失楽園
act:
11 裏切りに染めた手

 



 人目を避けて歩いた。クラウレは誰にも遭う事無く、城の地下入口まで戻ってきた。このように傷だらけの姿を見られれば、何事かと思われるだろう。尤も、城への侵入者を全て把握しているあの方の目は誤魔化す事はできない。どんなに人目を忍んで帰還しようと、既に発見されている事とは思う。
(妙だ…)
 それでいながら呼び出しもせず、罰をあたえようともしない。それがやけに不気味だった。気づいていないわけはないのに。だが今はその事に気をかけている時間も無い。
 キィ…
 重い地下室の扉をあける。下へと続く階段の先はやけに静かで、人の気配を感じない。クラウレは安堵したように息を大きく吐いた。どうやら溜っていた兵士達はもう居らず、セイロンしかいないようだ。
 この角があれば…少しはあの高慢な態度が戻ってきてくれるのではないかと。そんな期待を抱き、階段を下る。
「!」
 すぐに鼻についたのは、血の臭い。下るに従い濃くなるその臭いは、クラウレの脚を速めさせる。
「セイロン…?」
 牢の奥に横たわる人影は、闇に紛れて様子がよく見えない。クラウレは急くように鉄格子の鍵をあけ、その人影に駆け寄った。
「ーーーセイロンッ!?」
 一瞬、死んでいるのかと思った。それほどに、死体に等しかった。だがわずかに鼓動を感じる。
 クラウレのいない間にセイロンはいったい何をされたというのか、もともと肌の白い顔は血色なく白を通り越して青ざめ、唇は赤みが消え土色に乾いている。そして何より、今も尚止まらずに流れ続ける血。表面や入口を傷つけられた程度の出血ではない。内側からも流れ出るそれは、内臓を破壊された出血量だ。

「セイロン…これを…!」
 急いでその手をとると、クラウレは右手に持っていた枝をセイロンに握らせた。
 クラウレが手を離すと、セイロンの指はゆっくりと力無く開き、ころり、と枝が床に落ちる。セイロンには自力でそれを手にとる事など出来ない。
「しっかりしろ…!」
 返事は皆無、意識は無い。まさに、尽きるのを待つだけの状態だった。
「角だ…お前の角だセイロン!」
 落ちた枝をすぐに拾うと、クラウレはその枝に付いた血汚れを己の衣服で素早くぬぐい取り、セイロンの頭の横に屈み込んだ。左の角跡に切断面をあわせてみるが、合わない。クラウレは今度は右の角跡に合わせてみた。
 ぴたり、と断面が一致する。
「……頼む……!」
 合致した切断面を両手で包み角を固定する。この角から流れる魔力が再び肉体に流れれば、龍の奇跡的回復力によって再生効果が望めるのではないかと、そう信じて祈るように。
「どう…だ…?」
 クラウレがそっと手を離すと、…からん、と破片が床に落ちる。
「ーーーくッ!!…やはりダメか!……もう治す事は……っ」
 浅はかな望みは、やはり浅はかなものでしか無かった。壊れた角は戻りなどはしない。もう、治らない。 
「…いや…まだだ…まだ望みは…!」
  たしかに、角を治す事は出来ないかもしれない。だが、傷を治す事ならできるかもしれない。龍に戻す事はできなくとも、生かす事は可能かもしれないのだ。クラウレは角を拾うと、再び汚れを拭い落とす。そしてセイロンの口元に手をやると、その口に指を差し入れ僅かに開かせ、薄く開いた唇にそっと角をくわえさせる。
「こうすればきっと…」
 ギアンもそうしていた、自分も感じた、角から吸引したその強い魔力を。魔力を吸い込み身体に取り込めば、再びストラが使えるはずだ。クラウレは、そのまま暫し様子を伺うように覗き込む。
「………」
 …何の変化も起こらない。
「…なぜ…だ?」
 龍の力は龍にしか使えない。己の力なら、間違い無く使えるはずだ。 だが一向に変化はみられない。
「お前の角だ…お前の力だ…わかるかセイロン?使えるだろう!?貴様の力だ!」
 反応のないセイロンにクラウレは語りかける。意識の無い僅かな呼吸では、その肝心の魔力を吸収するという行為事態が出来ていないのだろう。あの時のように無意識に生命維持本能が発動してくれれば問題は無いのだが、あれは龍の力を持っている時だから発動した力。龍の力のない今は、無意識に己の身を回復させようという本能も働かない。
「使命はどうした!約束はどうした!…俺を、殺すのだろう!?俺はここにいる!殺しに来い! 」
 応える声の無いまま、クラウレの声だけが強まって行く。身体を強く揺すり、頬を叩き、目覚めさせる行動を思い付くまま必死に試みる。
「貴様、こんな所で果てていいと思っているのか!?起きろ…死ぬな…早くストラを使え!」
 だが怒鳴るような声にも、まったくの反応を見せる事はなく。
「……セイ……ロン…ッ」
 その瞳は………開かれない。
「………ッ…!」
 ただひたすら、静かに終わりの時を待つかのように。
「ーーーくそおぉッ!!」
 もう少し早く戻っていれば間に合ったかもしれない。もしあの時、あの男に遭遇していなければ、もしかすると間に合っていたかもしれないのに…そう思うと、悔しさと憎しみが沸き上がる。もう、遅かったのだ。間に合わなかったのだ。自分のした事は結局無駄な足掻きにすぎなかった無念。期待を抱く事すら自己満足に過ぎなかったというのか。壊れた龍を治す事など所詮できない。死にゆく命を救う事も出来ない。なにひとつ、己の力では出来ないのだ。目の前で消えゆく灯火を見つめ、己の無力を突きつけられる。
 すべては、自分の裏切りという行為から始まった事だったというのに。
「セイロン…」
 死なせたくなかった。助けたかった。願わくばこんな自分の事など忘れ、どこかで立派な至竜になっていてほしかった。そんな自分に都合の良い事ばかりを望んでいた。
「俺は……ッ…」
 
悔いたところでもう、無力な裏切り者のこの手ではどうする事もできない。もはやこんな状態の龍を救う事ができる者など、この世界にいやしないだろう。できるとするなら、神くらいだ。
「………神………イスルギ…!」
 ふと、クラウレの口からその名が出る。会った事はない。だが、その話はセイロンより聞いていた。
「そう…だ…あの方なら…」
 セイロンは、召喚獣ではない。己の意志で界の狭間を超えて来ている。つまり、召喚の契約に縛られていないセイロンは、故郷の世界に己の意志で帰ることが可能なはずなのだ。本来ならそんな事は出来ようも無い事なのだが、現にこうしてセイロンはリィンバウムにやってきている。クラウレは昔、そんな事ができるのならラウスブルグの住人を故郷のメイトルパに還してやる事はできないのかと尋ねた事が有る。その時にセイロンは言った、己一人の力ではなく龍神イスルギ様の力をお借りしたから来れたのだと。龍は神の域に達すると、時間や空間を自在に操る事が出来るというのだ。
 そのような不可能な事をも可能にする神、鬼妖界の守護者龍神イスルギ。龍の神であるその者なら、このような状態の龍を破壊される前の状態に戻す事だって可能なはず。イスルギはセイロンを大層寵愛していたという、ならばこんなセイロンを見ればイスルギが放っておくはずはないだろう。
 イスルギの元にセイロンを還す、もうそれしか方法はない。
「だがどうすれば…」
 クラウレは鬼妖の事など、ほとんどわからない。ましてどのようにそこに連れてくのかなども、見当もつかない。己の故郷ですら帰れない男に、他の世界へと踏み入れる能力などあるわけもない。
 だが、ここでこうして尽きるのを待つよりは…とにかく、行動したかった。
「リビエル…やつなら、何か知っているか…?」
 浮かんだのは旧友の名前。 この世界や自分の故郷だけでは無く他の世界についても詳しい知識の天使。それに彼女は回復術に長けた能力者だ。消えかけた命をなんとか繋ぎながら、その間にセイロンを鬼妖界に還す方法を探せるかもしれない。
「………しかし…ッ」
 いまさら、どの面を下げていけるというのか。裏切り者のこの自分が。それに地上に行こうものなら、再びあの侍が血相を変えて襲い掛かって来る事だろう。こちらの話など聞く耳ももたずに。
「侍…そうか、やつも鬼妖の者…!」
 侍は鬼妖界出身の人間だ。少なくとも、自分よりは鬼妖についての知識に明るい。この状態のセイロンを見れば、クラウレが説明などしなくとも奴もまたイスルギのもとにセイロンを還すという選択が頭に浮かぶ事だろう。
「………」
 本当にこの男を助けたいのならば、何所に託すべきかは考えるまでも無い事だった。回復する術を持たぬ自分が抱えて闇雲に飛び回るのと、回復に優れた仲間のいる鬼妖の同胞者…どちらが良いかなど。

 迷っている暇はない。
 クラウレは牢の片隅の破れた布を手繰り寄せると、角を喰わえさせられたそのままの状態で横たわるセイロンを包んで抱きかかえ、牢を飛び出し階段を駆け昇る。
 もう一度、地上に行くのだ。
「もう少し耐えろセイロン!今…」
 セイロンを励ますように声をかけながら、クラウレは階段を昇りきり、扉を勢い良く開く。

「ーー!!」
 クラウレの身体が凍り付いた。
「ギ…アン…様…」
 目の前には、妖しげに微笑む主人の姿。まるで、この瞬間を待ち構えていたかのように。
「………クラウレ、そんなに急いで何所に行くんだい?」
「…っ………」
 全身から流れ落ちる汗。かかえたその身を強く抱き、クラウレは一歩後ずさる。
「思った通り、角を拾ってきたんだね?……御苦労様」
「!」
 やはりクラウレが角を拾いに行った事も、ギアンは知っていた。
「俺…は……ッ…」
 迷っている時間はないのに、目の前にすると金縛りのように動けない。脚がすくみ、この人を振り切って行く事が出来ないのだ。
「そろそろ…かな」
 ギアンはちらりと時計に目をやると、ほくそ笑んだ。
「…?」
 その意味はクラウレにはわからない。
「さぁ…早く行き給え」
「!?」
 ギアンは、止めなかった。
「…クラウレ?どうした、地上に行きたいんだろう?」
 止めもせず、叱りもせず、促すような言動はあまりにも不可思議。うろたえるクラウレを見て楽しむようなその瞳。追い詰めて楽しむようなその瞳。捕まえた鳥の羽を毟って遊ぶ残酷な子供のようなその瞳。
「もう、時間がないのだろう?」
 すっ…と道を開け微笑む主人。何を考えているのかがわからない。明らかに何かを企んでいる様にしか思えない。
 しかし、本当にもう一刻を争うのだ。
「…っ申しわけ有りませんギアン様…俺は…ッ!!」
 たとえギアンが何か策を講じていようとも、このまま突っ立ていては腕の中の龍が尽きるのを待つだけだ。ギアンの行動は気になるが、今はギアンが止めない事を幸と受け止め、行くしかない。
 ギアンの横をすり抜けるように駆け抜け、クラウレは地下を飛び出した。
「…………」
 その背を見送る妖しい瞳は、クラウレの向かった方向とは逆の通路へと向けられる。ギアンの見つめるその先には、ギアンの寵愛する少女、エニシアがいる。
「…エニシアを避難させておいたほうがよさそうだな」
 そう独り言を零すとギアンは通路を歩き出し、もう一度ちらりと時計に目をやった。
「…予定より少し遅いな…クラウレめ、使えない男だ」
 意味津に舌打ちをし、ギアンは今し方分かれた男の悪態をついた。どうも予定よりも時間経過が思わしくないようなのだ。それが何なのかはギアンにしか解らない事だが。しきりに時間を気にしながら、次第にギアンは脚を速めていく。
 するとギアンの視界に、一人の警備兵士が立っているのが映った。
「…ちょうどいい、そこのお前」
「はい、何でございましょうかギアン様」
 ギアンは通路を見回っていた兵士を呼び止める。
「エニシアを呼びに行きたまえ」
 ギアンは好都合とばかりに、己が行こうとしていたその用件をその兵士に押し付ける。
「エニシアを城の奥に避難させるんだ。本来なら私が行き、手元に置いておきたいのだが…どうやらどこかの愚図のせいで、そうのんびりしているわけにもいかなくなってきたんでね」
 ラウスブルグは浮かぶ城塞、城の奥は大抵の攻撃から身を護るのには充分な強度を誇るシェルターだった。そこにいれば、このラウスブルグのどこよりも安全な場所。
「…避難…ですか?何故に…」
 だが、なぜ敵の攻めても来ていない今、エニシアをそんなところに避難させなければならないのか。それはその兵士のみならず、誰もが抱く疑問だった。
「何をしている!さっさとしろ!」
 ギアンは疑問を否定するように男に怒号を一声浴びせる。
「!!」
 恐ろしさに兵士はびくりと身を震わせる。ギアンは怒ると何をするかわからない危険な男。疑問に思おうとも、逆らってはいけないのだ。
「は…はい!ただいますぐに!!」
 すかさず返事を返すと、兵士はエニシアの元に全力で駆けていった。
「……どいつもこいつも…のろまな奴等だ!」
 ひとまずはエニシアを安全な場所に移動させるというギアンの目的は果たした。 あわてて駆けていく男に舌打ちしながらも、ギアンはまた時間を見る。
「くっ…間に合うのか…!?」
 急ぎ身を翻すと、ギアンは城の外に駆け出す。

 何かが、起ころうとしていた。

「クラウレ殿!?一体何を…」
「どうされたのです!?」
「その龍をどうするおつもりか!?」
「クラウレ殿!!」
 すれ違う度に投げられる驚愕と制止の声を振りきり、クラウレは城内を駆け抜ける。城を出てしまえば、あとはもうすぐだ。この真下はトレイユ近郊の森。一気に下降してしまえばいい。幾らでも追手を撒くことはできる。
「クラウレ殿!」
「待て!!止まれ!」
 その後を追うように連なる兵士の群れを従え、クラウレは勢い良く城の外に走り出る。
 そこには…一面大勢の兵士が待ち構えていた。
「く…そこをどけ!」
 鋭い眼光でクラウレは叫ぶ。
「クラウレ殿…それは出来ませんな」
 取り囲む輪を縮めながら、兵士が歩み寄ってきた。
「やはり貴方はそちら側の者でしたか」
「…なに…?」
 武器を構えながら、兵士達は嘲笑うかのような苦笑を零す。
「俺達はもともとアンタを信用などしてなかったんだからな」
「なにしろ貴方はかつての仲間を裏切り、唐突にこちらに寝返った男…そんな者をどうして信用などできましょうか」
「………!」
 何も言い返す事は出来なかった。たしかにその通りだ。敵側の頭とも言えよう男がいきなり自分達の側に寝返るなど、不審に思われないわけがない。共に戦い、従いながらも、その不信の目は常にクラウレを警戒していたのだろう。いつかは来るだろうこのような瞬間の為に。
「最初からその龍を連れて向こうに戻るおつもりだったのでしょう?」
「そのくせにまぁ…よくも仲間がそんな状態になるまで放置したものだよ」
「……!!」
 嘲笑う声に、何も言い返せない。全くその通りだからだ。この状態になるまで、迷いを捨てられなかった己の導いた現状。だが今はそれらの罵声を全て聞いている時間は無い。ここを振り切らなくては地上へは行けないのだから。たしかに周りは一面大地を取り囲まれ逃げ場などないようにみえるが、道がないわけではない。
 クラウレには、翼があるのだ。
「おっと、上も包囲されているのですよ?」
「ーー!!」
 空へ飛び上がろうとしたのを読まれ、上を見上げると無数の飛行兵が視界に入る。クラウレが空へと飛び上がろうとする事など、共に闘った者からしてみればお見通しだった。まさに四面楚歌。さすがにもう逃げ道はなかった。
 逃げられぬのならば…突破あるのみ。道がなければ、作るのみ。
「………もはや避けられぬか…」
 クラウレは左手にセイロンをしっかりと抱くと、右手に槍を握り直す。クラウレの身体から相手を威圧するような闘気が立ち上った。
「ふん…本性を現したな…裏切り者め!」
 兵士達も武器を持ち直し、構える。クラウレ単体の戦闘力ならこの中の誰よりも強い最強の戦士だ。だが、これだけの数となるとそうもいかない。まして傍に手負いの龍を抱えたままでは。
 それでも、戦わなくては道は開けないのだ。クラウレは迎え撃つべく槍を構える。
「覚悟しろ裏切り者ーー!!」
「うおおおぉッ!!」
 誰かの叫び声を合図に、戦闘は始まった。だがその直後。
「ーーーやめろ!やめないか!!」
 突如聞こえる制止の声。
「!」
 その声に、クラウレの手が反射的に止まる。
「ギアン様!?」
 その声は、ギアンのものだった。
「さっさとその男を行かせろ!!その男の邪魔をするな!」
「え…!?」
 それはクラウレには予想外の言葉で。
「ギアン…様…?」
 ギアンが自分を助けるような命令を周りに下している不思議。たしかに、その言葉事態はクラウレを助けるものだ。だが、先程からの不可解な一連の行動を思えば、それが何かの一計にも思えて仕方が無い
もしかしたら、純粋に助けてくれているのやもしれない…という思いと、いやまさか、そんなわけはないという思いが交錯する。彼を信じたくとも、一概に信じる事はクラウレには出来ない。彼を、ギアンという男を良く知っているクラウレだからこそ、その言葉の裏に何かを感じてしまう。クラウレの知る限り、ギアンはそんな感情をもっている人ではないはずなのだ…。
「御安心下さいギアン様、この裏切り者は我等が捕えてみせます!!」
 だが兵士達はそのギアンの言葉とは裏腹に、目の前の敵を倒す事を止めようとはしなかった。
「ばか者が!やめろと言っているのが聞こえんか…!!」
 ギアンの制止を聞かず、一瞬隙を見せたクラウレに兵士達が飛びかかる。ギアンが裏切ったものをすんなりと行かせるわけなどない。やめろ、と聞こえたのも聞き間違いで、邪魔者は殺せと言ったのだと自己解釈している。みんな我先にと手柄を立てようと必死に見えた。
「隙有りだ裏切り者!!」
 無数の刃が裏切り者に襲い掛かかる。ギアンの声に迷い、隙をみせてしまったクラウレに、刃の軌道からの逃げ道はなかった。
「クッ…!」
 クラウレはセイロンを庇うように抱えなおすと、刃の軌道を己の肉体で塞ごうとあえて身を前に乗り出した。そうすれば、腕の中の人にだけは当たらない。これ以上、この人に血を流させるわけにはいかなかった。
 その時…クラウレの腕の中で、何かが赤く光る。
「?…ーーーなッ!!?」
 その光にクラウレが疑問を感じる間もなく、突如腹部に激しい衝撃を感じクラウレは弾かれるように吹き飛ばされた。人の輪の中心から閃光が迸り、その光は振り降ろされた刃を跳ね返し、取り囲む群れをなぎ倒すように次々と弾き飛ばして行く。
「げほ…かはッ……!…な…んだ…!?」
 クラウレはすかさず身を起こし体勢を立て直す。…が、その左腕が、空なことに気がついた。
「…セイロンッ!?」
 しっかりと抱いていたはずのその人は、いなかった。弾かれた衝撃で放してしまったのでは無い。それよりもむしろ内側から振り解かれたような感触がこの手に残っている。
「…まさか…」
 クラウレは、輪の中心の光に目を懲らす。そこには、立ち篭める粉塵の中にゆらりと人影が浮かんでいた。見覚えのあるシルエット。白い肌に赤い髪…。
「……!」
 立っていたのは、セイロンだった。
「セイロン!!気がついたのだな…!?」
 やはり角を持ち帰った効果はあったのだ。セイロンは意識を取り戻し、時間はかかったが龍の力を取り戻したのだ。心踊る気持ちで声をかけたクラウレに、その人がゆっくりと振り返る。
「ーーー!?」



 その人は、クラウレの見た事のない人相をしていた。




→act:12



2007.08.04

 

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