千と一夜の地下室
第九幕「狂気のリズム」
「久しぶりだなD・K…。」
「J・J…。」
開店間も無い店内に、以前この店に騒動を振りまいたその男が再び現れた。勿論、今度はちゃんとオーナーがいる時にだ。 J・Jという名の男はオーナーの自室に通された。側のソファに腰掛けると先導してきた一至に飲み物を要求した。一至は戸惑いがちに立ち尽くしていたが、オーナーに眼で合図されると、いわれるまま飲み物を用意する。
「麗蒔…とかいったかな、お前の愛玩具は。」
「…それが何か?」
J・Jは運ばれてきたコーヒーの香を楽しみながら一口飲む。
「良い香りだ。」
「…それが何だと聞いているんだ。」
苛立つオーナーの様子を、一至は横目で眺めていた。
「隠し通せるとでも思ったか?」
唐突に告げられた内容は、今、麗蒔がどんな状況に置かれているかを推測させるに充分だった。
「M2が帰って来ているぞ。」
「……!」
オーナーの表情が僅かに歪む。
「……そういう事か。」
一至には全くわからない会話だった。だが、親友の名前が聞こえてくるその会話からは耳が離せない。
「で、お前は組織に言われて俺を迎えに来たってわけか?」
「いや…その件についてはその内誰か来るだろう。聞きたい事があってな、今日は個人的によっただけだ。」
J・Jはカップを置くと、旧友に話し掛けた。
「……どうしてあの時殺らなかった?」
「…………。」
答えないオーナーに構わずJ・Jは続けた。
「……似ているからか?」
「……余計な事は聞くな。」
静かに怒りを現すオーナーの様子に諦めたのか、J・Jはコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「まぁいいとにかくお前にも迎えは直ぐ来る。何か用意するなら今の内にしておけ。」
「どうしてそんな事俺に教えるんだ。」
「…昔のよしみだ。」
J・Jはそう言うと足早に店を出ていった。
「おせっかいめ…」
オーナーは吐き出すように呟くと苛立ったように部屋を歩き回り、自分専用のソファに腰掛けると何か考え込んでしまった。暫くそこに座ったままのオーナーに、一至が口を開いた。
「……D・Kというんですね、あなたは…。」
勿論、それすら本名では無い事もわかっている。でも今まではこの店に働いている誰もがこの男の名前すら知らない状態だった。オーナーという呼び名さえあればそんな必要はなかったのだから。
「…教える必要もないだろう、お前等には。」
冷たく返される口調にも怯まず、一至は続けて言った。
「俺は麗蒔が好きです。」
「……それが何だ。」
「あなたは嫌いです。」
オーナーは苦笑すると一至を見た。
「それは結構だ、好かれようと思って生きてはいないんでな。」
「あなたは麗蒔が好きですか?」
「何を言い出すかと思えば…」
「答えて下さい!」
真剣な眼差しで問いつめる一至にオーナーは口元を歪めて笑うと、座っている自分を見下ろす姿勢になっている一至を捕まえ、そのままソファに押し倒した。
「苛々するのは欲求不満の証拠だな。」
「……こんな事をしても誤魔化されませんよ。」
衣服を乱されながらも動じない一至。
「……ふん、つまらんな。」
オーナーは何もせず、すぐに一至の上から退いた。特別抱きたい訳ではなかったのか、一至の反応を見ただけの様だ。
「…お前には借金だらけの病気の母親がいるそうだが…。」
組み敷かれても動じなかった一至の表情が揺れる。
「息子が自分の為にこんな事をして金を稼いでいると知ったら、そりゃあ驚くだろうな…。」
一至は勢い良く起き上がり、オーナーを睨んだ。
「今度は脅しですか…。」
「脅しか…そうとるのも勝手だ、だがな…お前はそうまでして何を望む?一体何をしている?馬鹿な親の残した借金を返す為に、直に息絶える女の為に、自分を壊してまで何を求める?」
「そんなことあなたに…」
「麗蒔が好きなら何故身を退いた。」
反論しようとした一至は、突如古傷を抉られ、その動きを鈍らせてしまう。
この男は、そんな事も知っている…。
「所詮その程度だったと言う事だろう…それともお前は自己犠牲に美学でも感じているつもりか?」
「!」
カァっと一至の頭に血が昇った。そして衝動的に襲い掛かった一至の身体は、再びオーナーに組み敷かれていた。無言のまま組み敷かれた一至の瞳から、表情はそのままに涙が伝う。
「…ふん、今更後悔しているのか。」
「……していません。」
一至は涙の量に反比例する程、冷静な口調で答えた。
「自己犠牲なんかじゃない…これが俺の…自己防衛法だ…。」
…これ以上、自分を傷つけないように。
「では何故泣く必要がある。」
「………。」
オーナーは一至の身体から手を離すと、煙草をふかし始めた。
「お前に…面白い話を聞かせてやろう……ある兄妹の話だ。」
普段口数のあまり多くないこの男が、珍しく雑談を始めた。
「兄は妹が大切だった…兄は自分を壊すことで妹を守る道を選んだ。だが再び兄妹が再開した時、妹は変わり果てていた…守りたかった妹の姿はどこにもなかったのだ。それどころか、そんな妹が兄に抱いたのは感謝でも愛情でもなく、薄汚れた嫌悪の感情だった。……わかるか?所詮自己犠牲など己の自己満足に過ぎない。当の本人は自分が思っている程自分に対する感心などなく、その心には自分が嘗めた苦渋のひとかけら程の感情も、なにも刻まれてはいないのだ…くだらないだろう?」
ああ…と一至は思った。それがこの人の人生なんだろう。この人がどんな人なのか、何をしているのか一至は知らない。特別知りたいとも思わない。でも、この人も悲しい人だ、と哀れみを感じてしまう。
「でも…」
一至は言った。自分にも言い聞かせるように。
「人は千差万別です。そういう人もいれば、違う人もいる。」
言い切る一至に、オーナーは口元を歪ませた。
「そう信じるのもまたいいだろう…。」
そんな事などありえない、とその口調は暗に否定していた。悲しい人だ、と一至はまた思った。
「…ああ、お前の問いに答えてやっていなかったな。好きかどうかと問われるなら、答えは『どちらでもない』だ。…だがあの子は私にとって『特別』…だ。」
そして徐に立ち上がると何か言いたげな一至を残し、オーナーは部屋をでていった。
「どちらでも無いのに特別だなんてのは…勝手過ぎる…。」
あの男が執拗に麗蒔を縛り付けているのは、もう見ていられない。だけど所詮、自分に何が出来るというわけでもないのだ。そんな事はわかっていた。でも、あの男が本当は麗蒔を大切に思っていたなら…先日の取り乱しようからそんな希望を感じてしまった一至は、オーナーの冷たい対応に激しい失望を隠せない。
唯一の救いであるはずの利華はここ数日一向に姿をみせないし…こんな時に一体何をしているのか、怒りすら感じてしまう。結局誰も、麗蒔を大事にしているものなどいないのではないか…?身を退いて、それで良いと感じている自分を含めて。
「は…滑稽だな…。」
一至は乱れた衣服を直すと、ゆっくり髪を掻き揚げた。誰もいなくなった滅多に踏み入れる事の無いこの部屋は、あまり居心地のいい空間では無い。立ち上がり、乱れた家具を適当に直し部屋を出ようとした一至は、机の片隅にあった倒れた写真立てが妙に気になり、その写真を起こした。
「これは…」
見た事のある女性だった。以前、利華の持っていた雑誌で見た、おそらくは麗蒔の母親。その幼い頃の写真のようだ。そしてその隣にいるのは…。
「…麗蒔…か?」
いや、そんな訳は無い。麗蒔の母親と麗蒔が同じ位の年である訳は有り得ない。 ではこれは一体…?その微笑む表情はまさに麗蒔と瓜二つだった。いや、少し、麗蒔よりキツい感じの印象を受けるかもしれない。
「誰…?」
その答えは写真の横に書かれた手書きの文字が、全てを明らかにしていた。
『私の唯一の宝物 』
「………」
この男は、麗蒔ではない。この男は…。
「……そう…いう事だったのか…。」
一至は写真立てを静かに倒した。そしてさっきのオーナーとの会話を思い出していた。
「ようやくお目覚めかな?」
耳障りな声に麗蒔はゆっくりと身を起こした。いつのまに意識を失っていたのだろうか…?あれからどのくらい此所にいるのか、何人の相手をさせられたのか、日にちが変わったのかどうかも判別できない。わかっているのは、もう随分長いこと此所で犯され続けている、という事だけだ。
「そろそろ並みのお相手じゃ飽きた頃だろうと思ってな。」
男が合図すると、数人の男達が現れた。それは麗蒔とは異なった肌と目の色の男達ばかりだった。その中の褐色の肌をした大男が麗蒔に近付いてきて、麗蒔の理解出来ない言語で早口に麗蒔に喋りかけてきた。
「……何?…んぐっ!んーっ!」
言葉の意味もわからずに呆然としている麗蒔に、褐色の男はいきなり濃厚な口付けをしてきた。ディープ過ぎる口付けに息苦しさすら感じる。口が開放されると、男は麗蒔の眼前に己の塊を自慢げに取り出した。
「な……!」
麗蒔は其れを見て一瞬固まってしまう。なぜならそれは麗蒔が今まで目にした中でも最大級のクラスを誇っていたのだ。這うように後ずさる麗蒔の体は、他の男達にすぐに捕らえられてしまう。無事な左足で必死に応戦しようとするが、ガタイの良い男達の前では赤子同前だった。押さえ込まれた麗蒔の体に、褐色の男は己の巨大な其れを擦り付けてきた。
「だ…ダメッ…!こんなの……ッ!!」
入口をこじ開ける圧迫感に麗蒔は言葉を詰まらせる。慣れきった麗蒔の其処ですらその侵入を拒絶してしまう代物だ、先端を幾分飲み込んだ所で開口は止まってしまった。勿論、褐色の男がそこで力を緩めるわけなどない。麗蒔の双丘の肉を左右に押し分けると、親指で入口付近の筋肉を揉みほぐしはじめる。麗蒔の其処は意思とは無関係に、じわりじわりと更に口を開こうとしていた。
「やめて…やッ…裂けちゃうッ…!!」
身を捩って逃れようとする麗蒔の体を背後の男達はしっかりと押さえ込み、褐色の男の都合の良いように更に脚を開かせる。その拍子に、男のモノが麗蒔の狭門をくぐり抜けた。
「いッ…ああぁっ!!」
今まで喰わえさせられていたモノとはケタはずれな質量、堪えきれず麗蒔の其処からは脚に広がっていく染みと同じ色の体液が、糸のように内股を伝い落ちた。褐色の男は口笛を吹いて何か早口で口走ると、麗蒔の腰をゆっくりと引き寄せはじめる。
「ヒッ…!う…っ、ぐぅッ…や、あーーーっ!!」
確実に其処を押し広げながら奥に迫ってくるその体積、誰の目から見ても突き刺さった男のモノは、麗蒔の細い腰にはあまりにも太すぎる様に見えた。
「は…くはあぁッ…太…!うくっ…あぁッ、太…いぃっ!!」
逃げようとする麗蒔の腰を大きな腕がしっかりと掴み、褐色の肉棒は終わりがないかのように麗蒔の体に何所までも入ってくる。直に男の先端部分が腹の奥の壁に突き当たり、麗蒔は息を詰まらせた。幼い頃は良く体験していた感覚だが、成長した今となってはこんなに体の限界に近くまで侵入される事は久しくなかったのだ。それでも信じられない事に、男のモノは全部収まった訳ではなくて、まだ奥へと突き進もうとしてくる。
「ひあっ…深…い…ッ…はぁっ、こんな…奥……無理ぃッ!」
麗蒔の奥壁を突き上げていた棒は、ソレ以上奥に入りそうにも無かった。いや、麗蒔はそう思いたかった。しかし男は麗蒔の体を膝に持ち上げ、腰の角度を少しずらしたかと思うと、麗蒔の体を支えていたその手を急に離した。
「イッ…!? ああぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」
男の手が離された瞬間、麗蒔の体は男の上に勢い良く尻餅をついていた。抵抗があったはずの部分は一体何所へいってしまったのだろうというように、綺麗に麗蒔の中に飲み込まれていってしまったのだ。まわりの男達が全てを飲み込んだ麗蒔を見て歓声をあげ一気に沸き立った。
「あ…あっ…あっ…はッ…はぁッ…!」
内臓の流れを力ずくで無理矢理ねじ曲げられ、嘔吐感と異物感と圧迫感で麗蒔は気が狂いそうだった。今直ぐにでもひきずり出したいソレは、麗蒔の全体重を受けてしっかりと深くまで突き刺さっている。こんな状態では呼吸をするのでさえ精一杯だった。
「ほー、たいしたもんだ。こいつのは女をも壊しちまう程の代物だぜ?そいつを収めきっちまうとはな。」
その一部始終を見ていた男はそう言うと麗蒔と褐色の肌の男の接合部をじっくりと眺めまわした。限界を訴える麗蒔の入口は痙攣しながら褐色の棒をぎゅうぎゅうと締め付けている。褐色の棒はその締め付けを楽しむように麗蒔の内臓を掻き回す。
「あ…がぁッ!…く、かはッ!げぇ…ッ…げほッ!」
胃袋を下から突き上げられ、途端に激しく嘔吐した麗蒔の胃液を、脇にいた男が舌打ちしながら排水溝に流しやる。その間も奥に届く棒は麗蒔の中で内臓をいたぶりつづけていた。
苦しそうに背を仰け反らせた麗蒔の腹が、男の逸物の形に突き出す。視界が揺らぎ意識を手放す寸前で、突如最奥に届く男の肉体が一気に抜き取られた。
「くはッ!?」
抜ききらなければ挿入時の痛みも幾らか軽減されるのだが、男は完全に腰を退き麗蒔の其処が閉じかけるのを見計らってから先端を軽く埋め込み、麗蒔の体を支えていた手を再び離す。まるでわざと痛みを与えるかのように。
「ーーーーーッッ!!」
勢い良く貫かれ揺れる麗蒔の体。細い麗蒔の体重を軽々と持ち上げては何度もその体を下に落下させるのだ。しかし過剰な程の開閉運動にも、麗蒔の其処は壊れる事なく男のそれに吸い付いていく。
「がっ…こ…われるッ…!死ぬッ……死んじゃうぅッ!」
男の剛棒は更に激しく、麗蒔を攻め立てる。喰わえた其処が辛そうに引っ張られ、変型して突き出した腹の皮が荒々しく波打つ度に、麗蒔からは次第に生きた心地が薄れていく。
「いつ死んだっていいんだぜ?御自由に。」
男達は下品に笑った。
「……!じゃあ、あんたが麗蒔を買ったのかっ!?」
小柄な男は、とある個室に利華をつれてくると自らを祥之だと名乗った。そして驚く事に、彼はこの屋敷の御曹子だったのだ。麗蒔はこの屋敷の御曹子の愛玩具として買われたと聞いた、ということは、こいつのために、麗蒔は無理矢理連れていかれたのだ。
「俺じゃ無いって、ちゃんと人の話聞けよ!麗蒔は親父が勝手に連れてきたんだよ!」
「何だよ、どういう事か解るようにちゃんと説明しろよ!」
利華はここの家系の話を一通り聞かされた。漸く麗蒔が何者なのか、利華も知る事となった。 祥之は麗蒔の腹違いの弟で、そして麗蒔はここの後を継ぐ権利を持つもので、ここの長男にあたる。祥之に後を継がせたい馬鹿親父が他の候補者を抹殺…その生き残りが麗蒔。だがその事に親父さんはまだ気付かず、先に気付いた部下達に麗蒔は連れ去られた、要はこういう事らしい。
「組織で親父に忠誠を誓う者にとって麗蒔は…邪魔なんだ。」
「それじゃあ麗蒔はもう…」
麗蒔を邪魔に思っている奴等に連れ去られたと言う事は…利華を深い絶望感が襲った。
「いや、まだだ。…まだ殺されてはいないハズ。」
祥之は落ち着いた声で利華の思考を否定した。推測ではなく、何かの根拠に基づいた考えのようだった。
「麗蒔を連れ去った男……通称M2は、酷く悪趣味な野郎だ。長い事遠い外国に吹っ飛ばされてたんだが…まぁそれはさておき、あいつが麗蒔を手に入れて、すぐに殺すはずがないよ…。」
何を言わんとしているかは、利華には直ぐに理解出来た。
「…………くそッ!!」
机を両拳で叩き付けた拍子に、利華の懐から何か堅い物が床に滑り落ちた。
「!」
「…これは…!?」
慌てて拾おうとした利華より先に祥之がそれを拾い上げた。
「…これはウチの銃だ……なんであんたが持っている!?」
祥之は驚きと言うより不信の視線を利華に浴びせた。
「ソレは……」
誤魔化す理由もないだろう、この男なら。 今度は利華が全てを話す番だった。麗蒔との出会いから、別れたあの日、そしてこの銃の持ち主との賭けの事。
「……じゃあこれはD・Kの銃か…これを他人に渡すって事は、組織を裏切るって事だぞ…親父に忠実だったアイツが何故?」
「D・Kっつうのかアイツは…知るかよ、本当何考えてるかよくわかんないヤツ。」
麗蒔を助けてみたり、縛り付けてみたり、利華を泳がせてみたり…何がしたいのか、理解できない。
「とにかくさ、この屋敷に麗蒔がいて、無事だってんなら早く助けに行かなきゃならないんだ!お前ココの坊ちゃんなんだろ?どうにでも出来るんじゃ無いのか!?」
祥之はふぅっと溜息を付いた。
「さっきの見たろ?ここの奴等俺なんかナメきってやがる。それに俺より親父の命令の方が強いし、今の俺じゃ何にも出来ないんだ。」
「それじゃどうしようも無いじゃねぇかよ!」
「俺に怒るなよ!」
険悪になりかかった所で会話は途切れた。お互いにやりきれないいらだちを抱えているのだ。
「……地下室……。」
突然、祥之は何かを思い出した用に呟いた。
「そうだ、きっと地下室だ…。」
「地下?何かあるのか?」
「……拷問部屋と牢がある。」
おだやかじゃない施設だ。そこにいるとはあまり考えたくはないが、この場合一番可能性は高いかもしれない。
「……で、そこにいるのか…?」
「…たぶん……でも確証はない。じつは俺、地下に行った事もないんだ。そういう部屋があるって聞いた事があるってだけで、どこにあるかもよく知らないし…。」
「それじゃダメじゃん!」
「そうなんだよな…。」
利華も祥之も暫し押し黙った。
「そうだ利華、お前が探って来いよ。」
祥之は突然良い事を思い付いたとばかり、早口で一気に利華にまくしたてた。
「利華がここの新入りのフリをして地下を探ってくればいいんだ、大丈夫バレねーよ!ほらコレやるよ、俺の専属って証拠だ。コレ付けてれば屋敷中何所でもいけるんだぜ!それにその銃を持ってりャ誰も外部の者だとは疑わない、完璧だねこりゃ!」
祥之が言う「完璧」な作戦は、随分と強引な作戦に聞こえた。
「お…おい、もし……バレたらどうなるんだ?」
「……殺される…かな?」
やっぱりね…一応聞いてみただけだよ一応。予想通りの答えが祥之の口から返ってきた。利華の表情が軽くひきつる。
「麗蒔助けたいだろ?ホラはやく支度しろって!」
勝手に決めつけ、祥之は利華にスーツやら何やら色々投げ付けてきた。そして、早く着替えろ!と利華を急かしている。
「…わかったよクソッ!」
利華も文句を言いながらもそれに着替えはじめる。利華だって他に方法が思い付かないのだから、そうするしかないのだ。どうせ危険だって覚悟して来たんだから、一人でこそこそ動き回るよりは強力なバックアップの元、堂々と動きまわれるのだから考えようによっては好都合。
「あんまり似合わないな。」
「うるさい!」
着慣れないスーツに身を包んだ利華は、祥之に渡されたタイピンをつける。
「これでいいのか?」
「完璧!それじゃ…」
祥之は屋敷について間取りの説明を始めた。思った通りバカみたいに広い、本館だの別館だの…覚えきれない。だが利華の目指す所は本館の地下のみである。地下への通路がどこにあるかはわからないが、このタイピンを付けてれば何所でもフリーパスなんだとかで、とにかく自力で探すしか無い。
「で、地下からどうやって麗蒔を助け出したらいいんだ?」
「いや、利華は見つけるだけでいい。」
「何でだよ!?」
「助け出すのは不可能だ、後は俺が何とかする。」
「……俺じゃ役不足だってのか?」
利華が少しムッとしたのに気付いて祥之が言い直した。
「すぐにでも助けたいのはわかるけどさ、下手に動くとあんたも麗蒔も殺られちまうよ…頼むから俺の言う通りにして欲しいんだ。」
祥之も彼なりに麗蒔と、そして利華の事も心配して考慮しているのだ。この組織の危険さを一番知っているのは彼なのだから。
「…で、お前は俺が探しに出てる間何してるんだよ?」
「どうも出来ないだろ…とにかく、麗蒔を見つけたらすぐここに戻ってきてくれ!」
「……わかった。じゃ、俺は行ってくるぜ。」
利華はとりあえず納得して、部屋を出ようとした。
「そうそう、それから…」
祥之は思い出した様に利華を呼び止めると、付け足した。
「俺、麗蒔には手を出して無いからな。本当だぞ?」
「…信じるよ。」
答えた利華の言葉に、祥之はホッとしたように少し笑った。
自分の体重の倍はあろうかという男達に囲まれ、幾度と無く極太の肉体を捩じ込まれた麗蒔の体は、いつしかそれらを簡単に飲み込めるまでに柔軟にされていた。そんな麗蒔にとって、異国の男達の去った後のこの行為は、いくらか楽に感じる錯覚にさえ陥ってしまっていた。虚ろに天井を見つめる麗蒔の反応も、其処の締まりも、次第に衰えて始めていた。
「おい、随分余裕だなあ?」
そんな麗蒔に気付いたのか、一人の男が麗蒔の顔を掴むと嘗めるように見下した。
「俺達のじゃ不服って顔だな?」
「そんな…」
勿論、麗蒔の答えなどもともと待っているわけではない。ましてやその答えが否定か肯定かなどどうでもいい事なのだ。
「気が狂っちまうような刺激をやろうか?」
男は麗蒔の両脇を抱えて逃げられないようにすると、麗蒔の膝を高く持ち上げ、指で目的の秘所を左右に押し開いた。後ろから貫かれている麗蒔の其処が、淫猥に濡れた音をたてながら男達の体液と自分の血をかき混ぜているのがよく見える。
「そろそろこういう事も出来るだろ!」
麗蒔の前にまわった男はそう言うと、既に男を銜えている其処に自らの昂りを突き付けた。そして度重なる行為で緩み、少し余裕を見せている其処に狙いを定めると、僅かな隙間に先端を押し当てる。
「何…を…!?」
「力抜いてねぇと裂けちまうぞ?」
男が何をしようとしているか気付いた麗蒔の顔が瞬時に青ざめる。いくら経験豊富な麗蒔にとっても、これから男がしようとしている事はまだ未体験で、恐怖だった。
「やだ……嫌!」
麗蒔の体が震え出す。破壊される恐怖、死さえ予感させる。
「おい、マジで裂けちまうぜ?」
「裂けたって構うものか、どうせ飽きたら殺るんだ。どんな乱暴にしたって構わねぇんだろが。」
「…それもそうだな。」
麗蒔の前にいる男の腰に力が込められる。
「ヒッ…!!」
メリッ、と体の軋む音が聞こえた。
「…いや……やッ……嫌…いや…ッ!壊れちゃう……い…ッッ…うあああああぁーーーッッ!!」
地下室に麗蒔の長い絶叫が反響した。
「…はいった…。」
「スゲぇ!」
驚く事に、麗蒔の体は壊れる事無く二人の男を受け入れていた。幼い頃から鍛えられてきた賜とでも言うべきか、だがそれは決して幸いと言える物では無い。麗蒔にとってはいっその事、壊れてしまった方が良かったのかもしれない。そうすれば、この一貫の行為は終わりになっていたかもしれなかったのに。
「あ……うあ…あーーーッ…」
麗蒔は瞳を見開いたまま身動きが取れずにいた。少しでも力をいれれば体が真っ二つに裂けてしまいそうで、でも力を抜けばこの痛みが更に奥まで入ってきてしまう。どちらも究極の選択でありながら、このままの状態も辛くてじっとしてはいられないのだ。
「さぁていつまでもつかな?」
麗蒔を前後から囲んだ男達は、同時に腰を退くと非情にも勢いを付けて一気に根元まで捩じ込んだ。ミシミシッ、と麗蒔の骨が軋む。
「ーーーーッ!」
大きく跳ねた麗蒔の腰は二人の男に引き寄せられる。ギュウギュウ詰めの麗蒔の中で大きな一つの塊となった凶器が、麗蒔の体を破壊せんばかりに突き上げてきた。
「此処が裂けるまでは生かしといてやるぜ。」
「せいぜいがんばんな!」
「ひぎゃぁッ!…ひあ…う…あがぁッ…ぐあっ!」
麗蒔の入口を無茶なくらい乱暴に摩擦しながら腹底を内側から押し上げる。その激痛は麗蒔から正気を保つ力を奪っていく。
「はぁッ…ひぐっ…殺…せッ…も…さっさと殺せよぉッ…!」
半狂乱でもがく麗蒔を、男達はまだだ、と愉快そうに激しく揺さぶり続ける。男達の刻む狂喜の律動に、麗蒔の体は狂ったように乱舞していた。正確には『狂ったように』ではないかもしれない。もう、狂い始めていた。
「ぐはぁっ…あくっ…早く…殺せッ……殺…して……」
嘲笑う声の中で、麗蒔は無意識に自分の舌に歯を当てていた。今思いきり口を閉じれば、この苦痛から逃れ、楽になれる。そんな事が頭によぎった麗蒔の脳裏に聞き覚えのある声が響いた。
『自分で自分を殺す事だけは、絶対するな!』
(!!)
麗蒔は聞こえるはずのない声を聴いた。驚いた拍子に舌に当てられていた自らの歯が其れから離される。
『生き延びるんだ、何があっても…!』
(利…華?)
懐かしいようで、つい最近にも感じる、自分を必要としてくれる、その人の言葉。
『絶対、俺とステージに立とうな麗蒔。』
音としては聞こえないその言葉は麗蒔の壊れかけた意識を一気に正気に戻した。
(……あぁ、そうか…そうだ…約束…したんだ…っけ…。)
それまでは自分は死んではいけないのだ、この体を殺しては…いけないのだ。
『必ず迎えに行くから……!』
(…約束……約束だよ…ね…利華………)
途切れ途切れに聞こえてくる利華の言葉に、極限状態に追いやられていた麗蒔はどこか安堵を感じ、苦痛の隙にうっすらと笑みを零した。
「…こいつ、笑ってやがる。」
それに気付いた男が気味悪そうに言う。悲鳴をあげ叫び狂いながらもその顔に笑みを浮かべる麗蒔は、不気味にさえ見えた。
「ついに気でもフれたんだろ、いいかげん狂ったっておかしくないぜ。」
構わず男が強く麗蒔を突くと、突然麗蒔が酷く絶叫した。男達の脚に、麗蒔の赤い体液が次々と大量に流れ落ちてくる。
「なんだ、もう壊れたか?」
既にボロボロだった麗蒔の体は、内側で暴れる刺激に絶えきれず、内壁が裂けたのだ。
「だったらこんな締め付けるかって!少し切れただけだろ。」
言うと同時位に、男は麗蒔の腹に刺激液を大量にぶちまけた。
「ひゃぐ…あがぁあッ!!」
熱い痛みが傷の隙間から内臓にしみ出し、刺すような痛みを麗蒔に与えた。麗蒔はビクビクと大きく痙攣したかと思うと、ガクンと男の肩にもたれ掛かり、その後の男達の暴行になんの反応も示さなくなった。
「なんだ、急に緩くなったぞ?」
「…気絶してやがる。」
麗蒔は焦点のあわない目を見開き、小さく痙攣しながら泡をふいて男の体に倒れ込んでいた。
「反応がないと面白くもねぇな、水ぶっかけて起こそうぜ。」
男達は無造作に麗蒔から身を抜くと、乱暴に床に転がした。どこからかひかれていたホースから、意識のない麗蒔に冷水が浴びせられ、麗蒔はそれで不運にも目覚めてしまう。
「う…!」
意識を取り戻した瞬間から襲ってくる体の痛みに、麗蒔が呻き声を漏す。ピクリとも動かないが、確実に意識を取り戻してしまった麗蒔に、先程とは違う二人の男が前後を挟んだ。
「次は俺達だ。」
痛みが脈打つ其処に、二つの塊が押し当てられる。閉じる事を忘れたようにだらしなく口を開けたままの麗蒔の体は、紅い涎を垂らしながら次に与えられる食事をまっている様だった。
「この痛みもその内快感になるぜ…」
男達によって麗蒔の腰がゆっくりと下におろされる。
「あ…う、う、利…華ぁああああぁーーッ!!」
堪え難い苦痛に変わりはなく楽になる事も無い。だが麗蒔にはもう、自虐的な考えは浮かんでこなかった。殆ど動かない体とは裏腹に、先ほどとはうって変わった様に瞳はしっかりと正気を保っていた。
(…………俺…絶対…死なないから……待っ…て…る………)
(地下、っていってもなぁ…)
屋敷の中はまるで迷路だった。地図を持ち歩くのも怪しいので、祥之の部屋である程度暗記した屋敷図の記憶を頼りに、利華は一人館内を歩いていた。
(ほんとに大丈夫なんだろうな…)
まるでそれがお守りの様に、タイピンを指で軽くなぞる。だいぶ隈無く歩き回ったハズだ、もう少しでそろそろどこかに地下階段が見つかってもいいのでは…と思った時だった。
「おい、そこの!」
「!」
突然、後ろから声をかけられた。利華は内心動揺しつつも平常心を装い、祥之に教わった様に、振り返らずに両の手の平を後ろ手にまわし相手に見せると、軽く左右に振った。もしまかり間違って咄嗟に振り返りでもしたら、いきなり撃たれる事もあるとか。館内で後ろから声をかけられたら、敵意が無い証に仲間内ではこうするんだとか。結構古典的だが、ある意味わかりやすい。
相手も其れを見て、利華を仲間と判断したようだ。漸く振り返る事を許された。
目の前に立っているのは利華とさほど年の変わらないだろう若い男。やはり胸にはタイピンが光っているが、利華の物とは色が違っていた。
「見ない顔だなお前、なんだ新入りか?」
「はい、本日から祥之様の護衛αチームBランク特殊14に配属になりましたR・Kと申します。」
まる暗記させられた自分の所属、なんとか間違わずに言えた事にちょっとホッとする利華。
「αB特14か…どうりで見た事も無いわけだ。俺はωC科9のG・T6だ。それよりどうした、こんなところで?」
祥之の言った通りだった。男はどうやら利華の言葉を信じ切った様で、さり気なく懐に延ばされていた右手がおろされる。
「祥之様に館内の構造を理解して来るよう申し使ったので。」
これも用意されていた答え。
「そうか、ここは広いからなかなか大変だろう。」
G・T6という名の男は今仕事の手が開いているのか、急いだ風も無く利華に雑談を始めた。はやくどこかに行って欲しいのだが、そんな態度を表に見せてはいけない。
「そうですね、でも今日中に把握してしまおうと思って、まず地下から順番に覚えていこうと階段を探していたのですが…」
利華もその雑談に付き合って偽りの雑談を始めた。
「地下?そうか、地下に行きたいのか、ここの地下は普通じゃ見つからないだろうな。……丁度いい、俺も今から行くところだったんだ、お前も連れていってやるよ。」
「え…それはありがとうございます!」
突然の申し出だったが断る理由は無かった。利華の役目は地下の場所を把握して来る事、麗蒔を見つける事、そう、見つけるだけ…。一人で行動しなくてはいけない理由はない。むしろ誰かといた方が怪しまれなくて済むというもの。
連れられて来たのは大きな鏡の前だった。不思議そうな顔で見ている利華の前で、G・T6はタイピンを外すと美しく施されたレリーフの窪みに押し当てた。 するとどうだろう、鏡は僅かな機械音と共に開き、その奥は地下へと続くエレベーターだったのだ。
「こんなところが…」
「新人には簡単に教えてくれないからな…こいよ、こっちだ。」
驚く利華を手招きして、G・T6はエレベーターに乗り込んだ。利華もそれに続き乗り込む。中は人が5人は乗れるだろうほどの大きさだった。
「なんでこんな仕掛けになってるんだ…?」
エレベーターが静かに動き出す。
「地下はタブーだからさ。」
「タブー…?」
「そう、あそこは汚れた地だ。坊ちゃんに知られてはいけない、目に触れる事があってはいけないからな。」
「どうして?」
「どうしてって…」
なんで地下が祥之に知られないようにしなければいけないのか、利華には疑問だった。だってここは祥之にとって自分の家なのに。
「…この組織が嫌にならないようにする為さ。特に祥之坊ちゃんは旦那様や組織に反発しているからな。…ま、正直俺は坊ちゃんが素直に継ぐとは思ってないんだけど。おっと、いまのは内緒だぜ?」
僅かな上下の揺れと共にエレベーターは止まった。ここは何階なんだろう、随分と地下まで来たみたいだ。 扉が開き、外に踏み出した利華の耳に男の悲鳴が聞こえた。
「!?」
驚いて立ち止まった利華に、G・T6が馬鹿にしたように言った。
「ビビってんのか?ここじゃ日常茶飯事だ。」
「そんなんじゃない…。」
よく聞くと悲鳴は麗蒔の物じゃないようだ…。良かった、とはこの声を聞きながらでは素直に思えない。
「あいつはしくじったから罰を受けているのさ、お前もああなりたくなかったら気をつけな。」
「ああ…。」
見渡せば、一つ一つが重い扉で閉ざされた個室で、声は僅かに洩れどもその姿は見えない。ここが拷問部屋なんだろう。 そして通路の奥には鉄格子がずらりと並んで見える。中にはミイラの用に痩せ細った男がこちらをジッと見ていた。とても気持ちの良い物では無い。これがここの地下、祥之の知らない地下。ここの本当の裏の顔を知ったら、祥之は跡を継ぐなんて気に絶対ならないだろう。だから、祥之には地下の存在がかくされているのだ。何もしらないまま当主に仕立てられるなんて、まるでいい操り人形だ。
「さて…」
G・T6が急に立ち止まり利華に言った。
「ここがあんたのお望みの地下室だが…俺は奥の牢に用がある。知ってるか?今、そこでは凄い事になってるらしいぜ…面白れぇからお前も一緒に来るか?」
「凄い…事?」
「まぁ見てのお楽しみだな。」
「…………。」
利華はその『凄い事』の内容を深く考えたくはなかった。だが大体の想像はついていた。何を見ても驚かないよう、覚悟は出来ているつもりだった。しかし現実はその想像を遥かに超える凄惨なものだという事を、この時の利華はまだ知らない。
視線の痛い鉄格子の並びの奥に、他とは違う、造りの大きな牢が見えた。中に大勢の人の気配が感じられる。
いる、と利華は直感した。そこに麗蒔がいる、と。
「ニューフェイスを連れてきたぜ。」
G・T6はその扉を開けた。