復讐の戯曲
〜1〜
「おめでとう夕貴クン」
「ありがとう」
いつも通りの、当たり前の勝利。それでも、何度経験しても嬉しいものは嬉しい。マキシマムが引退してからも、天才夕貴潤はその名に恥じぬ勝ち鞍の数。マキシマムも、そしてシルフィードも種牡馬になった今は、騎手本来の実力がモノを言う。天才騎手の連覇を止められるものは、誰一人いなかった。
潤は表彰台から戻ってくると、きょろきょろと辺りを見回した。
「……岡さん…は、まだ戻ってないのか…」
戻ってくればいつものように、良くやった潤、とひとこと言ってくれる。 潤は、何度言われても岡のそれが大好きだった。今日が終われば、しばらくオフになる。その休日には、岡の牧場に行きマックスに会える。潤はその瞬間を想像して、一人顔を綻ばせていた。
「ジュン…ユーキ…?」
「…はい?」
突如、部屋に見知らぬ男が入ってきた。異国人である事は言葉遣いで直ぐにわかった。潤に外国からの取材がある事はそう珍しい事ではない。だが、今日は取材が入っているとか、そういう事は何も聞いていない。
「どちら様ですか?」
潤は少し怪訝そうに答えた。
「オカ・ビッグファームノ…ジュン・ユーキ…ダナ?」
「そうですが、何か…」
男の口元が、にやりと歪んだ。
「!!」
潤の何所かで、本能的な警鐘がなる。
「おめでとう岡君…また君にはやられたよ」
「まったくだ、あの走りには太刀打ちできないよ」
「…いえ、私など何もしておりませんよ。走ったのは私では無く、マックトルネードですからね」
岡は、他の馬主達の皮肉も含めた祝福を受けていた。マックトルネードは、今、岡の所有馬の最高峰だ。マキシマムの再来、とまではいかないものの、屈強な競走馬の停滞し始めた現競馬界では、まごう事無き最高峰だった。この馬が、現在の岡の競馬収入の大半を維持しているといっても過言ではない。岡の大事な資産であり、可愛い愛馬だ。
「岡さん、さきほど伝言を預かっておりました。これを…」
その場に一人の男が現れ、岡に紙を渡しに来た。
「うん?」
岡は渡されたメモを受け取ると、二つ折りになっているその紙を開いた。その紙にはこう書かれている。
『優勝おめでとう岡恭一郎
随分素晴らしい物を持っているね
僕もアレが欲しくなったよ
アレは君の一番大事な物だろう?
……だから、頂いていくよ。
君の熱烈なファンより』
「!?」
その文面に、岡の表情が変わった。急に青くなり、ガタン、と椅子から立ち上がる。
「どうしたんですか岡さん?」
岡はその言葉を無視するように、突然走り出した。
「岡さん!?」
岡が向かったのは本日のレースに参加した馬達が休む馬房だった。岡は辿り着いた其所で必死に叫ぶ。
「トルネード!!マックトルネードはどこだ!?」
あまりの必死の形相に、馬房にいた者達は皆驚いた。
「どうしたんですか岡さん?」
「…トルネードはどこだ…!?」
岡は息をきらしながら飼育師につかみかかる。
「ちょ…落ち着いて下さいよ岡さん!トルネードなら…ほらあそこに!」
指の指す方を見ると、表彰を終えたトルネードが、ちょうど馬房に戻ってきた所だった。
「……!」
岡が、呆然と立ち尽くす。
「な…んだ…」
「…どうしたんですか?」
「いや…なんでもない」
ふぅ、と溜め息をつくと。岡は冷静さを取り戻した。
「………まったく、たちの悪い悪戯だ…!」
岡はメモを丸めると、ゴミ箱に捨てた。
ドサッ…
床に倒れこんだ潤を、男は大きなケースに詰め込んだ。
小柄な潤の体は物資運搬用の大きなケースに簡単に収まってしまう。
「運べ」
誰かが男に指示を出した。潤の詰められた飼料用のケースを囲むように、作業服姿の男達が其れを運び出す。なんの不自然もない光景だった。すれ違っても中に人が入っているなど、誰も考えもしないだろう。たとえ、それが潤と親しい人間でも。
「ホンマ惜しかったな駿〜!」
「ん〜、でもやっぱり夕貴さんは凄いですよね、オレまた勝てませんでした」
前方から、今日のレースに出たらしい若い騎手が二人歩いてくる。
「なんや弱きやな駿!あいつなんかより絶対お前の方がスゴイで!あんな奴いつまでも競馬界にのさばらせとったらアカン!」
「あはは、まるで悪者扱いですね夕貴さん」
話題は、潤の事だった。だがその渦中の人が、今すれ違ったケースに詰められていようとは、誰が気が付くというのだろうか。
「………ハヤオ…モリカワ…か、久しぶりだな…」
男の一人がその名を呟き、くくっと笑った。
それはとても小さな呟きで、通り過ぎた駿にはその呟きなど聞こえない程のものだった。
「あ、岡さん!」
「やぁ駿君」
馬房に来た駿は、其所で岡と出会った。
「今日は…おめでとうございます。でも次は、負けませんからね!」
「…そうか、期待しているよ、駿君」
爽やかに宣戦布告する少年に、岡は小気味の良い敵対心を感じて微笑する。
「………あれ?」
「なんだね?」
駿は、岡を見て何か違和感を感じた。何かが、足りなく思った。
あぁ、と気が付く。潤がいないのだ。いつも岡の隣に居る潤が居ないのだ。いつも岡と潤は一緒にいる。恋人のように親子のように。見ているこっちが無意味に妬けてしまう程に。その潤が岡と一緒に居ない事に違和感を感じたのだ。
駿は先程から潤を探していた。潤にも岡と同じ事を言ってやりたかったのだ。だが、潤の姿は見かけていない。
「……そういえば、夕貴さんを見ませんでしたか岡さん?」
岡なら知っているだろうと駿は思った。
「潤を?」
「ええ、表彰式が終わってから、何所にも見当たらないんですよ。さっきジョッキールームに行ったんですけど居なくて…もう戻って来ているかな?」
「潤が?………ッ!」
岡の顔が、蒼白になる。頭を過ったのは、先程の悪戯メモ。
「……まさかッ!?」
『アレは君の一番大事なものだろう?』
「…岡さん?」
私は…馬鹿かッ!?
「潤……ッ!!」
岡は弾けるように身を翻すと、ジョッキールームに駆け上がっていった。
「え?ちょっ…岡さん!? 」
凄い剣幕で、岡は走り去って行ってしまった。残された駿は呆然としたまま、ぽかんと口をあけてそれを見送っていた。
「……どうしたんだろ岡さん…」
「さぁ?」
残されたスタッフ達と駿は、一様に首を傾げ顔を見合わせた。
「…車を出せ」
駆け上がる岡の姿を横目にみながら、運搬用のトラックが発車した。荷台には、幾つかの飼料用のケースが積まれている。幾つも並んでいるトラックの、そのなかの一つ。
潤を乗せたトラックは、走り出した。
「……お前の大事なものは貰っていくぞ……苦しむが良い!クク……イイ気味だ、キョウイチロー!!」
助手席に乗った、深く帽子を被った金髪眼鏡の男は いやらしく笑い、その瞳は常人とは思えぬ程の狂気に満ちていた。
はいはい、きましたよこの男!(笑)名前は出て無いが、解る人にはすぐ解る(笑)自他共に認める究極の鬼畜野郎登場です。この話、サイトopenする前からずっと書きたかったんですよ。むしろ原作読んだ直後から!(笑)そんなわけでこれも連載します。たぶん地下潜ったり浮上したりってカンジになると思います。基本的に…鬼畜ですので。さぁ虐めるぞ(笑)
2003.01.17