罪と罰<5>


「ひ…っ」
 押し当てられた僧侶のソレが、八戒の入口を押し拡げ、かつてない拡張感に八戒の体が強張る。
だが八戒の其処は、後少し、というところでなかなか飲み込んではくれない。
「……やはり無理ですな、諦められよ」
 幾度かの試みの後、片方の僧侶が言った。
「いえ…そんなことないですよ…」
 しかし八戒は諦めてはいなかった。自分を苦痛に追いやるこの方法を。
 これしか、三蔵との約束を守る方法がないから。
「……それ、お借りしてもいいですか?」
 八戒は手枷の付いたままの手で、前に居た僧侶の懐にその手を忍ばせる。そして、僧侶の懐から再び姿を表したその手には、懐刀が握られていた。
「…八戒殿、何を……!?」
 僧侶達は
ふいをつかれ八戒が凶器を手にしたことに、身構える。だが八戒は僧侶達の考えるようなことはしなかった。逆に、考えもしなかった行動にでたのだ。
「こうすれば…」
 八戒はその鞘を抜き、自らの蕾に押し当てた。
「な…おやめなさい八戒殿!!」
 八戒は
僧侶達に薄らと笑うと、その手に力を込めた。
 ズッ…
 刃先が八戒の中に埋まる。
「ウアアアァッ!!」
 八戒は自ら科した行為に悲鳴をあげる。
「八戒殿!!」
「……う…くぅ…っ……!」
 真っ赤になった震える手で、八戒は凶器を己の体から引き抜いた。ドクドクと沸き上がる妖しの血。
「な…んてことを……!」
 八戒は引き攣った笑みを浮かべながらその刀を床におき、手招きした。
「う…ふふっ……さ…ぁ、これで…きっと…入りますよ…?」
 僧侶達は『自虐的な傾向がある』という猪八戒の資料を見た事はあった。だが、こんな形で目にするとは、誰も思ってなどいなかった。それに、最近では『自虐的な傾向が最近は薄れている』と訂正されていたのに。
「しかし……」

 僧侶達は躊躇するように、顔を見合わせる。
「どうか……お願い…します…」
 八戒の懇願するような翡翠の瞳が僧侶達を見つめる。潤んだ瞳で、汗ばんだ白い肌を紅い血が伝う様は、妖しくも、なんとも言えぬ程に美しかった。
「……わかりました、よろしいのですね?八戒殿」
 先程の二人が、再び八戒の前に歩みでる。
「ありがとう…ございます……」
 僧侶は八戒の体を持ち上げると、遠慮なく脚を開かせた。
「ぁぐっ…!」
  それだけで、傷付いた体に走る激痛に八戒は呻き声を漏らす。
 グッ…
 傷口に、塊が押し当てられる。
「ーーーーっっ!!」
 八戒は拳を白くなる程握りしめ、唇を噛み締めた。
「………いきますよ八戒殿」
 ズズ…ミシ……ッ
「う…ッぐ…あっ…くッ…!」
 傷口から、体の裂けていく感触。そして…
 ズグッ…!!
「ギャアアァァッッ!!」
 跳ねた体が絶叫をする。
 裂けた傷口から、八戒は二人をついに飲み込んだ。
「う…アアッ…、ひッ…ぐッ!う…うぐぐぅッ…!!」
 八戒はブルブルと体を震わせながら、奥へと入ってくる激痛に歯を食いしばる。例えようもない苦痛に、気が変になりそうになる。だが、八戒は必死に頭を振って正気を保とうとした。
(…これで……これで約束は…守れます…ッ!)
 ぎゅっと閉じた瞳からは、とめどなく涙が流れはじめた。


「……あと二日、だぜ…?」
「………」
「……本当に帰ってくるんだろうな…」
 新聞から目を離そうとしない三蔵の前にあるテーブルに肘を付くと、悟浄は疑うような口調で言った。
「………」
「…ッかぁッ!また黙りかよ?…一生黙ってろクソ坊主!」
 悟浄はそう吐き捨てると苛ついて部屋を出ていった。 三蔵に言ったところでどうにもならない事は悟浄だってわかっているのだ。だが何かにあたらないと、やりきれない。何も出来ない自分に対するいら立ちを。
「キュー…」
 ジープは主人の帰りを待つかのように、先程からずっと窓の外を見つめている。 そのジープの頭を悟空がそっと撫でてやった。
「…心配すんなって、大丈夫。八戒もう少しで帰ってくるから…なっ?」
「…キュー!」
 ジープが悟空の肩に甘えるように纏わりついた。いつも八戒にしていたように。
「そうだろ?なぁ三蔵?」
 新聞を握る三蔵の手が、カサ…と紙を揺らす。
「…さぁな……別に帰って来ないなら来ないで、俺は構わん」
 三蔵はそう言うと、新聞をガサッっと握り直した。
(………三蔵だって心配なくせに)
 だが悟空は知っていた。さっきから三蔵は、新聞のページを全然捲っていないことを。眼鏡のかけられたその目も、ちっとも文字なんか読んでいない事も。
「八戒…早く帰って来ないかなぁ…」
 悟空は三蔵に聞こえるように窓の外を見ながら呟いた。

(切れてしまうと締まりが悪いな)
(そういう事をいうものではありませんよ…)
 僧侶達の内緒話も、八戒の耳には入らない。
「ぐ…あぁッ!!」
 ズジュ…ヂュルッ…グジュ
「881…」
 ビュクッ!
「うあああぁッ!」
 カウントを消す程の悲鳴の中で、儀式は続いていた。
 自ら傷付けた事により、入口の拡がった八戒は僧侶を二人づつ易々と喰わえこむ。顔面は蒼白になり、焦点の殆どあっていない瞳で、それでも八戒は意識を保ち続ける。
 先程から幾度と失神を繰り返している八戒。だが、意識を失った八戒に、僧侶達は気付薬のような液体を口に含ませ背中に喝を入れ、八戒の望み通り意識を取り戻させてやっていた。普通の人間であればとっくに死に至っていてもおかしくはない。だが、皮肉にもそれは彼が妖怪であるがゆえに、こうして命を繋いでいる。失おうと必死になっているその力の為に。
「ひッ…イッ…ぐ、ううッ…!」
 休む間もなく次々と僧侶達が入れ代わり、八戒に注ぎ入れる。既に切れてしまった筋は、その液体を自分の力で体内に留めておく事が出来ず、油断をすればせっかくの聖液を垂れ流してしまいそうになる。
「これは、まめに吸着させなければいけませんね」
 僧侶は行為を一時中断すると、先程から儀式に使用していた太い木の杭を八戒に挿し込んだ。
「あぐ…ッ…」
  だが、八戒の其処は弛みきってしまっていて、奥まで押し込んでも、ぬるりと抜け落ちてしまうのだ。
「これでは栓になりませんね…」
「…これを使いましょう」
 傍らにいた僧侶は、新たな太い頑丈な杭を持ち出してきた。杭…というよりも丸太に近い。
  ヌヂュ…
「う……!!」
  ムジュッ… ミチッ…メリ…ッ
「あ、…う、う、くあ…ッ…うがぁッ!!」
 傷口を極限に拡げる拷問。
「…はじめましょう」
 そうして始まる数十度目の経。
「ア…アアアアーーッッ!!」
 体の破壊されるような苦痛に八戒の絶叫が溢れる。八戒の体は、すでにその苦痛に耐えられる限界を超えていた。
「ーーッ……」
 ガクン、と八戒の頭が垂れる。
「……八戒殿?」
 経は中断された。今までのように八戒の口に気付薬を注ぎ込み、背後から喝をいれる。が、八戒はガクン、と揺れるだけで戻っては来ない。
「……精魂果てられたか…」
 幾度かの試みの後、一人の僧侶がついに言った。
「…やはり無理だったようですね…」
「ここまで来て残念ですな」
「非常に……惜しいのう」
「まだ私まで順番がまわっていないというのに…」
「全くもって、残念です」
 僧侶達は口々に好き勝手な事を口に出した。
「…三蔵様には何と…?」
「苦行に耐えられる器ではなかったと言うほかあるまい」
「そうですな…」
 瞳を開かなくなった八戒に僧侶達は法衣を掛け、そっと横たえさせた。誰もがこの儀式の続行を諦めかけたその時だった。
「…お前等、随分面白い事やってんじゃねぇかよ」
「!?」
 突如振ってきた下品な物言いに、僧侶達は驚いてその声の主を振り返った。

 

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