復讐の戯曲

〜4〜

「いよォひさしぶりだな、キョーイチロー!」
 陽気に出迎えた男に、岡は眉をしかめた。
「おぉハヤオも一緒か!良いコが増えたぞ?そうだ、特別に選ばせてやる、どの子がタイプだ?」
「え!?あ、あのっ…」
 ずらりと出迎えた美女達が一斉に岡と駿に微笑みかける。岡は更に眉間に皺を寄せた。
「…サラディン…」
 トーンの低い岡の声に、サラディンと呼ばれた男は急に真顔に戻る。
「…いや、事情は聞いている。ほんのジョークだ、元気づけてやろうと思ってな。ま、二人ともとにかく上がれ!」
「は、はい…」
「…………」
 場違いな出迎えを受けながら、岡と駿はサラディンの屋敷に入った。ここはアメリカにある彼の何軒目かの屋敷だ。二人は応接間の様な立派な部屋に通される。
 岡が車中から連絡をしていたのはこの男、サラディンだった。こんなノリのやつだが、この男は非常に頼りになる。騒動の規模が大きくなればなる程、この男の権力は発揮される。なにしろ岡の古い友人であるこのサラディンという男は、一国の王といっても過言では無い程の権力者なのだ。
「お前が俺を頼ってくるとはな…相当散々な状態なんだろう?」
「…すまん、サラディン」
「いや、いいさ」  
 大体の話はサラディンに通っていた。潤の誘拐の話も、その相手が…誰なのかも。
「それにしても…やっかいな相手だ」
 サラディンもあの男とは顔なじみだった。レースでは勿論、やつはサラディンの財力に目を付けて寄って来た輩の一人でもあったからだ。
「何か連絡は?」
「いや、まだだ」
 あれから3日ほどたっている。だがいまだに向こうからは何のアプローチもないのだ。だが、アプローチしてこないことは有り得ない。相手があの男であれば、そんな事はありえない。自分の力を誇示し相手の取り乱す様を楽しむあの男が、このまま何の連絡もよこさない事はない。
「とりあえず…」
 サラディンが手元のリモコンを操作すると、壁一面が開きその奥に無数の情報機器が立ち並ぶ一室があらわれる。数人のオペレーターらしき人物が、その部屋で何やら機械を操作していた。
「うわ…」
 まるで漫画のようなその光景に駿は目を丸くしていたが、岡は別段驚いた様子もなくサラディンと共にその部屋に入っていく。駿も二人の後を追うように部屋にはいった。
「キョ−イチローの屋敷に届いた情報は逐一ここに届く事になっている。何か動きがあればすぐわかるだろう。そっちにあるのは各飛行場の情報だ、行き先と乗客名簿が入っている。目を通しておいてくれ」
「あぁ…」
「それからこっちは…アメリカ空軍の発着情報だ」
「一応見ておこう」
「ヤツが敷地をもっているのは?」
「ここと…あと、西岸にも私有地があったはずだ」
「最近買われた土地が無いかも見ておこう」
「そうだな」
 当然の事のようにデータ化された極秘情報に、二人は仕事の書類でも見るかのように目をとおしている。
「…………凄すぎる…」
 駿にはついていけない。本当に、どうやってそんな情報が入っているのだろうというような情報がこの部屋には溢れていた。規模が違い過ぎる。一般の常識では考えられないような世界がここにはあった。
「あ、あの…」
「ん?どうしたハヤオ」
「オレにも何かお手伝いできませんか?」
 だからといって何もしないでいるのも落着かない。駿だって潤の救出に協力したいのだ、簡単な事でいいから、何か手伝いがしたい。
「そうだな…」
 岡は機器を見まわすと、一つのパソコンを指差した。
「そのパソコンにメールが届かないかチェックしていてくれないか」
 特に操作する必要もないのか、そのPCにはオペレーターも誰もついていなかった。
「それはジャパンのキョーイチローのPCと繋がってるんだ。見ているだけだからハヤオにもできるだろう」
「はい、わかりました!」
 そのくらいなら駿にも出来そうだ。駿はパソコンの前に座るとモニターを食い入るように見つめた。何か変化が無いか、来たら速効二人に知らせられるように、見逃さないように。
 すると幾分とたたない内に、駿の目の前でメールボックスに新着のマークが着いた。
「 あ!メール、来ました!」
「何!?」
 駿のその声に、二人は今までみていた資料をそのままにすると駿のもとに駆け寄った。どうやら、これはそれほど重要なものだったようだ。
「何ですか、このメールは…?」
「………」
 岡は深刻な顔でそのメールの情報に目を通す。差出人は『J・k』となっている。
「…ジェフ…!」
 岡の額に血管が浮き上がる。駿から半ば奪い取るようにマウスを握ると、メールを開こうとした。
「まて、キョーイチロー!」
 サラディンはそれを制止させると、オペレーターに指示をだしそのメールに慎重にスキャンをかけ始めた。なにか仕掛けられていないか、確認している。
「……画像…いや、映像のデータだな。ウイルスは…よし、見知されなかったから開いても大丈夫だろう」
「映像…だと?」
 岡は何やら胸騒ぎがした。わざわざあの男が自分に見せたい『映像』とは…。 
「再生するぞ」
 サラディンがメールを開く。別ウィンドウでソフトが起動し、そこに映像が映し出されて来た。
『……!…ッ…』
 画像が動き始め、音声が聞こえる。はじめはピントのあわないようなぼんやりと、そして次第にハッキリと。
『……やああああぁあーーッ!!』
「!!!!!!!」
 そしてモニターは映し出した。映像を、色鮮やかにハッキリと。
「な…ッ」
「あれは……夕貴…さん!?」
「潤!?」
 そこには潤が映し出されていた。ぐったりとした潤の小柄な身体に大柄な褐色の男達が群がり、その身体を押さえ付け、そして…。
「とめろ!!!」
「!?」
 岡の叫び声に、サラディンは反射的に映像を止めた。 だが、岡に向き直ると沈痛な面持ちで告げた。
「キョーイチロー…これは、重要な唯一の『手がかり』だ」
「…………わかっている……っ!」
 見ない振りは出来ない大事な資料だ。だが、そう冷静に割り切れるものでは無い。
「くそ…くそッ…!ジェフ…!!」
 岡は握りしめた拳で数度デスクを殴りつけながら、必死に自分を落ち着けようと苦悩していた。周りにいる誰が見ても痛々しい程必死に。

「……………っ…」
 しばらくして岡は、荒い息を整えながらゆっくりと深呼吸をした。何かの覚悟を決めたように。
「…もう、いいか?」
「……………あぁ」
 かけられたサラディンの声に静かにそう答えると、岡は乱れた襟を正してモニターの前に戻る。
「再生するぞ」
「………ちょっとまってくれ」
 それでもまだ迷っているというのか、岡はそれを拒んだ。
「どうした?まだ時間が必要か」
「いや…」
 だが、そうでは無かった。
「駿君…」
「…はい?」
 そして、落着いた声で駿に言った。
「君は部屋を出るんだ」
「え!?」
 急に退室を命じられ、駿は驚いて岡を見上げた。
「そんな!?オレだって夕貴さん救出の手助けがしたいんです!」
「そうだぞキョーイチロー?ハヤオも協力してくれて…」
「いいから出るんだ!!」
 きつい口調が二人の意見を否定した。
「…どうして?どうしてですか?」
 ここまで着いて来る事を許しておきながら、肝心の所で駿の存在が邪魔になったというのか。駿は怒りと悲しみの入り交じった表情で岡を見上げている。
「潤が…」
 岡はそんな駿に言った。
「潤が…こんな姿を君に見られたいと思うかね…?」
「…!」
 潤は駿の前では、いつでも完璧だった。最強で最高のライバルで、憎たらしい程格好良くて、そして天才。自分の醜い姿を晒す事を人一倍嫌い、ましてそれが自分の認めたライバルになら、なおさらだ。
「潤は誰よりも…君に見られたく無いはずだ。わかるな?駿君…」
「……………」
 駿はうつむいて唇を噛み締めると、一つ頷いた。
「夕貴さんは…望まないでしょうね。わかります…わかりました」
 駿はそう言うと、二人に背を向け部屋を走り出て行った。
 本当は、自分もこの場で一緒に捜査に参加したいのだ。だけどそれを潤が望まないだろうことを駿は理解した。今から映し出されるだろう唯一の手がかり、潤の痴態。それを自分が見てはいけない事を。潤が無事に帰って来た後、前のように潤と接する為には見てはいけないものなのだ。
(夕貴さん…!)
 だが、あの後の映像の続きが想像できるだけに駿の不安と心配は膨らむばかり。いっそ現実を見て受け入れてしまったほうが楽なのかもしれない。だが、それはできない。自分の中の夕貴潤のイメージまで、汚してしまってはいけない。必死に駿の前で天才を演じて来た潤の努力を踏みにじってはいけないから。
「辛いだろうな、ハヤオ」
「…………あぁ」
「自分も助けたくて必死になってついてきたんだろうになぁ」
 駿の出ていった後、サラディンは呟いて溜息をついた。自分の仕事も生活もなにもかも放り出して潤の救出に来ただろうに、やっと出て来た手がかりを見るなと追い出されたのだ。さぞ悔しい思いをしていることだろう。
 だが、そこまで必死に他人の為に行動するからには、それなりの理由があるはずだ。 サラディンは、ふと思う。
「なぁキョーイチロー、ひょっとしてハヤオは…ジュンを? 」
「……………」
 岡はその問いには何も答えない。
「……………さぁ、さっさと再生してくれ」
「………あぁ」
 サラディンは映像を再生した。




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 凍結中だった連載再開です。そしてサラディンの屋敷がどんどん謎の屋敷に!むしろ謎の組織に!?(笑)
 また例ののごとく嘘っぱちな部分も盛り込んでおりますが、でもまぁサラディンならなんでも有りってことで(笑)

2005.07.10

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