『見つめて欲しい』

<7>



 カチャ…。
 扉の鍵が開く音に、部屋の奥に居た影がピクリと反応を示す。
「ただいま!」
 扉を開けて入ってきた男に、室内の人影が勢い良く飛びついた。
「あは、ゴメンね、ちょっと遅くなっちゃったね?」
 自分に飛びついてきた大きな動物に、男はイイ子イイ子と頭を撫でる。
「…ふ…じ…ふ……じっ…!」
「あぁ…もうすっかり僕の名前ちゃんと言えるようになったんだね?うふふ…賢いね手塚は」
 誉められて頭を撫でられて、かつて手塚国光だった男は嬉しそうに不二に戯れついた。クールで無表情だったその面影など欠片も無く、その表情に満面の笑みを浮かべ不二に甘えている。今の彼にはもはや眼鏡など無用の長物。甘えるその姿はまるで子供のように…いや赤子…、…いや、動物のようで。
「いい子だね手塚は…」
「ふじ…」
 御褒美のキス。それを待っていたように受け止めると、手塚は盛りのついた獣のように不二に体をすり寄せる。催促するように舌を絡めて来る手塚の尻を撫でてやると、 それだけで手塚は嬉しそうに恍惚な表情をする。
「ふふ…ここでして欲しいの?」
「ん…」
 手塚のズボンを引っ張ると、ウエストがゴムになっている手塚のズボンは簡単に膝まで滑り落ち、形のよい尻が露になった。
「ふじ…っ…」
 手塚は待ちきれないのか、不二のズボンをまさぐると下半身に顔を埋めた。
「あ…ん、せっかちなんだから手塚は…」
 自分の股間に顔を埋めるその頭を、不二は愛しそうに何度も撫でる。猫の背でも撫でるように。
「ん…ん……んっ」
 懸命に不二のモノを喰わえ込み、奉仕する手塚。不二の教えた通りの行動を実行する、不二の手塚。
「いい子だね…」
 全てを失い、全てを壊され、真っ白になった手塚国光。
 手塚は昔の事を何も覚えていない。 記憶も知能も何もかも、手塚の頭からは消えていた。そう、勿論テニスというスポーツの事も。今の手塚の頭にあるものは『不二』と『sex』、その二つだけ。本能のままに食べて、排泄し、不二とsexに明け暮れ、そして寝る。それだけしか知らない。
「手塚…」
 一心不乱に不二を貪る頭をそっと放させ、不二はその瞳を覗き込む。もう自分しか映らない、大好きだったその瞳。
「自分で乗ってごらん」
 不二は体を倒して手塚を手招きする。 一瞬きょとんとしていた手塚だが、その意味を理解出来たのか不二の上にもそもそ這い上がって来た。
「ん…ぅ…」
 そそり立つ不二の上に手塚はゆっくりと腰掛ける。よく慣れた手塚の其処が不二の先端を静かに飲み込んで行く。
「あ…あ、あ…!」
 その感触に手塚の腰がぶるぶると震えた。叩き込まれた性的興奮に手塚の体が歓喜する。
「そのまま動いて手塚…あ…っ、手…塚っ!」
「あ…アッ!ふ…じっ…!ふじッ…!!」
 自ら激しく腰を上下させ、手塚は不二の上で踊り続ける。可愛い手塚。淫らな手塚。
 不二の、手塚。
「…………」
「ふじ…ッ!」
 不二に抱きしめて欲しくて手塚が不二に腕を延ばしてきた。その左腕には…痛々しい傷痕と、夥しい針の痕。
「…………」

違う。


「!?」
 手塚は動きを止め、呆然とした。延ばした手もそのままに、何故、今自分が殴られたのかが理解出来ない。
「……ふ…じ…?」
 じわ…と手塚の瞳に涙が溢れる。
「!…あ……!?」
 その涙を見て、不二はようやく自分が手塚を殴った事を認識した。

  何故…今、殴ってしまったの…?

「…ひ…っく……ふえっ……ふ…じ…ぃっ…」
 子供のように泣き出す手塚を、不二は慌てて抱きしめた。
「あ……ご…ごめん手塚!……ごめんね?」
「うぇ…ひっく…」
「……ごめん…ね…」
 泣きじゃくる手塚をあやしながら、不二は手塚に何度もキスをした。
 ようやく手に入れた最愛の者を、何度も、その事実を確認するように。
 何度も。
















 カチャ…。
 扉の鍵が開く音に、部屋の奥に居た影がピクリと反応を示す。
「ただいま手塚」
「ふじ!」
 不二の帰りを待ちわびた手塚が、扉が開くのももどかしそうに不二に飛びつく。
「いい子にしてた?」
「ふじっ!ふじっ!」
 手塚はいつものように頭を撫でて欲しくて、不二の御機嫌をとるように戯れる。
 彼の口から出るのは、いつでも『ふじ』という二文字だけ。それが小さな彼の世界。
「そうそう、今日はおみやげがあるんだよ」
 不二は勢い良く鞄のふたを開けた。
  コロ…
 その拍子に、何かが鞄から転がり落ちる。
「!」
「?」
 手塚は反射的にその転がったものを掴んだ。
「ーーーっ手塚…!!」
 黄色い、丸い、それはテニスボール。
「だめ…だめだよ手塚…!触っちゃダメ!それは…」
 いいしれぬ不安にかられた不二は、手塚からそれを取り上げようとした。
「……?」
 だが手塚は…不思議そうに其れを何度か転がし、 猫のように、ただ其れに戯れついているだけだった。
 これが何なのか、手塚は知らない。
「………手塚」
 安堵する不二の心が、重く、鈍く、痛む。
「………あぁ…君は………本当に…本当にわからないんだね…?」
 テニスも、自分も、何もかも。
「もう……わからないん……だね……」
 自分の中にあったテニスも、自分の中にあった手塚国光も。
「何も……」

君の中に居た、不二周介も。

 全て無くなればいいと思った。みんな壊れてしまえばいいと思った。壊してしまえと思った。壊したのは自分で、全てが自分の望み通りで、手塚国光を手に入れて…そして…そして今は…。
「…………手塚…!」
 不二はボールに戯れている手塚を、ぎゅっと抱きしめた。
「…ふ…じ?」
「手塚……っ…」
 急に抱きついて来た不二の様子がいつもと違うことに、手塚はおろおろと狼狽える。sexの為に抱き締める時よりも、あやす時に抱き締めるよりも、強くきつく抱きしめて来る不二の抱擁。
「…ごめんね……手塚………」
「…ふじ……?」

 微かに体を震わせ、手塚を強く抱き締める不二を手塚は不思議そうに見上げる。そしてまるで不二をあやすように頭を撫でたり、顔をすり寄せたりして必死に不二を慰めるような行動をとった。
「そんな事しなくていいよ…いいんだよ手塚……」
「ふ…じ…?」
「違うよ…君が悪いんじゃ無い…君は何も……」
「ふじ……?」
 不二は更に手塚を強くその胸に抱く。不二の事しか見ない、不二の名前しか口にしない愛しい手塚。
「違う…」
 不二の手塚。従順で可愛い、壊れた手塚。
「違うよ………僕が…欲しかったのは………!」
 ぽつり、と不二の顔から落ちた水滴が手塚の頬を濡らす。
「ふ…じ……?」

 君の瞳が好きだった。
 君の瞳を見つめているのが大好きだった。
 その瞳が大好きで、その瞳で見て欲しくて。
 手に入れたくて、狂う程に欲して、そして…。


 今になって、気が付くなんて。


「…………」
「………ふ…じ?」
 手塚が心配そうに不二の顔を覗き込む。
「……優しいんだね…手塚は……」
 不二はそんな手塚の頬に触れるようにキスをした。 優しく。
「…………ねぇ手塚……今度の日曜には…外にいこうか…」
「……と…?」
「……そう、外」
「そ…」
「外、だよ手塚。…言ってごらん」
「………そ……そ…」
「そ、と」
「……そ…と…?」
 生まれ変わった手塚が、初めて『ふじ』以外の単語を口にする。
「そと!」
「…そうだよ手塚…いい子だね…。」
 背中にまわした腕で手塚の頭をそっと撫で、不二は手塚の瞳を覗き込む様に見つめた。真直ぐに自分を見つめて来る手塚の瞳を。

 あんなに欲していたはずの、
 僕だけを見てるその瞳が、こんなにも嬉しくて。
 そして悲しくて。

 ようやく、わかったんだ。

 手塚を膝にのせ揺りかごのように体を揺らしながら、不二はまるで独り言のように手塚に語りかける。
「出かけよう手塚。草があって木があって、空があって綺麗な空気のいっぱいある所に行こう。外は君の知らない事だらけで…だから…僕が教えてあげる。何でも全部教えてあげる。だから…だから…」

 真直ぐな君の瞳が好きだった事。
 曇りのない君の瞳が好きだった事。
 そして…


 

「そこで二人で……テニスをしようね……」












テニスにひた向きな君の瞳を見つめているのが    
……何よりも大好きだった事。


 

FIN.


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 ようやく完結致しました。おや、どうしました?結末納得いかないですか(笑)ん?そうですか?まぁそれはそれで(笑)。
 この話、実は主役は手塚ではなく不二でした。手塚が痛い話では無く不二が痛い話を書いてたんですよ。最後まで不二は鬼畜で通して欲しかったって人もいるかなぁ?たぶんいるでしょうね。でもまぁ、それじゃただのSMかなぁと。そういうのはそういうので別に書けばいいかなと(笑)だって書きたかったのはそこじゃないんで。でもここまで呆れる程自分勝手だと立派な鬼畜人でしょ?
 
最初から最後まで鬼畜で居られるなら、それはある意味とても幸せな話になってしまうと思ったんです。最後まで鬼畜でいられないから、痛い話になるんじゃないかなぁと。この話は、どうしてもイタイ話にしたかったんで。メンタルがね。 魅夜にとっての不二ってこんな感じの印象なのです。もし、これが不二じゃなくリョ−マだったら6話で完結なんですがね(笑)

 でもあれでしょ、ほら、なんだかんだ言っても最後は結局ラブラブのハッピィエンドでしょう?(どこが!?)これもある意味、一つの幸せのカタチという事で。
 長い間御愛読有難うございました。

2003.05.21完結


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