断罪2
「アルス!」
イクシアが怒ったような口調でアルスを呼んだ。
「また君は勝手な事ばかりして…自分がメルギトスに狙われているって事が本当にわかっているのか!?」
「わかってるよ…ごめん」
「君に勝手に敵に突っ込んでいかれたら、軍師としての僕の意味がまるでないだろう!?」
「だから、本当ごめんって…」
いつものようにイクシアに叱られながら、アルスは素直に済まなそうに反省の意を露にする。
「まったく…」
そんな風に反省されたら、イクシアも其れ以上はきつく言えなくなってしまうのだ。
人間と悪魔の戦争が始まってから、もう何十年という年月がたっていた。人間の総大将クレスメント家の現在の当主は、アルス・クレスメント。そしてイクシア・ライルという融機人がその片腕として軍師をつとめている。当初、アルスが連れて来た融機人を軍師にすると言い出した時、周りは猛反対をした。融機人などという卑しい者に軍師をまかせるなど、人間軍としてとんでもない事だったのだ。だが、アルスは周りの反対を押しきりイクシアを軍師に任命すると片時も離さず彼を自分の傍に置いた。それは軍師として常に行動を共にするというのは勿論のこと、彼が…誰からも暴力を受けることのないように、と。
だがそんな周囲の反対にあいながらも、ひとたび彼を軍師にしてみるとどうだろう、そのあまりにも適確な判断力と有無を言わせぬ完璧な策は人間軍に幾つもの勝利をもたらした。そのうえ融機人のもつ機械技術はリィンバウムには無い最新鋭で精巧なものばかりで、彼の設計によって作られた兵器や城塞は、溜息が出る程素晴らしいものばかり。人間達は次第にその融機人を認めざるを得ない状況になっていたのである。もともと融機人というものは人間の何倍も聡明で知的な人種、その知力は人間の比では無いのだ。これほど優れた知能を持つ人種は、戦場において軍師としてこのうえなく貴重な存在。その事を嫌でも認めざるを得ない状態だった。
今、此所にいるのはかつて虐げられていた融機人イクシア・ライルではない。軍を指揮する中心人物の一人としてのイクシア・ライルなのである。そう、このように総大将であるアルスを叱りつけるほどに。
「イクシアは本当いつも怒ってばっかりだよな」
苦笑してそういったアルスに、イクシアの眉が吊り上がる。
「君は馬鹿か!?君が怒らせるような事をしてばかりだからだろう!大体君は…」
「はいはい、ごめんって…俺が悪かったから!でも皆無事だったんだからもういいじゃない?ね?」
堂々回りになりそうな問答に自分が一方的に謝る事でけりをつけ、アルスはまた苦笑する。
「まったく…」
イクシアはひとつ溜息をつくと、お説教をそこで切り上げた。実際、戦闘中勝手な行動をとったアルスではあったが、結果的には人間軍に有利に戦況は動いたのだ。今回は大目に見る事にした。
「あーぁ…それにしても、イクシア昔はあんなにおとなしくて可愛かったのになぁ…」
それでもまだ少し何か言いたそうなイクシアに、アルスはからかうように言った。
「なっ…」
「だってさ、なにかあったら直ぐに泣いちゃって、俺に怒ったりなんか絶対しなかったもの」
「…………」
クレスメント家に庇護されるようになった直後のイクシアは、まるで捕獲されたうさぎのようにいつも怯えを隠せず、どこにいくのでもアルスの後ろに隠れるようにしてついてまわっていた。出会った当時栄養の足りていなかったせいか小柄で華奢な身体だった為、アルスはイクシアが自分より一つ年上だったことに酷く驚いたものだった。
だが豊富な栄養によって人並みに成長して身長も伸び、色白で華奢という当時の面影はあるものの、イクシアはいまや立派な成人になった。そして次第にここの環境になれてくるにつれ融機人本来の冷静さと聡明さを発揮し始めたイクシアは、まるで小姑のようにアルスにいつも説教をするようになったのだ。
「あの頃は良かったなぁ…いっその事あの頃に戻っちゃえばいいのに、なぁんて…」
冗談ぽくそう言ってイクシアに笑いかけようとしたアルスは、今にも泣きそうな顔で黙りこくってしまったイクシアを見て言葉をとめた。
「あ……!ご…ごめん!…………嫌な事思い出させたかな?」
アルスはイクシアの頭をそっと胸に抱くと、あやすようにその身体を抱き締める。
「いや…いいんだ…」
ロレイラルにいた時のライル家は身分の高い一族だった。その高い知力と魔力で支配階級にまで登り詰めたものの、自ら造り出した機械兵士達による戦乱の世界に嫌気がさしてしまった。そして彼らは自分達の故郷を捨てる道を選んだのだ。今となっては、その選択が正しかったかどうか疑問を感じずに入られない。亡命して来た彼らを、人間は快く受け入れてはくれなかった。だが既に亡命者の烙印を押された彼らは故郷に帰る事も出来ない。そして、この時から人間達の融機人ライル一族への虐待がはじまったのだ。
この世界で暮らしていく為には、彼らはそれまでのプライドや価値観をすべて捨て、己の感情を封印しなければならなかった。そうしなければ人間界では生きていく事などできなかったのだ。本来プライドの高いライルにとって、それはとても堪え難い屈辱の日々だった筈だ。だが長きに渡る人間界での生活でそのプライドも感情も、次第に麻痺していった。自分達は人間の奴隷なのだ、と…そう自分に暗示をかける事で。
しかしここで普通の生活をし始めたイクシアには、その暗示が解けたのか、かつてのライル一族の自尊心がよみがえりつつあった。感情、プライド、それらが本来のあるべき状態へと。そのイクシアにとって、人間達の性奴隷として扱われていた時期を思い出すのは相当苦痛な事だろう。
「イクシア…」
アルスはそんなイクシアの頭を優しく撫で、左頬に口付ける。
「もう、君をあんなめにはあわせないから。 誰にも君を傷つけさせない、誰にも…俺以外誰にも、君に触れさせないから…」
「…アルス…」
イクシアはアルスの頭を抱き返すと、その唇に口付ける。
「ん…アル…ス…っ」
そのまま、抱き合って二人はベットに倒れ込んだ。イクシアは自ら服の前をはだけると、誘うようにアルスに腕を絡める。アルスもその腕に誘われるがまま、紋様の浮かぶ白い胸に口付けていく。
こんな行為は二度としたくないと思っていた。屈辱的で、ライルのプライドとして許せない程の侮辱行為。…だけど、アルスは別だった。彼と触れ合うのも、彼に触れられるのも、イクシアは嫌じゃなかった。
アルスは人間だけれど、イクシアは融機人だけれど、彼らの人間と融機人という関係はそれまでの人間と融機人との主従関係とは全く違う。なぜなら、彼らは『対等』だったから。イクシアはアルスに強制的に服従したのではなく、自らの意志で仕えたのだ。この世界で初めて、意志を持つ事を許された融機人。アルスはそうさせてくれたその人だったから。だから…彼に何をされても、すこしも嫌じゃなかった。彼が自分を抱きたいと望むのなら、自分も、彼に抱かれたい。心からそう思う。
「ん…っふ…」
アルスの丁寧な愛撫にイクシアが艶のある吐息を漏らす。
「イクシア…」
耳元で熱い響きでその名を呼べば、びくりと身体を震わせたイクシアが応えるようにアルスにしがみついた。
「アルス…あ…あぁっ…!」
イクシアの身体の中に、アルスが入って来る。いつでも初体験のような感覚を自他共に与える融機人にとってこの瞬間は相当な痛みを伴う。だがイクシアにとって行為の痛みなど、何の苦にも感じなかった。自分の名を呼び、自分を必要としてくれる人に抱かれていることが堪らなく嬉しかった。一人の『人』として自分を抱き、愛してくれることが、なによりも嬉しい。
自分を助けてくれたこの人を、愛している。彼の為にならなんだってできる。この命を捨ててでも、彼を守れるのならそれでも構わない。
愛情に飢えすぎていたイクシアのアルスに対する想いは、盲目な程に純粋で一途なものだったのだ。
『スクラップか、そりゃいいや!』
『やれやれ〜!』
あぁ…また融機人狩か
しょうがないよね…
君達はかつてリィンバウムを攻めて来たんだから…しょうがないよ
『ひ…嫌…嫌ぁ!!嫌あああぁーー!!』
でもさ、頭良いんでしょう?人間から逃げるなんて簡単なんじゃ無いの?
なんで黙って抵抗しないでいるんだろうね…融機人は?
『嫌だぁぁッ!やめて…やああぁッ!!』
……ライル…か
その頭脳、宝の持ち腐れだよ本当に
もったいない…よね
『…んの…バケモノめ…ッ!』
…………!
「ーーーーーヤメロ!」
「……ごめんイクシア、大丈夫?」
いつもより激しすぎた行為半ばで失神してしまったイクシアが目覚めると、アルスはすまなそうにその顔を覗き込んできた。
「ん…平気」
行為の熱で潤んだ瞳で、イクシアはアルスに微笑んだ。
「…………」
アルスはその笑顔を見て…少し胸を痛める。その笑顔に、罪悪感を募らせる。
「……ところで、例の件は今どうなってる?」
そんな自分の気持ちを誤魔化すように、アルスは話題を変えた。アルスのその言葉を聞くと、イクシアの表情はまだ赤らんだ行為の余韻を残したまま、途端に難しい顔になる。
「あぁ…ゲイル計画は順調に進んでいる。あとは…ゲイルを統率する主体となる素体さえいれば…」
「それじゃあもうすぐ完成なんだな」
「いや…問題はその素体なんだ。適切な素体がみつかるかどうか…」
「そう…か」
先程まで熱く抱き合っていたのが嘘のように、色っぽさの欠片も無い話題を二人は難しい表情で討論し始めた。
今、人間軍は次第に悪魔の軍勢に押されはじめている。現戦力で今後今以上に本腰をいれて侵略を進めて来る悪魔を撃退する事は不可能だ、とイクシアは言う。それはアルスも以前から感じていることだった。
そこで二人で考え水面下で押し進めているのが『ゲイル計画』だ。その計画と言うのは、生体を媒体として機械と融合させ、痛みも感じず意思ももたない永遠に戦い続ける忠実な半機械兵器『ゲイル』を戦闘に導入するというものなのだ。その道義性ゆえ周りから反対がある事を懸念し極秘のうちに勧められているこの計画は、融機人であるイクシアの機械技術なくしてはなりたたない。
「この事を知ったらまわりは反対するんだろうな」
生きているものを素体としその意思を奪いとるなど、この計画には誰も賛成してはくれないだろうとアルスは苦笑した。だが、イクシアはそんなアルスを見て不思議そうに言った。
「…どうして?」
「どうしてって…人道に反している事じゃ無いか…やっぱり」
その答えに、イクシアは更に不思議そうな顔をする。
「人道に反する…?これは悪魔を撃退する為に必要なことなんだぞ?君を護る為に…それは世界を護る事にも繋がるんだ。それがどうして秘密にしなきゃならないことなのか、僕にはいまだによくわからないよ」
この計画を極秘にしたがっているのは、アルスのほうだった。イクシアは別に公開しても構わないと考えているのだが、アルスが隠したいというのなら、それに従うまでだ。
「だって、生きているものを兵器にするんだよ?その個体の意思を奪って…強制的に従わせるなんて…きっと誰も賛同してはくれないよ」
アルスもこの計画の質には、胸を痛めていた。それが戦力的に強力で、人間軍の最後の頼みの綱となることがわかっているだけに計画を中止する事はできないが、でも、その非人道的な内容だけは自覚しているのだ。
「現在素体として扱かっているのは主に捕獲した悪魔だ。素体実験として使わなければ、その場で殺していた筈のものなんだろう?それがどうして非人道的なんだ?」
イクシアの言っている事は尤もだった。実際、現状況では殺していたはずの敵対生命体を利用しているに過ぎない。殺すはずのものを味方として己の戦力に迎えている、そう考えればそれはとても合理的で生産的な考えでもある。ただ、『意思の尊重』という概念をのぞけば。悪魔にだって意思はある。個々に自我を持っている。敵に捕まり、まして改造されて敵の為に戦うなど望むはずも無い。いっそ殺してくれと思うだろう。そう考えると、敵ながら胸が痛むのだ。
「それは、そうなんだけど…」
イクシアと数年間生活を共にしてきてアルスにはわかったことがある。人間と融機人には考え方に根本的な違いがあるということだ。人間にある特殊な感情が、融機人にはないらしい。殺すはずの命を生かしてあげているのだから、其れの何がいけないのかとイクシアは言う。そこに生じる微妙で曖昧な、人間的感情がイクシアにはない。融機人の思考は0か10しかない、その中間がないのだ。妥協や曖昧な判断は融機人はもちあわせていないらしく、敵は敵、味方は味方とハッキリしている。敵には迷い無く全力で立ち向かい、味方には絶対的な服従をする。その為には手段を選ばない。そういう種族なのだ。
「とにかく…生体をゲイルに改造することは、人間的概念では人道に反してるんだよ、一般的に」
考えの見解が根本的に違う以上、人間と同じ心情をイクシアに求めるのは無理な事だった。アルスはあえて強制的に考えを押し付けるのでは無く、人間というのは一般的にこうなんだ、ということでイクシアを納得させようとした。
だがその言い方は逆に、イクシアにはさらに理解出来ない内容だったのだ。
「ゲイル計画が…それが酷い事だと感じるのなら、だったら…どうして人間は融機人を殺害して何も感じないんだ?」
「あ…」
怒りすら含んだイクシアの声に、アルスは言葉を繋げなくなる。
「融機人は人間に一方的に暴力を受けて来た、意思を持つ事を許されなかった、逆らう事なんて…出来なかった!ゲイル計画を酷いというのなら、どうして人間はあんなことを融機人にできるんだ!?どうしてなんだよ!?おしえてくれアルス…!」
「それは…」
何も言えなかった。その通りだった…。人間は融機人を玩具のように扱っておきながら、敵である悪魔の意思を尊重しようと考えるなど、とんだ矛盾だったのだ。融機人が人間にどんな扱いを受けて来たかは、アルスも知っている。口ではとても言えないような、それこそまさしく非人道的で…だがそれを誰も非難しないこの世界。融機人であるイクシアがそんな人間の道理概念を納得できるはずなどないのだ。
胸が、痛む。融機人を都合の良い道具としてしか扱わない、そんな『人間』の事を考えると…アルスの胸はキリキリと痛み出す。所詮人間は融機人をそんな目でしかみていなかったのだ。罪悪感に、胸が激しく痛む。
アルスを責めるように詰め寄っていたイクシアは、答えに困り果てているアルスを見てハッと我にかえる。
「あ…すまない…、君にこんなことを言っても…仕方ないんだ」
冷静さを取り戻し、イクシアはアルスを済まなそうに見上げた。
「いや…責められても仕方ないよ。実際俺達人間は、君に…融機人達に非道の限りを尽くしてきたんだから…好きなだけ詰ってくれてかまわない」
伏目がちにそう言ったアルスの腕にしがみつくように抱きつくと、イクシアは首を左右に大きく振った。
「いや、違う!君は…あんな人間達とは全然違う…!僕を助けてくれたもの…こんなに優しくしてくれて…、君は、あんな人間達とは全然違うんだ…!」
「イクシア…」
自分を絶対的に信じ、愛してくれるイクシア。こんなにも自分を信頼して疑いもしない。そんなイクシアを見ていると、アルスの胸はいつも痛むのだ。彼には秘密にしている事が胸に支えて苦しくなり、痛むのだ。己の、醜い姿が。
「違うよ……俺も同じだ…………同じなんだよイクシア……」
「…アルス…?」
アルスの頬からぽたぽたっと雫が落ちた。
「ど…どうしたんだアルス!?」
イクシアは涙を零すアルスに困惑の表情を浮かべる。
「ごめん…イクシアごめん…俺は…っ…」
アルスは堪え切れずに突っ伏し泣き崩れた。
「俺は……君を利用したんだ…!」
アルスは、今まで言えずに居た言葉を語り出す。
「君が愛情に飢えているのを知った上で…そこにつけこんだんだ…!君の、融機人としての能力を手に入れる為に……己の身を護る為に、己の欲の為に…ッ!俺は…猾くて酷い…君の嫌う、最低の人間なんだ!」
「……………」
代々メルギトスに狙われているクレスメント家は、もはや自分の力だけでは己の身を守れなくなって来ていた。鬼妖界からは鬼神達が、霊界からは天使達が加勢に来てくれては居たが、それでもなお戦況は圧倒的に不利だった。もうこの世界リィンバウムを…いや、己の身を護る事は限界だったのだ。こうなればもうメルギトスの手に堕ちるのも時間の問題。アルスはそんな状況の己の運命を呪った。なにも自分の代の時にそんな瞬間が来なくても良いのに、と思ったものだ。自分の運命はこのままメルギトスが襲って来るのをただ待つしかないのか…そんな時だった、イクシアと出会ったのは。
かつてリィンバウムに侵略して来た機界ロレイラル、その出身であるが故に虐げられているライルの一族…だが実は彼らはずば抜けた知力と独特の特殊能力、そして高い魔力を持っているのだ。もし彼らが本気になって人間に抵抗すれば、人間界を亡ぼせるだけの力と技術を持っていると言っても過言では無いが、かれらは決して人間には逆らおうとしない。過去に自分の先祖が人間界に侵略をしたという罪悪感の為なのだろうか。だがそれは人間にとって非常に都合の良い事だった。アルスはそこに目をつけたのだ。融機人をうまく利用すれば、或いは戦況に変化が見出せるかもしれない…と、そう考えたのだ。実際その読みは当たり、イクシアを戦闘に導入する事によって戦況は一転して盛り返した。イクシアはその作戦のための『道具』だったのだ。
「だから…俺はあの時君を………」
「……………」
イクシアは黙ってそれを聞いていた。特に傷付いた様子でも、驚愕した様子でも無く、ただ黙って。
「俺は…嘘つきの…偽善者なんだ……」
ずっと胸に支えていた。イクシアが純粋に自分を愛してくれる度に胸が痛んだ。自分が利用されたとは微塵も感じていないだろうイクシアが、自分に笑いかける度に痛かった。もう堪え切れなかったのだ。これから先もそのことをイクシアに隠していくことが、辛かったのだ。
「………アルス」
イクシアは泣き崩れているアルスの髪をそっと撫で上げる。
「それでも、君が僕を助けてくれた事にはなんら変わりがないんだ」
「…イクシア…?」
優しい口調で語りかけて来るイクシアに、アルスもその顔をあげる。
「君が僕の力を利用するつもりで助けたのでも構わなかった。それでも、あの時僕は救われたんだ。演技だったって…構わない。この世界に絶望しきっていた僕を救い出してくれたのは、アルス…紛れも無く君だったんだから」
イクシアの手がアルスの頬を伝う涙を拭い、そっと瞼にキスをする。
「君は僕に言ったよね?助けてくれ、って…だから僕は、君に助けられたから…今度は君を助けたかったんだ。忘れたのかい?あの時僕は、自らの意思で君に付いて来たんだよ。君が僕を利用しようとしまいと、結果的に君を護れるのなら僕はそれで構いやしない。そのためなら僕は…なんだってできる」
「あ……」
この知的な生命体は、自らが利用されていることなど百も承知だった。それでいてなお、付き従い、尽くして来たというのだ。知力を振り絞り、出せるだけの力を出し切って、盾となり支えとなり。怖いくらいにひた向きな忠誠心には偽りなどなにもなくて。
「……こちらからお願いするよアルス、その為に…君の身を護る為に、今まで通り僕を利用してくれないか?」
そういってイクシアはアルスに微笑んだ。
「イク…シア…っ!」
アルスはイクシアに縋りつくようにその身体を抱きしめた。この一途で健気な融機人を狂おしい程に愛しく感じる。アルスは罪悪感と愛しさが同居し二分する心が、一つに溶けていくような暖かさをその腕に感じ取った。
「イクシア…でも、これだけは信じて……」
利用して来た事への懺悔、隠し続けて来た事への重荷、そして今だから伝えたい言葉。どうしても、伝えておかなくてはならない事。
「最初は、たしかに利用するのが目的だった…。でも、でも今は……!」
愛情に飢えていたのは、果たしてどちらだったのか。
「俺には君が…必要なんだ、イクシア……っ」
強く抱き締めた腕の中の細い身体が、アルスの身体をしっかりと抱き返して来る。
「アルス……僕も…僕もだ…」
もう何も隠す事など無い。切っ掛けがどうあれ、今は今。お互いがお互いを必要としている、それが答えなのだ。
アルスは胸の痛みが、驚く程綺麗に消えていくのを感じた。
そして…天使は 舞い降りた。
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最初アルスはイクシアを利用しようと思っていたんじゃないかなぁ?って、思うんですよ。そして一緒にいるうちに情がうつっていったんじゃないかなと。基本的に魅夜はアルスをいい人だとは思っておりませんので。
だからといって悪い人だといってるんじゃないんですよ。要するに『人間らしい人間』なのです。
2005.04.06