「どうして…どうして皆ッ、…手塚部長の事が心配じゃ無いの!?」
カチローは叫んでいた。
自分でもわけが解らなくなる程、腹がたっていた。
自分はこんなにも心配でたまらないというのに。
あの人の事を考えると
こんなにも
苦しいというのに…
『憧れの人』
「何そんなにピリピリしてんだよカチロー!」
頭に血を昇らせているカチローに、堀尾が困ったように呆れたように言った。
「何を、だって!?」
カチローは堀尾を睨みつける。
「決まってるじゃない、昨日の手塚部長のあんな姿を見て…誰も心配していないなんて、おかしいんじゃない?酷すぎるよ!?」
昨日、手塚が怪我をした。部員皆の見ている目の前で手塚は傷めた肩を悪化させ、その結果は…無敵の手塚の初めての敗北。それは青学テニス部にとって、ただ事では無い出来事のはずだった。
そして翌日の今日、当然朝練に手塚は来なかった。容体が良く無い事は明白…だがカチローのような下っ端の一年部員に、手塚の容体など優先的に教えてもらえるわけがない。上の者が口を開いてくれなくては情報を得る術がないというのに、レギュラー陣も、三年の先輩も、誰も手塚の話題には触れない。これではカチローのような一年が手塚の容体を知る事は出来ない。第一にまず、それが焦れったい。
そして、荒井だ。手塚を心配しないだけでは無く、手塚の怪我を自分がレギュラーになれるチャンスとまでに言った荒井。そんな彼が、腹立たしい。
「だからって荒井先輩とあんな約束…勝てっこないぜカチロ〜!?」
あまりにも頭に来たカチローは、勢いのまま荒井と勝負する約束をしていた。負ければ、テニス部をやめなくてはならない。
「絶対勝つ!手塚部長の怪我を空いたレギュラー枠にしか見て無い荒井先輩になんて、絶対負けないんだからッ!」
「だからさ、皆心配して無いわけじゃないんだよ。荒井先輩だってさ、口に出さないだけなんだよきっと。ああいう性格じゃない、ね?」
「そうそう!」
カツオがまぁまぁとカチローをなだめながら、波風がたたないように仲裁にはいった。
「違う!荒井先輩は本気で部長の事を踏み台にしようとしてるよ!わからないの!?」
口には出さないだけ、とはいうけれど、今日の朝練は本当に…カチローには不愉快だった。まるで手塚の怪我の事にふれるのが禁句のように、誰も手塚の事を話していない。昨日、あんなに部が一体となって応援したその人を、部の為に自らの肩を犠牲にしたその人を…みんな話題から消そうとしている。そんな時に唯一出た話題が…荒井のそんな内容だったなんて。
「まぁとりあえず落ち着けって!」
「だって…だって心配じゃない…?あんなに…あの部長が……あんなに痛がってるの、見た事ある?」
「ない…けどさ…でも…、あ、ホラ、あの後いつものクールな顔で越前の試合見てたじゃん?きっと休んだらそんなに痛く無くなったんだよ、たいした事なかったんだよきっと!」
「我慢してたに決まってるでしょ?大会終わったらすぐタクシーで急いで病院行っちゃったじゃない!」
「え〜…まぁ、そうだよな…うん…」
ココは一つ、部長はきっと大丈夫、とカチローに思わせようと試みる堀尾だったが、脆くもその思惑は崩れ去る。その様子を見てカツオが、だめだなぁと苦笑する。
「ねぇカチロー君、僕達だって手塚部長のことすごく心配なんだよ?」
「………でもっ」
「そーそー。でもよ、誰も言わないからさ、なんかその話題しづらいじゃん?」
「………うん…」
「落ち込んでばっかりいても、しょうがないしね?皆きっとそんな感じなんだよ」
「……ん…」
カツオと堀尾になだめられながら、カチローはようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。皆心の中では手塚の事を心配している、そう思いたい。自分のように、きっと胸の締め付けられるような思いをしているものだと。キリキリと痛むこの思いを。自分だけが、異常な感情なのでは無いと思いたい。
「ところでさ…ホントに荒井先輩との試合するの?」
カツオが心配そうにカチローに聞いた。
「するよ…!」
カチローは躊躇う事無く言い切った。
「手塚部長…部の為に、僕等皆のために頑張ってくれたのに…その部長を侮辱するような事言った荒井先輩だけは絶対許せないもん!」
「でもよ〜気持ちわかるけど…」
その時。
「…それは違うんじゃない」
突如、彼らの会話に割って入る人物がいた。
「!?」
「リョ−マ君!?」
それはリョ−マだった。いつのまにか三人の後ろにはリョ−マがいたのだ。
「越前、お前いつの間に…」
「それより何が違うって?」
教室に忘れ物を取りに戻ってきたらしいリョ−マは、教室の入口にたむろしていた三人の真ん中を割って教室に入る。
「部長、部の為にやったんじゃないよってコト」
「え!?」
リョ−マの台詞を聞き、三人は追う用に教室になだれ込んで来た。
「どういう事だよ?」
「部長は青学テニス部の部長として皆の…」
「だから違うよ、それ」
リョ−マは机からクリアファイルを取り出しながら言った。
「あの人は、自分の為にやったんだ」
「ほぇ!?」
「部長は部なんか無視して、自分の我侭でやったんだよ」
「ええぇッ!?」
「ちょっとリョ−マ君、それってどういう…」
「その言い方は酷いんじゃないかなぁ?いくらなんでも…」
リョ−マの後を追い掛けまわすように三人は教室の中を付いてまわる。
「そうかな?だって…」
リョ−マは立ち止まって三人に向き直ると、言った。
「部の為なら、フツーあそこで棄権するんじゃない?今後も試合、あるし」
「え…」
「控えが確実に勝てば良い、それだけの事でしょ?」
それは明らかに、どうせ控えの自分が確実に勝つんだからさ、というニュアンスを含めていた。
「で…でも…」
「だってさ部長が最初倒れた時、あそこでやめればいいのにって皆思ったんじゃない?」
「え?…う、…うん…思った…」
「それが部の意志ってもんなんじゃないの?それでも無視して続けた結果なんだからさ…」
カチローは、その後のリョ−マの台詞に、一瞬耳を疑った。信じられなかった。
「自業自得なんだよ」
「ーーーー!!」
リョ−マはそう言い残すと、教室を出て行ってしまった。
「……っ……ッ!」
「か…カチロー?」
カチローは体を震わせ、立ち尽くしている。その顔からは、大粒の涙が幾つも転がり落ちていた。
「……ど…い…ッ!」
「カチロー君…」
「そんな言い方…酷いよリョ−マ君…ッ!」
「あッ、カチロー!?」
カチローは、そのまま教室を飛び出していった。
「信じられない…!手塚部長のベンチコーチまでさせてもらえた君が、部長にそんな事いうなんて…ッ!一年なのに手塚部長に気にかけてもらえる君が…そんな事言うなんてッ!!あんなに部長の側にいる事を許されてる君が…部長の心配をしないなんてッッ!!」
カチローの頭の中は、リョ−マへの失望と罵倒で溢れかえる。
「……ずるい…、ずるいよリョ−マ君ッ!」
そして、その思いはカチローの深層心理に眠る本心を導き出す。
「ボクなんか…部長に話し掛けてももらえないのに…側にもいけないのに…心配したって…叶わないのに…ッ!!どうして…こんなに心配しているのに、苦しいのに、どうして部長の側に行けるのはボクじゃないんだよっ…!!」
そしてカチローは気付いてしまう。この胸の痛みは他人とは違う事に。この胸の痛みは…部長を心配する部員の気持ちなどでは無い事に。
これは嫉妬だ、嫉妬してるんだ、リョ−マに。部長が心配なのは事実だけど、この気持ちはそれだけじゃない。部長の側にいけない事に苛立っているんだ。部長の側に行くのを許されている人間が彼を罵倒し、こんなにも近付きたいと願っている自分にその権利など無い事を知っているから。
だから…嫉妬。
教室を飛び出し、校舎を飛び出し、授業をサボり…そして、川辺で泣き崩れるように脚を止めた。
「手塚…部長……ッ!」
あなたの側に行きたいのに。
「部長…っ」
たとえ僕が側に行っても、あなたには僕など見えない。
「こんなに…心配しているんです」
僕がどんなに心配していても
きっとあなたは嬉しくなど思わない。
「こんなに…想ってるんです…あなたのことを…」
あなたにとって僕は何の価値もないモノ。
部員の一人。
部品の一つ。
「手塚部長……」
あなたは近付けない高嶺の花…。
「………こんなに…好きなのに…」
それでも、こんなに焦がれてる。
「こんなに…愛してるのにッ…! 」
小学校をあがったばかりの少年は、初めての胸の痛みにただ泣き崩れた。
end
2004.08.16
カチロー×手塚です。略してカチ塚?聞いた事ねぇな(あるのかなぁ?/笑)
いつだったかのアニメのオリジナルの話みてて、ものすごいカチ塚を感じた時に書きました。 たしか跡部手塚戦の翌日の部活とかの話だった気が。えーと、とりあえずこの話は珍しい事に純愛シリアスです。所詮一年、お子様ですからね(リョ−マは別)
…ですが、これは今後の伏線だったりします(ニヤリ)
まぁようするに、カチ塚『裏』もアリだよね?って事です。地下二階を見て頂ければその意味がかわるのではないかと(笑)