蒼の監獄<先輩>


「はぁ……」

 体が重く、痛む。
 フリップの部屋から自分の部屋までの、たったそれだけの距離が酷く遠く長く感じられる。今日はもう、限界だった。だがもし今ここで不運にも誰かに会ってしまったなら、その人物の部屋に連れ込まれる事を拒否する事はネスティには出来ない。 ネスティは誰にも遭遇せずに無事に部屋にたどりつける事を願った。
「…ネスティ?」
「!!」
 だがここは、そんなネスティの願いなど叶うはずもない派閥の中。呼び止められた声を無視して通り過ぎる事など許されない。ネスティは溜息をつくと足をとめ、声のほうにゆっくりと顔をむけた。
「あぁ…やっぱりネスティか」
「…ギブソン…先輩?」
 そこにいたのは、ネスティにとって先輩にあたる召喚師のギブソンだった。違う師の下に付いている為、そう頻繁に顔をあわす人物では無いが、この派閥に昔から…そう、ネスティが鎖から解かれた時からここにいる男だ。ここに来た当時はまだ幼い見習いの少年だったが、その実力は昔から他の研修生より抜きん出ており、若くして上級召喚師になった。派閥内でも一目置かれているサプレスのSクラス召喚師だ。人柄も良く温和で、その上理知的で適確に物事を判断する策士でもあり、融機人であるネスティですら密かに心ひかれる存在だった。
 ネスティを呼び止めたのは、そんな憧れのギブソンだったのだ。
「どうしたんだこんな時間に出歩いて?一人かい?」
「………はい」
 だが、彼とて『蒼の派閥』の人間。
「…少し、私の部屋に寄っていかないか?」
 そう…派閥の人間なのだ。 まして上級職の人間。ネスティがこの派閥にいる理由を、知らないはずはないだろう。
「……………は…い」
 ネスティは暗い瞳で微笑し、ギブソンに招かれるまま部屋へとついていった。

「紅茶で良かったかな?」
「…ありがとうございます」
 暖かい紅茶を手渡されながらも、ネスティはどこか落胆の色を覗かせる笑みで対応していた。
 今まで彼に抱かれた事は、ない。
 派閥で召喚術を習う生徒達は、最初はネスティにそれなりの視点で接してくる。だがひとたび昇格し召喚師になった途端、ネスティが『何』かを知り、ネスティに対する態度は豹変するのだ。それまで可愛がってくれていた先輩も、みな『蒼の召喚師』になると他の先輩召喚師達と同じように挙ってネスティの凌辱に加わっていった。ここはネスティにとってそういう世界だった。
 だが、ギブソンだけは違ったのだ。彼は『蒼の召喚師』に昇格したあとも他の人間とは違い、ネスティの体を求めてこなかった。 他の人間と違い、ネスティに暴力を振ったりはしなかった。それまでと同じ様にネスティに接してくれた、唯一の『先輩』と呼べる男だった。
 その男に今日、部屋に呼ばれたのだ。
「あなたも…やはり派閥の人間なのですね」
「フ…何をいっているんだ?当然だろう?」
「…そうですね…」
 何を期待していたのだろう、とネスティは自嘲する。彼だけは自分に同情してくれているのではないか、と思ってしまっていた。それは自分が都合の良いように彼を美化していただけだったのだ。彼も、他の派閥の人間となんらかわりがない。この派閥に、自分の味方などいるわけなどないのに。
「私が部屋に呼んだ理由はもうわかっているんだろう?ネスティ」
「………」
「さぁ…自分で脱ぎなさい」
「………」
 無言でうつむいたまま、ネスティは体を硬くしていた。本当ならば、素直に返事をして言う事をきかなくてはならないのに、ネスティの心はそれを拒んでいた。いつものように、他の派閥の人間と同じように接すれば良い、それだけなのに、ネスティの硬くなった体はいつものようには動いてくれない。
「どうした?そういうつもりなら…少々手荒だが力づくでも脱いでもらうぞ?意地をはらずもう観念するんだネスティ」
 少し語調を強めたギブソンが、黙っているネスティの上に乗り掛かる。ネスティに表立った抵抗の意思は無い。ただ心だけが、否定を求めていた。ギブソンがネスティの足を掴んでグイと引くと、仰向けに倒れたネスティの足はギブソンにむけて自然と開かれた。

 

 

 

…はいここまでv
 
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