千と一夜の地下室

第四幕「偽りだらけの虚像」

 麗蒔と会う前の待ち時間、次の番の男はPEEP ROOMと呼ばれている部屋で過ごす。下品な目的の為に設けられいる趣味の悪い部屋だ。利華はいつもはこの部屋にいる間カーテンを閉めたままにし、麗蒔が呼ぶまでは待っていた。利華は他人の情事を盗み見るだなんて人として最低だ、と思っていたからだ。が、いつからだろう、そのカーテンの向こうが気になってしかたがないのは。  ある日利華は魔がさし、そのカーテンを少し開けてしまった。中には膝を抱えて部屋の隅でうずくまっている麗蒔が見えた。自分が知っている麗蒔とはなんだか随分様子が違ってみえる。
「麗蒔…。」
 聞こえる訳のない名前を呼んでみる。なんて暗い顔をしているんだろう…見ているこっちが辛くなる。  突然シャワールームから男が出てきた。男は麗蒔を抱きかかえるとベッドに放り投げ、自分の服を脱ぐのさえ焦れったそうに、すぐさま麗蒔の肌に貪りついた。  虫酸が走る、なんて不愉快。やっぱりカーテンなんか開けてみるんじゃなかった。閉めようと利華は手をのばしたが、慌てていたので脇の装置に手が触れてしまった。
『あぁ…んっ…。』
 甘くのびる声にカーテンを閉めようとした利華の手が止まる。
『や…んっ…嫌…やだっ!』
 ゾクリと背筋を寒気が襲う。利華は自分でも無意識の内にガラスの中央に歩みを戻していた。
『今日はあまり乗り気じゃないな?まぁ鎌わんさ…。』
 男は麗蒔の上に覆い被さり、愛撫もそこそこに身の一部を麗蒔の中に埋め始める。
『ひあっっ……っく…はぁっ!』
 麗蒔は背をしならせながら男を呑み込んでいく。荒い息づかいが速まり、開いた唇からはなんとも形容しがたい声が漏れる。男が麗蒔の腰を抱え上げ更に奥を求めて突き進むと、麗蒔の口から漏れる声が一層激しいものになった。
「くっ…この野郎…!」
 以前にも一度見たその光景、今すぐにでも部屋に飛び込み殴り飛ばしてやりたい衝動にかられるが、そんなことをしても麗蒔を困らせるだけである。それになにより、この光景を利華が見ている事が麗蒔に知られてしまう。…大体、麗蒔が汚されてる光景なんて見たく無い、なのに…なんで開けてしまったんだろう?利華の中で見つける事を拒否し続けていた答えが近付き始める。
『はぁ、う…んっ……苦し……ん…っ…!』
 泣きそうな声に甘い響きを含んだ麗蒔の声が利華の耳に届く。また背筋に鳥肌が立つような寒気が走り、利華はどうしようもなく体が熱くなってくるのをもう押さえ切れなかった。己の手を自らの体に這わせ、熱くなった中心に指を絡める。
「麗…蒔…!」
『突っ込んだだけで感じるのか?全くたいした淫乱だぜお前は…本当はもっと乱暴にされるほうが好きなんだろう?』
 麗蒔の体に腰を押し付けると、男は下品に腰を揺らした。根元まで挿入された男の物が、繋がれた箇所を支点にして麗蒔の中をぐるぐると掻き回す。
『あうっ…やあぁーーッ!』
『これが気に入ったか?そうか、もっとしてやるぞ!』
 男は品のない笑い声をあげながら更に激しく腰を動かした。組み敷かれた麗蒔の体が狂った様に波打ち、力無く揺れる上半身が妖しく乱舞する。
『く…あぁ、…っ…はあぁっ…そんな…嫌っ…あ…!』
「あ…麗蒔……麗蒔っ!」
 利華は譫言のように夢中で麗蒔の名を呼んだ。彼には見える筈の無い部屋で、聞こえる筈の無い声で。
 麗蒔の瞼が辛そうにビクビクと震え、重なりあった体が一層激しく揺れたかと思うと、覆い被さる男共々、荒い吐息を吐き出しその動きをとめた。男は用が済むと、まだ息の荒い麗蒔に軽く口付け、さっさと部屋を出ていった。麗蒔は暫くベッドに仰向けになったまま虚ろな目で薄汚れた天井を見上げていたが、だるそうに起き上がるとシャワールームに入っていった。
 利華は誰もいなくなった部屋を呆然と見つめ続けていた。ふと、目の前のガラスに自分の姿がうっすらと映っているのが目に入る。
「………!」
 利華は辱められる麗蒔を目に、自ら朽ち果てている己の姿に直面する。濡れたその手が信じられず、体に震えが走る。
「こんな事って……最低だ…俺はっ…!」
 利華はもう、辿りついてしまった逃げる事の出来ない答えに、唯々どうしようもない怒りがこみ上げてきた。
「俺は……犯される麗蒔を…綺麗…だと思ってしまった…!俺は…俺は麗蒔を……麗蒔を抱きたい…抱きたいんだ…!こんなの、他の奴等と何も変わりやしないじゃないか…!」
 気付いてしまった自分の気持ちが悔しくて、利華は拳で壁を思いきり殴りつけた。軽蔑に値する奴等と自分が…同じだということが悔しかった、自分が許せなかった。始めて会った時の気持ちと、今の麗蒔に対する気持ちが明らかに変わってしまった事が…。
「違う…麗蒔が会いたいのは…こんな俺じゃない…こんな俺は…麗蒔に知られてはいけない…。」
 利華はこの気持ちを麗蒔の前で見せることだけは決してするまいと心に誓った。

「良かった…今日も来てくれた。」
「当たり前だろ。」
 麗蒔は利華の隣に座ると肩にすりよってきた。自分から利華に抱きついてきたあの日以来、麗蒔はすっかり利華に気を許しているようだった。逆に、利華にはそれが辛く感じる瞬間があるのだ。麗蒔のちょっとした仕種で体が熱くなってしまうのである。
「どうしたの利華?」
「あ…いや、なんでも…。」
 実際、さっきまであられも無い姿を拝んでいた張本人を目の前に、先ほどの光景を思いださずにはいられないのである。利華はちょっと風邪気味なんだと適当に誤魔化し顔を背けた。
 次の瞬間、顔を掴まれ向き直させられた利華の顔に麗蒔の顔が急接近してきた。
「!!」
「…少し熱が有るんじゃ無い?」
 額と額が触れ、利華の熱は更に上がってしまいそうだった。
「俺が来てって言ったから無理して来てるんでしょ?具合悪かったらいいんだよ、俺…。」
「そんなんじゃないって、大丈夫、俺平熱高いだけだから。」
 利華は慌てて弁解する。元は利華のほうから勝手に来始めたのに、いつのまにか麗蒔は利華が自分に言われたから来てるのではと思い始めてしまっているようだ。
「俺元気だから、な?余計な心配すんなって。」
 麗蒔は利華の顔を掴んだまま、じーっと覗き込んでいたが、その手を放すと利華の胸に顔を埋め甘えた声で言った。
「そっかぁ……でも少しぐらいなら無理して来てくれると…嬉しいんだけどなぁ…。」
 口元で掌を組み、小首を傾げながら少しだけ我儘を言う麗蒔は、たまらなく愛らしかった。
(あ…やべっ…!)
 利華は体の異変に気付き、素早く立ち上がり上着を羽織る。
「利華?」
「ごっ…ごめん麗蒔、今日あんまり長く居れねぇんだっ!明日またくるから、じゃ!!」
 突然の事にただ呆然とする麗蒔を残し、利華は慌てた様子でバタバタと部屋を出ていった。
「なんだよ…もう…」
 まだ時間も残っていたのに、早々に帰ってしまった利華に腹を立て、麗蒔は枕に八つ当たりをした。

 この町に長期滞在するようになってから、利華は以前ギターを購入した楽器店でバイトを始めていた。別にそんなことしなくても暮らしていけるものは充分にあった。しかし、今まで生きてきた習慣というか、もてあました日中の時間というか、そんな物を埋めるのにもそれは丁度よかったのである。
「店長、これ捨てちゃって良いやつですか?」
「あー、もう処分してくれ。」
「へーい。」
 利華は店の奥で山積みになっていた古い雑誌を束ねていた。よくこの店の古雑誌を麗蒔への土産に持っていったりした。しかし今ここに有るのは随分と古いものだ、紙がボロボロになったり変色しているものもある。
「しっかしやべーよな…実際。」
 最近の自分の体の変調を持て余し気味の利華は仕事にも気が入らず、その事ばかり考えてしまう。
「俺って良いお友達って感じなのかなぁ…。」
 自ら望んでそうしている筈なのに、利華は自嘲せずにはいられなかった。
「これって偽善者じゃん?」
 誰に言うとはなしに独りぶつぶつ呟きながら利華は、はぁ、と溜息をついた。
「実際、いつまでもこのまんまってのは……かな〜りキッツいよなぁ…。」
 数冊束ね終わり、運び出そうとした時、足下に転がる雑誌の一つに脚を取られてしまった。
「うわっ!?」
 大きな振動と共に利華の巨体が横倒しになる。
「…っってぇ〜ッ………ん?」
 散らばる雑誌の中に利華は見覚えのある顔を見つけた。
「こ……れは…麗蒔…?」
 発行日を見ると十年以上も前のものだ、麗蒔のわけは無い。しかもよく見るとその写真は女性だ、…しかしよく似ている。あまり大きくは取り上げられていないその記事を無意識に目が辿っていく……元有名歌手他殺体で発見……?穏やかじゃ無い記事だ。
「オイオイ凄い音したけど大丈夫かい?」
「……店長、これ……。」
 利華は今さっき横転したことなど忘れたかのように勢いよく飛び起きるとその雑誌を店長に見せた。
「あぁ…その記事かい?あったねぇ昔そんな事が。」
「どんな事件だったんですか?」
「何年前だったかなぁ…この辺じゃわりと有名だった歌手の惨殺体が見つかってねぇ…全く酷いもんだよ。…まぁ事件時にはかなり落ちぶれてたから大ニュースあつかいにはならなかったんだけどね。なんでも、ナイトクラブだかストリップ劇場だか、そんなとこで歌ってたらしいからね。全盛期は俺も結構好きだったけど…ああまで落ちてしまうとはね。」
 そう言って店長は苦笑した。
「……それで?」
「…?それでって、それだけだよ。ほれ、さっさと片付けないと定時に帰れんぞ!今日もデートなんだろうが?」
 店長は利華を冷やかすように小突き事務所に戻っていった。
「……それだけ…か、そうだよな……考え過ぎか。」
 片付けに戻ろうかと雑誌を閉じかけた時、利華はその記事の最後の一文に目が釘付けになった。
「……!!て…店長っ!!」
 利華は店長を追って事務所に駆け込んだ。

「どうしたんだ利華?早く来たって店開いてないって…」
「知ってる、お前を待ってた。」
 利華は路地で一至が来るのを待ち伏せしていた。一至に近寄ると、持っていた雑誌を一至に差し出した。
「何だ?」
「いいからこれを見てくれ。」
 利華は雑誌をめくり、ある記事を指した。
「この記事だ…。」
 一至は雑誌を手に取るとその記事に目をおとした。
「…XXXX年X月X日、町外れの住宅で女性の他殺体が発見された。死亡していたのは元歌手の…おいおい、これが何なんだ?」
「いいから読め!」
 一至は次のページをめくり、ハッと息を飲んだ。
「!……驚いたな、麗蒔そっくりだ。」
 そこに載っていた被害者であろう女性の写真は、あまりにも麗蒔そっくりだった。一至はそのまま記事を読み続ける。
「……死因は胸部に受けた銃弾によるものと思われる。遺体に乱暴を受けた痕跡が認められたため、暴行目的による暴漢の仕業とも思われ……。」
「……問題は次だ。」
「……尚、事件現場には彼女の幼い息子がいたと思われるが、事件以来行方不明となって……!」
 一至は思わず雑誌を落としてしまった。
「麗蒔、母親は歌手だったって言ってたよな。」
 利華は雑誌を拾い上げるとズボンの後ろポケットに突っ込みながら一至に問いかけた。十年以上前の雑誌、麗蒔そっくりな女性歌手、行方不明の彼女の息子、…感ずる所は二人共同じだった。
「…で、どうするつもりなんだお前は…。」
 逆に一至に問い返される。
「どうって…。」
「それをさり気なく見せようってんじゃないだろうな。」
 利華の眉がピクリと動いた。
「やめておけ…そんなことは。本人が話したい気になるまで待てよ。無理にこじ開けようとしても鍵は開かないぜ。」
「察しが良い事…。」
 利華は苦笑いをした。行動を完全に一至に読まれていた。今日、土産の雑誌の中にこの本を混ぜておき、麗蒔がどう反応するか見ようかと思っていたのだ。
「無理に開けようとして壊してしまったら…二度と鍵は開かないんだぜ…。」
 一至の、自嘲の苦笑。そう見えたのは利華の気のせいか。
「…俺には、出来なかったからな。」
 一至は何か訴えかけるような、救いを求めるような瞳を利華に向けてきた。
「…お前なら出来るか?利華……お前は……。」
一至の問いかけに利華は、さぁね、と苦笑した。そんな事はわからない、自分一人でどうこう出来る物じゃ無い。だけどその言葉は利華の頭にいつまでも問いかけ続けた。
 『お前は麗蒔を救えるか…?』

 利華はいつもの地下室で麗蒔がバスールームから出て来るのを待っていた。頭に浮かんで来るのは、先ほどまで目にしていた麗蒔の妖艶な姿と昼間の記事。メイキングし直されたベッドに体を転がし、頭からかき消そうとするが、なかなか消え去ってはくれず、そんなことをしてるうち知らず利華は睡魔に襲われていた。
 …暫くして自力で目を覚ましたものの、一体どの位時がたっていたのか。すでに麗蒔はシャワーから上がっており、利華の横に寝転んで本を読んでいた。
「……!!」
 その麗蒔を見て、利華は慌ててズボンの後ろに手をやった。そこに入れていた筈の、例の雑誌が…無い。それもその筈、その雑誌は今、麗蒔の手の中にあるのだから。一至と会ってから雑誌をそのまま持ってきてしまっていたことが悔まれた。
「麗……。」
 声をかけようとしたが、かけられなかった。麗蒔は例のページを開いたまま、目を見開いて石のようにかたまっているみたいに見えた。それは明らかにいつもと様子が違っていた。
「………利華…この記事……読んだ?」
 先に口を開いたのは麗蒔だった。後に何が続くかと、利華は額に嫌な汗が伝うのを感じた。
「…あぁ…読んだよ。」
 こうなりゃ利華は覚悟をきめた、これ以上ごまかしたところでどうなるものではない、真実が知りたい。麗蒔が何かを語るつもりなら、それをうけとめようと思った。
「…知ってる?この事件にはね、まだ続きがあるんだよ…。」
 麗蒔は淡々と語り始めた。
「消息不明だった少年は後に発見されたんだ、…現場近くの川でね。損傷と腐乱が酷くて確認なんて出来たもんじゃなかったけど、それはその少年だと判断されて、捜索は打ち切られたんだよ。結局犯人もわからず、事件はそこでおしまい…。今も犯人は誰にもそれと知られる事無く堂々と外を歩いているんだろうね…ふふ…うまいことやるもんだよ…本当に。」
 利華はゾッとした…麗蒔は気付いているのだろうか?今自分が笑い出していることに。その目は少しも笑っていないのに、とても可笑しそうな笑い声を立てている。狂気、と形容するにふさわしくも異様な光景。
「………本当に…その事件はそれで終わっているのか…?」
 狂気の主はぴたりと笑い声をとめ、抑揚の無い声で言った。
「…………さぁ…終わったんじゃ…ないの?」
 さっきまでの滑りの良い舌が急に言い淀んでしまった。
「……随分、この事件に詳しいんだな?麗蒔。」
 麗蒔の肩がピクリと小さく反応した。ここまでそろえば、利華にだってもう殆どわかっていた。その少年が、本当は今何所で何をしているのか。あと、少し、もう少しで見えてきそうなその真実が、麗蒔の口からそれが聞きたい。
「麗…」
「ね、そんなことよりギター弾こうよ利華?」
 言って麗蒔はいつもの様な笑顔を利華に向けた。
「なぁ麗…」
「今日はさ、俺の曲聴いてくれる?」
 麗蒔の急な変貌ぶりは今に始まった事ではなかったとはいえ、今回はかなり強引にはぐらかされてしまった。追求しようとした利華だったが、ある言葉が頭に浮かび、今一度考え直す。
『本人が話したい気になるまで待てよ。無理にこじ開けようとしても鍵は開かないぜ。』
 それは一至の言葉だった。
「……あ…あぁ…。」
 その後の麗蒔は普段と何一つ変わるところはなかった。 不自然なほどに。

「…やっぱりそうか…。」
「たぶん、な。」
 珍しくホールに腰を落ち着け、語る二人がいた。
「これ以上の詮索はさけるべきだな。」
「そのつもりだ…今は。」
 客足の落ち着いた店内で一至は声を潜めていった。
「今後この店の中ではその話はするべきじゃない…。」
「なぜ?」
 問う利華に一至は顔を近付けて言った。
「前に誰かから聞いた事が有る、麗蒔はオーナーがどこかからつれてきたんだって。どこからつれてきたかなんて、誰も恐くて聞けやしない。真っ当なところからつれて来るわけなんかないからな、皆ヤバい事にはかかわりたくないのさ。…いいか、麗蒔がその事件にかかわっているという事は、ここのオーナーもかかわっているという可能性が高い事になるんだ。…危険なんだよ、わかるだろ?」
 こういう組織の裏がヤバい稼業なんてのはよくある話だ。
「…これ以上は深入りするな…っていいてえのか?」
 一至は否定も肯定もしなかった。ただ、黙って苦笑した。
「一至っ!あんたのお客さんっ!」
 突然一至が呼ばれた。小太りの中年がニコニコしながら一至に近付いてきていた。
「……ちっ…貯金箱野郎が…。」
 舌打ちすると一至は立ち上がり利華に言った。
「…ひとつだけ教えといてやる。あの部屋はPEEPという形で外に会話が漏れてしまう…あの部屋にいる限り麗蒔は真実を語らない、語れないんだ。」
「…それってどういう…?」
「待ったかい子猫ちゃん。さぁお出かけしようか。。」
 会話を中年に遮られてしまった。しかし貯金箱とは良く言ったものだ、何所かで見た豚の貯金箱に良く似ている。
「…別にあんたなんか待ってない。」
「そっけない態度がまた可愛いんだからっ。今日は高級レストランの予約を入れてあるんだよ、外に車を待たせてるから、ささっ、早く早く!」
 貯金箱野郎は一至の手を引っ張って連れていってしまった。店から出る瞬間、一至が利華の方をちらりと見た。
「…………なーるほど。」
 利華はそばを通りかかったウェイターの袖をツンツンと軽く引っ張った。
「はい、なんでしょう?」
「…なぁ、ここって連れ出し外泊できんの?」
「出来ますヨォ!お出かけ料金、お泊まり料金が別途かかりますけど、それだけで二人っきりのスウィーートタイムを御提供!…ご利用なさいますか?」
「…考えとく。」
 利華はニヤっと笑い煙草に火を付けた。 まだまだ望みは捨てたもんじゃ無い。

「利華、といったかあの男は。」
 麗蒔はオーナーの腕の中で身を強張らせた。
「…はい、それが何か?」
「奴を調べたが…怪我がもとで失踪した冴えないアーティストだったそうだな。それでギターを弾くお前に惚れ込んだか…ギターなんかよりお前の躯の魅力に気付かないとは、確かに変わり者の大バカ者のようだな。」
 笑うオーナーの言葉を腹立たしく思いながら、麗蒔はオーナーの首に腕をまわす。
「だから、言ったでしょう?何も問題はないと。」
「ふん…ギターを弾くためだけに此処にくるとは、暇な成金野郎だ。目障りといえば目障りだな。」
 高くなる鼓動を密着した男に悟られない様に平常心を装い、麗蒔は言葉を返す。
「…これでわかったでしょう?外で会っても何もおきませんよ?また前の様に路地に出る事を許してくれればあの男を店内にいれなくても……」
「それはダメだ!」
 速答で否定され、ビクッと麗蒔が震えた。
「わかっているだろう、誰とも接しないからという約束で外に出る事を許可してやってたんだぞ?それがどうだ、結局内緒であの利華とかいう男に会っていたじゃないか。もし…奴等にでも見つかったらどうする?お前だけじゃない、この俺まで危険な目に曝される事になるのだぞ?もう外に出してやることは出来んな。」
「そんな…」
 もう麗蒔は幾日も外に出ていない。太陽の光を最後に浴びたのは、いつだろう…。優しい言葉でかけられる脅しの言葉に麗蒔は震えながら無言で涙を流した。
「あの男の事は目障りだが我慢しよう、いい財布だからな。精々大金をばらまいていけばいい。ほら泣くんじゃ無い、大丈夫、私のもとにいれば安全だ。さぁもう泣くんじゃ無い、お前が危険だとしりつつ匿ってやるのは…お前を、愛しているからなんだよ?」
 優しくいたわるように、オーナーは麗蒔の涙を指で拭った。
「……若くて、綺麗な間は……でしょう?」
「…そうだ。あぁ、大丈夫、心配は入らないよ?お前の様なコは決して長くは生きられないからね…則ち一生愛してやるのと同じ事だ。」
 オーナーは子供をあやすように麗蒔の頭を撫でながら優しく、残酷に言った。吐き出された言葉と同時に唇を塞がれる。
「んふっ…。」
 再開された官能の暴力に、投げ出されたた右腕が触れた硬い何かを麗蒔は無意識の内に掴む。大理石製の立派な置き物。大きさの割に重量感と硬度のある…。のしかかる男の背後に掲げたそれを、麗蒔は振り降ろす事が出来ずに躊躇う。
「…それを、どうするんだ?」
 見えるはずのないその気配を察知し、オーナーは問う。彼が常人ではない事を麗蒔は改めて痛感する。麗蒔はそれを、ゆっくりと、もとの場所に戻した。
「本当に危険なコだ…一人殺っただけじゃ足りないか?」
 笑うオーナーの動きが一層乱暴になる。
「はうっ…ああッ!」
 跳ね上がる麗蒔の細い体を押さえ付け、野生の獣の様にその身体を喰らう。
「可愛い人形……抱き人形…お前は俺の人形だ…俺の……。」
 息苦しさの中で麗蒔はただ涙を流し続けた。
(利華……利華、ダメなんだよ俺…ここから出られないんだ…ここから出たら……待っているのは…死だけなんだ…。)
 激しさを増す息づかいの中で次第に麗蒔の思考はかき消されていく。耳元で囁かれる言葉は無意味は音となって麗蒔の中を通り過ぎていった。

…コレガ愛ナラ、愛ナンテイラナイ

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