復讐の戯曲
〜3〜
「う…ん……」
「………お目覚めかな?」
「ん…?」
潤は、耳に聞こえた異国語に眉を潜める。
なんで…英語が聞こえるんだ…!?
そして開かれた潤の目には、信じられない人物が飛び込んで来た。
「やぁ…初めまして、というべきか。そういえば直接話した事は…無かったんだったかな?」
金髪に眼鏡をかけ口元に不敵な笑みを浮かべた男は、目覚めた潤にそう挨拶をした。
「お前は…」
潤の顔が、みるみる青ざめていく。目の前にいるはずのない、その男の姿に。
「カルバン…?……ジェフ・カルバンか!?」
「…御名答。覚えていてくれて光栄だよ、ジュン・ユーキ」
男は驚く潤に不敵な笑みを返した。
岡の宿敵、ジェフ・カルバン。
その悪行のかぎりは岡に聞いて熟知していた。最低の馬主。最低の人間。その男が今、目の前にいるのだ。
「…なぜ、お前がここに…うわ!?」
体を起こそうとして、潤はその場にダルマのように転がった。
「く…!?」
両足をまとめて縛られている。腕も、だ。体を捩るが、頑強に括られたそれは緩む事も無い。 随分長い事そうされていたのか、潤の体中の節々が痛む。
「くく…私が何故ここに…か?違うな、君が、ここに来たんだよジュン」
「何!?」
その言葉を聞き、初めて潤は辺りに目を向けた。目に飛び込んで来る見回す景色は見た事も無い何所かの馬小屋のようで、日本の物とは造りが少し違う。
どうやらここは日本では無い。
「こ…れは……」
動揺しそうになる精神を落ち着かせ、潤は最後に意識のあった瞬間まで記憶を遡らせる。覚えているのは、ジョッキールームで見知らぬ外国人に声をかけられて…そして、潤は即座に今の自分の状況を把握した。
「…僕を…拉致したのか!?誘拐とは大胆な手口を…堕ちたもんだなジェフ・カルバン。ふん、ボクをどうする気だ?」
こんな状況下でも流暢な英語で生意気な事を潤は口走る。だがそれは出来るだけ無理に平静を装おうとしているようにも見えた。
「ジュンは頭の回転が早いな…説明する手間が省けるよ。だがもう少し取り乱して欲しかったのだがね」
ジェフは騒ぎ立てない潤に少し残念そうに口元を歪ませていた。根がサディスティックなこの男は、潤が喚いて暴れる姿も見てみたかったのだろう。そんな相手の望み通りになんて、潤はしてやらない。
「貴様…何が目的だ?」
「目的…?ふふ…ふふふ……」
潤の問いに、ジェフは愉快そうに薄笑いを浮かべて見せた。
「シルフィードに負けた腹いせか!?馬主の権限を没収された仕返しか!?ボクの何を恨んでいるかしらないけれど、あいにくシルフィードの騎手はボクじゃないし、場主権没収だってボク等のせいじゃないからな!逆恨みにしたって見当違いだぞ!」
「く…くくく…」
ジェフはただ薄気味悪い笑いを浮かべるだけで、潤の言葉には答えない。潤はそんな男の様子に次第に苛ついてくる。
「何がおかしい!笑ってないで答えろ!!このXXXヤロウ!!」
相変わらずのいつもの達者な口ぶりで、潤は英語で男に罵声を浴びせた。それを聞いて、ジェフはくだけたように笑った。
「ははは!…いい英語の発音だ、それにいらん単語まで随分良く知っているな。非常に……非常に小憎らしいよジュン!」
ジェフは薄笑いを浮かべ、その脚を振りあげた。
ドスッ!
「かはッ…!」
腹を思いきり蹴りあげられ、潤の体が跳ねる。
「げほっ、げほッ…あぐ…げぇッ!」
内臓まで響く蹴に、潤は頻りに嘔吐をした。敏感な潤の胃は衝撃に弱い。
「シルフィード…?馬主…?そんなものはもう、どうでもいいんだよ…!」
ジェフは咽せる潤を踏み付けると、前髪を掴んで上向かせる。
「な…に!?」
狂人じみた薄笑いを間近に押し付けられ、潤は眉を潜める。逆恨みにしろ何にしろ、恨みをかったであろう出来事は彼にとってもうどうでもいいというのだ。では、何故自分がこんなめにあっているというのか?潤にはわからない。
「…キョウイチロー、さ」
ジェフの口元が愉快そうに歪んだ。
「なッ…」
その名前に潤の顔色が変わる。
「わたしは考えた…何が一番奴を苦しめる事ができるのか?…奴の優秀な馬を殺す?金を奪う?…違うな。奴はそんな事をしてもまた再び這い上がってくるだろう。それではつまらん…意味がないのだ……どうすればキョウイチローを苦しめられるか?考えたよ。…そして、見つけたのだ最良の策を!」
「なッ…!」
ジェフの狙いは潤ではなく、岡だ。岡に仕返しをするため…その為に自分が誘拐されたんだと潤は悟る。金を奪うためか、それとも岡のファームを潰す…あるいは乗っ取る為か?その目的までは把握できないが、その計画の為に利用されてしまったのだ。
何を請求されても岡は要求を呑むだろう…潤を助ける為に。自分のせいで岡に酷く迷惑がかかる。とんだ失態だ、と潤は口惜しそうに舌打ちをした。
「…岡さんに何を要求する気だ!?」
潤の焦った声にジェフの顔がニヤつく。
「くく…奴は自分の失明より死に損ないのじじぃの死を悲しむような男だ。奴を直接痛めつけてもたいした効果は無い。そう…幾らでも立ち直って来ることはわかっている…そんなのはつまらないじゃ無いか、なぁそうだろうジュン?…だが私は気がついた!奴を苦しめるのに尤も効果のある方法は…奴の一番大事なモノを壊す事だという事にな!
要求だと?そんなものは無いさ…ただ、奴に……味わわせてやるのさ…ふふ…最高の失望をな!」
「ーー何…だとッ!?」
それまで強気な姿勢だった潤が、初めて取り乱す。
岡の大事にしていた馬、自慢の目利きを誇っていた目、そしてそれが元で失った大切な無二の親友、全てがあの男…ジェフに奪われたんだと、岡は潤に言った。奴は自分の大切なものを全て壊していく非道な奴だ、と。だが岡はそんな過去の悲しみから見事に立ち直り、成功を収めたのだ。岡恭一郎とはそうする事が出来るだけの精神力と信念とを合わせもって居る人物だった。だからこそ潤は彼を信頼し、そして惹かれたのだ。
そしてこの男、ジェフとて岡のそんな性格は重々把握していた。その岡を叩き潰すには、彼に直接手を下しても無駄だと過去の経験を元に気付いてしまったのだ。
「そう……だから、君がココにいるのだよジュン…」
「あ…」
『岡の一番大事なもの』を壊す…そして拉致された自分。岡が一番大切に想ってくれていた事による不運なのだとようやく潤は理解する。自分がここに拉致されたのは、岡を脅す為でも金をせびるためでもない。ただ、岡を苦しめたいだけ。そして岡の大事なものを壊すとは…すなわち、
…殺される…!?
潤の全身に汗が浮き上がった。
「ふ…」
言葉の意味を把握し、自分が殺されると思っただろう潤を見て、思い通りのその反応に ジェフは薄笑いした。
「…ふふ…だが安心したまえジュン、君を殺しはしない」
「…!?」
にわかに怯えを見せた潤を面白がるように、ジェフは眼鏡を指で押し上げると軽い口調で続けた。
「まぁ、最初はそのつもりだったのだが…少々予定が狂ってしまってね …実は残念な事に君は…『キョウイチローの一番大切なモノ』では無かったのだよ」
「…な……?」
「貴様は自分がキョウイチローの『一番大事なモノ』だと…思っていたのか?たいした自惚れだなジュン?くく…あははは!!」
殺さない、と言われた事よりも、『その言葉』に大きな反応を示した潤を見てジェフは高笑いをした。
「なっ…どういうことだ!?」
愉快そうに笑うジェフを睨み付けながらも、潤は胸中でその言葉を必死に否定していた。
岡は潤を大事にしてくれていた。家族のように、息子のように、そして恋人のように。誰よりも自分を一番に考えてくれたし、大事にしてくれていた。潤はそう思っていた。今の今まで。
それが違うだなんて、信じたく無い。少なくとも、この目の前の男の言葉を簡単に信用はしたくなかったのだ。そんな筈はない、と。
「教えてやろうジュン、俺はキョウイチローにチャンスを与えた。一番大事なモノを守るチャンスをな。だがキョウイチローは…どうしたと思う?」
「な………」
「くく…奴は『一番大事なモノ』と言われてまっ先に馬の元に走ったよ、貴様の乗っていたあの馬にな!」
「ーーーッ!!」
この男の言葉は…信用なんか…したくない…けど…。
「ようするに貴様は馬の次というわけだ。それを俺は貴様がキョウイチローの一番大事なモノだと勘違いしてしまったのだよ?愉快じゃないか、なぁジュン!」
「そ…んなのは…デタラメだッ…!」
きっと自分を動揺させるためのでまかせなんだと、潤は思いたかった。
「ふふ…信じたく無いか…?」
信じようとしない潤の前に、ジェフは一台のビデオカメラを置いた。
「…?」
「これを…見るがいい」
ジェフはポケットから煙草を取り出すとそれに火をつけ、そして、徐にテープを再生する。
映し出されたのは、見なれた競馬場。ざわざわとざわめく声に紛れて、聞き慣れた声がする。
「…岡…さん!?」
人をかき分けながら必死の形相で走ってきたのは岡。そして、その口はハッキリとその名を呼んでいた。
『トルネード』と。
すれ違う人を押し退けるように馬房に走り込む岡の姿を鮮明に映し出されたそれは、不意に視点を変えて撮影者の手元を映し出した。大きく映し出された家畜の飼料ケース。誰かの手がその蓋をそっとずらした。
そこには、潤がいた。
「ーーーー!!」
「これでも私の言葉が信じられないかな?」
明らかに失望の顔色を覗かせる潤に、ねちっこくジェフは問いかける。
「君の姿が見あたらない事よりも、キョウイチローは馬が奪われる事の方が心配だったようだねぇ?くっくっく…」
「そ…そんな…ことは」
そんなことはない、と強く言い返してやる事が…潤には出来なかった。
「キョウイチローは貴様が好きだったわけでもなんでもないという事だ。なにせ貴様は馬以下なのだからな!」
「……違ッ…」
潤は自分が岡に抱く信頼の崩壊を否定するように首を振った。否定してしまいたかったのだ。
「ではなぜキョウイチローは貴様を抱くのか…?」
「!」
取り乱し始めた潤を満足そうに見つめていたジェフは、くわえていた煙草を壁で揉み消すと潤に近付いた。身動きの取れない潤の体にジェフの手が延ばされる。
「や…!?」
尻に触れられた感触に潤が全身の筋肉を強張らせる。
「なぜ…抱くのか知りたいだろう?」
薄気味の悪い押し殺したような笑い声が、潤の耳のすぐ後ろで響く。
「や…めろ…ッ」
潤の双丘の隙間をジェフの指がなぞる。そして一層窪んだ其処を見つけ、ぐっ…と指で押してきた。
「ひ…!」
身動きは、出来ない。
「…それは至極簡単な事だ」
グ…
指はそのまま、服の上から潤の中に強引に侵入してきた。
「…ア…やぁッ!」
「貴様のココがイイからだジュン…そうだろう?キョウイチローに女も作らせない程、貴様のココがキョウイチローを虜にしているのだろう?」
指は徐々に奥へと挿し入れられていく。
「う…くッッ!!」
じわじわと侵入して来る布越しの感触に、潤は痛みとも快感とも言えぬ不快感を感じる。
「キョウイチローは貴様を好きでも愛しているわけでもない。だが貴様を抱く。それは貴様の『孔』が好きなのだ!そうだろう?なぁジュン答えろ!そうなんだろう?」
ジェフは抵抗出来ない潤をこれみよがしに詰り始める。
「…違う!違うぞ!岡さんは…」
『まっ先に馬の元に走ったよ』
「ーー!」
だが、潤の言葉は途中で止まってしまった。
「キョウイチローは…何だジュン?続けたまえその続きを!さぁ!」
「あ、くぅッ…」
言葉を止めた潤に、ジェフは内側で指を蠢かせながら答えを急かした。
「岡さんは…っ」
『貴様は馬の次というわけだ』
「どうした?続けたまえ?」
「………」
答えられないでいる潤に勝ち誇った笑みを浮かべたジェフは、潤の中の指を一気に引き抜いた。
「あぁッ!」
咄嗟に潤の口から甘い声が漏れる。
「くく…良い声で鳴くなジュンは」
「…ッ!!」
顔を紅葉させ、潤は悔しそうに唇を噛み締めた。
「ふふ…殺しはしない…安心したまえ?ただ…」
ジェフの手が、抵抗できない潤のズボンにかけられる。
「あ…」
ゆっくりと、衣服は脱がされていく。露になった潤の形の良い尻を、ジェフの指が撫で回し始める。
「キョウイチローの大好きな潤のココを…」
潤の敏感な窪みに直に指が押し当てられた。
「二度とキョウイチローが楽しめないようにしてやる…!」
そしてその指は再び乱暴に潤の中に突き入れられる。
「や…やああぁッ!!」
腕に食い込む拘束具の痛みも、次第に潤にはわからなくなっていった。
そしてさんざん話題になった(?)輸送問題。説明も無くさらりと流してしまいましたよ(大笑)でもいいでしょ?こんなもんで。特に内容的になんら問題はないでしょう?細かい突っ込みは受け付けてませんので(笑)
まぁ、その件についての補足はまた次回ってことで。
2003.08.17