『千の妖怪の
血を浴びた人間は 妖怪に変化する』
そんな言い伝えが 人間の世界にも 妖怪の世界にも 神の世界にさえあった
その言い伝えが本当かどうか、実例の記録はなかった
人間が、千の妖怪を殺す事など不可能に等しかったから
だが、一つの実例が、その言い伝えが本当である事を証明した
人間でありながら 千人の妖怪を虐殺し、妖怪に転生した者が現れた
その名を 『猪八戒』 という…
罪と罰
「はぁ…う…ッ!」
既に何人目かもわからない男を八戒は体内に受け入れる。もう幾日もこんな状態が続いていた。
「…次」
声と共に別の人影が部屋に入ってくる。そして八戒と交わるその男の事が済むまで見とどけ、交代で八戒に身を重ねる。
「あ…あ…ッ…」
揺らされる腰の動きが既に動けない八戒の体を揺さぶる。受け入れる八戒に、もはや性的興奮はない。ただひたすら行為のみの繰り返しだった。
「くッ…あ…うあぁっ…!」
八戒の腹の中に熱い体液が注ぎ込まれ、その苦しさに八戒が呻いた。既に幾十もの体液を受け入れている八戒の腹は妊婦のように腫れ上がっており、更に増した体内の容積に、腹の古傷が今にも腹を裂けてしまいそうな勢いだった。
「やめ」
誰かが短く声を発した。 八戒の腹はもうこれ以上は限界だ、と判断されたのだ。 そしてその男は随分と太い木の杭を取り出し、今まで男達を受け入れていた八戒の其処に押しあてた。
「ひぅ…っ」
それまで受け入れていた人の其れより数倍太いその杭を、男は躊躇なく八戒の其処に力づくで捩じ込んだ。
「あ…うあああぁーーッ…!」
ギチギチと八戒の其処を限界まで拡げながら、木の杭が挿入されていく。そして奥まで挿入された其れは、八戒の体内に留まった液体を外部に漏らさぬよう、しっかりと栓としての役目を果たす。
「始めます」
それまで八戒を凌辱していた男達は横たわる八戒を囲むように円を描き、何か経のようなものを一斉に唱え始めた。
「ア、ア…アァ…ぐがぁぁッ!」
八戒の腹が、まるで中で生き物が暴れてでもいるかのように不自然に脈打った。中に溜まっていた液体は不思議な経と共に八戒の体に吸収され、そして次第に少しづつ、そのせりあがった肉の山が小さくなっていく。
しかしこの行為には相当の苦痛が伴なうらしく、八戒はその経を唱えられている間中、狂ったように叫び続けていた。
「やめ」
「はぁっ…はぁッ…」
ようやく体内のものが全て消え失せたのか、もとのように平らに戻った腹が久しぶりに整った腹筋を覗かせる。
「…少し休憩いたしましょうか」
一人の男が言った。 八戒はそれを聞いてゆっくりと首を横に動かした。
「いえ…いいんです、…続けて下さい…」
八戒は掠れかかった声で僧侶達に言った。
それはさかのぼる事数日前、ある街でいつものように三蔵にコーヒーを注いでいる時だった。
「…なんですか?」
八戒は三蔵に聞き返した。数秒前に彼の口から発せられた言葉を確認する為に。
「そんなに人間に戻りたいか、と聞いた」
マルボロの煙りを室内に充満させている主は新聞に目を通しながら八戒にもう一度繰り返し、言った。悟空と悟浄が各割り当ての部屋に戻った直後の事で、いきなりすぎる程唐突な会話の切り出し方だった。
「…三蔵…?」
人間に戻りたいなどと漏らした事は八戒は一度もなかった。それなのに自分に向けられた三蔵の言葉は、何かに堪り兼ねたようで、悟られた気配などないと思っていた自分の深層心理を否定する。
「戻りたいのか、と聞いてるんだ」
この人には適わない…八戒は思った。
人間に…戻りたい……そうなのかどうかはわからない。だが、妖怪でいたくはない。八戒はそれだけはハッキリと意識していた。今までどんな身の危険にさらされても、妖怪に変化して乗り切ろうとは思わなかった。妖力制御装置を外せば自分は妖怪の姿となり、今よりも数段戦闘能力もあがる。だが、コレを外したくはない。八戒は自分が『人』のままでいたいと思っている事を強く理解していた。
妖怪である悟空には、たぶん理解できないだろう。混血児であるが、妖怪変化しない悟浄にもわからないだろう。自分が、自分でなくなってしまう恐怖が。 八戒にとって妖力制御装置を外すという事は、力が解放されるというよりも、自分ではない何か別のモノになってしまう事だった。
そんな力が…欲しかったわけじゃない。
「………そうですねぇ、戻ってみたいですね…戻れるものなら」
八戒はいつものように三蔵に笑みを向けながら答えを返した。 人間に戻りたいのかもしれない、そう思っている 自分を八戒は隠さず三蔵に見せた。
「自分から妖怪になっておいて人間に戻りたいだなんて、そんな都合の良い話ないですけどね…」
だが、そんな方法などない事も八戒はわかっていた。そんな思いが彼の笑みを作り笑いにしてしまう。 これは自分に科せられた罰だから、一生つきあっていくのだという事を八戒は半ば諦めのように受け入れていた。
「……方法は……ある」
「え!?」
そんな方法などない。
以前、皆に内緒であらゆる書物や記録で調べてみたがそんな方法など見つからなかった。だからもう諦めていたつもりだったのに、三蔵はその方法を知っていると八戒に告げたのだ。おそらく三蔵はもうずっと昔からその方法を知っていたのだろう。八戒がその事を三蔵に聞こうとはしなかったから、今まで言う事はなかったのだ。
だが最近の八戒は、酷く思いつめているように三蔵には見えていた。皆に内緒で密かに人化の法を調べていた事も三蔵は気付いていたのだ。
「ただし、本当に確実に人間に戻れるという保証はない。過去の実例がないからな。なにしろ妖怪に転生したという実例も皆無に等しい現状だからな…だが、お前がどうしてもというなら……方法は…ないことも…ない」
三蔵は自分で言い出しておきながら、何かを躊躇うように呟いた。知っているが、教えたくはないのかもしれない。
「…どんな方法なんですか?」
「………」
三蔵は黙ったまま答えない。三蔵自身は人間に戻ろうとする八戒に何か納得がいかないんだろう。だがそれでも八戒が強く人化を望むなら、三蔵はそれを止めないだろう。
「……戻れるんですね…?」
「確証はない」
「戻れる可能性があるんですね?」
「……ああ…」
「……僕…受けますよ、どんな苦行でも。僕は……僕のままでいたいんです」
「…………」
三蔵は八戒のその決心を聞いて、諦めたように舌打ちすると『わかった』と一言だけ言ってどこかに出かけていった。