対氷帝戦、跡部との試合で怪我を悪化させた手塚は、単身ドイツに渡り療養とリハビリの日々を送っていた。幸い、経過も順調なので自主トレや体力作りも再開し、最近では軽度にならテニスをすることも出来るようになった。もちろん、肩に負担をかけない為に医師やトレーナーによる規定も多く、長時間のプレイは当然禁物。だが、間違い無く手塚の容体は回復に向かっていた。
今日も、手塚は夜のランニングにとドイツの郊外を走る。医師からはあまり無理をするなと言われているが、ランニングならそう肩には負担はかからない。腕を鍛えられない分、手塚は柔軟や走り込みなどで下半身の強化に力を入れていた。
「………ふぅ…」
自分の定めたコースを半分程まわった頃、手塚は駆ける足を緩め少しづつ歩みにかえる。今日は気候も暖かく体調も良かったのでいつもより長くコースを設定したのだが、少々調子に乗り過ぎたようだ。陽が暮れても意外に落ちない気温と疲労で予想外に息が上がってしまった。それに肩が少し熱く感じる。無理をして走って肩に余計な力が入ってしまっては困る。手塚は医師の指示通り無理をせずに少し休む事にした。
「たしか、近くに公園があったな…」
そこには水の綺麗な水飲み場があったはずだ。手塚はそこを休憩地にしようと考えた。
「公園……そういえば…」
手塚は、ふと出掛けにトレーナーが何かいっていたことを思い出す。
『クニミツ、今日も走りに行くのか?』
『はい、今日は調子も良いので少し多めに走ろうかと思っています』
『そうか、でも無理をするなよ。……あ、もしかして今日もB.Lストリートを通るつもりか?』
『そのつもりですが』
『今日はB.Lストリートの公園には行かない方がいい』
『公園は横を通り過ぎるだけですから、寄るつもりはありませんよ』
『そうか?それならいいが…くれぐれも公園には入るんじゃないぞ』
『公園がどうかしたんですか?』
『いや…まぁ…その、あれだ、とにかく気をつけていってこいよ』
『はい』
…と、そんな会話をかわしていたのだった。だがこの付近に水飲み場があるのはその公園のみ。あいにく自販機もこの通りを抜けなければないのだ。大分息の上がった手塚の身体は早急に水分を欲している。
「……水を飲んだら、出てくればいい」
公園に行くなとはいわれていたが、手塚はその忠告をあえて心に留めつつ、公園に足を踏み入れた…。
カーニバル
ガサ…
半丁程先にある公園の入口から入るのも億劫になり、手塚は生垣の隙間から公園内に入る。
「OH!」
「!?」
公園内に入った途端、すぐ脇に驚きの声をあげる人影を感じた。
「あ…っ!?そ…sorry!」
手塚もその人影に驚き、慌ててその場を走り去る。
(びっくりした…)
ここはドイツだというのに咄嗟に英語で謝った事に後で気付いたが、この際それどころではなかった。
それはただの人影ではなかったのは手塚にもすぐにわかった。いわゆる、夜のデートをしているカップルだったのだ。人目につかない場所に忍んでいたのを邪魔してしまったようだ。悪い事をした。
(しかし…開放的な国なのだな)
先程の光景に内心ドキドキしながらも無表情のまま、手塚はすぐ前の広場に足を運び、他には目もくれずにまっすぐに水飲み場にかけよると蛇口を捻った。綺麗な水が溢れ出す蛇口に顔を近付け、動揺を落ち着けるように冷たい水を一気に飲み干す。喉を通る冷たい感触に、ランニングの疲れと先程の動揺が次第におさまっていく。一心不乱に水を飲み耽っていた手塚は、乾きが満ち足りると水を止め顔をあげた。
(それにしても…こんな時間だというのに、なんだか人が多いな)
冷静になってよく見ると、あちこちにカップルやら散歩中らしき人影が見える。たまに立ち寄る公園ではあったが、こんな陽が暮れてからも人が多い場所だとは知らなかった。それだけここは皆がおちつける憩いの場所なのだということだろうか。トレーナーがここにくるなといったのは、そんなカップル達の邪魔をするなとでも言いたかったのかもしれない。
(さて…残りを走ってしまうか)
用は済んだ。手塚は公園を出ようと勢い良く振り返り駆け出そうとした。
ドン!
「!」
その途端、手塚は何かにぶつかって後ろにバランスを崩し、地面に尻をついてしまう。
「…Sorry」
今度は、誰かが手塚にそう言った。見上げると、肌の濃い色をした男性が倒れた手塚を覗き込むようにしゃがみ込んでこちらに手を差し出している。
「Are you OK?」
言語は英語だ。手塚が外国人だから気を使って英語で話しかけてくれたのだろう。ドイツ語も少しはわかるようにはなったが、やはり英語の方が手塚にはなじみやすい。どうやら『大丈夫か』といっているようだ。
「…No problem」
手塚は発音の良い英語でそう答えると、笑みを浮かべ(※本人はそのつもり)てその手に応えた。その言葉を聞き、その男性はにっこりと微笑んで手塚の手を掴み、手塚の身体を引き起こしてくれた。
「Thank…!?」
礼をいいかけた手塚の身体が、更に強く引っ張られる。
「な…!?」
大柄な手塚には滅多に感じる事のない浮遊感。そして、気付けば手塚はその男にお姫様だっこで抱えられていたのだ。
「な…な…っ!?」
なにがなんだかわからないでいる手塚を、その男は軽々と抱いたまま歩き出す。男は手塚が足を怪我したとでも思ったのだろうか。それとも、手塚の英語が何か間違った使い方をしていたのか。
「ちょっ…一体何!?…まっ…えっと…す…Stop!Please
stop!!」
あまりにも動揺しすぎて、おろしてくれという適切な英語が出てこない。手塚は咄嗟に頭に出て来た単語を口にしていた。
「…Here?」
その意思は通じたのか、男の足がピタリと止まる。男は素直にその場に手塚を降ろしてくれた。手塚は今度はちゃんと英語が通じた事にほっとする。だがそれもつかの間、地面に降ろされた手塚は今度はそのまま地面に押さえ付けられてしまったのだ。
「え…?」
いきなり抱かえられたかと思ったら、今度は組みしかれている自分の状況に手塚は呆然とした。いや、のんきに呆然としている場合ではない。
「な…何をするんですか!?」
「…?」
日本語で抗議しても、相手の男は日本語に縁がないらしく、全くわからずにいる。それどころか、その手は手塚の身体をしきりに触って来るのだ。
「やめてくださ…!」
その手を振りほどこうと身を捩った時に見えた景色に、手塚は急速に自分の置かれている状況を把握させられる事になった。
そこには先程手塚がお邪魔してしまったカップルが見えた。さっきは咄嗟に判断出来なかったが、それはどうみても二人とも『男』なのである。それに良く見るとあちこちでガサガサドタバタとなにやら組み合っている人影…。
(これは…もしかして…っ)
外国はとても開放的だ。日本よりも堂々と同性愛者が愛を語らっている。そして、そんな彼らの集う祭りも存在するのを手塚は聞いた事があった。祭といえば聞こえがいいが、実質、乱交パーティーに近いらしい。
そういえば、それが開催されているのはこの国で、この辺りの時期だったかもしれない…
(まさかッ…!?)
なぜ今日この公園に来るなと忠告されたのか、手塚はそれを今になって理解する。今日こそがその祭りの日で、此所こそがその会場だったのだ。まわりにいた人影、それは勿論散歩をしている通行人などではなく、相手を探して彷徨う男達だったのだ。言葉とは難しいものだ。どうやら、先程手塚は転んだのを『大丈夫か』と聞かれたのでは無く、『お相手宜しいか?』と聞かれて『全然問題ありません』と答えていたらしい。
手塚の表情が何時にもまして強張り、血の気が一気に退いていく。
「ち…違います!これは誤解です!俺は違います!俺は通りすがりの通行人で…そういうのではありません!!」
必死になって弁解をするが、日本語が通じないのだから全くの無駄。男は構わず手塚のズボンに手をかけていた。
…はいここまでv
ブラウザの戻るでお戻りください。