罪と罰<3>


 漆黒のインナー姿の三蔵は八戒にとって初めてみる姿ではない。おそらく本人に自覚は無いだろうが、その気高き法衣なくとも三蔵は最高僧の風格を醸し出している。法衣でもチャクラでもない、三蔵自身が『三蔵』という気高き地位を彷彿させているのだ。その、三蔵法師にこれからこの身体を浄化される…。ズキン、と八戒の胸が痛んだ。自分のような者がこの男を汚してはいけないのではないだろうか、という思いが急に強くなり始めたのだ。
「…ごめんなさい三蔵……やっぱり…いいです」
 八戒はこの気高き男に、自分のこの汚れた身体に触れるよう懇願した事を今更ながら後悔する。見ず知らずの僧侶に初めての行為を強いられるのは恐かった。だが、だからといってこの気高き男をこんな行為に巻き込んで良いわけが無い、これはただの自分の我侭だ。
「あなたにこんな事をさせようとするなんて僕は…最低ですね」
 八戒は作り笑いのような綺麗な笑みを浮かべて、冗談めいた口調で戯けて済ましてしまおうとする。冗談と言う事にしてしまわなければ、激しく自己嫌悪に陥ってしまいそうだったから。
「…今更、何言ってやがる」
 三蔵の手がすっと八戒の胸元に延ばされる。こころなしかその口調は不機嫌に聞こえた。
「…え?」
 布を引き裂く音に八戒の思考が停止した。裂けた衣服の隙間からひんやりとした空気の感触を感じて、八戒は思い出したように見開いた瞳を数度、瞬きさせた。
「…さ…んぞう…?」
「さっさと尻を出せ」
「…え?」
「聞こえないのか?ケツをこっちに向けろと言ってるんだ」
 三蔵の気高いその手に首を掴まれ、八戒は引き倒される。
「三…蔵!?」
  決して他人に優しい態度で振舞う人ではないことはわかっていた。だが、自分に対してこんな暴力を振う人ではないとも思っていた。信じられないという驚きと、急に何故こんな態度を、という疑問符が八戒の頭にいっぱいになる。
「…俺なら優しくしてもらえるとでも思ってたのか?」
 グイッと三蔵の手が八戒の腰を引き寄せる。破り捨てるようにズボンを剥がされ、現れた長く白い脚を三蔵は乱暴に抱えあげた。無表情に口元だけ歪ませ、三蔵は驚きと恐怖に脅える八戒の顔を覗き込んだ。
「…冗談いってんじゃねぇよ」
「三蔵…う…あああぁッ!」
 吐きかけられた言葉と共に身体に激痛を与えられ、八戒は悲鳴をあげた。初めての行為に緊張も羞恥も感じる暇もなく、恐怖と共にその激痛はやってきた。解されてもいない渇いた其処は無理矢理に拡げられ、出血を伴いながら三蔵の肉体に割られていく。
「ひッ…イッ!…痛ッ、三…蔵ぅッ!」
 ミシミシと骨が軋みメリメリと肉が裂け、拘束されたばかりの手枷をガチャガチャ鳴らしながら八戒は必死に抵抗した。想像以上の行為の苦痛に、三蔵の暴力の前に、八戒の瞳から涙が溢れる。
「…お前は罪人でいたいんだろう?だったら罪人は罪人らしくあつかってやるぜ…これで満足か!?」
「うあっ…う、くあッ!ひッ…!」
 裂けた肉を擦りあげながら、三蔵は八戒の身体を乱暴に突き上げる。突くたびに八戒の汚れた血がポタポタと牢の床に垂れ、赤黒く模様を造り出す。三蔵の衣服をも汚しながら、その血は己の紅さを自己主張する。汚れた血とは言われていても、とても綺麗な紅い色。紅い、紅い、真っ赤な罪の色。
「…綺麗なイイ色じゃねぇか…なぁ?」
「ぐッ…三…ぞ…」
「おまえはこの色が好きなんだろう?紅い罪の色が大好きなんだろ?だからそうやっていつまでも…」
 言いかけて、三蔵はチッと舌打ちすると、八戒を突き上げた。
「うあぁッ!」
 加減のない三蔵の暴力に八戒は何度も意識を手放しかけるが、あまりの行為の痛みに直ぐに覚醒してしまう。これが自分の望んだ行為の結果なのかと、そんな事に思考を廻らす暇も与えてはくれない。八戒の固く閉ざされた瞳から幾筋もの涙が頬を伝う。
「くそっ…てめぇ見てると、…むかつくんだよ!」
 八戒の内側を擦りあげる三蔵の存在が次第に膨張し、増大する痛みと共に行為の終わりが近い事を八戒に伝えた。
「う…ッ…三蔵…っ、く…ッ!」
「…ふん…」
 無言になり行為に没頭していた三蔵の動きが更に素早く乱暴になったかと思うと、突如八戒から一気に己を引き抜いた。
「…ッ……え…?」
 ようやく終了に近付いていたと思っていた八戒は、突然の中断に驚いた。この行為はこんな中途で終わるものではなく、ちゃんと終わりがあるものだ。八戒は三蔵の意図が解らず、瞳をうっすらと開く。すると、眼前には先程まで八戒の中で暴れまわっていた三蔵自身が突き付けられていた。
「…三…蔵?」
「…出すぞ」
  三蔵はその困惑している八戒の顔をめがけ、思いきり体液を浴びせかけた。
「アッ…!?」
 視界が急に白濁すると同時に、八戒の眼球に刺すような痛みが走る。
「あうゥッ…!」
 視力を奪われるような刺激にうめきながら転げ回る八戒に、三蔵は不敵な笑みを浮かべて言った。
「…ああそうか、ナカに出さなきゃ意味がないんだったな?」
 ククッと愉快そうに三蔵が笑ったのを聞いて、八戒の頭にカッと血が昇る。
「…ッ…!…三蔵…あなた、わざと…ッ!?」
 最初の僧侶どころか、苦痛を与えるだけあたえておいて、その行為には最終的に全くの意味は無い。
真っ赤になった目から大量に涙を流しながら、八戒は三蔵を睨み付けた。既に三蔵は着衣の乱れを直し、汚れた衣服を着替え、八戒になど目もくれずに帰り支度をしていた。
「どうせこれから思う存分聖液を頂けるんだろ、罪人さん?」
「−ー−…ッ」
 目もあわさずに返された言葉はあまりにも冷たく、八戒の怒りを虚しく空回りさせ、『罪人』という言葉の響きが八戒の怒りを急速に消沈させていく。罪人だから、これは罰だから。与えられる罰に文句など付けられるものではない。こうしてくれと望んだのは他でも無い自分なのだから。八戒は三蔵に何も言い返す事など出来なかった。
「……」
「…馬鹿が」
 言葉を返せずにいる八戒に、逆に三蔵が罵声の言葉を投げ付けた。三蔵の中の言い様の無い苛立ちが、そのまま直に八戒にぶつけられていた。
「…二週間だ」
 衣服を整えた三蔵は、今もなお顔を伏せたまま無言の八戒に言った。
「二週間以内に帰って来い。出来ないなら…二度と俺の前に顔を見せるんじゃねぇ!」
「三蔵…」
 否定とも肯定ともどちらの意にもとれる言葉を八戒に残し、三蔵は斜陽殿から姿を消した。二週間、という期限をこの儀式に科して。
「二週間…」
 千人を二週間以内、それがどういう事か八戒にはすぐ計算出来てしまった。一日70人以上という事である。その数に八戒はゾクッと寒気が走った。つい今しがた受けた暴行の痛みと疲労感は、それが可能かどうかを否定していた。だが、やるしかない。
「…八戒殿、それではそろそろ始めましょうか」
 傷付き痛む体に容赦なく、僧達は着々と儀式の準備を進めていた。後は、八戒の意思だけである。体を起こそうとすると、三蔵によって傷つけられた体がズキズキと痛みを訴えた。だが、休んでいる時間も無い。意思はもう、決まっていた。
「………はい、お願いします…」

 『人間に戻りたいか?』その問いに頷いたその時から、もう、八戒の意思も後戻りは出来なかったのだから。

 

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