罪と罰<4>


「………」
「………」
「………」
 無言の夕食が進む中、耐えきれずにそのうちの一人が口火を切った。
「〜〜〜っ、なぁっ!どういう事なんだよ?なんで八戒帰って来ないんだよ!?何所にいったんだよ!?なぁッ!三蔵!!」
「煩い。黙って食え」
「三蔵ッ!」
 ガタン、と大きい音を立てて立ち上がったのは、悟浄だった。
「……いいかげんにしろよこのクソ坊主…理由くらいいいやがれ…」
 つい先程まで激しく言い争っていた三蔵と悟浄。
 今朝、三蔵は二人の元に帰ってきた。いったいどこにいっていたのか何も語らない。そして、其処には共にでかけたはずの八戒の姿がなかったのだ。 当然投げかけられる疑問符にも、三蔵は何も答えない。そして二人はそのまま口論と呼ぶには激しすぎる争いに陥った。日もくれ、腹も減り、ようやく一時休戦になった食卓で、今再びその熱が高くなろうとしていた。
「何度も言っているだろう…あいつが自分で行ったんだと」
「そんなのは理由になんねぇだろッ!だから、何処に何しにいったかッてきいてんだろぉがッ!」
 バンッ!とテーブルを叩いた悟浄によってひっくり返ったスープが三蔵の袖にかかる。いつもなら銃を発砲して怒りそうな所だが、今の三蔵は無反応だった。それだけでも、八戒の状況が何かただ事では無いという事が悟空にすら解る。
「なぁ…変だよこんなの…おかしいよ三蔵、何で…なんで言えないんだよ!?」
 悟空が、泣き出しそうな瞳で三蔵に話かける。
「…………」
「…俺も悟浄も…八戒が心配でたまんないだけなんだって!…なぁ、…こんなんじゃメシもうまくねぇよ!」
「…………」
 茶を啜りながら黙っていた三蔵は、その湯飲みを置くとついにその重い口を開いた。
「…あいつは…自分を殺しに行ったんだ」
「なん…!?殺しに…って…!?
「どういう事だよソレ!?」
 驚く二人の反応にたたみ掛けるように三蔵は付け桑えた。
「……その意味は…二週間後に…解る」
 理由はハッキリとはしないが、三蔵のこの言葉は二週間後にはきっと八戒ガ帰ってくる事を二人に告げていた。
「……二週間…なんだ、二週間後にはちゃんと帰ってくんの?八戒!」
 このまま八戒ガいなくなるのでは、とまで思っていた悟空は八戒ガ戻ってくる日を確認し、少し顔を綻ばせた。だが悟浄はそんな言葉では納得はしない。
「……二週間後まで…どうしてるんだ八戒は?」
「…………」
「……おい三蔵…ッ」
 悟浄がもう一度テーブルを叩いた。スプーンが数本、跳ねて、床に落ちる。
「…あいつが自分で決めた事だ」
 何処で何をしているかは、三蔵は決して答えない。
「………けっ…部外者は黙って待てってのかよ…」
 悟浄は一貫した態度の三蔵に舌打ちすると、そのまま椅子を蹴飛ばして席を離れた。
「なぁ、とにかく帰ってくんだろ?八戒」
 悟浄が席を立って数杪後、悟空がもう一度確認するように三蔵にきいた。
「帰って来るさ…あいつは」
 それを聞いて悟空はホッとする。理由はわからないし、三蔵が言えないのなら、もう聞かない。
この男を信じてるから。ソレが間違った事ではないと信じるから。八戒が帰ってくるという事だけが解れば、悟空はそれでも安心ができた。
「確かにあいつは戻ってくる……ただ……」
 だが三蔵は、意味深な言葉でその悟空の気持ちに水を刺す。
「……戻ってくる奴は…『猪八戒』 じゃねぇんだよ」
「え…………?」
 困惑の表情の悟空には、何の事だかさっぱり理解出来なかった。


「う…あくぅッ…」
 初めてその腹に受けた時には、焼けるように熱いと感じたその体液。だが今の八戒の身体には、それがただ膨満感を感じさせるだけになるほどその身は麻痺していた。
「691…」
 無情なカウントだけが八戒の耳に届く。
(いつのまにか半分は…超えてたんですね…)
 692人目の僧侶の影が降りてくるのをぼんやりと見つめながら、八戒はふと、懐かしい顔ぶれを思い出していた。
(何…してるんでしょうね…今頃…あれからもうどのくらい……)
 そんな事を思いめぐらしながら、八戒はある事を思い出しハッとする。
「今……」
 呻き声と吐息しか漏らさなかった八戒が久しぶりに言葉を発した事に、僧侶の動きが止まる。
「今…何日目ですか…?後何日で二週間…ですか!?」
 そう、期日は二週間しか無かったのだ。
「…10日目です。八戒殿」
「10日…!」
 帰ってきた日数に八戒は愕然とした。一日大体70人前後はその身体に浴びてきたと思う。その数を少し増やせば、なんとか間に合うかもしれない数だった。だが、八戒は一つ大事な事を見落としていた。
『二週間以内に帰って来い』
 三蔵は帰って来いといったのだ…そう、『その日まで』に戻っていなくてはいけないのだ。八戒は移動にかかる日数の事を計算にいれていなかった。
 ここに来る時、三蔵と八戒は何か不思議な術で作られたような道を抜けてきた。実際は何十倍もかかるだろう距離を、ほんの1日半程でここまで辿り着いた。神の道とでもいうべきか、おそらくこの斜陽殿に通じる、僧侶達の特別なルートなのだろう。もし仮に帰りもその道を使えたとしても、残りの4日のうち2日は移動に当てなくてはならない事になる。そうなると…今の倍の人数が、一日に必要になってくる。
(無理…だ…無理ですよ三蔵!そんなの…)
 辛くて、今にも倒れそうな身体に震えが走る。今までの倍なんて、一日150人前後なんて、考えただけで気を失いそうだった。だが八戒の脳裏に先程思い出したばかりのなつかしい顔ぶれが、浮かび上がる。
(……きっと…待っているんですよね…待っていてくれてるんですよね?こんな僕を…こんな…)
 瞳を閉じ眼に浮かぶ姿に何かを誓うと、再び瞳を開いた八戒は意を決して言った。
「後…2日で終わるようにお願いします!」
「2日…ですか?」
 僧侶達は驚いた。今の八戒の状態でそんなことは誰の目にも不可能だと映る。
「そんな事をしても…すぐに気を失うだけですぞ八戒殿」
 一人の僧侶が現実的な言葉を八戒に説いた。
「…気を失ったら…すぐに僕を叩きおこして下さい!」
 八戒の強い姿勢に僧侶達がざわつく。
「しかし……2日ではそれでも間に合うかどうか…」
 また、一人の僧侶が言った。
 たしかにそれでもギリギリなのかもしれない。今までだってのんびり過ごしてきたわけでは無い。それを今更倍にしてくれといわれても、これとて生理現象、そう速度の変わるものでは無い。八戒は暫し目を閉じると、自分の恐怖を振り切るように言った。
「…それなら…二人づつでお願いします…!」
 僧侶達は更にざわついた。そのざわつきを一人の僧侶が制止すると、その僧侶は八戒に言った。
「…よろしいのですね?」
「………はい!」
 八戒は震えながらも、頑に頷いた。
 目の前にいる692人目の僧侶の横に693人目の僧侶が姿を現し、八戒を抱えるように後ろにまわった。
「は……」
 臀部に当たる二つの気配。八戒はごくりと息を飲むと覚悟を決めたように瞳を閉じた

 拷問のようなこの行為に、残り後4日にして更に地獄の門が開く…。

 

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