言った。
「『蒼の派閥』は召喚術の研究機関で有ると同時に…もう一つ大事な役割を担っているんだ」
「役割…?」
「そう…それが『融機人の管理』なんだ」
 そう言ったエクスの表情は、いつになくとても大人びてみえた。
「管理…といいますと?」
 パッフェルの問いより先にエクスは続けた。
「その昔…罪を犯した召喚師と融機人がいてね…。蒼の派閥でその
融機人の身柄を引き取る事になったんだ。それ以来、融機人は代々蒼の派閥で生活している
「それじゃ…ネスティさんて、生まれた時からここに…?」
 エクスは少し間をおいて頷いた。
「そう…彼はここで生まれ、この組織から出たことは無い。ネスティの親も、その親も…ずっと、先祖代々ね。そしてその融機人は…一番厳しく監視ができる者に代々預けるしきたりになっている」
 だから、フリップが選ばれた。総帥であるエクスが、フリップを選んだ。

「なんでそんなしきたりが…!?」
 わざわざ、一番厳しい人材に預けるなんて。監視するだけならそんな必要性を感じないというのに。
「人間に…
逆らわないようにする為だよ」
「!」
 愛らしい口から発せられた恐ろしい言葉に、パッフェルが表情を強張らせた。
「な…」
「融機人が人間に逆らったり逃亡を企てない為に…人間に対する忠誠心と恐怖心を幼い時から叩き込むんだよ。それが、『蒼の派閥』のもうひとつの役割なんだ。
…わかるね?パッフェル
 静かに、当然のようにそう言ったエクスの表情は、いつもの愛らしい少年の顔では無く、蒼の派閥を束ねる男の顔だった。
「そんな…」
「…君の言いたい事は、これでも良くわかっているつもりだよ」
 エクスはパッフェルの心中を察し、表情を和らげて続けた。
「できる事なら、彼を自由にしてあげたい…そう思っているんだろう?」
 真っ当な精神をもった人ならば、誰だってそう思う。
「でも、君には何も出来ない」
「!」
 そしてその胸中にある思いを、断ち切らせる。
「勿論…僕にも、ね…」
「………」
 『総帥』という立場上、可能な事も有れば不可能な事が有る。『総帥』が故に、貫かねばならぬ事が有る。それが己の意志とは反する事だとしても。それが、蒼の派閥の総帥としての彼の役目なのだ。
「ネスティを助ける事が出来る者は…君でも僕でも無い。だから僕達は、自分の役目を果たす事しか出来ない」
「………はい…」
 答えなど、一つしか求められていない。
「君は今日、フリップの不正を暴いた。それだけだ。…わかるね?パッフェル」
「…………」
 総帥の言葉を絶対とする、忠臣として。
「…はい」
 そう答えるほかに、言葉は無い。
「納得できないかい?…そうだろうね……でもそれでも構わないよ。それでいいんだパッフェル」
 まだ不服そうな パッフェルの頭を、エクスは子供をあやすように優しく撫でる。
「納得できなくてもいい…ただ、従うんだ」

 穏やかに、だが、強く返答を求める口調でエクスは言った。

「……仰せの通りに」
 そう答えるしかなかった。彼女の主人がそう命じるのだ。彼女には、そうするしか選択肢は残されていなかった。
 彼女もまた、『蒼の派閥』という組織の歯車のひとつにすぎないのだから。
「…それでは…私はそろそろ失礼致しますわ…」
「うん…御苦労様」
 任務は終った。
 報告も終った。
 パッフェルの仕事は終ったのだ。蒼の派閥の総帥の為に動くこの身としては、これ以上の滞在は意味のない事だった。まして、これ以上の無駄な会話こそ不必要。
「…パッフェル」
 立去ろうとするパッフェルに声が掛けられた。念を押すように。
「ネスティが融機人だということは蒼の派閥にとって最高機密事項…この事は決して口外しない事。わかっているね?」
「………はい…」
 蒼の派閥の歯車として、それは当然の事。
「勿論…マグナ君にも、だよ?」

 融機人にとって味方になる可能性をもつ者。救いの手。それを、決して与えさせてはならない。
「…………」
 蒼の派閥の歯車として。
「…はい…勿論です」
 派閥の秘密を護り、主人に従う。それが、融機人の唯一の望みを断つ行為でも。
 隠密のこの身は、ただ従うのみ…。
 
 


  







「ネスティさん…」
 旅先で野宿キャンプを張った夜。独りでたき火の番をしていたネスティの元に、パッフェルが歩み寄って来た。
「どうしたんだ?君が僕の所に来るなんて珍しいな」
 いままで、パッフェルはネスティとそんなに親し気に会話を交わした事はない。マグナやアメルならともかく、そんな彼女がネスティの横にそっと近付き無言で腰を降ろすのは、とても違和感のある行動だった。
「…なにか、あったのかい?」
「…………」
 珍しい人物が自分の所に来た事にネスティは驚きながらも、苦笑してはにかんだ。 女性が自分の傍によって来る事には不慣れなのだろう。いつも、男達に囲まれて暮らしていた彼だから。
「あの…」
「ん?」
 パッフェルは何かを言いかけて、言葉をとめる。あの日みた事は、門外不出の極秘事項。あの時の事は忘れていなければならない。
 だが、どうしても言っておきたい事が有る。派閥の隠密としてではなく、一人の、パッフェルという人間として。
「あの…」
 もう一度パッフェルはそう切り出すと、いつもの雰囲気とは違った大人びた穏やかな笑みで言った。
「きっと……もうすぐですよ」
「…え?」
 ネスティは何を言われたのか良くわからないという様子で、パッフェルを不思議そうにみた。
「私にあの人が現れたように…ネスティさんにだってきっと……ね?」
「…………」
 パッフェルは謎の多い女性だった。そんな彼女が、自分について何か知り、そしてそれを悟られないよう会話をしているのだろう事が、勘のいいネスティには読み取れた。
 おそらく彼女は、自分の秘密を知ったのだろう…と

「……だと……いいが…な」
 しらをきる事も無く、ネスティは自嘲した苦笑を漏らす。諦めきったその態度。期待する事を忘れた暗い瞳。
「ネスティさん…」
「…!!」
 突如自分を包み込んだ細い腕に、ネスティの身体がびくりと驚きをみせる。
「諦めたらだめです……信じて…待つんです!」
「…………」
 なぜか痛みを分かち合った友のように、その腕は優しくネスティを抱きしめ、母のように暖かく包み込む。こんなふうに女性に抱かれる事は、ネスティにとって初めてのことで。
 暖かくて、戸惑ってしまう。
「パッフェル…さん…?」
 なぜ彼女が、ここまで自分に親身になってくれているのか、ネスティにはわからない。
「さぁ…ここは私が見ていますから、ネスティさんは少し休んで下さい」
「え?」
 パッフェルは、今日もネスティが派閥に一時帰還したことを知っていた。
「しかし…」
「いいから!」
 パッフェルはネスティを立ち上がらせると、背中を押した。そして少し困惑しているネスティにいつもの明るい口調で言う。
「あ、もちろんただじゃありませんわよ?明日になったら見張り番分のお給料しっかり頂きますからね〜♪」
「な!」
 調子の良いその言葉に、ネスティは呆れたように溜息をついた。
「君は…あいかわらず現金な人間だな」
 随分優しかったと思えば、随分親切だったと思えば、 結局彼女のいきつくところはいつも金。
「うふふv世の中お金ですわよv」
「やれやれ…」
 明るくそういって笑う彼女の姿に、ネスティも苦笑した。
「それじゃ…少し休ませてもらおうかな」
「えぇ、そうして下さい。私のお給料のためにv」
 だるそうに歩くネスティの背を、戯けた声が後押しした。気兼ねなく休めるように、と。
「ふぅ…」
 ネスティを見送りたき火の前に残ったパッフェルは、ひとり溜息をつく。
「………不憫な子…」
 ぽつりと呟いた言葉は、誰にも聞こえない。

もぅ…はやく気付いてあげなさいよね…」
 膝を抱え、もどかしさを抱えたまま、パッフェルは燃え上がる炎を一晩中見続けていた。




 

end




 世にも珍しいパッフェルさんとネスのお話です。サモン2で彼女が仲間になったときは、むしろあの性格がうざくて嫌いだな、とすら
思っていたのですが、サモン3で彼女の過去がでてきてから、彼女の事が好きになりました。パッフェルが男だったなら、彼女の過去は相当の腐女子萌えですよ(笑)彼女もまた、笑顔の仮面で自分を偽りながら生きる人なのですよね。
 そんな彼女がネスの事を知った時、きっと何かしてあげたくなっちゃったんじゃないかなと思ったわけ。とても、自分に重ねてしまってね。でも自分の主人は蒼の派閥で…ってことで、結局は何もできないという。知ってるけど、知らない振り。そんなもどかしさをかいてみました。



2008.09.23

 

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