あなたは僕に何もしない
他の人と同じように扱ってくれれば
憎んでしまえるのに
あなたは僕に何もしてくれない
僕が何をされているか
知っているのに
わかっているのに
それでもあなたは何もしてくれない
あなたが僕に与えてくれるのは
情に満ちた眼差しだけ
その瞳を暖かく思い
疎ましくも思う
だから僕は何もいいません
何も求めません
貴方が僕を助けてくれる事は
きっとないのでしょう…
蒼の監獄<父>
「ネス、戻っているのかい?」
部屋をノックするのは、ラウル師範だ。
「…はい…」
ネスティは弱々しい返事を返す。だがその声に警戒心はない。彼が自分に危害を及ぼさない人物だということを知っているからだ。この組織で唯一、ネスティの素性を知りつつ、他の派閥の人間のような事を何もしてこない人。
「そうか…ちゃんと戻っているんだな。それじゃ…おやすみネスティ」
「…はい…おやすみなさいラウル師範」
そして全てを知りながら、何もしてくれない人…。
ネスティは汚れた体で部屋に座り込み、扉の向こうの足音が遠ざかっていく音をずっと聞いていた。
何も求めず、何も訴えず、ただ…聞いていた。
「夜分すまない、いるかね?」
部屋をノックするのは、ラウル師範だ。
「…ラウルか、何用だ…?」
フリップは扉を少し開け、疎ましそうに返事をする。フリップとラウルは同じ師範という立場でありながら、仲があまり良い方ではなかった。要因は、フリップの性格によるものと、もうひとつ。
「フリップ…ネスに、また何かしたのか?」
ネスティ・ライルという人物の事で、だ。
「…貴様には関係なかろう」
こんな時間に用かとおもえばそんなことか、とばかりに素っ気無く言葉を返しフリップは早々に扉を締めようとする。
「ネスにちゃんと薬を渡しているのだろうな?ネスに薬を与える事は管理者としての御主の役割だということはわかっているだろうな?」
その扉が締まらぬように足をかけて止めると、ラウルはもう一度フリップに問う。
「……ふん、見れば解るであろう?やつは死んでいないであろうが?」
薬を飲まねば、死んでしまうネスティ。その彼が今尚生きているということは、薬を飲んでいるという事。
薬を貰っているのは見れば解る。問題なのは、どのようにしてネスティに薬を与えているか、なのだ。
「管理者は私だ、ラウル。貴様ではない。部外者が口を挟む事では無いぞ」
ネスティの必要とする薬を自由に扱う事のできる権利を持つものは、この派閥の備品管理をまかされているフリップだけだった。他の者が薬に触れる事も、ましてネスティに与えてやる事も出来ない。それはこの派閥の総帥エクスが決めた事であり、誰も逆らう事は出来ない。
事実上、ネスティの命はフリップが全てを握っている。むしろ、ネスティは彼の管理する『備品』の一部なのだ。
「どうした、何か言いたそうだな?んん?ラウル?」
フリップが馬鹿にしたように微笑する。いくらラウルがネスティのことで何かいってこようと、自分のほうが立場が強い事を良く知っているからだ。
「…………」
派閥の中に代々囲われている融機人の最後の一人、ネスティ。罪人の末裔、ネスティ。だが彼はまだ10代のただの子供なのだ。この大きな組織の人間の、欲望と鬱憤のはけ口にされる為だけに生かされているのは、あまりにも惨すぎる。たとえそれが組織内の常識であっても、義務であっても、だ。ラウルはそんな思いから、他の人間達の様な接し方をネスティにすることができなかった。ラウルにとってネスティは、融機人などということは関係なく、ただの可愛い弟子なのだ。
自分だけは彼の味方になってやりたいと思い、護りたいと思い…そして、いつしか助けたいと願うほどに。だがこの組織に在籍する以上、その意向を表に出す事は出来ない。
「…いや、ちゃんと薬を与えているのならば…何も言う事は無い」
だから、フリップがネスティに凌辱していることをしりながら、何も口を出す事は出来なかった。フリップは総帥の決めた管理者なのだから。なぜネスティの管理者が自分では無くこの男なのかと、ラウルは恨めしく思う。
「ふん…」
言い返せないでいるラウルを勝ち誇った目で見下し笑うと、フリップは扉を閉めた。
「フリップめ…」
ラウルはくやしそうに閉じた扉を睨み付ける。
フリップとラウルは、仲が良く無い。其の為、フリップはラウルがネスティを庇護しようとしていると気づくと、かえってラウルの目に着くようにネスティを虐待するようになった。そしてラウルが自分に何も言えないのを見て、優越感に浸り楽しんでいるのだ。自分がネスティを助けようと思う事で、逆にネスティを苦しめる結果になってしまっている事に、ラウルは罪悪感を覚える。護りたいと思えば思う程、助けようと思えば思う程、ネスティは酷く傷つけられ弱っていく。
「もはや…これしかあるまい…」
ラウルは何かを決心したように呟くと、フリップの部屋を後にした。
…はいここまでv
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