『見つめて欲しい』

<4>



「…起きて、手塚」
「………」
「手塚…?」
「………」
「……手塚?手塚ってば!」
 揺すられる体がゆっくりと瞳を開ける。
「……あぁ…良かった…」
 その瞳の光を確認し、自然と不二の顔に笑みが浮かぶ。不二の大好きな、手塚のその光。
「………不二…」
  静かに吐き出した手塚の声は弱々しく相手の名を呼んだ。
「なぁに?手塚」
 不二がやんわりと微笑む。
「………たい…」
 その笑顔すらもう、手塚には恐怖でしかない。
「……帰り…たい……」
  絞り出した声は震えていた。
「………だめ」
 手塚の願いを不二は静かに否定する。
「…帰りたい……」
「だめだよ…」
 もう一度同じ会話。そして長い沈黙が流れた。
  カチャ…
 手塚の手首で金属が鳴る。
  カチャ…ガチャッ…ガチャガチャッ!!
 その音は次第にせわしなくなってくる。 
「……帰りたいっ…帰りたいんだ不二…!帰してくれ…!…お願いだ……ッ!」
 突然手塚は追い詰められた幼子のように泣きじゃくり、手首の手錠をかき鳴らして暴れた。笑みを浮かべていた不二の瞳が、薄らと冷たい光を放ちながら開いていくのにも気付かずに。
「俺を家に…ヒッ!」
 だが次の瞬間に、手塚の動きは止む。
「ダメなんだよ手塚」
 手塚の首筋に血の付着した凶器が突き付けられていた。押し黙った手塚は、恐怖にただその身を震わせる。もう、ここにいるのは手塚の知っていた不二ではないのだ。
「もう遅いんだ」
 手塚の知っていた、信頼していた不二周助はもう、いない。
「ッ…!」
 不二は当てていた凶器をスッと横に引いた。手塚の首に紅い線が走り、じわりと滲んだ紅い色が線を太くする。
 ここにいるのは、ただの狂人。
「…もう遅いんだよ…!」
 不二は急に声を荒立てると手塚の脚を抱え込あげ、唐突に手塚の中に押し入った。
「…ひ!?ッああああぁッ!」
 傷を裂かれる痛みに手塚が再び暴れ出す。
 凶器によって傷つけられた肉壁。不二に裂かれた蕾。血に濡れた其処を不二が腰を前後に大きく動かし行き来する。
「い…ひィッ!痛いッ、やァアッ!う、あぁっ、嫌だぁッ!」
 せわしなく鳴り続ける手枷。暴れる度に表皮の剥けて行く手首。
「やめ…不二ッ!もう嫌あぁッ!」
 手塚の瞳から溢れる涙は、不二に対して何の意味もなさない無意味に流されるただの体液…と思われた。が、意外にも、不二はその動きを止める。
「……不…二?」
 手塚の制止の声が初めて受け入れられた事に、手塚自身が驚いた

「手塚…僕が恐い?」
「!?」
 正気に帰ったかに思われた不二の言葉に、手塚は抵抗を止め不二の顔を見上げた。 不二の手が手塚の顔をそっと包み、瞳を見つめてくる。
 …驚く程、悲しい瞳。
「恐い?恐いよね?そうだよね…」
「不……二…?」
「…………ごめんね…僕は…こんな風にしか……君を……」
 だが手塚の目の前で、不二の瞳からは憂いの色がすぅっと退いてゆく。
「…!」
  後に残ったのは冷めた狂人のそれ。
「だって、君が…そうさせたんだからっ」
「ふ…じ……ぎゃ…ひぃッ!?」
 突然、刺傷だらけの手塚の性器を、不二が乱暴に強く握りしめた。
「君が…悪いんだよ!」
「や…アァッ!」
 不二は愛撫と言うには乱暴に、手塚のモノを扱く。傷付き萎えていたそれを無理矢理に勃ち上がらせ、充血した其処に手塚が痛みを訴えるのにも構わず不二は手塚を扱きあげる。
「うわ…あ…アーーーッ…!」
 無理矢理に引き出される強制的な快感によって、手塚は擦られ勃ち上がった先端から、激しい痛みも伴いながら体液を迸らせる。それは白と赤の混じった綺麗なピンク色だった。
「君が…僕をこうさせるんだからね…ッ!」
 不二の腕が再び手塚の脚を持ち上げる。再び始まる、慣れの来ない下半身を突き上げる律動。
「あ、あッ、うぁッ!」
 びくびくといまだに赤い体液を吐き出している手塚を腹に浴びながら、不二は手塚の傷を何度も抉った。まるで己のいら立ちを手塚にぶつけているように。
「どうして君は…わかってくれないのかな…」
 不二は嗚咽と悲鳴の混じったうめき声を漏らす手塚の頭を押さえ付けた。
「こんなに…大好きなんだよ…手塚」
「ん…ッぐ」
 不二の唇が手塚の口を塞いできた。 息苦しさと嫌悪感にもがく手塚に愛しそうに口付け、そのまま手塚の体を抱き締める。そして首筋に走る傷に舌を這わせ、なめるようにその血を味わっていた。
  愛しそうにその血を舐める様は吸血鬼の様でも有り、また慈愛に満ちた聖母の様でも有った。
「手塚もさ…僕の事好き、って…言ってくれたでしょ?」
「な…あああぁッ!」
 否定を発しようとした手塚の声が悲鳴に変わる。
 望まない答えは許さない。
「…あぁッ!……は…ぐッ」
「ね?」
 それはまるで誘導尋問。手塚は自分が謂れのない罪で罰を受けているような気分になる。
 違う…違う…!
「あッ!ひ…ッ!」
 何度も胸の中で吐き出される言葉を、悲鳴が邪魔して外には出させてくれない。
「ねぇ手塚…」
「んんッ…」
 不二が吸い付くように手塚の口を塞ぎ、息苦しさに手塚が呻く。激しく痛みを与え続ける下半身と、呼吸と言葉を奪う不二の唇。こんなのは、力でねじ伏せているに過ぎない。こんなのは、ただの…拷問だ。
「ーーー違う!」
 口の離された一瞬の隙をつくように、手塚は叫んだ。
「!」
 不二の動きが一瞬止まる。
「…何言ってるの?僕の事…好きだよね?」
「…ッ好きなんかじゃない…!」
「!」
 手塚のその言葉に、不二の動きが完全に止んだ。
「……言ったよね手塚?」
「違う…そんなのは違うッ! 」
「僕の事好きって言ったよね手塚ッ!」
 手塚は顔に触れた不二の手を首を振って払う。その手が力づくで強引に掴んでくると、固く瞳を閉じてそれに抵抗する。
「……手塚、目あけてよ」
「や…嫌…嫌だ…ッ!」
「…開けて」
「嫌だッ…!」
「手塚…………」
「嫌だっ…嫌だーーッ!」
「………手塚…」
「お前なんか…ッ」
「………ッ言わせない…!」
  ドスッ !!
「!?」
 突然、左腕の内部を走る冷たい感触。

…今、何が起きた…?




「う…うわあああああぁッ!?」
 手塚の瞳が見開かれる。
「…やっと目開けたね」
 飛び込んで来た不二の微笑み。そしてその右手の延ばされた先に握られたモノが貫いているのは、手塚の左腕だった。肘の上当たりに突き立てられたそれは、肉を貫通し、勢い余って床に突き刺さっている。
「う…あ…ッ、アッ…ああぁッ!」
 それを認知した瞬間から、手塚に激しい痛みが襲って来た。
「僕は君の瞳が好きなんだよ…だから閉じちゃダメ」
「ぁがッ…!」
 突き刺さった凶器が勢い良く引き抜かれると、その拍子に噴き上がった鮮血が手塚の顔に飛び散り、下半身の痛みを打ち消す程の激痛が腕に走った。
「うあ…あっ!腕…がぁっ…!」
 見ると、血液の流れが一カ所に集中しているかのような激しい脈打ち感を生み出す其処からは、ドクドクと赤い体液が沸き上がって来ている。今までにこれ程の出血を手塚は見た事が無かった。故障には随分と気を使ってケアをして来たその左腕から、こんなに大量に溢れ出て来る血液。焦りのような恐怖感が手塚を半狂乱にさせる。
「…くす…刺しどころ悪かった?」
「な…なッ…!」
 不二は手塚の顔にかかった血を舐めながら、手塚の耳元に囁く。
「…この腕じゃ、もうテニスは出来ないね」
「!!」
 手塚の体が聞こえて来た言葉に硬直する。恐れている焦燥感を無理矢理に露呈させられ、絶望的なその意味を受け付けられない。
 テニスが出来ない。
「そ…んなことは…ないッ!」
「出来ないよ」
 テニスが、出来ない。
「嘘だっ…!」
「無理だね」
 テニスが…出来ない!?
 床に広がっていく血の赤さが、必死に否定しようとする手塚の絶望感を煽る。 不二は口元に笑みを浮かべながら容赦なく残酷な言葉を捲し立て続けた。
「それだけじゃ無い。天才的テニスプレイヤーじゃなくなった手塚国光なんて…誰も見ないよ?部長、部長って慕ってた奴等だって…君に見向きもしなくなるんだ」
「な…なに……言って…」
「君からテニスを取ったら…何が残るの?」
「な…」
 何が…残る…?
「…何も残らないよ手塚、君にはテニスしかないんだ。テニスの無くなった君なんて…なんの価値もないんだから」
「や…」
 手塚が首を横に振りながら、瞼を伏せる。
「目を開けてちゃんと聞くんだよ」
 途端に瞼の上から眼球を圧迫され、手塚は先程の不二の脅迫めいた言葉を思い出し、恐々と瞳をあける。瞳を閉じていては何をされるかわからない。
 飛び込んで来た不二の瞳は喜々として手塚を覗き込んでいた。
「何をするの手塚?ねぇ、テニス以外の何をするの?皆が元気に外でテニスをしているのを眺めながら、テニスが出来なくなった君は何をするの?」
「い…嫌…」
 諤々と手塚が顎を震わせる。
「嫌だって言っても君はもうテニスが出来ないんだ。テニスを失った君なんて帰ったって誰一人喜ばない、誰も見ない、相手にしない、どこに帰りたいって?そんな所に帰りたいの?誰も君を待ってなんかいないのに!君の戻る場所なんてもうないんだよ手塚!!」
「嫌あああああぁッ!」
 不二の言葉を消すように手塚は絶叫した。精神状態も不安定で多量の失血で意識も薄弱、そんな手塚が冷静な判断力を見失うのは…意外と簡単な事だった。
「嫌…いやだッ…嫌ーーッ!」
「手塚…」
 不二は泣きわめき体を震わせる手塚を包み込むように抱き締めると、今度は打って変わったような優しい口調で囁きかける。
「僕は居るよ、ずっと君の傍に…君がテニスが出来なくなっても、ただの手塚国光でも…僕だけは君の傍に居るからね」
 これ以上は無いと言う程の優しいトーンで、不二は手塚を慰めるように言い聞かせる。
「大好きだから…愛してるから…」
「ふ……じ………っ……」
 ゆっくりと手塚の体の震えが止まったかと思うと、かくん、と手塚の首が傾いだ。
「……手塚?」
 多量の失血と過度の興奮で、手塚は意識を手放したのだ。
「……………」
 不二は手塚をそっと床に寝かせると、無言で左腕に止血をし始める。
「……な〜んてね…嘘だよ」
 出血は多かったが、きっと自由を失う程の絶望的なものではないだろう。だが手塚にはそんなことは頭が回らなかった。この閉鎖された空間に長い事閉じ込められていた手塚が、唯一の絶対的存在である不二の言葉を鵜呑みにして聞き入れてしまうのも無理はない。そうさせたのは、不二。
 不二には手塚の精神を追い詰めなくてはならない必要があった。手塚に、不二しか見えなくする為に。
「…でもね手塚、これは本当」
 血と涙で顔に張付いた手塚の髪の毛を指で避けると綺麗なやつれた顔があらわれ、不二はうっとりとその姿に酔いしれる。自分だけが見る事の出来る、その手塚の姿に。
「…テニスが出来なくなったって、腕が無くなったって、脚が無くなったって、何もかも失ったって…そう、たとえ君が…眼球一つになったって、僕は君を愛してるんだよ手塚…」
 眠る手塚の瞼に不二は優しくキスをした。 狂人的な愛情と共に。


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2003.02.16
 流血率高いですねぇ地下一階に置いちゃったけどまぁいいか。この話は地下二階には潜らせたくないので最後まで一階で通しますよ(ゴリ押し)なんか不二がどんどんワケわかんない人になって来てる。

 



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