亡命者
襲って来たはぐれ召喚獣達を撃退したマグナ達は、何か役立つものがないかと戦利品を物色していた。少々恰好悪い行為と思われるかもしれないが、そんな綺麗事を言っていられる程彼らの旅は余裕のあるものではなかった。少しでも今後の戦況を有利にできるアイテムや武器、召喚獣が欲しい。死ぬか生きるかの、死活問題なのだ。
「ネス、これ見て!」
そんな中何か見つけたのか、とある召喚獣の落としていった物を拾い上げマグナはネスティを呼び止めた。
「これ、機属性の召喚獣が宿ってるんじゃないかな?」
「どれどれ…」
マグナは何かの機械のパーツのようなものをその手にもっていた。それをネスティに差し出して見せる。
「見た事ない物だな、何かのモーター部のようだが …うん、何かいるかもしれないな」
召喚獣はその宿る物によって大体の属性を判断する事が出来る。機械の部品ということは、マグナの言う通り機属性の可能性が高いのだ。
「ね、契約の儀式してみようよ」
機属性ともなれば、ネスの分野だ。それは彼自身もまた『機』の属性を秘めていることも関係しているのだろう。その事は今はまだ、味方の誰も知らない事なのだが。
「……そうだな、やってみよう」
今は少しでも強力な召喚獣が欲しい所だ、試してみる価値は充分にあった。ネスティはその部品を地面に置き、それを中心に魔法陣を描く。
「ネスティバスクの名の下に契約を行う…宿りし召喚獣よ、我の前にその姿を現したまえ!」
契約の口上を唱えると、その部品から空間をゆがめるようにして何か大きな影が現れて来る。そしてそれはすぐさま上空に舞い上がり、頑強な機械兵士の姿として浮かび上がった。
「うわ、すごい強そう!ネス、早くこの召喚獣と契約結んじゃおうよ?」
重装甲の強靱なボディ、それでいて俊敏そうなバランスの良い下半身、両腕に装備された強力な武器…それは何をみてもとても強さを滲み出させる魅力的な召喚獣だった。
「………」
だがネスティは、儀式を続ける事もなく無言でその姿を見つめていた。
(なんだ…?)
ネスティの額に嫌な汗が浮かび上がる。もやもやと胸に拡がるこの感覚。
(僕は……この召喚獣を知っている…?)
見た事はない。『ネスティ自身』は見た事がない。だが…ネスティの『記憶』はこの召喚獣をどこかで見ている気がする。ネスティは過去の記憶を検索しはじめる。
「…ネス?どうしたの?」
「…!」
そのまま一向に儀式を続けようとしないネスティにマグナが不思議そうに声をかけると、ネスティは検索を中断し我に帰ったように数度まばたきをした。
「あ…いや、なんでもない」
何かがひかっかる…だがたしかに強そうな召喚獣なのだ、契約しない手はないだろう。
「ホラ、早く契約!」
「あ…あぁ、そうだな」
召喚獣はいまだ自分が召喚されたことを把握出来ていないのか、周りを見回し状況を探っている様子だ。この様子なら簡単に契約を結べるだろう。
「召喚されし機界の住人よ、ネスティバスクの名の下に今契約を結ばん…!」
ネスの契約の口上が再開される。
「…ケイヤク…?貴公ハ我ヲ召喚セシ我主人カ…」
それを聞き自分が召喚されたことを理解出来たのか、その機械兵士は初めて『主人』の姿をその視界にとらえた。
「……認証開始…」
機械兵士の頭部にある目のような蒼い光が数度点滅する。
「我主人…ねすてぃ…ばすく……」
機械兵は主人の名前を復唱するとネスティの存在を確認する。青い目から放たれた光がネスティの全身をスキャンするように上下に動き、その存在をインプットしているようだ。だが、その作業の最中の事だった。突如機械兵の瞳が黄色く光った。
「警告シマス…でーたニ不正アリ偽名ト判明、スキャン…同族ト確認、リスト登録でーた照合開始シマス…」
「な…!?」
契約は正常に終了しなかった。事実上、契約を拒まれたのだ。数多くの召喚獣と契約を交わして来たネスティにとっても、これは今までにないケース。普通ならば有り得ない事だった。そう、『ネスティ』でなければ…有り得ない事だった。それだけこれは特殊な状況。
「な…なに?どういう事?」
そして、それと同時にネスティの記憶の検索が再開され過去のデータを導き出す。
「……!」
ネスティの全身に汗が沸き上がった。ネスティは記憶を見つけたのだ。思いだしたのだ。この機械兵士が、『何』なのかを。そして…どこで見たのかを。ネスティは彼を知っている。そして彼もまた…ネスティの一族を知っている…!
「ま、マグナ…契約は失敗だ、ここから離れるんだ…!」
「え?なんで?」
ネスティは焦るようにマグナを魔法陣から遠ざけさせようとする。この機械兵士が何なのかを思いだしたとなると、彼がこの後どう行動するかも、当然見えて来る。
「…でーた一致、99.9%ノ確立デ…」
彼が何を言おうとしているのかさえも。
「行くんだ…早く!」
だから聞かれたくないのだ。マグナにだけは…。
「…え??」
「早く離れ…」
「なんで?なんで契約できないの?どうなってんの?」
「いいから早く…!」
そして動揺するネスティを嘲笑うかのように、それは非情に告げた。
「亡命者らいる一族ト判明!!」
「ーー!!」
それは誰にも知られたくは無い、ネスティの傷痕。
「任務…実行シマス!」
そして機械兵士の瞳の光が赤く光ったかと思うと、機械兵は突如ネスティに襲い掛かって来た。
「第一級重罪人ヲ…直チニ捕獲連行セヨ…!」
「ーーーーーーーー帰界!!」
向かって来た攻撃とその言葉を打ち消すように、ネスティは召喚獣をかき消した。ゴゥ、と風がまきあがり召喚獣は一瞬にして跡形もなく消え去っていた。彼の元いた世界、ロレイラルに強制的に送還されたのだ。
シン。と静けさが辺りに漂う。
「………」
「………」
その場に立ち尽くした二人は暫く沈黙を破る事が出来なかった。呆然とするマグナと、そしてネスティ。
だがその沈黙をネスティが自ら切り開く。
「……まったく」
ネスティはあきれたように大きく溜息を一つ、つく。 わざとらしい程に。
「君が得体のしれない物で召喚しようなんて言うから…暴走召喚獣なんてのがでてくるんだぞ!?」
「え?あ…今の暴走召喚獣だったの?あ、そっか、そうだったんだ?うあ〜ごめんなさい…」
目の前でおきた出来事が何がなんだかわからないという様子だったマグナは、暴走した召喚獣を呼び出してしまったんだと言う事を聞いてようやく状況を理解できたのか、済まなそうにネスティに素直に謝った。
「………いや…いいさ、もういいんだ」
ネスティはそんなマグナから伏目がちに視線を逸らす。
(すまないマグナ…本当は君のせいじゃない…)
罪をマグナに着せていいのがれをした罪悪感。だがそうでもしないと、今目の前でおきた現象を誤魔化す事など出来なかったのだ。
(悪いのは…僕だ。僕の一族なんだ…)
かつてロレイラルの機械技術を無断で持ち出して亡命を謀った一族、ライル。 先程の『彼』は機界ロレイラルの秩序を守る守護兵士…つまりは、警官だ。自分達の世界の主人でありながら、自分達を見捨て、重要な技術をことも有ろうに敵対世界に持ち出すなど、彼らにとって見過ごせる罪ではない。機界を脱出するまで、彼らによるライル追跡はそれはもう執拗なものだったのだ。やっとの思いで機界からの脱出をしてきたライル一族…それがネスティの先祖だった。
(迂闊だな…僕は)
ロレイラル出身でありながら、ロレイラル系の属性を召喚するなど、本来危険極まりない行為ではないか。当時のライルを知っている召喚獣が召喚されるかもしれないという可能性を、どうしていままで重要視していなかったんだろうと思う。たしかにもうそれは遥か昔のことなので、当時の守護機兵など殆ど機能を停止していてもおかしくは無い状況だった。とはいえ、今回のケースで当時のままの状態の良い機体が僅かに残っているという事実が判明してしまったのだ。彼らはその機体が朽ちるまでその任務を実行するだろう。ライルを追うだろう。重罪人の末裔である、ネスティ・ライルを。
このまま機属性の召喚師を続けていることが、どれ程自分にとって危険な事であるかをネスティは把握せざるを得なかった。
「ネス…大丈夫?疲れた?」
少し青白い顔をして黙り込んだネスティに、マグナが心配そうに声をかける。
「え?…あ、いや、大丈夫だ」
だが彼を…マグナ・クレスメントを守っていく為には、機属性の協力な召喚術を操る事は必要な事。体力的に戦う事の出来ないネスティに残された、唯一の強力な戦闘術。選択の余地など無い。
「……行こう、か」
たとえ危険でも、そうするしか道は無い。
「うん」
犯罪者、亡命者、裏切り者、全ての汚名と罪と罰を受け継ぎながら、許された僅かな時を彼を護る為に…最後のライルとして。
「………ねぇ、ネス?」
「………ん…?」
「なんでそんな難しい顔してるの?」
「…………」
全てを打ち明けてしまえればどんなにこの胸中がかるくなるだろう。だけどそれは、自分の胸の重みを彼に擦り付けてしまう事に他ならなくて。
「…なんでもないよ」
気付いて欲しくて、でも気付かれたく無くて。だからこのままの状態で保つのが、たぶん一番良いのだと…ネスティは思う。
「…………」
そんなネスティを無言で見つめ、マグナは前を歩くネスティのマントをついと引いた。
「…?」
ネスティが歩みを止め振り返ると、 いつになく真面目な顔で
マグナがネスティを見つめていた。
「俺…時々ネスが何考えてんのか全然わかんない。ネス、俺に何を隠してるの?」
「マグナ…」
ネスティが困ったように視線を落とす。マグナは馬鹿じゃない。ネスティの茶番に気付いていない訳など…無かった。
「でも…」
マグナは困り果てているネスティにいつものように笑いかける。
「俺、何があってもネスの事信じてるから」
「ーーー!」
驚いたように顔をあげたネスティにマグナの笑顔が飛び込んで来る。
「だからーーー」
マグナは掴んだマントをぐいと引き寄せると、倒れこんだネスティを抱き締めた。
「そんな顔しないで、ね?」
自分を抱き締める唯一のこの腕。唯一の…居場所。その暖かさにネスティの瞳が潤む。
そんな彼に嘘をつき続けなければならない辛さに、押しつぶされそうになる。
「……あぁいたいた、どこいってたのおふたりさん!こっちこっち!」
「!」
二人を探していたのか、フォルテが丘の上からこちらに向かって手を振っている。
「さ、行こうネス!」
「…………あぁ」
マグナはそのままネスの手を握ると仲間の元に走り出した。
少しづつ、少しづつ嘘の露呈に向かって歩き続けるこの旅で、きっと自分は耐え切れずに壊れてしまうだろう。今ここで共に旅をしている仲間と呼んでいる存在は、本当に仲間のままでいられるだろうか。所詮彼らは…人間なのだ。ネスティの中に終る事のない迷いと疑問が渦巻く。
「…ネス?」
一瞬、歩みを止めたネスティにマグナが振り替える。
「…いや、なんでもない。行こうマグナ」
ネスティはマグナの手を強く握り返すと、その顔に笑みを浮かべ答えた。
全てを知ってもこの腕が今と同じように自分を抱きしめてくれると…今はそう信じて。
end
魅夜がずっと思ってた疑問、自分の事を隠してた時期にライルの存在を知る機属性召喚獣を召喚しちゃったら、ネスはどんな反応するのかなぁと。そういう心配なかったのかな?実際どうなんでしょ。
魅夜こういうことばっか考えちゃうんですよ。
2005.08.13